年金の商品に株価連動の保証を付ける運営者や、クリケットを売るディーラーが、受け取りの形と評価の難しさに向き合います。

各期の値上がり率に上下限を付けて足す

クリケットは、株価や株価指数の値上がり率を期ごとに測り、期ごとの上下限を当ててから合計するオプションです。ラチェット(ratchet)と並べて呼ぶ資料もあります1。離散的な観測日の値で受け取りが決まる経路依存型オプションです2。エクイティ・エキゾチック全体の中での位置づけはエクイティ・エキゾチックの全体像で扱います。

観測する時点を t0,t1,…,tNt_0, t_1, \dots, t_N とし、時点 tit_i の原資産の価格を S(ti)S(t_i) とします。期 ii(ti−1t_{i-1} から tit_i)の値上がり率は、期の初めの価格に対する増減の率です。

Ri=S(ti)−S(ti−1)S(ti−1)R_i = \frac{S(t_i) - S(t_{i-1})}{S(t_{i-1})}

期ごとの上限(ローカル・キャップ ClC_l)と下限(ローカル・フロア FlF_l)を当てた値を、全期で合計します。その合計に全体の上限(グローバル・キャップ CgC_g)と下限(グローバル・フロア FgF_g)を当てた率が、想定元本に掛かります3。

受け取り=想定元本×max⁡(Fg, min⁡(Cg, ∑i=1Nmax⁡{Fl,min⁡{Cl,Ri}}))\text{受け取り} = \text{想定元本} \times \max\left(F_g,\ \min\left(C_g,\ \sum_{i=1}^{N} \max\{F_l, \min\{C_l, R_i\}\}\right)\right)

ローカルの上下限は期ごとに、グローバルの上下限は合計に当たります。

買い手はプレミアムをディーラーへ払い、満期に受け取りを受けます。受け取りは各期の値上がり率を観測して決まるため、取引の初めには金額が決まっていません。

深掘りリバース・クリケットの受け取り

上の式の変形として、名目の率 R^\hat{R} を決め、下げた期の分だけ引く形があります。

受け取り=想定元本×max⁡(Fg, R^+min⁡(0, ∑i=1Nmax⁡{Fl,min⁡{0,Ri}}))\text{受け取り} = \text{想定元本} \times \max\left(F_g,\ \hat{R} + \min\left(0,\ \sum_{i=1}^{N} \max\{F_l, \min\{0, R_i\}\}\right)\right)

FlF_l がマイナスのときは、リバース・クリケットといいます。買い手は、高い名目の率 R^\hat{R} を受け取れる代わりに、下げた期の分だけ受け取りが減り、下落のリスクを負います4。

架空の例で受け取りを比べる

買い手が、Q 社が算出する架空の株価指数(Q 指数)を対象にしたクリケットを、ディーラーから買う架空の例で考えます。想定元本は 1 億円、期間は 4 年で、1 年ごとに観測します。ローカル・キャップは 5%、ローカル・フロアは 0%、グローバル・キャップは 10%、グローバル・フロアは 2% とします。プレミアムは想定元本の 7% とします(モデルで求めた値ではなく、金利と割引は考えません)。想定元本 1 億円なら、1% は 100 万円です。

ローカルの上下限を当てた値(%)012345−10−50510フロアキャップ期の値上がり率(%)
図 11 期の値上がり率とローカルの上下限を当てた値
図の説明

1 期の値上がり率に、例のローカル・フロアとローカル・キャップを当てた値を描いています。フロアより低い値上がり率は、すべてフロアの値にそろい、キャップより高い値上がり率は、すべてキャップの値にそろいます。値上がり率がそのまま通るのは、2 つの間だけです。グローバルの上下限は合計に当たるため、この図には含めていません。

4 つの経路で、受け取りを比べます。

経路 各期の値上がり率 ローカルの上下限を当てた後 合計 受け取り 期間全体の値上がり率 プレミアム 7% を引いた損益
A +4%、+6%、+3%、+8% 4%、5%、3%、5% 17% 10% +22.6% +3%
B −5%、−8%、−3%、−10% 0%、0%、0%、0% 0% 2% −23.7% −5%
C +3%、−10%、+12%、−9% 3%、0%、5%、0% 8% 8% −5.5% +1%
D +10%、−4%、+2%、−2% 5%、0%、2%、0% 7% 7% +5.6% 0%

経路 A は、すべての期で上がりましたが、期ごとの上限で 6% と 8% が 5% に切られ、合計 17% がグローバル・キャップで 10% に切られます。指数が期間全体で 22.6% 上がったのに、受け取りは 10% で、買い手は上昇の大半を受け取れません。

経路 B は、すべての期で下がり、ローカル・フロアで各期は 0% になります。合計 0% はグローバル・フロアの 2% に引き上げられ、期間全体で 23.7% 下がった指数に対して 2% を受け取ります。ただし、プレミアム 7% を払っているため、5% の損です。

経路 C は、期間全体では 5.5% 下がっていますが、上がった期の分が残るため、8% を受け取ります。下がった期の分を引かない点が、期間の初めと終わりの価格だけで決まるバニラ・オプションとの違いです。経路 D は、受け取り 7% がプレミアム 7% と同じで、損益は 0 です。

得になるのは、ローカルの上下限を当てた合計がプレミアム 7% を超える経路 A や C のような場合です。損になるのは、合計が 7% に届かない場合です。経路 B は、その中でも最低の受け取りの 2% にとどまる例です。

保証付きの商品に組み込まれる使われ方

年金の運営者が、商品に株価連動の保証を付けるときに、上げの部分を制限して保証の費用を下げる例があり、そうした商品はクリケットの契約にあたります5。大きな年金の運営者や個人の投資家が、株価の変動に対する保険として選んできました6。

フォワード・スタートの連なりとして見る

フォワード・スタート・オプションは、将来のリセット日に、その日の原資産の価格に比例した行使価格のオプションが、追加の費用なしで手に入る権利です。ルービンシュタイン(Rubinstein)が導入したもので、リセット日に標準的なコールが渡されます7。リセット日を T1T_1、満期を T2T_2、比率を κ\kappa とすると、コールの満期の受け取りは次のとおりです8。

(ST2−κST1)+(S_{T_2} - \kappa S_{T_1})^+

(x)+(x)^+ は xx がマイナスなら 0 とする記号です。クリケットの 1 期は、期の初めの価格を行使価格にしたフォワード・スタート・オプションと見られます。フォワード・スタートの受け取りの形は、クリケットとラチェットの土台になっています1。

ローカルの上下限だけを見ると、Cl≥FlC_l \ge F_l のとき、各期の受け取りは次のように分けられます9。

max⁡{Fl,min⁡{Cl,Ri}}=Fl+(Ri−Fl)+−(Ri−Cl)+\max\{F_l, \min\{C_l, R_i\}\} = F_l + (R_i - F_l)^+ - (R_i - C_l)^+

(Ri−Fl)+(R_i - F_l)^+ は、期の初めの価格に対する比率でみたコールの受け取りで、行使価格が S(ti−1)(1+Fl)S(t_{i-1})(1 + F_l) です。(Ri−Cl)+(R_i - C_l)^+ も同じで、行使価格が S(ti−1)(1+Cl)S(t_{i-1})(1 + C_l) です。つまり、1 期分は、期の初めの価格を基準にしたフォワード・スタートのコール・スプレッドに下限の分を足したものです。グローバルの上下限がなければ、クリケット全体は、期ごとのコール・スプレッドの和になります。グローバルの上下限は合計に当たるため、期を 1 つずつ切り離して評価できなくなります。

ブラック・ショールズ・モデルでは、フォワード・スタート・オプションは、リセット日から満期までと同じ期間の標準的なコールに価格が対応します。確率的ボラティリティなどのより一般のモデルでは、この対応は成り立ちません10。

評価を左右する将来のスマイル

期ごとの値上がり率 RiR_i の分布は、今の市場のバニラ・オプション(満期が各観測日で、行使価格は今の価格が基準)から直接は読み取れません。今のバニラ・オプションが示すのは、各観測日の価格の分布です。クリケットの 1 期が必要とするのは、その期の初めの価格に対する比率の分布です。ここでのボラティリティ(値動きの大きさ)を、フォワードのボラティリティと呼べます11。

フォワード・スタート・オプションのインプライド・ボラティリティは、リセットがあるために、ふつうのバニラのスマイルと大きく異なります12。この将来のスマイルの形(フォワード・スマイル)に、クリケットの価値が左右されます。ボラティリティ・スマイルのうち、クリケットに固有の点を 3 つ挙げます。

  • ローカル・ボラティリティ・モデルは、株価と時間の関数としてボラティリティを決め、バニラ・オプションの価格に合わせるモデルです。フォワードのスキュー(傾き)がふつう平らです。そのため、デジタル型のクリケットの価格は、確率的ボラティリティ・モデルの価格を大きく下回りうると指摘されています13。
  • ヘストン・モデルや指数レヴィ・モデルも、クリケットの評価で大きなモデルのリスクを抱えるとされています13。
  • ジャンプ拡散モデルで作った合成の市場を考え、そこで出るバニラ・オプションの価格に、ローカル・ボラティリティ・モデルを合わせる実験があります。結果は、クリケットの価格が合成の市場の価格に近くなる保証はない、というものでした14。

最後の実験では、実務で使われる 2 つの補正を入れると、初期の価格での値はかなり近くなりました。補正の 1 つは、ボラティリティを、今の価格と前のリセット時の価格の比率の関数にすることです。もう 1 つは、ボラティリティの面(満期と行使価格ごとのボラティリティの広がり)を時間とともに前へ動かして、短い満期の側の傾きが平らにならないようにすることです。ただし、初期の価格から離れると差が開き、ヘッジに使うデルタは大きく食い違いました15。

ディーラーに残るモデルのリスク

売り手のディーラーは、プレミアムを受け取り、満期に受け取りを払います。クリケットのボラティリティのリスクは、過小に見積もられやすいと指摘されています16。評価額が原資産の値動きのモデルに左右され、バニラ・オプションの価格に合わせたモデルでも、ほかのモデルの値と近くなるとは限らないためです14。

モデルの違いがどれだけの幅になるかを、前の節の実験で使った契約で見られます。この契約は、5 年間、1 年ごとに観測し、ローカル・キャップが 8%、ローカル・フロアが 0%、グローバル・フロアが 16% で、グローバル・キャップはありません。値動きの大きさが 2 つの水準(年率 23.59% と 31.67%)のあいだのどこかにあるとだけ仮定する不確実ボラティリティ・モデルで、買い手の立場の最悪と最善の価格を求めます。想定元本に対して約 15.0% から約 17.5% になり、幅は大きくなります17。論文は、この幅が、クリケットを売る側に実際のボラティリティのリスクを示すとしています15。

ディーラーがヘッジで使う感応度(デルタ、ベガなど)は、評価のモデルから求めます。モデルによってデルタが大きく違うため、評価と同じ問題がヘッジにも現れます。論文は、観測日に満期が来る市場取引のオプションで静的な持ち高を取り、モデルのリスクを減らす考え方を挙げています18。一部の論文は、標準的なクリケットの価格づけの問題が、複数の金融機関の損失につながったと述べています19。

注

  1. Andrea Mazzon、Andrea Pascucci「The forward smile in stochastic local volatility models」の 1 節 Introduction(2 ページ)。フォワード・スタートのコールの受け取りがクリケットとラチェットの土台とあり、同じ商品の別名とは書いていません。 ↩ ↩2

  2. H. A. Windcliff、P. A. Forsyth、K. R. Vetzal「Numerical Methods and Volatility Models for Valuing Cliquet Options」(2006 年 2 月 14 日の改訂版)の 2 ページ、1 節。 ↩

  3. Windcliff ほか、前掲の 4.1 節(11〜12 ページ)、式 (4.1) と (4.2)。記号は資料の ClC_l、FlF_l、CgC_g、FgF_g にそろえ、和の添え字は NN(資料の NobsN_{obs})としました。 ↩

  4. Windcliff ほか、前掲の 4.1 節(12 ページ)、式 (4.3) とその下の文。Fl<0F_l < 0 の式をリバース・クリケットとしています。例の契約の数値は 7.4 節 Table 12(31 ページ)です。 ↩

  5. Windcliff ほか、前掲の 1〜2 ページ、1 節 Introduction。毎年の最低リターンの保証と上限の交換、年金の商品への保証の例が書かれています。 ↩

  6. 同じ資料の 8 節 Conclusions(32 ページ)の冒頭。大きな年金と個人の投資家の、市場のボラティリティに対する保険として広まったと書いています。 ↩

  7. Elisa Alòs、Antoine Jacquier、Jorge A. León「The implied volatility of Forward-Start options」の 1〜2 ページ、1 節 Introduction。導入者を Rubinstein とし、従業員のストック・オプションとクリケットを例に挙げています。 ↩

  8. Aleksandar Mijatović、Martijn Pistorius「Exotic derivatives under stochastic volatility models with jumps」の 1.4.3 節(23 ページ)。受け取りを (ST2−κST1)+(S_{T_2} - \kappa S_{T_1})^+ と書いています。 ↩

  9. 本文で導いた式で、資料にはありません。Cl≥FlC_l \ge F_l のとき、Ri<FlR_i < F_l、Fl≤Ri≤ClF_l \le R_i \le C_l、Ri>ClR_i > C_l の 3 つに分けると両辺が一致します。 ↩

  10. Alòs ほか、前掲の 2 ページ。ブラック・ショールズ・モデルでは増分が同じ分布に従うため、満期までの期間が T−sT-s の通常のコールに対応します。一般の確率的ボラティリティ・モデルでは対応しません。 ↩

  11. 本文で導いた説明です。「フォワードのボラティリティ」は資料の用語ではなく、Mazzon と Pascucci の「forward implied volatility」、Windcliff らの「forward starting volatility skew」にならいました。 ↩

  12. Alòs ほか、前掲の 2 ページ。リセットの特徴のため、インプライド・ボラティリティがふつうのバニラのスマイルと大きく異なると書いています。 ↩

  13. Mazzon と Pascucci、前掲の 2 ページ。フォワードのスキューがふつう平らなこと、デジタル型の価格が大きく下回りうること、ヘストン・モデルと指数レヴィ・モデルのモデルのリスクを書いています。 ↩ ↩2

  14. Windcliff ほか、前掲の 2 ページ(1 節)と 8 節(32 ページ)。ローカル・ボラティリティ・モデルをジャンプ拡散モデルのバニラの価格に合わせても、クリケットの価格が近くなる保証はないと書いています。 ↩ ↩2

  15. 同じ資料の 1 節(2 ページ)、7.1 節(26〜27 ページ)、8 節(32〜33 ページ)。実務の補正 2 つの効果と、不確実ボラティリティ・モデルの最悪と最善の幅が売る側のリスクを示すことが書かれています。 ↩ ↩2

  16. 同じ資料の 2 ページ、脚注 2。Wilmott(2002 年)が、クリケットのボラティリティのリスクが過小に見積もられやすいと指摘したと書いています。 ↩

  17. 同じ資料の 7.3 節 Table 11(29 ページ)、契約の条件は Table 4(22 ページ)、ボラティリティの水準は Table 1(10 ページ)。想定元本を 1 とした値を、本文では百分率にしました。 ↩

  18. 同じ資料の 7.1 節(26 ページ)。ヘッジのとき、観測日に満期が来る市場取引のオプションで静的な持ち高を取り、モデルのリスクを減らしたいことがあると書いています。 ↩

  19. Mazzon と Pascucci、前掲の 2 ページ。標準的なクリケットの価格づけの問題が文献によく記録され、複数の金融機関の損失に至ったと書き、Jeffery(2004 年、Risk 誌)を挙げています。 ↩