天候で販売量や費用が変わる企業が、利益の振れを金融機関や保険会社との取引で抑えようとする場面で出てきます。
天候の指数とデグリーデーの数え方
天候デリバティブの受け払いは、気温や降水量の観測値から作った指数で決まります。指数は、当事者が手を加えられない客観的な値であることが前提で、日本では気象庁が発表する観測値が使われてきました1。デリバティブの原資産が、株価や金利ではなく天候の指数になった取引です。
気温の指数でよく使われるのがデグリーデーです。基準の気温を 18℃、3 日間の日平均気温を 10℃、14℃、19℃ とする架空の例で考えます。暖房デグリーデー(HDD)は、日平均気温が基準より低い日の差を足したもので、8 と 4 と 0 を足して 12℃日です。冷房デグリーデー(CDD)は、日平均気温が基準より高い日の差を足したもので、この 3 日間では 19℃ の日の 1℃日だけです。国土交通省の資料でも、冷暖房に要する熱量を見積もる指数に「冷房デグリーデー」「暖房デグリーデー」の語を使い、単位は℃日です2。
気象庁の委託調査の報告書の例では、日平均気温を、その日の最高気温と最低気温を足して 2 で割った値にしています。米国の取引所 CME(Chicago Mercantile Exchange)が 2024 年 5 月に届け出た、米国の都市の先物の規則も同じです。基準の気温は、報告書の例では 18℃、CME の米国の都市の先物では 65°F(約 18.3℃)です。CME の米国の都市の先物は華氏で数えるため、値の単位は °F日 になります3。対象の期間は季節に合わせて決め、報告書の例は 7 月 1 日から 9 月 30 日の CDD、CME の銘柄には 11 月から 3 月の HDD などがあります4。暑い夏ほど CDD が大きくなるため、冷夏と猛暑の差が指数にはっきり出ます5。
気温のほか、期間中の降水量、1 ミリ以上の雨が降った日数、1 センチ以上の雪が積もった日数、最大風速が 15 メートル以上の日数なども指数になります。複数の都市の CDD を組み合わせた指数や、気温と降水量を組み合わせた指数もあります6。
使う指数を決めるときは、損害保険会社や気象事業者などが、指数と使う企業の収益の関係を、過去の気象データと財務のデータで分析します7。契約では、指数に使う気象の観測地点も決めます。2007 年の論文の例では、アメダス(気象庁の無人の地域気象観測所)の岩見沢の地点を使っています8。
オプション型の受け払いと満期の損益
オプション型では、買い手がオプション・プレミアムを払います。指数が行使価格を上回った分(コール型)か、下回った分(プット型)に、決めた単価を掛けた金額を受け取ります。指数が行使価格を上回らなければ(コール型)、または下回らなければ(プット型)、受け取りはありません。主な条件は、行使価格、1 単位あたりの金額、支払いの上限(限度額)の 3 つです9。
架空の例で考えます。暖房用の燃料を売る G 社は、冬が暖かいと販売量が減ります。G 社の冬(12 月 1 日〜2 月末)の HDD は平年で 1,000℃日で、HDD が 1℃日少ないごとに利益が 10 万円減るとします。G 社は損害保険会社から、受け取りに上限を付けたプット・オプション(プット・スプレッド)を、次の条件で買います。
| 条件 | 値 |
|---|---|
| 指数 | 冬の HDD(基準 18℃) |
| 行使価格 | 900℃日 |
| 1℃日あたりの金額 | 10 万円 |
| 支払いの上限 | 2,000 万円(HDD 700℃日以下で上限) |
| プレミアム | 150 万円 |
HDD が 900℃日を下回ると、G 社は 1℃日につき 10 万円を受け取ります。HDD が 800℃日なら、900 との差の 100℃日に 10 万円を掛けた 1,000 万円です。700℃日を下回っても、受け取りは上限の 2,000 万円のままです。これは、行使価格 900℃日のプットを買い、行使価格 700℃日のプットを売ったのと同じ形です。気象庁の委託調査の報告書は、プットの買いと売りを組み合わせたこの形を、天候デリバティブで最も一般的な商品としています10。
図の説明
G 社が買った天候デリバティブの損益を、冬の HDD ごとに示した図です。縦軸の損益はプレミアムを含めて℃日で表し、1℃日を 10 万円に換えると金額になります。HDD が 900℃日以上なら受け取りはなく、損益はプレミアムの分の −15℃日(−150 万円)です。900℃日を下回ると 1℃日ごとに損益が 1℃日増え、885℃日で 0(損益分岐点)、700℃日で 185℃日(1,850 万円)の利益になり、それより下では 185℃日のまま増えません。暖かい冬ほど受け取りが増えますが、上限を超える分は受け取れません。
天候デリバティブの損益だけを見ると、寒い冬にはプレミアムの分だけ損をします。G 社の本業の利益の増減と合わせると、結果は次のとおりです。
| 冬の HDD(℃日) | 本業の利益の増減(万円) | 天候デリバティブの受け取り(万円) | プレミアム(万円) | 合計(万円) |
|---|---|---|---|---|
| 1,100 | 1,000 | 0 | −150 | 850 |
| 1,000 | 0 | 0 | −150 | −150 |
| 950 | −500 | 0 | −150 | −650 |
| 800 | −2,000 | 1,000 | −150 | −1,150 |
| 600 | −4,000 | 2,000 | −150 | −2,150 |
寒い冬(1,100℃日)には、本業の利益が増え、プレミアムを払っても合計はプラスです。暖かい冬(800℃日)には、本業の利益が 2,000 万円減りますが、1,000 万円を受け取るため、合計の減り方は 1,150 万円にとどまります。一方で、950℃日のように行使価格より手前の暖かさでは受け取りがなく、600℃日のように上限を超えると受け取りが損失に追いつきません。オプションの売り手の側から見ると、プレミアムを受け取る代わりに、暖かい冬に上限まで払う立場です。
スワップ型は両方向に受け払いする
スワップ型では、当事者が指数の基準の値を決め、指数が基準より上なら一方が、下ならもう一方が、差に単価を掛けた金額を払います。オプション型と違ってプレミアムの受け払いはありません。天候によって利益が逆の方向に動く 2 つの事業者が、互いのリスクを交換する形になります11。
G 社が、寒い冬に利益が減る事業者と、基準 1,000℃日、1℃日あたり 10 万円のスワップを結ぶ架空の例で考えます。HDD が 900℃日なら G 社は 1,000 万円を受け取り、本業の 1,000 万円の減益と打ち消し合います。HDD が 1,100℃日なら G 社は 1,000 万円を払い、本業の 1,000 万円の増益と打ち消し合います。暖かい冬の損失を抑える代わりに、寒い冬の利益もあきらめることになります。
実際の例では、2001 年 8 月から 9 月を対象に、東京電力(当時)と東京ガスが東京の夏の平均気温を指数にしたスワップ(気温リスク交換契約)を結びました。夏が暑いと電力会社は増収、ガス会社は減収になり、涼しいとその逆になるため、平均気温が 26.5℃ を上回れば東京電力が、25.5℃ を下回れば東京ガスが払う条件でした。この夏の平均気温は 24.8℃ で、東京ガスから東京電力に約 3.2 億円が支払われました。金融機関を通さない事業者どうしの取引で、東京電力は報告書の中で、金融機関から同じような商品を買う場合に比べて手数料などを減らせたことを効果に挙げています12。
日本での広がり
天候デリバティブは、米国のエネルギー会社どうしの取引として 1997 年に始まりました。日本では、報告書が「金融システム改革法」と呼ぶ 1998 年の法律の施行で金融機関が取り扱えるようになり、1999 年 6 月に最初の取引が成立しました。2001 年には地方銀行も取り扱いを始めています13。
使い方は日米で違いました。米国では電力会社とガス会社の間の気温の取引が中心で、1 件の金額が大きく、条件が標準化された契約が多く使われました。日本では、2002 年 3 月の気象庁の委託調査の報告書の時点で、さまざまな業種の中堅・中小企業が、気温のほか降水量や雪の日数などを使う小口の取引をしていて、定型の小口の商品も広がっていました14。2007 年の論文でも、国内の取引は、契約者ごとに条件を決めるオーダーメイド型が中心とされています15。
使う企業は、天候で販売量や来客数が変わる業種です。環境省が公表した保険会社への聞き取りの要旨では、スキー場、ゴルフ場、飲料メーカー、電力とガスの事業者、衣料メーカー、農業などが需要者として挙がっています16。気温で変わるのは単価ではなく販売量や需要の量で、金利や為替のデリバティブでは扱えない量の変動に備える手段になります17。気温で需要が変わる電力を対象にした電力先物は、電力で扱います。
保険との違いは損害の査定の有無
保険は、実際に起きた損害を査定し、損害額を支払い限度額の範囲で補います。天候デリバティブは、損害の有無や大きさを査定せず、観測値が条件を満たせば決めた金額を支払います。査定の手続きがないため早く受け取れる一方、支払いが実際の損失と一致するとは限りません18。自然災害の損害に限らず、暑さや寒さによる売上の減少や費用の増加にも使えます19。
「金融商品取引法」は、気象庁などが発表する気象の観測の成果に係る数値を「金融指標」に含め、金融指標の約定した数値と現実の数値の差に基づいて金銭を受け払いする取引などを、店頭デリバティブ取引に当たるものとして定めています20。一方で、同じ保険会社への聞き取りの要旨では、日本で天候デリバティブとして売られている商品とほぼ同じ内容の商品が、タイやインド、フランスでは天候インデックス保険として扱われている例が挙がっています21。
ベーシスリスク(損失と受け取りのずれ)
天候デリバティブの支払いは観測値だけで決まるため、実際の損失と受け取る額がずれることがあります。このずれが生じるリスクをベーシスリスクといいます22。損失が出ても指数が条件を満たさなければ受け取れず、逆に損失が出なくても指数が条件を満たせば受け取ります23。
行使価格と支払いの上限もずれを生みます(G 社の例の表の 950℃日と 600℃日の行)。
米国の取引所に上場する天候先物
2024 年 5 月に CME が米国商品先物取引委員会(CFTC)に出した届け出によると、天候の指数を対象にした先物とオプションを CME に上場します。指数には、HDD、CDD と、日平均気温を期間中に足し合わせた累積平均気温(CAT)があり、米国、欧州、東京などの都市ごとに銘柄があります24。天候は受け渡せるものがないため、先物は満期に指数の値で差金決済します。オプションは、行使すると先物の持ち高になります25。
同じ届け出で CME が上場を届け出た、季節ごとの天候先物の条件は次のとおりです26。
| 項目 | 米国の都市(HDD、CDD) | 東京(CAT) |
|---|---|---|
| 1 枚の金額 | 指数 × 20 ドル | 指数 × 2,500 円 |
| 日平均気温 | 各日の最高気温と最低気温の平均 | 午前 1 時から翌日の午前 0 時までの 24 回の観測の平均 |
| 観測値 | 米国の国立気象局 | 気象庁 |
| 決済 | 差金決済 | 差金決済 |
主な使い手は気温で販売量が変わるエネルギー会社で、保険会社と再保険会社、ほかの資産と値動きの関係が薄い資産を求めるヘッジファンドや年金基金も取引しています27。
注
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気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」(企業の天候リスクと中長期気象予報の活用に関する調査 報告書、2002 年 3 月)の 62 ページと 64 ページ(「天候デリバティブの仕組み」)。 ↩
-
国土交通省「環境負荷に係る検討について(4.環境負荷に関する地域差の検討(その3))」の表 4.4 と注 5、注 6(「冷房デグリーデー」「暖房デグリーデー」「(℃日)」)。 ↩
-
18℃ の例と、最高気温と最低気温を足して 2 で割る求め方は、気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 64〜66 ページ。65°F、CME の日平均気温の求め方、華氏の数え方は、CME「Submission No. 24-141 (43 of 144)」(2024 年 5 月)の Exhibit B(Chapter 405 の 40501)。 ↩
-
気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 64〜65 ページと、Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の Exhibit B(Chapter 405 の 40501 の "Heating Degree Days Strips")。 ↩
-
気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 64〜66 ページ(名古屋市の 7 月 1 日〜9 月 30 日の CDD の例)。 ↩
-
気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 64 ページと 67 ページ(「複合インデックス」)。 ↩
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環境省「保険会社(株式会社損害保険ジャパン)へのヒアリング結果要旨」の 1 ページ(「インデックスと当該企業の収益等の相関を分析」)と、横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 228 ページ(表 3「過去の気象データと財務・経営データを用いた相関解析」)。 ↩
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横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 228 ページ(表 3)と 231 ページ(表 5 の「観測点 アメダス岩見沢」)。アメダスの説明は、気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 63 ページ。 ↩
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横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」(農業情報研究 16 巻 4 号、2007 年)の 231 ページ(「天候デリバティブ取引条件の設定」。ストライク値、単位価額、支払い限度額)。 ↩
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気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 66 ページ(名古屋 CDD の Put Spread 取引の例と脚注 4「天候デリバティブでは最も一般的」)。 ↩
-
気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 77〜78 ページ(「冷夏・猛暑リスクの交換を図る対策の検討と評価」)。 ↩
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気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 77〜80 ページ(「東京ガス(株)との気温リスク交換契約とその結果」、79 ページの表「気温リスク交換契約の概要と結果」、80 ページの「気温スワップの効果及び評価」)。報告書のこの部分は、研究会の委員の東京電力(株)の報告。 ↩
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気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 62〜63 ページ。 ↩
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気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 63〜64 ページ(「日本における天候デリバティブ市場」)。 ↩
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横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 228 ページ(「天候リスクのヘッジスキームモデル」)。 ↩
-
環境省「保険会社(株式会社損害保険ジャパン)へのヒアリング結果要旨」の 1 ページ(「保険会社における天候デリバティブ等の取組実態」)。保険会社への聞き取りで挙がった需要者。 ↩
-
気象庁「Ⅲ.天候リスクマネジメントによる企業価値向上」の 68 ページ(「企業における活用例」)。 ↩
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横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 227 ページ(本文と表 2「天候デリバティブのメリット・デメリット」)。 ↩
-
横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 227 ページ(表 2 の「補償範囲が広範」)。 ↩
-
「金融商品取引法」第 2 条第 25 項第 2 号(金融指標)、第 22 項第 2 号と第 4 号(店頭デリバティブ取引)。 ↩
-
環境省「保険会社(株式会社損害保険ジャパン)へのヒアリング結果要旨」の 1 ページ(タイ、インド、フランスでは天候インデックス保険として扱われている)。 ↩
-
環境省「保険会社(株式会社損害保険ジャパン)へのヒアリング結果要旨」の 1 ページ(「保険とデリバティブの主要な違い」)。 ↩
-
横内絢子「農業経営における天候リスクマネジメント技術導入手法」の 227〜228 ページ(表 2 と「ヘッジ不完全」「オーバーヘッジ」)。 ↩
-
Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の上場する銘柄の一覧と Exhibit A(「Cash Market Overview」)。 ↩
-
Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の 12 ページ("Settlement Type"、"Futures Final Settlement")と Exhibit A("no deliverable supply")。 ↩ ↩2
-
Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の 11〜12 ページ("Trading Unit")、Exhibit B(Chapter 405 の 40501)、Exhibit D(Chapter 412 の 41201)。 ↩ ↩2
-
Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の Exhibit A("Cash Market Overview"、"Weather Market Overview")。 ↩
-
Chicago Mercantile Exchange Inc.「CME Submission No. 24-141 (43 of 144)」の Exhibit B(Chapter 405 の 40501 の観測地点の一覧)と Exhibit A。 ↩