株式の仕組債を組成するディーラーは、投資家から受け取るプットのリスクをヘッジします。仕組債を販売する会社は、コストやリターンを顧客に説明することが求められます。
仕組債で投資家の反対側に立つ金融機関
仕組債は、債券にオプションなどのデリバティブを組み合わせた商品です1。投資家がオプションの売り手に回る使い方の一般は、エキゾチック・オプションの全体像で扱います。株式の仕組債では、株価指数や個別の株価に連動する商品が販売されてきました2。
EB 債のように、ノックインの条件を持つ株式の仕組債を買う投資家は、仕組債を通じて、参照する株式のプット・オプションを売ることになります。このプットを買う側に立つのは、仕組債を組成する金融機関です3。組成した金融機関(ディーラー)は、受け取ったプットのリスクを、原資産の株式やオプションを売買してヘッジします4。
図の説明
Z 証券が X 社の株式に連動し、ノックインの条件を持つ仕組債を組成して発行する架空の例で考えます。投資家は Z 証券に元本を払い、Z 証券から高めのクーポンと償還金を受け取ります。投資家は仕組債を通じて Z 証券にプット・オプションを売っていて、X 社の株価が大きく下がると償還金が元本を下回ります。Z 証券は、そのリスクを抑えるために、ほかの金融機関などを相手に X 社の株式や株式のオプションを売買します(図は買う場合)。
オートコールとノックイン
オートコールは、あらかじめ決めた観測日に原資産の価格が決めた水準以上になると、仕組債が満期の前に償還される仕組みです。償還されると、投資家は元本とあらかじめ決めたクーポンを受け取ります5。発行者が償還するかどうかを選べる条項(コーラブル)と違い、償還は原資産の価格だけで決まります6。
株式の仕組債には、オートコールにノックインの条件を組み合わせたものがあります。個別の株価に連動する EB 債(他社株転換債)の多くは、次の条件を持ちます。株価が観測日(例えば四半期ごと)に一定の水準まで上がると、その時点で早期償還されます。参照する株価が期間中に一度でも大きく下がり(ノックインし)、かつ満期の株価が当初の水準を下回っていると、額面を当初の株価で割った数の株式などで償還されます。どちらにも当たらなければ、満期に額面で償還されます3。
EB 債の高めのクーポンの主な源泉は、ノックインしたときに投資家が大きな損失のリスクを負うことの対価で、オプションのプレミアムに当たります。値上がり益をあきらめることの対価の面もあります3。
日経平均株価に連動する日経平均リンク債にも、ノックインと早期償還の条項が付いたものがあります。ノックインする価格が今の株価に近いほど、ノックインしやすくなる分、クーポンの利率は高く設定されます7。
Z 証券が発行する X 社の株式連動の仕組債の架空の例で考えます。額面は 100 万円、期間は 3 年で、観測日は 1 年後、2 年後、3 年後(満期)の 3 回です。X 社の当初の株価は 1,000 円とします。EB 債では償還が株式になることがありますが、この例では満期の株価で計算した金額で示します。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| クーポン | 償還されるまで、毎年の観測日に 5 万円(額面の 5%) |
| 早期償還 | 観測日の株価が 1,000 円以上なら、額面 100 万円とその年のクーポンを受け取って終わる |
| ノックイン | 期間中に一度でも株価が 600 円以下になる |
| 満期の償還 | ノックインしていて満期の株価が 1,000 円未満なら、100 万円 × 満期の株価 ÷ 1,000 円。それ以外は 100 万円 |
| 場合 | 観測日の株価(円。1 年後、2 年後、3 年後) | 期間中の最安値(円) | 償還の時点 | 受け取る額の合計(万円) |
|---|---|---|---|---|
| A | 1,300(償還) | 950 | 1 年後 | 105 |
| B | 900、1,050(償還) | 820 | 2 年後 | 110 |
| C | 850、800、900 | 750 | 3 年後 | 115 |
| D | 800、650、700 | 550 | 3 年後 | 85 |
A、B、C では、投資家は元本の 100 万円にクーポンを足した額を受け取ります。C は満期の株価が当初を下回っていますが、ノックインしていないため元本で償還されます。D は期間中に 550 円まで下がってノックインし、満期の株価が 700 円なので、償還は 70 万円になります。3 回分のクーポン 15 万円を足しても 85 万円で、投資家は 15 万円の損失を負います。A では株価が 30% 上がっていますが、投資家が元本を超えて得るのは 1 年分のクーポンの 5 万円だけで、株価の値上がりは受け取りに入りません。これが、上でいう値上がり益をあきらめることに当たります8。
仕組債の償還は、株価のほかに発行者の信用にも依ります。発行者の財務の状況によっては、元本や利息の支払いが滞ることがあります9。
ワースト・オブとクリケット
ワースト・オブは、複数の株式や株価指数のうち、最も値動きの悪いものを参照して受け取りを決める型です。例えば X 社と Y 社の株式を参照し、満期に X 社が 10% 上がって Y 社が 20% 下がっていれば、受け取りは上がった X 社ではなく、下がった Y 社の値動きで決まります。ワースト・オブの仕組債では、参照する指数のどれかが決めた割合(例えば 30%)下がると、満期に元本が戻らないことがあります10。値下がりしたときに、最も値動きの悪い銘柄の株式そのものを受け渡す形もあります11。
クリケットは、期間を 1 年ごとなどに区切り、各期の値上がり率で受け取りを決めるオプションです。売り手が毎年の最低の受け取りを保証する代わりに、毎年の受け取りに上限を付けます。株価に連動しながら下落のリスクを抑えたい需要に合わせて、年金の商品に組み込まれた例があります12。観測日ごとに受け取りが決まるため、経路依存型オプションの一種です13。
バリアンス・スワップ
バリアンス・スワップとボラティリティ・スワップは、株価の上げ下げではなく、変動の大きさそのものを取引する店頭デリバティブです。ボラティリティ・スワップは、満期に、期間中の原資産の実際の変動率(ヒストリカル・ボラティリティ)と、契約のときに決めたレートを交換します。バリアンス・スワップは、ボラティリティの 2 乗(バリアンス)を交換します14。
ボラティリティは、株価が急落して市場の不安が高まる局面で大きく上がりやすい性質を持ちます。そのため、株式の投資家は、ボラティリティ・スワップでボラティリティを買うと、株式市場が急落したときのポートフォリオの損失を抑える効果を見込めます15。実際の変動を受け取り、決めたレートを払う側(ボラティリティの買い手)は、実際の変動がレートを上回れば差額を受け取り、下回れば差額を払います15。
配当を取引する配当スワップと配当先物
配当スワップと配当先物は、株式の値動きではなく、株式から支払われる配当の額を取引の対象にします16。欧州では、配当を対象にしたデリバティブが 2000 年代の初めから取引されています。配当スワップの市場は、仕組商品で銀行が抱える配当のリスクを管理する必要と、そのリスクを引き受けるヘッジファンドの需要から育ちました17。
日本では、大阪取引所に、日経平均株価の構成銘柄の配当を積み上げた指数を対象にする日経平均・配当指数先物が上場しています。株式を持つ投資家が受け取る配当の変動をヘッジしたり、株式を持たずに配当の部分だけに投資したりするのに使えます18。
ディーラーに残るリスク
仕組債を組成したディーラーは、原理的には、仕組債と同じ受け取りの形になる商品を買って、リスクをそのまま外に移せます。実際には、ディーラーを務める多くの銀行は、仕組債の市場リスクをほかのトレーディングの持ち高と合わせて管理します4。原資産とオプションを売買して、原資産の価格の動きに対する 1 次と 2 次の感応度(デルタ、ガンマ)と、ボラティリティへの感応度(ベガ)を抑えます419。持ち高のヘッジの組み直しは、この 3 つを対象にするのが普通で、それより高次のリスクをヘッジすることはまれです19。ただし、ヘッジに使える商品には限りがあり、高次のリスクもほとんどヘッジしないため、ディーラーの手元には次のリスクが残ります。
| リスク | 残るもの |
|---|---|
| ボラティリティ | 取引所の商品でヘッジしにくいことがある、期間の長い取引のリスク |
| 相関 | 個別株を株価指数の先物やオプションでヘッジすると効かないことがある |
| 配当 | 仕組商品や株式のオプションが抱える将来の配当のリスク |
ボラティリティは、取引所の商品でヘッジできるのが期間の短い取引の一部で、期間の長いオプション(バリア・オプションなどのエキゾチックを含む)は大きなリスクを抱えることがあります20。個別株や銘柄の組み合わせを株価指数の先物やオプションでヘッジすると、値動きが想定どおりに連動せず、ヘッジが効かないことがあります21。複数の銘柄を参照する商品の評価には、銘柄どうしの値動きの相関が入ります22。配当は株式とデリバティブの価値に大きく影響し、仕組商品や株式のオプションが抱える将来の配当のリスクは、配当のデリバティブでヘッジできます16。
クリケットは、ボラティリティのリスクが過小に見積もられやすく、評価額が原資産の値動きのモデルに大きく左右されます。バニラ・オプションの価格に合わせたモデルで評価しても、ほかのモデルで評価した値と近くなるとは限りません23。
配当のリスクは、市場の値動きを大きくすることもあります。欧州では、仕組商品の部門が、配当先物の値下がりの局面で配当先物を売る必要に迫られ、その値下がりを強めてきました24。
日本の仕組債の販売に対する金融庁の指摘
金融庁は、2022 年 6 月のモニタリングの結果で、上の例のような条件を持つ EB 債を、個別の株価に連動する仕組債の典型例として取り上げました。組成と販売の段階の手数料を含めると、投資家はリスクに見合うリターンを得られていないと分析し、「中長期的な資産形成を目指す一般的な顧客ニーズに即した商品としてはふさわしいものとは考えにくい」としました26。
金融庁は、2023 年 6 月の結果で、2022 年度上期の主要行等と地域銀行の仕組債の販売額が、株式市況の低迷と販売の停止や縮小で減ったとしています27。重点的に対話した金融機関の多くは、EB 債だけでなく、日経平均リンク債のように株価指数に連動する指数連動債も、リスクに見合うリターンを得られないと結論付けました28。日本証券業協会は、2023 年 4 月に、複雑な仕組債などの販売勧誘に関する規則の改正を公表しました29。
注
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「仕組商品投資のリスク把握と管理」の 3 ページ、「1.仕組商品とは」。 ↩
-
金融庁「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(2022 年 6 月)の 27 ページ、「(1)仕組債」。 ↩
-
金融庁「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(2022 年 6 月)の 28〜30 ページ、「① 商品性に関する問題点」と脚注 25〜27、図表 22。 ↩ ↩2 ↩3
-
The Options Industry Council「Analysis on Structured Products and Listed Equity Options in Europe(Part 1)」(SRP、2015 年)の 21 ページ、「Hedging」。 ↩ ↩2 ↩3
-
同じ資料の 39 ページ、Glossary of Terms の「Autocallable」。 ↩
-
同じ資料の 41 ページ、Glossary of Terms の「Callable」。 ↩
-
日本証券業協会「日経平均リンク債の特徴やリスクとは?」の 1 ページと 3 ページ、「1.そもそも日経平均リンク債とは?」と「利率(クーポン)」の注。 ↩
-
金融庁「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(2022 年 6 月)の 29〜30 ページ。 ↩
-
日本証券業協会「日経平均リンク債の特徴やリスクとは?」の 3 ページ、「発行者の信用リスク」。 ↩
-
FINRA「Regulatory Notice 12-03」(2012 年 1 月)の 4 ページ、「worst-of」の例。 ↩
-
The Options Industry Council「Analysis on Structured Products and Listed Equity Options in Europe(Part 1)」(SRP、2015 年)の 41 ページ、Glossary of Terms の「Worst of」。 ↩
-
H. A. Windcliff、P. A. Forsyth、K. R. Vetzal「Numerical Methods and Volatility Models for Valuing Cliquet Options」の 1〜2 ページ、「1 Introduction」。 ↩
-
同じ資料の 2 ページ、「Cliquets are discretely observed path-dependent contracts」の段落。 ↩
-
日本銀行金融研究所 杉原慶彦「わが国株式市場のモデルフリー・インプライド・ボラティリティ」(「金融研究」2010 年 4 月)の 117 ページ、「補論 3.ボラティリティ・デリバティブ」。 ↩
-
Eurex「Dividend Derivatives(Factsheet)」の 1 ページ、「Trade the dividends of single stocks or entire stock indexes」と「Hedge dividend risk」。 ↩ ↩2
-
Eurex「Dividend derivatives look to the future」(2022 年)の 2 ページ。 ↩
-
大阪取引所「日経平均・配当指数先物 商品概要」。 ↩
-
The Options Industry Council「Analysis on Structured Products and Listed Equity Options in Europe(Part 1)」(SRP、2015 年)の 22 ページ、「Dynamic hedging」。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4345.1「Equity Derivatives」の 3 ページ(2003 年 4 月の版)、「Volatility Risk」。 ↩
-
同じ資料の Section 4345.1「Equity Derivatives」の 3 ページ(2003 年 4 月の版)、「Hedging」と「Market Risk」。 ↩
-
石川達也、内田善彦「モンテカルロ法によるプライシングとリスク量の算出について」(日本銀行金融研究所「金融研究」2002 年 6 月)の 5 節(1)「バスケット型オプションのプライシング」(66 ページ)。32 銘柄の株価の合計に対するコールを、各株式の収益率の分散共分散行列を入れて評価しています。 ↩
-
H. A. Windcliff、P. A. Forsyth、K. R. Vetzal「Numerical Methods and Volatility Models for Valuing Cliquet Options」の 2 ページと脚注 2。 ↩
-
Eurex「Dividend derivatives look to the future」(2022 年)の 8 ページ。 ↩
-
Eurex「Dividend derivatives look to the future」(2022 年)の 5 ページ。 ↩
-
金融庁「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(2022 年 6 月)の 28〜30 ページ、「① 商品性に関する問題点」。 ↩
-
金融庁「リスク性金融商品の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果」(2023 年 6 月)の 6 ページ、「(イ)仕組債」。 ↩
-
同じ資料の 8 ページ、「① 仕組債」の「(ロ)対話・モニタリングで判明した課題」。 ↩
-
金融庁「リスク性金融商品の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果」(2023 年 6 月)の 8 ページ、「① 仕組債」の「(イ)商品導入・販売に際して販売会社に求められる事項」。 ↩ ↩2 ↩3