長寿スワップは、年金の支払い義務を負う年金基金が受給者の長生きによる負担の増加を受け手に移す場面や、保険会社が同じリスクを再保険会社に移す場面で使われます。
長寿スワップは何と何を交換するか
長寿リスクは、年金の受給者や保険の契約者などが、全体として想定より長生きするリスクです。長生きするほど年金の支払いが長く続くため、年金の支払い義務を負う側の負担が増えます1。長寿スワップは、このリスクをスワップの形で受け手に移す取引です。
仕組みは、固定の支払いと実際の年金の支払いの交換です。年金基金などが、合意した長寿の想定にもとづく固定の支払いを受け手に出し、受け手は、実際の年金の支払いに当たる額を基金に払います2。受け手は、保険会社、再保険会社、資本市場の参加者などです3。スワップの基本の形はスワップの基本構造で扱います。
基金は受給者に年金を払い続けます。基金が受け手から実績の年金に当たる額を受け取り、固定の支払いを出すと、基金の正味の負担は固定の支払いに置き換わります。受け払いを差し引きで決済すれば、実際に動くお金は両者の差額だけになります。
固定の支払いは、受け手が合意した長寿の想定にもとづき、受け手の利益と費用の分が加わります。SOA(米国のアクチュアリー会)の記事は、保険会社が再保険会社に払う月ごとの固定の支払いとして説明しています2。年金基金と受け手の関係には、同じ固定側と実績側の交換を当てはめて説明します2。以下の例は、数字を読みやすくするために年に 1 回の受け払いにします。
受け払いの例
Z 社の年金基金が、受給者 1,000 人への今後 5 年の年金を対象に、受け手と長寿スワップを結ぶ架空の例で考えます。受給者は年々亡くなるため、固定の支払いは年とともに減ります。Z 社の基金が受け手に出す固定の支払いは、次の表のとおりです。実績の年金は、受給者が想定より長生きした場合と、短命だった場合の 2 とおりを並べます。
| 年 | 固定の支払い(基金→受け手) | 長生きの場合の実績の年金 | 受け手→基金の差額 | 短命の場合の実績の年金 | 受け手→基金の差額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 10.0 | 10.0 | 0.0 | 10.0 | 0.0 |
| 2 | 9.5 | 9.7 | 0.2 | 9.3 | −0.2 |
| 3 | 9.0 | 9.4 | 0.4 | 8.6 | −0.4 |
| 4 | 8.5 | 9.1 | 0.6 | 7.9 | −0.6 |
| 5 | 8.0 | 8.8 | 0.8 | 7.2 | −0.8 |
| 合計 | 45.0 | 47.0 | 2.0 | 43.0 | −2.0 |
単位は億円で、差額のマイナスは、基金が受け手に払うことを表します。
図の説明
長生きの場合の、基金と受け手の間の毎年の受け払いです。金額は上の表と同じです。基金は毎年、固定の支払いを出し、実績の年金に当たる額を受け取ります。2 年目以降は、受け取る額が出す額を上回り、差が年とともに広がります。
受給者が想定より長生きした場合、実績の年金は 47.0 億円で、固定の支払いより 2.0 億円多くなります。スワップで基金は 2.0 億円を受け取るため、基金の正味の負担は固定の支払いの 45.0 億円にとどまります。短命だった場合は、実績の年金が 43.0 億円と少なくなりますが、基金は固定の支払い 45.0 億円を出し続けるため、2.0 億円を受け手に払います。正味の負担は、どちらの場合も 45.0 億円です。
基金にとっては、長生きの場合は負担の増加を抑えられて得になり、短命の場合は、スワップがなければ減っていたはずの負担が減らず損になります。受け手の側から見ると、損得は逆になります。
実績ベースとインデックス型
受け手が払う額の決め方には 2 種類あります。実績ベース(indemnity-based)は、対象にした受給者の実際の年金の支払いにもとづく形です。インデックス型(index-based)は、合意した人口の指数にもとづく形です4。英国の City 大学の年金研究所の論文(Cairns ら、2012 年)では、前者に当たる形を、年金基金の人口や給付の構造に合わせた customised swap と呼んでいます5。
| 実績ベース | インデックス型 | |
|---|---|---|
| 受け手が払う額の基準 | 対象の受給者の実績 | 合意した人口の指数 |
| 受給者との差(ベーシスリスク) | 小さい | 残る |
| 価格の付け方 | 手間がかかる。取引は大きな規模のものが中心 | 標準化しやすく、費用が低い |
| 流動性 | 契約ごとに条件が違う | 標準化されていて解消しやすい |
流動性の行は、インデックス型が標準化されて解消しやすい一方、実績ベースは契約ごとに条件が違う、という論文と IMF(国際通貨基金)の報告書(2012 年 4 月)の説明にもとづきます6。
SOA の記事(2023 年 2 月)は、実績ベースの取引は価格の付け方に手間がかかるため、年金の現在価値で 5 億ドルを超える規模のものが中心だとしています4。同記事は、2022 年に(記事の時点までに)公表された 7 件の長寿スワップのうち、6 件が英国の年金基金のものだったとも書いています4。
インデックス型は構造が標準化され、確認に要する調査が少なくて済み、費用が低い一方、基金の受給者の人口と指数の人口が違うことによる差が残ります4。論文のケーススタディは、50 歳超の加入者が約 1 万人より多い規模の基金なら、指数にもとづく形で長寿リスクを大きく減らせるとしました。ただし、これは英国の男性の死亡率を使った試算です7。
価値が何で変わるか
長寿スワップの価値は、将来の受給者の生存で決まります。年金は、受給者が生きている間だけ支払われるため、実績に当たる側の価値は、将来の年ごとの生存確率に、割引を掛けて足し合わせた現在価値になります。割引の金利を年 で一定とすると、年 1 回、期末に 1 を払う年金の時点 での価値は、次の式になります8。
は時点 での年齢、 は、時点 の情報にもとづく、 歳の人が 年後も生きている確率の見積りです。固定の支払い側も同じ形の年金の価値で表せるため、スワップの価値は、実績側の価値から固定側の価値を引いた差になります8。受給者が想定より長生きするように将来の見積りが変わると、実績側の価値が上がり、基金に有利、受け手に不利になります。
この式は、金利を一定とおき、長寿リスクだけを取り出した分析です。論文もこの前提で分析しています8。実際には金利は動き、割引の金利が下がると、固定側と実績側のそれぞれの現在価値が増えます。IMF の報告書は、金利が年 6% なら平均寿命が 3 年延びたときの年金の負債の増加が 8% で、年 2% なら約 14% になるという試算を示しています(モデルの年金制度の例)9。
同報告書は、長寿リスクの移転の道具の価値が、割引を通じて金利の水準と相関するため、長寿リスクを金利などほかのリスクと独立に扱えるという見方は、思ったほど成り立たないかもしれないとも述べています10。金利が変わる場面や、長寿と金利が連動する場面は、上の式の前提から外れます。
深掘り生存確率の見積りとモデルの選び方
生存確率の見積りは、過去の死亡率に死亡率のモデルを当てはめ、将来の死亡率の動きを作って求めます。論文は、ヘッジの効果に関わる要因として、人口の違い(ベーシスリスクなど)、将来の死亡率を作るシミュレーションのモデル、将来の時点で負債を評価するモデル、ヘッジの構造を挙げています11。
評価の時点で、モデルの母数は、そのときまでの死亡の実績で当てはめ直されます。当てはめ直しの結果は、将来の死亡率の動きの 1 つ 1 つで違うため、負債とスワップの価値に追加のばらつきが出ます。論文はこれを再較正リスク(recalibration risk)と呼び、当てはめに使う期間の長さにも左右されるとしています12。人数が少ない集団では、死亡の実績が本来の死亡率からずれる小集団のリスク(ポアソン・リスク)も効きます12。モデル自体が正しいかどうかというモデル・リスクも残りますが、論文はその分析を対象にしていません13。
死亡率のモデルの選び方で生存確率の見積りが変わるため、価格も変わります14。論文のケーススタディは、将来の死亡率のシナリオを多数作り、シナリオごとにスワップと負債の価値を評価する、シミュレーションの手法を使っています15。
何に使われるか、規制の面
使うのは、年金の支払い義務を負う年金基金と、年金を支払う保険会社です。長生きの分だけ年金の負債が増えるため、その増加を受け手に移します32。受け手になる再保険会社と保険会社のうち、生命保険のリスクを持つ会社は、長寿リスクを持つと、すでに持つリスクの一部を打ち消せます。長生きすると年金の負債は増えますが、生命保険の保険金の負債は減るためです16。
長寿スワップは長寿リスクが中心で、資産側のリスクは対象になりません。年金の給付が物価に連動する制度(plans with indexed benefits)なら、長寿と、長寿に関連する物価のリスクの両方を打ち消す形にもできます17。
規制の面では、英国のイングランド銀行の健全性規制機構(PRA)が、英国の保険会社などが長寿リスクの移転を行うときの期待を示しています(2024 年 11 月版)。大きな取引や複雑な取引は、事前の通知を求める対象で、それ以外は取引の後に届け出る形です。PRA は、リスクの移転以外の理由でこの市場に参加する会社が出ることを懸念するとしています18。
リスク
受け手と基金に、次のリスクが残ります。
ベーシスリスクは、受け手が払う額と、基金の実際の年金の支払いのずれです。インデックス型で大きく、実績ベースでも、契約の条件と実際の給付の条件の違いで残ります19。論文は、基金の人口と指数の人口が違うことによるずれ(population basis risk)が、ヘッジの効果に大きく響くとしています20。
取引相手の信用リスクは、長期の契約のため、受け手が途中で支払えなくなるおそれです。これには担保で備える方法があります。IMF の報告書は、担保の積み増しには質の高い流動資産を用意する費用がかかるが、スワップでは差額だけが担保の対象になるとしています21。PRA は、保険会社が少数の相手と取引すると、相手の信用リスクが大きくなりうるとして、資本のほかにも管理するよう求めています22。
流動性のリスクは、標準化のむずかしさから来ます。リスクを手放したい側は、条件を自分に合わせた契約を求めます。買う側は、売買しやすい標準的な商品を求めます。標準化すると買い手の流動性は増えますが、基金の受給者と指数の人口の差が広がり、手放す側のベーシスリスクも増えます23。
情報の差も影響します。基金は受給者の健康状態を受け手より知っているため、受給者が長生きしそうな基金ほどヘッジしたがるおそれがあります24。
年金の買い切りなどとの違い
年金の負債を移す方法は、長寿スワップのほかにもあります。
| 長寿スワップ | 年金の買い切り(buy-out) | |
|---|---|---|
| 移すもの | 長寿リスクが中心(資産側のリスクは対象外。物価連動の給付なら、長寿に関連する物価のリスクも対象にできる) | 金利、物価、長寿のすべてのリスク。資産も保険会社に移る |
| 費用 | 買い切りより小さい(取引の時点の費用が小さいと論文が述べる) | 高い(保険会社が資本を積む。基金は資産の運用を手放す) |
論文は、買い切りを、すべてのリスクが保険会社に移る形(insurance indemnification solution)と呼びます。スワップは、金利や物価のスワップなどと組み合わせて、買い切りに近い結果を、費用を抑えて作る方法になります。ただし、基金の受給者の個別の事情から、ベーシスリスクが完全には消えません25。災害のリスクを移す保険リンク証券(キャットボンドなど)とは、対象のリスクが違います26。
注
-
Bank of England, Prudential Regulation Authority, "Supervisory Statement SS18/16: Solvency II: longevity risk transfers" (November 2024) の 1.4。 ↩
-
Society of Actuaries, "Managing Longevity Risk: A Solution to Consider" (2023 年 2 月) の "How a Longevity Swap Works"。基金と受け手への当てはめは、Cairns ら "Longevity Hedge Effectiveness" の要旨と 8 ページの式 (2)(3)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
International Monetary Fund, "Chapter 4: The Financial Impact of Longevity Risk" (Global Financial Stability Report, April 2012) の 19 ページ("Market-Based Transfer of Longevity Risk")と 23 ページ。 ↩ ↩2
-
Society of Actuaries, "Managing Longevity Risk: A Solution to Consider" の "Two Categories of Longevity Swaps"。5 億ドルは年金給付の現在価値、2022 年の 7 件のうち 6 件は英国の年金基金。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, "Longevity Hedge Effectiveness: A Decomposition" (Pensions Institute DP PI-1106, August 2012) の 3 ページ(customised swap と index swap の説明)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 3 ページと、International Monetary Fund, 同報告書の 23 ページ。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の要旨(abstract)と 3 ページ。ケーススタディで、指数は英国(England & Wales)の男性の死亡率、基金の人口は CMI の保険加入者の男性の死亡率に見立てている(8 ページ)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 8 ページの式 (1)〜(3)。論文の a は本文の a(T,x)、スワップの価値 H(T) は固定側と実績側の年金の価値の差に当たる。 ↩ ↩2 ↩3
-
International Monetary Fund, 同報告書の 15 ページと図 4.4(図の出典は IMF staff estimates)。 ↩
-
International Monetary Fund, 同報告書の 23 ページの脚注 28。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 4〜5 ページ。論文は人口の違い、シミュレーションのモデル、評価のモデル、ヘッジの構造の 4 区分を挙げる。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 5 ページ("Recalibration risk"、"Recalibration window"、"Poisson risk")。 ↩ ↩2
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 4 ページの脚注 6(シミュレーションのモデルのリスクを分析から除くという断り)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 4 ページ("The choice of model to be fitted to historical mortality data" が、ヘッジの効果に関わる要因の 1 つ)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 4 ページと 9〜10 ページ(simulation model で将来の死亡率のシナリオを作り、各シナリオを valuation model に入れる手順)。 ↩
-
International Monetary Fund, 同報告書の 23 ページ("life annuity liabilities increase when annuitants live longer, whereas life insurance liabilities decrease")。 ↩
-
Society of Actuaries, 同記事の "Two Categories of Longevity Swaps"("longevity swaps for either category do not cover any asset-related risk"、物価連動の給付への対応)。 ↩
-
Bank of England, Prudential Regulation Authority, 同 Supervisory Statement の 1.5 と 3.1〜3.3。 ↩
-
Bank of England, Prudential Regulation Authority, 同 Supervisory Statement の 2.3(basis risk を残りのリスクの例として挙げる)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の要旨と 4 ページ("Population basis risk")。 ↩
-
International Monetary Fund, 同報告書の 23〜24 ページ(取引相手の信用リスクから、差額だけを担保にすることまでの説明)。 ↩
-
Bank of England, Prudential Regulation Authority, 同 Supervisory Statement の 2.1 と 2.2。 ↩
-
International Monetary Fund, 同報告書の 23 ページ(手放す側と買う側が求める契約の違い)。 ↩
-
International Monetary Fund, 同報告書の 23 ページ(情報の非対称性の説明)。 ↩
-
Cairns, Dowd, Blake and Coughlan, 同論文の 2〜3 ページ(buy-out、"insurance indemnification solution"、費用、"DIY buy-out"、基金に残る basis risk)。 ↩
-
OECD, "Fostering Catastrophe Bond Markets in Asia and the Pacific" (2024) の "Introduction" の節。 ↩