保険会社や再保険会社が、台風や地震による保険金の支払いへの備えとして、リスクを債券の投資家に移すときに使われます。
何と何を交換するか
保険リンク証券(ILS)の代表であるキャットボンドでは、災害の損失を移したい保険会社や再保険会社(スポンサー)が、特別目的の媒体(SPV、Special Purpose Vehicle)を作ります。SPV は、この取引のためだけに作る別の法的な枠組みで、従業員も財産も持たず、債券で資本をまかないます1。SPV は債券を投資家に発行し、集めた代金を低リスクの証券(担保)で運用します2。担保は信託口座で管理され、スポンサーは SPV から再保険かキャットスワップの形で保護を受けます1。債券としての一般的な仕組みは、仕組商品とは(デリバティブへの分解)で扱います。
投資家へのクーポンは、担保の運用収益と、スポンサーが SPV に払う保険料でまかないます2。決めた災害が債券の期間中に起きなければ、投資家はクーポンを受け取り、満期に担保から元本を取り戻します。事象が起きると、担保はスポンサーに渡ります。投資家は元本の大半か全部と、未払いのクーポンを失います。期間は 3 年が多く、1〜5 年の範囲です2。
損害保険会社の Y 社が、台風の保険金の支払いに備えて、次の条件でキャットボンドを発行する架空の例で考えます。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| スポンサー | Y 社(損害保険会社) |
| 債券の額 | 100 億円 |
| 期間 | 3 年(クーポンは年 1 回) |
| トリガー | Y 社の台風の保険金が 3,000 億円を超えた部分に応じて、元本を最大 100 億円まで減らす |
| 担保の運用収益 | 年 1%(年 1 億円) |
| Y 社が払う保険料 | 年 5 億円(債券の額の 5%) |
| 投資家のクーポン | 年 6 億円(担保の運用収益 1 億円と保険料 5 億円) |
図の説明
投資家は SPV に債券の購入代金 100 億円を払います。SPV は代金を担保として運用し、投資家に年 6 億円のクーポンを払い、満期に担保から元本 100 億円を返します。Y 社は SPV に保険料を年 5 億円払います。トリガーの条件を満たす事象が起きたときだけ、SPV は担保から Y 社に支払い、その分だけ投資家の元本が減ります。
満期の損益
Y 社の保険金が 3,000 億円以下なら、元本は減りません。3,000 億円を超えると、超えた額だけ元本が減り、100 億円分で全額になります。このように元本の減り方を保険金に比例させる型のほか、条件を満たすと決めた割合で一度に減らす型もあります3。
簡単にするため、この例では元本の減少が 3 年目の末に確定し、クーポンは 3 年分を受け取るものとします。実際の債券は、事象の時期によって受け取るクーポンが変わるため、これは単純化した例です。
| Y 社の台風の保険金(億円) | 元本の減少(億円) | 投資家の損益(億円) | Y 社が担保から受け取る額(億円) | Y 社の負担(億円) |
|---|---|---|---|---|
| 2,800 | 0 | 18 | 0 | 2,815 |
| 3,050 | 50 | −32 | 50 | 3,015 |
| 3,300 | 100 | −82 | 100 | 3,215 |
投資家の損益は、3 年分のクーポン 18 億円から元本の減少を引いた額です。Y 社の負担は、保険金から担保で受け取った額を引き、3 年分の保険料 15 億円を足した額です。キャットボンドがなければ、負担は保険金そのものの 2,800 億円、3,050 億円、3,300 億円でした。
図の説明
投資家が受け取る 3 年分のクーポンは 18 億円です。Y 社の保険金が 3,000 億円以下なら、損益はクーポンだけの 18 億円で、これが上限です。3,000 億円を超えると、保険金が 1 億円増えるごとに損益が 1 億円減り、3,018 億円で 0(損益分岐点)になります。3,100 億円以上では元本が全額減り、損益は 82 億円の損失で一定になります。災害が大きいほど投資家の損失が増え、利益はクーポンの分で頭打ちです。
この例では、事象が起きないと、Y 社は保険料の分だけ負担が増えます。事象が起きると、Y 社が担保から受け取る額は、投資家の元本の減少と同じ額です。事象が起きなければ、投資家のクーポンのうち年 5 億円は、Y 社が払う保険料です。
トリガーの種類
担保がスポンサーに渡るかどうかは、トリガーで決まります。トリガーは大きく、スポンサーの実損を使う実損型と、それ以外の指数型に分かれ、指数型はさらに、パラメトリック型、産業損失指数型、モデル損失型、複合型に分かれます4。
種類によって、決済の速さ、投資家とスポンサーが負うリスクが変わります。スポンサーの損失と受け取りがずれることは、ベーシスリスクと呼ばれます。
| 種類 | 何で決まるか | 決済と透明性 | 主なずれ、注意 |
|---|---|---|---|
| 実損型(インデムニティ型) | スポンサーが実際に払った保険金 | 損害の確認に時間がかかる | スポンサーのベーシスリスクはない。投資家はスポンサーの保険金の支払い方に左右される |
| パラメトリック型 | 風速、地震の規模、気圧などの測定値 | 事象の後すぐに分かり、客観的 | 実際の損害とずれるベーシスリスクがある |
| 産業損失指数型 | 業界全体の損害が決めた額を超えたか。第三者が算出する | 最終の額が出るまでに時間がかかる | スポンサーの損害と業界の損害がずれる |
| モデル損失型 | 事象の測定値を損害モデルに入れて推計した損害 | 実損型や産業損失指数型より速い | モデルの誤りに左右される |
| 複合型 | 上の組み合わせ | 組み合わせによる | 複雑で、確かめにくいことがある |
実損型は、スポンサーの実際の保険金で決まるため、再保険に近い働きをします。一方で、損害の確認と検証が必要なため、事象から支払いまでに 2〜3 年かかることがあるとされ、非実損型の 3 か月と対比されています5。指数型は、測定値や指数だけで決まるため速く、投資家には仕組みが分かりやすい反面、スポンサーは自社の損害と受け取りがずれるベーシスリスクを負います6。
利回りとの関係は、資料によって見方が分かれます。FINRA は、スポンサーを最もよく守る実損型の利回りが最も高く、パラメトリック型は低くなりやすいとしています7。一方、OECD の資料が挙げる研究では、トリガーの種類が利回りに与える影響について結論が分かれています8。
実際の発行では、実損型が多数を占めます。OECD の資料は、2023 年のキャットボンドと ILS の発行の約 75% が実損型だったとしています9。
クーポンは何の対価か
キャットボンドのクーポンは、担保の変動金利の運用収益 に、発行時に決めた固定の上乗せ を足したものです10。
は投資家が受け取るクーポンの利率、 は担保の変動金利の運用収益、 は保険のリスクの対価(リスクプレミアム)です。Y 社の例では、 が年 1%、 が年 5% で、利率は 6% です。 は、保険の世界でレート・オン・ライン(ROL)と呼ばれるものにあたります。レート・オン・ラインは、保険料と、受け取れる損害の額との比です。Y 社の例では、保険料 5 億円と 100 億円の比の 5% です11。
担保が高品質の証券で、変動金利を払うため、投資家の金利リスクと信用リスクは小さく、残る大きなリスクはトリガーの事象で元本を失うことです10。上乗せ は、トリガーの種類、格付け、期間、対象にする災害の数などに左右されます。複数の災害を対象にする債券は、最初の事象では元本が減らず、2 回目以降の事象で初めて損失が出ることが多くあります12。
発行後の価格は何で動くか
発行後の価格は、事象が起きたかもしれないときに大きく下がります13。トリガーの確認や保険金の査定のために満期が延びることがあり、延びる期間は債券によって 3 か月から 2 年以上です13。
売りやすさも価格に影響します。2 次市場の取引は相対で、価格が公表されないことが多く、キャットボンドは社債より流動性が低いとされます1415。ある研究は、2 次市場のキャットボンドの利回りに含まれる流動性の上乗せを 98bp、リスクの対価の合計の 21% と推計しています16。
使う人と市場の大枠
スポンサーは、保険会社や再保険会社などが務めるほか、外国の政府や民間の会社が自然災害に備えて務めた例もあります2。スポンサーにとって、キャットボンドは再保険の代わりか補完になります。担保が全額積まれているため、再保険のように相手の支払い不能の影響を受けにくく、期間が 3〜4 年のものが多く、毎年の更新を要する再保険と違って複数年の保護を得られます17。一方で、事象が起きない年にも保険料を払い続ける費用があります。
投資家は、同じ格付けの社債より高い利率と、ほかの資産と値動きが連動しにくい点を理由に挙げます。ただし、災害が金融市場に与える影響は十分に研究されておらず、複数の債券が同じ事象に連動していれば分散の効果が限られることがあります。キャットボンドは、個人の投資家に直接売られることは多くなく、投資信託などのファンドが保有します18。
市場の大きさは、OECD の資料が示す次の値で捉えられます。キャットボンドは 1996 年に 1 件の取引から始まり、2022 年には累計で 560 件を超えました19。新規の発行額は、2021 年が 128 億ドル、2022 年の上半期が 80 億ドルでした20。2022 年時点の資料では、対象の災害は欧州、日本、米国のものが中心です21。
日本の例を 2 つ挙げます。1 つ目は、日本で最初のキャットボンドで、1990 年代半ばから後半の取引です。東京海上火災が、地震リスクの 1 億ドルを 10 年の期間で移しました。ケイマン諸島の特別目的の再保険会社 Parametric Re が、地震の再保険契約を提供しました。東京周辺の決めた区域で地震がマグニチュード 7.1、7.2、7.3 のとき、元本のそれぞれ 25%、40%、55% が損失の対象になり、7.6 を超えると全額が対象になる、パラメトリック型の設計でした22。
2 つ目は、農業協同組合の共済の全国組織である全共連が、2008 年にパラメトリック型のキャットボンドを、ケイマン諸島の特別目的の会社を通じて発行しました。2011 年の東北地方の地震で全額の支払いになり、共済に入っていた農家への支払いに使われました23。
リスク
投資家の最も大きなリスクは、事象が起きたときに元本の大半か全部を急に失うことです。高い利回りは、事象が起きたときの損失を埋め合わせません。このように、事象をきっかけに価値が急に失われることを、FINRA は信用の崖(クレジット・クリフ)と呼んでいます14。
投資家は、ほかに次のリスクを負います。
- 価格、利回り、格付けが、災害の損害を推計するモデルに強く依存します。データの質は、対象の災害や地域によって違います。モデル損失型のトリガーは、モデルと実際の損失の差の大きさにも左右されます1424。
- 売りにくさと満期の延長は、上の「発行後の価格は何で動くか」のとおりで、投資家が負うリスクです。
- 事象に当たるかどうかの解釈が争いになり、裁判の判断が要ることもあります。トリガーの条件は募集の書類に書かれ、買う人にしか見られないことがあります25。
- 米国では、多くのキャットボンドが規則 144A に基づく募集で、機関投資家向けです。証券取引委員会(SEC)への登録や、定期的な開示の義務がなく、価格や仕組みを評価する情報を得にくいことがあります26。
スポンサーは、パラメトリック型や指数型を使うと、受け取りが自社の損失とずれるベーシスリスクを負います。実損型では、スポンサーのずれはありません。一方で、投資家は、モラルハザードを懸念します。モラルハザードは、情報の差があるために、保険会社が損失を適切に支払わないといった行動が起こりうることです。理論の研究には、そのため実損型の利回りが高くなるとするものがあります58。
似た商品との違い
保険リンク証券には、キャットボンドのほかに種類があります。ILS の主な種類は、担保付き再保険、キャットボンド、産業損失保証、サイドカーの 4 つで、担保付き再保険が市場で最大の割合を占めます29。サイドカーは、小さな保険会社や再保険会社のように、機関投資家が保険会社の特定の保険契約の損益に直接参加できる仕組みです。キャットボンドの SPV と似ていますが、個別に交渉されることが多く、株式と債券の両方を出します30。複数のスポンサーの ILS を 1 つにまとめた証券(担保付きリスク債務、CRO)もあります。投資家の損失が全損になる可能性を下げることも、分散が足りなければ損失を増やすこともあります31。
天候デリバティブは、損害を査定せず、観測値が条件を満たせば決めた金額を払う点で、パラメトリック型のキャットボンドに近い取引です。損害の査定の有無による保険との違いは、天候デリバティブで扱います。キャットボンドは、投資家が代金を前もって払い込み、担保に預ける点が違います。
注
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」(2024 年)の 27〜28 ページ(Figure 2.2 と本文。SPV の性格、信託口座の担保、再保険かキャットスワップによる保護)。 ↩ ↩2
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」(2021 年 7 月 9 日)の "What Are Insurance-Linked Securities?"。保険料の払い手は、OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ("The payout function can be binary or proportional to an underlying trigger metric")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ("CAT bond trigger mechanisms and choice of trigger")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ("Indemnity triggers"。2〜3 年と 3 か月の対比は、同資料が Polacek(2018)として引くもの。運用リスクとストレステストも同じ箇所)。 ↩ ↩2 ↩3
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 15 ページと 28〜29 ページ("Parametric triggers"、"Industry-loss index triggers"、"Modelled-loss trigger mechanisms")。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Trigger Happy" の表(パラメトリック型、モデル損失型、産業損失指数型、実損型、複合型の利回りと検証の速さ)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ("CAT bonds offer a coupon stream consisting of the floating interest rate [...] and a fixed spread"、金利リスクと信用リスクが小さいこと)。 ↩ ↩2
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 28 ページ("Rate on Line (ROL)")と 48 ページ("the ratio of premium paid to loss recoverable")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 32 ページ(利回りを決める要因として、格付け、災害の数、満期までの期間、トリガーの種類。"multi-peril CAT bonds" の説明)。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "What Are Insurance-Linked Securities?"("the SPV might also have the right to extend the maturity"。3 か月から 2 年以上)と "Know When to Walk Away" の Liquidity Risk。 ↩ ↩2
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Know When to Walk Away"(The Credit Cliff、Modeling Risk、Liquidity Risk)。 ↩ ↩2 ↩3
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 51 ページ("CAT bonds are less liquid than corporate bonds")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 54 ページ(Herrmann and Hibbeln(2022)の推計。98bp、21%)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 9 ページ(Executive summary。完全な担保による相手方の支払い不能リスクの遮断)と 48 ページ("typically exhibit a term of three to four years"、再保険は年次の更新)。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の冒頭("generally not offered directly to individual retail investors")と "Reasons Given for Holding Them"(災害の影響の研究が十分でないこと、分散の限界についての FINRA の注意も同じ箇所)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 33 ページ("From a single transaction recorded in 1996, cumulative issuance of CAT bonds amounted to more than 560 deals in 2022")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 35 ページ(2022 年上半期の 80 億ドル、2021 年の 128 億ドル。データは Swiss Re の資料)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 36 ページ("CAT bonds have mainly been issued to cover certain named perils in Europe, Japan and the United States")。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 110 ページ("Japan"。東京海上火災の取引の、マグニチュードごとの損失の割合)と 21 ページ(1990 年代半ばから後半)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 111 ページ("Zenkyoren"、2008 年のパラメトリック型、2011 年の全額の支払い)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 29 ページ("Modelled-loss trigger mechanisms"。"model risk")。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Trigger Happy" の冒頭(トリガーが募集書類に書かれ、買う人にしか見られないことがある。解釈が訴訟になりうる)。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Know When to Walk Away" の Unregistered Investments("Rule 144A offerings")。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "What Are Insurance-Linked Securities?"(格付け機関、スポンサー、引受会社が少数のモデルの会社に頼ること)と Modeling Risk。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 29 ページ("Industry-loss index triggers"。PCS は米国の例)。 ↩
-
OECD「Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific」の 27 ページ("There are four main types of ILS")。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Other Insurance-Linked Securities"("sidecars")。 ↩
-
FINRA「Insurance-Linked Securities」の "Other Insurance-Linked Securities"("collateralized risk obligations (CROs)")。 ↩