ヘッジファンドが株式を買わずに株価の値動きを得たいときや、ディーラーがその注文を受けて対象の株式でヘッジを組むときに出てくる取引です。
株式のリターンと金利の交換
エクイティ・スワップは、株価指数などの値動きに連動する受け払いと、金利に連動する受け払いを交換するスワップです。たとえば一方の当事者が、変動金利にスプレッドを足した金利を払い、株価指数のリターンを受け取ります。受け払いの計算のもとになる想定元本は、多くの場合、期間の途中で変えない決まった額です1。スワップの一般の形はスワップの基本構造で扱います。
トータル・リターン・スワップ(TRS)は、対象の資産の値上がりと値下がりに、配当や利息などの収益を加えたトータル・リターンを受け払いする取引です。TRS の売り手は値上がり分と収益を払い、買い手は変動金利をもとにした金利と値下がり分を払います。対象が株式の TRS はエクイティ・スワップとも呼ばれます。対象には、株式のほかに債券、ローン、株価指数もあります2。債券やローンを対象にする TRS は、信用リスクを移す取引(クレジット・デリバティブ)としても使われます3。
TRS の買い手が株式のリターンを受け取る側、売り手が払う側に当たります。V ファンドが W 銀行と、ある上場会社の株式を対象に次の TRS を結ぶ架空の例で考えます。
| 決めること | この例 |
|---|---|
| 株式のリターンを受け取る側 | V ファンド |
| 株式のリターンを払う側 | W 銀行 |
| 対象の株数 | 100 万株 |
| 開始時の株価 | 1 株 10,000 円 |
| 想定元本 | 100 億円(100 万株 × 10,000 円) |
| 期間 | 6 か月(3 か月ごとに 2 回受け払い) |
| V ファンドが払う金利 | 3 か月の変動金利 + スプレッド 年 0.50% |
| 想定元本の決め直し(リセット) | なし |
取引を結ぶときに、元本の受け渡しはありません。V ファンドは、100 億円を払って株式を買わなくても、100 万株を持つのと同じ値動きを受け払いで得られます。
1 期ごとの受け払いの計算
受け払いは、株式の側と金利の側に分けて計算します。株式の側では、各期の終わりに株価を決め、株価が上がれば W 銀行が値上がり分を払い、下がれば V ファンドが値下がり分を払います3。対象の会社が配当を払うと、W 銀行は配当に当たる額を V ファンドに払います2。株式の側の受け払いは、株数を 、期の始めと終わりの株価を 、、期中の 1 株あたりの配当を として、V ファンドから見て次のとおりです。
値がプラスなら V ファンドが受け取り、マイナスなら V ファンドが払います。金利の側は、V ファンドが想定元本 に変動金利 とスプレッド を足した金利を掛け、期間の長さ (年)を掛けた額を払います。
例の取引で、2 回の期の変動金利がどちらも年 1.00% だったとします。金利の側は、どちらの期も 100 億円 ×(1.00% + 0.50%)× 0.25 = 3,750 万円です4。1 期目に株価が 10,500 円に上がり、2 期目に 10,000 円に戻って、2 期目に 1 株 100 円の配当が出たとすると、V ファンドの受け払いは次のとおりです5。
| V ファンドの受け払い | 1 期目(10,000 円 → 10,500 円) | 2 期目(10,500 円 → 10,000 円、配当 100 円) |
|---|---|---|
| 株価の変化の分 | +5 億円 | −5 億円 |
| 配当の分 | 0 | +1 億円 |
| 金利の分 | −3,750 万円 | −3,750 万円 |
| 差し引き | +4 億 6,250 万円 | −4 億 3,750 万円 |
株価が上がった 1 期目は V ファンドが差し引き 4 億 6,250 万円の受け取り、株価が下がった 2 期目は 4 億 3,750 万円の支払いです。W 銀行の受け払いは、どの期も V ファンドと向きが逆です。
図の説明
想定元本 100 億円、期間 6 か月の TRS で、株式のリターンを受け取る V ファンドの受け払いです。取引の開始時には受け払いはありません。3 か月後には、株価が 1 株 10,000 円から 10,500 円に上がったため、値上がり分の 5 億円を W 銀行から受け取り、金利の 3,750 万円を W 銀行に払います。6 か月後には、株価が 10,500 円から 10,000 円に下がったため、値下がり分の 5 億円を W 銀行に払い、期中の配当に当たる 1 億円を W 銀行から受け取り、金利の 3,750 万円を W 銀行に払います。矢印の長さは金額の大きさの目安です。W 銀行の受け払いは、どの時点も V ファンドと向きが逆です。
想定元本は、対象の株数に開始時の株価を掛けて決めます。公開されている 2007 年の確認書の例では、ディーラーがヘッジのために実際に買えた株数が対象の株数で、その買いの平均の価格が開始時の株価です6。想定元本を期中に決め直すか(リセット)も、取引ごとに決める条件です。同じ例では、リセットは適用しません。配当は、株式を持っていれば受け取れた額から税金を差し引いた額を払います7。例の取引はリセットのない形にしたため、2 期目の金利も 100 億円をもとに計算しています。
株式を借入れで買って持つ場合との違い
V ファンドの損益は、変動金利とスプレッドを払って 100 億円を借り、100 万株を買って持つ場合に近いものです。違うのは、V ファンドが株主にならないことと、配当に当たる額を取引の条件で決めることです(2007 年の確認書の例では、税金を差し引いた額7)。例の 2 期を合わせると、株価は 10,000 円に戻ったので値動きの損益は 0 で、V ファンドは配当の 1 億円を受け取り、金利の 7,500 万円を払って、差し引き 2,500 万円の受け取りです。株式を借入れで買って持った場合も、株価が同じなら値動きの損益は 0 で、受け取る配当は 1 億円、借入れの金利が同じ 7,500 万円なら、差し引きは同じ 2,500 万円になります。
TRS の金利の側の受け払いは、資金の貸し借りに当たります。金利には、株式のリターンを払う側(多くはディーラー)が持ち高やそのヘッジを持つための資金の費用が反映されます9。スプレッドは、金利を払う側の信用度、対象の資産、ディーラーの資金調達の費用、利益、TRS に求められる自己資本などで決まります10。そのため、V ファンドにとって TRS は、株式を買う資金を W 銀行から借りるのと似た働きをします。
株価が大きく下がると、V ファンドの損失は株式を持つ場合と同じく大きくなります。例の条件で、株価が 1 期で 10,000 円から 8,000 円に下がれば、V ファンドは値下がり分の 20 億円と金利の 3,750 万円を払います。手元の資金が少ないまま大きな想定元本の TRS を結ぶと、株式を借入れで買うのと同じくレバレッジがかかり、損益の振れが手元の資金に比べて大きくなります。
何に使われるか
ヘッジファンドの中には、株式相場の方向に賭けるためにエクイティ・スワップを使うものがあります11。V ファンドの例のように、株式を買わずに値動きを得る使い方です9。反対に、資産を持つ側がトータル・リターンを払う側に立つと、資産を持ったままその値動きを相手に移せます(貸出を持つ銀行が、信用リスクを減らすために使う例があります3)。
株価指数のリターンを受け取るスワップは、債券の運用に重ねて、株式に投資したのと同じ効果を作るのにも使われます。たとえば、変動金利に 0.20% を足した利回りの資産を持つ運用者が、スワップを結ぶとします。変動金利を払って株価指数のリターンを受け取ると、運用者の利回りは株価指数のリターンに 0.20% を足したものになります12。株価指数が下がれば、運用者は下がった分を払うため、損をします。
ディーラーのヘッジと株式の保有
ディーラーは、株式のリターンを払う側に立つと、ふつう対象の株式を買ってヘッジします。2022 年に SEC が起こした訴訟の訴状によれば、TRS の取引の相手の金融機関は、業界の標準に沿って、取引で生じた持ち高を完全にヘッジし、そのために対象の株式を市場で買っていました。こうした取引は、デルタ・ワンと呼ばれる部署などが扱っていました13。
W 銀行が、取引を結ぶときに 100 万株を 1 株 10,000 円、合わせて 100 億円で買ってヘッジしたとします。1 期目は、持つ株式が 5 億円値上がりし、V ファンドに 5 億円を払います。2 期目は、持つ株式が 5 億円値下がりし、V ファンドから 5 億円を受け取ります。配当は、株主として受け取る 1 億円を V ファンドに払います。株価がどう動いても W 銀行の株式の損益と TRS の受け払いは打ち消し合い、W 銀行には V ファンドから受け取る金利が残ります。W 銀行はこの金利で、100 億円の株式を持つための資金の費用をまかないます9。
ディーラーが株式を持つことで、株式の持ち主と、値動きの損益を負う者が分かれます。株主として名前が出るのはディーラーで、株式のリターンを受け取る側は株式を持っていません14。この点は、「持ち高が表に出にくいこと」の節で扱う持ち高の見えにくさにつながります。
取引の相手のリスクと担保
TRS は取引所を通さない相対の店頭デリバティブで、取引の相手が約束どおりに払えなくなるリスクを互いに負います。SEC が 2026 年 6 月に公表した報告は、米国の取引情報蓄積機関の 1 つ(DDR)に報告された株式の security-based swap を集計しています。security-based swap は、米国の規制で、個別の株式などを対象にするスワップの区分です。2025 年の各月の集計日(1 月 31 日から 12 月 26 日までの 12 時点)のどの時点でも、清算機関を通したものはありませんでした。2025 年 12 月 26 日の時点で、そのうち TRS の想定元本の残高は約 3 兆 3,329 億ドルでした15。広い株価指数を対象にする TRS は swap の区分で、この集計に入りません16。
株価が動くと、損失の側が変動証拠金を差し入れます。SEC の訴状が説明する TRS では、対象の株価が下がると、株式のリターンを払う側が値洗いの損失を埋める変動証拠金を求めることができました。株価が上がると、株式のリターンを受け取る側が変動証拠金を求めることができました17。これとは別に、株式のリターンを払うディーラー(例の W 銀行)は、将来の値動きで生じうる損失に備えます。そのために、当初証拠金を株式のリターンを受け取る側(例の V ファンド)に求めます。株式のリターンを受け取る側が 1 つの銘柄に大きな持ち高を持つと、ディーラーがその 1 社から受け取れなくなるおそれのある額がふくらみます。株価が急に下がったときが、その場面です。
持ち高が表に出にくいこと
株式を持つのはヘッジをするディーラーなので、受け取る側は株式の保有者として表に出ません。SEC の訴状によれば、ファミリー・オフィス(個人の資金を運用する会社)のアルケゴスは、株式の保有が、米国で保有の報告が求められる発行済み株式の 5% に近づくと TRS に切り替えていました19。同じ訴状は、取引の相手の各社がほかの金融機関との持ち高をほとんど知らないまま取引していたとしています。さらに、2021 年 3 月に大きく持っていた銘柄の株価が下がると、アルケゴスは多額の証拠金の求めに応じられずに債務不履行になり、取引の相手の金融機関には合わせて数十億ドルの信用損失が出たとしています191820。この件では、ファミリー・オフィスはおおむね規制の枠の外にあって会社としての当局への報告を求められておらず、デリバティブで作る持ち高の報告を求める決まりのない国もありました18。ヘッジファンドのレバレッジと資金の出し手の与信管理は、ヘッジファンドの利用で扱います。
注
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4345.1 "Equity Derivatives"(1998 年 2 月、ページ 1)。 ↩
-
「Further Definition of "Swap," "Security-Based Swap," and "Security-Based Swap Agreement"」(Release No. 33-9338、2012 年)の III.C(ページ 210)と脚注 645、646。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4350.1 "Credit Derivatives" の "Total-Rate-of-Return Swaps"(2003 年 4 月、ページ 1)。 ↩ ↩2 ↩3
-
説明を簡単にするため、3 か月を 0.25 年として計算しています。実際の取引では、金利の側の日数計算の慣行(Actual/360 など)で期間の長さを数えます。 ↩
-
説明を簡単にするため、配当の分は 2 期目の終わりに受け払いするとしています。確認書の例は、株主が配当を受け取る日に払います(「Share Swap Transaction」(2007 年 3 月 1 日)の "Dividends" の "Dividend Payment Dates")。 ↩
-
「Share Swap Transaction」(2007 年 3 月 1 日。EDGAR に提出された Endesa S.A. に関する Schedule 13D の Exhibit 99.2)の "Equity Amounts"。 ↩ ↩2
-
「Share Swap Transaction」の "Dividends" の "Dividend Amount"。 ↩ ↩2 ↩3
-
「Share Swap Transaction」の "Floating Amount 1" と "Settlement Terms" の "Final Price"、"Relevant Price"。 ↩
-
「Further Definition of "Swap," "Security-Based Swap," and "Security-Based Swap Agreement"」(Release No. 33-9338)の III.C(ページ 211)。 ↩ ↩2 ↩3
-
「Further Definition of "Swap," "Security-Based Swap," and "Security-Based Swap Agreement"」(Release No. 33-9338)の脚注 649(ページ 211)。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4345.1 "Equity Derivatives" の "Uses"(1998 年 2 月、ページ 1〜2)。 ↩
-
「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4345.1 の "Uses"(ページ 2)。資料の例の変動金利 LIBOR は公表を終えています(Financial Conduct Authority「About LIBOR transition」の冒頭)。 ↩
-
U.S. Securities and Exchange Commission「Complaint, SEC v. Sung Kook (Bill) Hwang, et al.」(2022 年 4 月 27 日)の第 36〜37 項(ページ 9)。 ↩
-
「Complaint, SEC v. Sung Kook (Bill) Hwang, et al.」の第 120 項(ページ 27)。 ↩
-
U.S. Securities and Exchange Commission「Report on Security-Based Swaps」(2026 年 6 月 26 日)の表 B.1(ページ 3)と表 D.1(ページ 11)。TRS の 2025 年 12 月 26 日の値は 3,332,919 百万ドルです。 ↩
-
「Further Definition of "Swap," "Security-Based Swap," and "Security-Based Swap Agreement"」(Release No. 33-9338)の III.C(ページ 210)と脚注 647。 ↩
-
「Complaint, SEC v. Sung Kook (Bill) Hwang, et al.」の第 34〜35 項(ページ 8〜9)。 ↩
-
Financial Stability Board「Leverage in Nonbank Financial Intermediation: Final report」(2025 年 7 月 9 日)のセクション 2.2 "March 2021, the default of Archegos" と脚注 9(ページ 6〜7)。 ↩ ↩2 ↩3
-
「Complaint, SEC v. Sung Kook (Bill) Hwang, et al.」の第 29〜33 項(ページ 8)、第 38〜39 項(ページ 9)、第 15 項と第 20 項(ページ 5〜6)。 ↩ ↩2
-
「Complaint, SEC v. Sung Kook (Bill) Hwang, et al.」の第 7 項(ページ 3)。 ↩
-
金融庁「金融審議会 公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ 報告」(2023 年 12 月 25 日)の「Ⅱ.大量保有報告制度のあり方について」の「3.デリバティブの取扱い」と脚注 15(14 ページ)。 ↩