報酬や評価の設計、研修、職員の行動のモニタリング、苦情の分析を、不適切な行為を防ぐ一つの枠で考える場面で、コンダクト・リスクという言葉を使います。
コンダクト・リスクとは何か
法令や社内の規則、倫理などの期待される水準に達しない行為そのものは、一般に「ミスコンダクト」と理解されます1。この記事では、その行為が起きるリスクを「コンダクト・リスク」と書きます。
金融庁の 2018 年 10 月の資料は、企業価値が大きく損なわれる例が少なくないとしています。その経路は、法令として規律が整備されていなくても、社会規範に反する行為、商慣習や市場慣行に反する行為、利用者の視点が欠けた行為につながるものです。悪い結果が生じる場合の例として、次の図の 2 つ(利用者保護と市場の公正・透明)と、図の説明にある金融機関自身の風評の、計 3 つを挙げています2。
図の説明
金融機関の役職員の行為が、利用者の保護、市場の公正・透明、金融機関自身の風評に悪い結果をもたらす場合を、金融庁の資料の例で示した図です。矢印は、金融機関の役職員の行為の悪い結果が向かう先を表し、金融機関が利用者や市場を守る向きではありません。図に描くのは利用者と市場の 2 つで、3 つ目の金融機関自身の風評への悪影響は、外部への悪影響が客観的に生じなくても挙げられている例で、図には描きません。
金融庁の同じ資料は、コンダクト・リスクについて共通した理解が形成されているとは必ずしも言えないと書いています2。英国金融行為監督機構(FCA)が 2016 年に大手の卸売銀行から聞き取った内容では、各社の定義は顧客への結果に触れ、市場の健全性や事業の持続性にも触れるものがありました3。金融庁は、この概念を使うことも、新しい社内規程を作ることも金融機関に求めておらず、既存のリスク管理の枠組みを踏まえて、各金融機関が自分に合う形で管理態勢を高めるものとしています4。
資料の問題は販売、市場、利益相反
公開の資料が挙げる問題は、顧客への販売、市場の公正さを損なう行為、利益相反の管理の失敗に分けて読めます。
| 型 | 何が起きるか | 資料にある例 |
|---|---|---|
| 販売 | 顧客の必要より、金融機関が売りたい商品が優先される。営業担当者への圧力が、この優先を悪化させる | 個人向けの商品の不適切な販売5。営業担当者に特定の商品を売るよう明示的、暗黙に圧力をかける報酬の仕組み6 |
| 市場 | 市場の公正さと透明性を損なう | 卸売市場の価格操作の共謀5、LIBOR の操作の試み6、公表前の非公知の情報を一部の顧客へ伝えた事例(2018 事務年度)7 |
| 利益相反 | 顧客層や自己勘定ごとに目的の違う活動を 1 つの金融機関が行い、一部の顧客層に偏った扱いをする危険がある | 卸売市場での利益相反の管理の失敗は、市場の健全性と顧客保護の両方への主要な根本原因(FCA の 2013 年の整理)6 |
FCA は 2013 年に、多くのコンダクト・リスクの根には利益相反の悪用があるとし、文化と報酬の仕組みが利益相反を収益になるものにして定着させると見ていました。同じ節で、LIBOR の操作の試みなどを、利益相反などを利用する形で作られた商品や仕組みから生じた例に挙げています6。
法令を守ることだけでは足りない点は、金融庁が把握した事例にも出ています。公表前の非公知の情報を一部の顧客へ伝えた事例では、世間一般からどう評価されるかへの配慮に欠け、既存のルールさえ守っていればよいと考えるにとどまったことが、資本市場の公正性への信頼を損ないかねない行為につながったと整理されています7。
個別の事例は販売問題の事例で扱います。
管理の枠組み
金融庁の基本方針は、リスクベースの管理を、リスクの特定・評価と、リスクの低減・制御の 2 つのプロセスに大別して考えます。実行の仕方は、金融機関の規模と特性で異なり得ます8。国際的には、FSB が文化、個人の責任、過去の不正を隠した転職を主題にした道具箱を示しています。全員に合う方法はなく、組み合わせは金融機関が決めます9。
リスクの特定
FCA が聞き取った内容では、各社が効果的と認識していた特徴として、自社のコンダクト・リスクを全社共通の自己評価の手順で洗い出すことと、リスクの種類を全社共通の分類にして記録と報告をそろえることが挙がっていました。一部の会社は、ある事業で見つけたリスクがほかの事業にもないかを比べる取組みに利点があるとしていました10。
文化と経営陣の姿勢
経営陣の姿勢は「tone at the top」と呼ばれ、企業文化に大きな影響を与えます。現場の職員を日々評価する中間管理者の姿勢も重く見られ、金融庁の資料は「tone in the middle」という語で触れています。企業文化は、内部統制の仕組み全体に通じる土台に当たります11。FSB の道具箱は、経営陣が望ましい文化を示し、問題につながる文化の要因を幅広い情報から見つけ、行動の規範を動かす具体的な行動をとることを挙げています12。FCA の質問の 2 つ目は、フロント、ミドル、バック、統制、支援の各部門で働く人が、自分の業務のコンダクトに責任を持つようにする方法を問います13。
報酬と評価
人事・報酬の制度は役職員へのインセンティブとして働きます。短期の収益を重く見る一方で法令の遵守を軽く扱う制度は、不正を伴っても営業成績を上げればよいという動機を生みうると金融庁は指摘しています14。金融庁が把握した事例には、業績が高くてもコンプライアンスや顧客本位の観点で評価が低ければ総合評価が低くなる制度を設けた金融機関があります(2018 事務年度)15。
FCA が面談した大手の卸売銀行は、変動報酬を決めるときに財務の要素と財務以外の要素の両方を見ており、成績の評価を「何を達成したか」と「どう達成したか」に分ける銀行が増えていました(2016 年)16。
教育
金融庁が把握した事例(2018 事務年度)には、頻繁に変わるルールそのものを説明する研修をやめ、ルールの趣旨と背景を理解させて役職員が自分で考える形に改めた金融機関があります。見直しの例として、判断に迷う事例を使った討議形式にする、従来型のコンプライアンス研修に加えて、誠実さと倫理観を高めるインテグリティ研修を加える、といったものがあります18。FCA が面談した銀行には、経験のある実務者が自分の体験を交えて小グループで行う研修を実施したところがありました。その銀行は、画面上で次々にクリックして済ませられる e ラーニングよりかなり効果的だと見ていました19。
モニタリング
FCA が聞き取った内容では、大半の銀行が、デスクの責任者向けに、個人の行動と社内規則違反を測る指標を集めた管理用の情報を中央で作っていました。指標には、研修の未受講や遅れ、顧客の苦情の分析、限度の超過、不審取引の報告などが入っていました20。金融庁が把握した事例には、職員の行動を一元的に把握するシステムを入れ、不適切な行為を検知すると警告が表示され、管理職が内容を確かめる仕組みを作った金融機関があります(2018 事務年度)21。
苦情の分析
金融庁が把握した事例には、従業員と顧客の苦情を理由ごとに分類するプラットフォームを作り、どんな理由の苦情が増えているかを分析する金融機関があり、金融庁は分析の手法は発展途上と記しています(2018 事務年度)23。新商品の発売時に、販売の状況とともに関連する苦情を見て、商品を組成したときの想定と違う売り方がされていないかを確かめる事例もあります(2019 事務年度)24。FCA が聞き取った管理用の指標にも、顧客の苦情の分析が含まれていました20。
管理の効果は測りにくい
FCA は、各社の取組みに進展はあるが、長期的にどれだけ効果があるかを判断するには早すぎるとしていました(2018 年の再発行時点)25。指標についても、FCA が聞き取った各社は、まだ取り組むべきことがあると述べ、測られる内容を職員が理解するにつれて行動が変わるため、指標を更新し続けないと誤った安心を得るおそれがあるとしています26。金融庁が把握した事例では、不適切な行為の検知に AI を使う金融機関が、行動のパターンを多く学習させる必要があり、検知の正確さや網羅性が 100% でないため、足元では目視との組み合わせが必要としています(2018 事務年度)27。
オペレーショナル・リスクとの関係
オペレーショナル・リスクは、自己資本比率の告示で、法的リスクを含み、戦略リスクと風評リスクを除くと定められています28。一方、コンダクト・リスクは、金融機関自身の風評への悪影響や、法令に定めのない行為も対象にします2。したがって、規制の定義のオペレーショナル・リスクと重なる部分と、重ならない部分があります。
FSB は、健全性の面から金融機関を監督するプルーデンス監督当局が、コンダクト・リスクをオペレーショナル・リスクの一部と見ていると脚注に書いています。同じ脚注で FSB は、法令に違反しない「グレーゾーン」でも金融機関はリスクを取れるが、適切に管理する責任があり、管理はコンダクト・リスクの回避を必ずしも意味しないと説明しています29。オペレーショナル・リスクの分類と、損失データや自己評価による管理はデリバティブ取引のオペレーショナル・リスクが扱います。
注
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Financial Stability Board, "Strengthening Governance Frameworks to Mitigate Misconduct Risk", footnote 8, page 1 (PDF page 7). FSB の説明では、ミスコンダクトは「法令、職業上、社内の行動基準、倫理の基準を含む、期待される水準に達しない行為」と一般に理解できます。 ↩
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(2018 年 10 月)のⅢ.2.(2)「幅広いリスクの捕捉及び把握」にあるコラム「コンダクト・リスク」(11〜12 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
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Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision" (published April 2017, re-issued April 2018), "Defining conduct risk", page 8. ↩
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」の脚注 4(12 ページ)。 ↩
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Financial Stability Board, "Strengthening Governance Frameworks to Mitigate Misconduct Risk: A Toolkit for Firms and Supervisors" (April 20, 2018), Preface, page v. ↩ ↩2
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Financial Conduct Authority, "FCA Risk Outlook 2013", 2.1 "Conflicts of interest" and 2.2 "Culture and incentives", page 19. ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」(2019 年 6 月、2020 年 7 月一部更新)の「問題事象につながった事例」(平成 30 事務年度に把握した事例、34 ページ)。 ↩ ↩2
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」のⅢ.2.(1)「リスクベース・アプローチ」(10 ページ)。 ↩
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Financial Stability Board, "Strengthening Governance Frameworks to Mitigate Misconduct Risk", "The toolkit", page 4; Phase 2, pages 2–3. ↩
-
Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", "Design of Conduct Risk Change Programmes", page 6, and Question 1, page 10. ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」のⅢ.1.(「tone in the middle」、5〜6 ページ)。 ↩
-
Financial Stability Board, "Strengthening Governance Frameworks to Mitigate Misconduct Risk", Tools 1 to 3, pages 4–5. ↩
-
Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", "The 5 Conduct Questions", Question 2, page 4. ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理基本方針」のⅢ.1.の脚注 1(5 ページ)。 ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の「人事・報酬制度について」(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、9 ページ)。 ↩
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Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", Question 5, page 19. ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の「人事・報酬制度について」(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、9〜10 ページ)。 ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の研修の取組み事例(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、13 ページ)。 ↩
-
Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", Question 3, "Training", pages 14–15. ↩
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Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", Question 3, "Supervision, procedures and management information", page 13. ↩ ↩2
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の「情報通信技術の活用」(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、29 ページ)。 ↩
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の管理部門の取組み事例(21 ページ。「摘発型」と「啓蒙型」は令和元事務年度、覆面での検証は平成 30 事務年度に把握した取組み事例)。 ↩ ↩2
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の「情報通信技術の活用」(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、29 ページ)。 ↩
-
金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」(令和元事務年度に把握した取組み事例、21 ページ)。 ↩
-
Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", Summary, page 4. ↩
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Financial Conduct Authority, "'5 Conduct Questions' Industry Feedback for 2016 Wholesale Banking Supervision", Question 3, page 14. ↩
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金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の「情報通信技術の活用」(平成 30 事務年度に把握した取組み事例、29 ページ。同じ趣旨の意見は 28 ページ)。 ↩
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金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」(平成 18 年金融庁告示第 19 号)の第 1 条第 111 号。 ↩
-
Financial Stability Board, "Strengthening Governance Frameworks to Mitigate Misconduct Risk", footnote 21, page 10. ↩