不動産を持つ保険会社や、不動産を運用に加えたい年金基金などの機関投資家が、物件を売買せずに不動産の値動きへの持ち高を調整したいときに使う取引です。

不動産の指数を、金利と交換するスワップ

代表的な不動産デリバティブは、不動産の総合収益率の指数と、金利を交換するトータル・リターン・スワップです。総合収益率は、賃料などの収入による収益率(インカム・リターン)と、価格の変動による収益率(キャピタル・リターン)の合計です。英国の税務では、不動産に関するトータル・リターン・スワップを、不動産の指数の変化と金利を交換するスワップと定義しています1。株式のトータル・リターン・スワップはエクイティ・スワップとトータル・リターン・スワップで扱います。

日本の不動産デリバティブ研究会の報告書(2007 年。以下、2007 年の報告書)では、スワップの期間は 3 年のものがほとんどと言われていました2。

時価 100 億円の賃貸オフィスを持つ A 社の架空の例で考えます。A 社は、不動産の指数の下落に備えて、ディーラーと想定元本 100 億円、期間 3 年のスワップを結びます。毎年、A 社が指数の総合収益率に想定元本を掛けた金額を払い、ディーラーが年 3% の金利に想定元本を掛けた 3 億円を払います。指数の総合収益率がマイナスの年は、A 社が受け取る側になります。

毎年の受け払いと、物件との合計

A 社の受け払いと、物件の収益を合わせた結果を、年ごとに見ます。次の表は、A 社の物件の総合収益率が、指数とまったく同じに動くと仮定した架空の例で考えます。表の単位は億円です。

年 指数の総合収益率 指数の側(A 社が払う −、受け取る +) 金利の側 スワップの差引 物件の総合収益 合計
1 +6% −6 +3 −3 +6 +3
2 −4% +4 +3 +7 −4 +3
3 −10% +10 +3 +13 −10 +3

指数が上がった 1 年目、A 社はスワップで 3 億円を払う側になりますが、物件の収益が 6 億円増えます。指数が下がった 2 年目と 3 年目は、物件の収益が減る代わりに、スワップで受け取ります。この仮定のもとでは、合計は毎年 3 億円で、指数の動きによらず変わりません。その代わり、指数が上がっても、A 社は物件の値上がり益を受け取れません。

ディーラーが、指数の総合収益率を受け取る側の投資家と取引した場合を考えます。この投資家は、指数の総合収益率を受け取り、年 3% を払います。同じ表の指数なら、1 年目は 6 億円を受け取って 3 億円を払い、差し引き 3 億円の利益です。2 年目は、指数の下落分の 4 億円と金利の 3 億円を合わせた 7 億円を払い、3 年目は 13 億円を払います。物件を持たずに不動産に投資したのと同じ収益率を得られますが、指数が下がれば、金利の負担と指数の下落の両方を負います。

受け払いの対象になる不動産の指数

不動産の指数は、使うデータで大きく 2 種類に分かれます。取引された価格から作る指数(中位数、ヘドニック法、リピート・セールス法など)と、不動産鑑定士の評価額から作る指数です3。また、価格の変動を表す指数と、投資収益率の変動を表す指数にも分かれます。

以下は、2007〜2008 年の時点の状況です。

英国では、IPD 社(Investment Property Databank)が鑑定評価をもとに作る商業用不動産の指数が、デリバティブの対象として使われてきました。国土交通省の調査業務報告書(2008 年。以下、2008 年の調査)によると、IPD UK のデータは商業用不動産の約 54.6%(資産額ベース)をカバーしています。IPD UK はトータルリターン、インカムリターン、キャピタルバリューリターンを算出し、月ごと、四半期ごと、年ごとに更新されます。2008 年の調査は、算出モデルの透明性も高く、取引する主体の間では、デリバティブの対象としての要件を満たすという認識が共有されているとしています4。

米国では、住宅価格の指数 S&P/Case-Shiller Home Price Index がデリバティブの対象になっていました。同じ物件の売買の価格を比べるリピート・セールス法で作る、全米 10 都市と全米の指数で、毎月公表されていました5。

デリバティブの対象になる指数には、条件があります。一般に、デリバティブの対象にする指数は、更新が最低でも月に 1 回要るとされます。取引の相手はリスクを随時移す必要があるため、年に 1 回の指数では、積極的に取引する動機が働きにくくなります6。2007 年の報告書は、指数が市場全体や一部をどれだけ代表しているか(代表性)も、必要な条件に挙げています7。

先物、オプション、債券の形

不動産の指数を対象にしたデリバティブには、スワップのほか、次の形があります。一般に不動産デリバティブといえば、先物、オプション、スワップの 3 種類を指します8。

形 受け払いの内容 例(資料の時点)
スワップ 指数の総合収益率と金利などを交換する 英国の IPD 指数の総合収益率のスワップ(2004 年から)9
先物 将来の時点の指数の値を、いま決めた値で売買する 米国の CME の S&P/Case-Shiller 先物(2006 年 5 月に上場)5
オプション 指数を、決めた値で売買できる権利を売買する CME の先物オプション。不動産保有者は、指数のプット・オプションで下落に備える10
インデックス・リンク債 指数のインカム・リターンとキャピタル・リターンを投資家に渡す債券 英国の PICs(Property Index Certificates。1994 年に開発)11

先物は、将来の値を現時点で決めます。保有者が先物を売ると、指数が上がったときの利益を失う代わりに、下がったときの損失を減らせます。オプションは、プット・オプションを買えば、指数の下落には備えたまま、上昇の利益も得られますが、買い手はオプション・プレミアムを払います12。

何に使われるか

以下は、2007〜2008 年の時点の英国の状況です。

不動産の保有者にとっての使いみちは、物件を売らずに、不動産の持ち高の大きさ(エクスポージャー)を調整することです。英国の実物の不動産の取引には通常 1〜3 か月かかり、売却には価格の 1.5%、購入には 5.5% の取引費用がかかりました13。

英国で不動産のリスクを売る側は、主に生命保険会社などの機関投資家でした。保有する不動産を売らずにエクスポージャーを変える手段として使われました14。

買う側の投資家は、年金基金などの機関投資家です。ポートフォリオに不動産を加えたいとき、実物に投資する以外の方法がほぼなく、取引費用も高いという問題がありました。収益率を手に入れられるデリバティブは、これを背景に発展したと、2007 年の報告書は考えています14。

使い方にも、得になる場合と損になる場合があります。スワップを結んだ A 社は、指数が下がった年に損失を抑えましたが、上がった年は値上がり益を手放しました。投資家は、指数の上昇が、投資家が払う金利(例では年 3%)を上回れば利益を得ますが、上がっても金利に届かなければ損失になります(指数が +2% の年は、2 − 3 = −1)。下がれば、指数の下落による損失に加えて、金利の支払いも負います。

英国で使われやすくなった背景には、税制の変更もありました。2004 年の改正で、不動産デリバティブの損益と実物の不動産の損益を合わせて課税できるようになり、保険会社などが実物のヘッジに使う妨げが取り除かれました15。英国の税務では、不動産に関するトータル・リターン・スワップが、資本の部分と収益の部分に分けて扱われる条件が定められています16。

市場の規模と流動性、評価、ヘッジ

以下は、2007〜2008 年の時点の状況です(評価の研究の 2015 年の論文を除く)。

2007 年第 4 四半期に、英国で IPD の指数を対象にした取引の未決済残高(想定元本ベース)は、累計で約 90 億ポンド(約 1.8 兆円)でした。約 100 兆円を超える英国の実物の不動産市場と比べると、約 2% にあたります。英国の取引は店頭のトータル・リターン・スワップが主流で、先物とオプションの取引量はそれより相当に少ない状況でした17。

米国の取引所の取引も、大きくはありませんでした。CME の S&P/Case-Shiller 先物の建玉(オープン・インタレスト)は、2006 年末で 1,520 枚、価値は約 9,000 万ドル(約 100 億円)でした。当初の想定ほどは活発ではありませんでした18。日本では、上場された商品はなく、不動産デリバティブに近い機能を持つ契約も、あまり活発には取引されていませんでした19。

流動性が低いと、取引の相手を見つけにくく、持ち高を閉じにくくなります。英国では 1991 年に、ロンドンの取引所で住宅価格指数と IPD 指数の先物が上場されましたが、約 5 か月で上場が廃止されました。その要因として、2007 年の報告書は、不動産と金融の市場関係者の相互の理解不足、取引の相手がいない流動性の欠如、指数の信頼性や公表の頻度(当時の IPD 指数は年に 1 回だけ)を挙げています20。

評価の研究として、英国の IPD 指数の総合収益のスワップの 4 年分の価格を分析した 2015 年の論文があります。この論文は、現物と先渡しの価格の伝統的な関係は不動産デリバティブでは成り立たず、先渡しレートの動きには金利のほか、不動産投資信託の株価や指数の平滑化の効果が影響し、満期が長いほどその影響が小さくなると報告しています21。

先物の価格から、将来の価格の見通しを読み取れることもあります。CME の S&P/Case-Shiller 先物は、上場後しばらく、対象の指数より約 10% 安く取引されました。市場の参加者が住宅価格の約 10% の下落を予想していたと考えることもできると、2007 年の報告書は述べています22。先物取引が活発になると、英国の先物価格から作る「フォワードカーブ」が、実物の不動産市場の将来の見通しを知る情報になると、2008 年の調査は述べています23。

オプションの価格付けは難しいとされます。不動産デリバティブ全体の流動性がそれほど高くない状況では、オプション・プレミアムの価格付けは非常に難しくなります24。

売り手のヘッジも、実物の不動産の市場では簡単ではありません。オプションの売り手が、価格の変動に合わせて原資産を売買し直すデルタ・ヘッジは、不動産市場には自由に売買できるだけの流動性がないと予想され、取引費用もかかるため、実際には難しいと、2007 年の報告書は述べています。そのため、不動産デリバティブの側のリスクを、実物の売買で消せないという課題が出ます25。

ベーシスリスクと、そのほかのリスク

不動産デリバティブの主なリスクの 1 つは、保有する物件の損益と、指数の受け払いがずれるベーシスリスクです。「毎年の受け払いと、物件との合計」の表は、物件が指数とまったく同じに動くと仮定していました。物件の総合収益率が指数と異なる場合の、同じ想定元本の架空の例で考えます。表の単位は億円です。

年 指数の総合収益率 物件の総合収益率 スワップの差引 物件の総合収益 合計
1 +6% +9% −3 +9 +6
2 −4% −10% +7 −10 −3
3 −10% −10% +13 −10 +3

1 年目は、物件が指数より 3 ポイント上回ったため、合計が 3 億円から 6 億円に増えます。2 年目は、物件が指数より 6 ポイント下回り、合計が 3 億円のプラスから 3 億円のマイナスになります。3 年目は指数と物件が同じ動きで、合計は 3 億円です。ずれは、プラスの向きにも、マイナスの向きにも出ます。

ベーシスリスクが生じる理由は 3 点あります。1 つ目は、不動産は個別性が高く、保有するポートフォリオと指数の中身が違うことです26。2 つ目は、指数の対象が狭いと、保有する不動産の動きと指数が連動しない可能性が高くなることです27。3 つ目は、不動産価格の観測の頻度と、指数の公表の頻度が違うと、ずれが生じることです26。

流動性のリスクもあります。ヘッジをしたい人がいなければ、不動産デリバティブは投機をする人と裁定取引をする人だけの市場になり、流動性が下がる可能性があります28。デリバティブに共通する信用リスクなどはデリバティブとはで扱います。

この記事が書いていないこと

不動産そのものへの投資や、不動産投資信託(REIT)は、この記事では扱いません。

注

  1. HM Revenue & Customs, "CFM55100 - Derivative contracts - chargeable gains on derivatives - property based total return swaps (S650)" の冒頭の定義("swaps changes in a property index, for an interest rate")。 ↩

  2. 国土交通省 不動産デリバティブ研究会「不動産デリバティブ研究会報告書」(2007 年 6 月)の 3.3.2 の 2)「スワップ契約」(報告書の 42 ページ。PDF の 45 ページ)。スワップの内容、期間、保有者と投資家の受け払い、手数料を得る仲介者の例。 ↩ ↩2

  3. 国土交通省 土地・水資源局 土地情報課「平成 19 年度 不動産デリバティブの可能性とその普及・啓発に関する調査業務 報告書」(2008 年 3 月)の 2-3-1「インデックスの分類」(報告書の 53 ページ。PDF の 55 ページ)。 ↩

  4. 同報告書の 2-3-2 の(1)の 1)「IPD UK」(報告書の 54 ページ。PDF の 56 ページ)。約 54.6%(資産額ベース)のカバー率、更新の頻度、算出モデルの透明性、取引主体の認識。 ↩

  5. 不動産デリバティブ研究会報告書の 3.3.2 の 3)「価格指数デリバティブ」(報告書の 43 ページ。PDF の 46 ページ)。2006 年 5 月 22 日の CME での上場、リピート・セールス法、全米 10 都市と全米の指数、毎月最終火曜日の発表。 ↩ ↩2

  6. 同報告書の、インデックスの要件のうち「流動性とフリークエンシー(更新頻度)」(報告書の 63 ページ。PDF の 66 ページ)。 ↩ ↩2

  7. 同報告書の同じ箇所の「代表性とベーシス・リスク」(報告書の 63 ページ。PDF の 66 ページ)と、2008 年の調査の表 4.1「不動産インデックスに求められる要件とその理由」(報告書の 92 ページ。PDF の 94 ページ)。 ↩

  8. 不動産デリバティブ研究会報告書の 3.2.3「不動産デリバティブの種類と概要」(報告書の 32 ページ。PDF の 35 ページ)。 ↩

  9. 同報告書の 3.3.1 の 1)「イギリスにおける不動産デリバティブの現状」(報告書の 36 ページ。PDF の 39 ページ)。2004 年から TRS が登場したこと。 ↩

  10. 同報告書の 3.2.3 の 2)「不動産オプション」(報告書の 33 ページ。PDF の 36 ページ)。CME に先物オプションが上場されたことは、3.3.2 の 3)(報告書の 43 ページ)。 ↩

  11. 同報告書の 3.3.2 の 1)「インデックス・リンク債」(報告書の 41 ページ。PDF の 44 ページ)。1994 年に Barclays が開発した PICs。 ↩

  12. 同報告書の 3.2.3 の 1)「不動産先物」と 2)「不動産オプション」(報告書の 32〜33 ページ。PDF の 35〜36 ページ)。先物が下落のリスクをなくす代わりに、上昇の利益の機会も失うこと、プット・オプションの買い手がプレミアムを払うこと。 ↩

  13. 2008 年の調査の 1-1-2(報告書の 5 ページ。PDF の 7 ページ)。取引に約 1〜3 か月、売却時の費用 1.5%、購入時の費用 5.5%。 ↩

  14. 不動産デリバティブ研究会報告書の 3.3.1 の 1)(報告書の 37 ページ。PDF の 40 ページ)。リスクの売り手は主に生命保険会社などの機関投資家、投資家(年金基金など)は実物に投資する以外に主な方法がなく、取引費用が高い。 ↩ ↩2

  15. 2008 年の調査の 1-1-3「不動産デリバティブ市場の発展の経緯」(報告書の 7 ページ。PDF の 9 ページ)。当時の税制では損益通算できず、2003 年に Users Association を組織して働きかけ、2004 年に改正された。 ↩

  16. HM Revenue & Customs, "CFM55100" の本文。資本価値の指数(capital value index)の指定、'capital' element の切り分け、税の優位を主な目的にしないことなどの条件。内容は 2026 年 10 月に確認しました。 ↩

  17. 2008 年の調査の 1-1-4(報告書の 7〜8 ページ。PDF の 9〜10 ページ)。2007 年第 4 四半期に約 90 億ポンド(約 1.8 兆円)、実物の不動産市場の 2%、TRS が主流、先物とオプションは相当に少ない。 ↩

  18. 不動産デリバティブ研究会報告書の 3.3.1 の 2)「アメリカにおける不動産デリバティブの現状」(報告書の 39 ページ。PDF の 42 ページ)。2006 年末の建玉 1,520 枚、約 9,000 万ドル(約 100 億円)。 ↩

  19. 同報告書の 3.2.1(報告書の 31 ページ。PDF の 34 ページ)。 ↩

  20. 不動産デリバティブ研究会報告書の 4.1.1「総論」の失敗事例の整理(報告書の 48 ページ。PDF の 51 ページ)と、2008 年の調査の 1-1-3(報告書の 7 ページ。PDF の 9 ページ)。1991 年 5 月に London FOX に上場し、5 か月で廃止された。 ↩

  21. Pierre-Arnaud Drouhin, Yasmine Essafi, Arnaud Simon, "Forward Curve Risk Factors Analysis in the UK Real Estate Market"(HAL、2015 年)の要旨(abstract)。 ↩

  22. 不動産デリバティブ研究会報告書の 3.3.2 の 3)(報告書の 43 ページ。PDF の 46 ページ)。 ↩

  23. 2008 年の調査の 2-1-1 の(3)「先物取引の副次的効果」(報告書の 30 ページ。PDF の 32 ページ)。 ↩

  24. 2008 年の調査の 2-1-2 の(3)「オプション取引の特徴」(報告書の 34 ページ。PDF の 36 ページ)。 ↩

  25. 不動産デリバティブ研究会報告書の 4.2.4 の 1)「ボラティリティの更なる拡大の可能性」の脚注 36(報告書の 83 ページ。PDF の 86 ページ)。 ↩

  26. 同報告書の 4.1.1 の脚注 30(報告書の 48 ページ。PDF の 51 ページ)。ベーシスリスクは原資産価格とデリバティブ価格が乖離するリスクで、観測の頻度と公表の頻度が違う場合、不動産の個別性による場合がある。同報告書の脚注 15(29 ページ)も、実際の損失額と差が生じる可能性を挙げる。 ↩ ↩2

  27. 2008 年の調査の 4-1「不動産インデックスに求められる要件」と表 4.1(報告書の 91〜92 ページ。PDF の 93〜94 ページ)。要件の列挙は 91 ページ、カバー範囲が狭いとベーシスリスクが生じる可能性が大きいとの記述は表 4.1 の「代表性」の行。 ↩ ↩2

  28. 不動産デリバティブ研究会報告書の 4.2.4 の 2)「投機的なデリバティブ市場の可能性」(報告書の 84 ページ。PDF の 87 ページ)。 ↩