銀行は、約定の入力や決済での事務ミスや不正を、損失として記録します。その記録は種類ごとに振り分け、自己資本の計算にも使います。業務ラインとリスク管理の部署は、この同じ記録を土台に損失を見ます。
規制上の定義と含まれる範囲
自己資本比率の告示は、オペレーショナル・リスクを、損失が生ずるリスクと定めています。損失の原因は 2 つで、業務の過程、役職員の活動、システムが不適切であったり機能しなかったりすること、または外生的な事象です。法的リスクは含み、戦略リスクと風評リスクは除きます1。業務上の事務ミス、サイバー攻撃によるものを含むシステム障害、自然災害、マネー・ローンダリングなどの不正に係る懲罰や違約金も、このリスクに入ります2。下位の区分には、役職員が正確な事務を怠ったり事故や不正を起こしたりして損失が出る事務リスクと、システムリスクがあります2。
規制で資本を計算する範囲と、金融機関が管理する範囲は同じではありません。管理の対象は金融機関が自ら決め、規制の算定に含まれないリスクも自らオペレーショナル・リスクと定めて管理できます3。戦略リスクや風評リスクは規制の定義の外にありますが、オペレーショナル・リスクを管理するうえでは考えに入れる論点です4。
ほかのリスクとの境目は、資本の計算に使う内部損失データの基準で決まっています。内部損失データには、市場リスクに関連するオペレーショナル・リスクの損失を含めます。一方で、信用リスクに関連する損失のうち、すでに信用リスクの側で自己資本の計算に入れたものは含めません5。
損失事象の 7 つの種類
告示は、オペレーショナル・リスクの損失事象を次の 7 つの種類に分けています6。資本の計算に自社の損失データを使う銀行は、損失データをこの種類ごとに振り分けて、金融庁の求めに応じて出せるように整えます5。
| 損失事象の種類 | 中身 |
|---|---|
| 内部の不正 | 詐欺、財産の横領、規制や法令や内規の回避を意図した行為による損失で、役職員が 1 人以上関わるもの |
| 外部からの不正 | 第三者による詐欺、財産の横領、脱法を意図した行為による損失 |
| 労務慣行及び職場の安全 | 雇用、健康、安全に関する法令や協定に反する行為、労働災害、差別行為などによる損失 |
| 顧客、商品及び取引慣行 | 特定の顧客への過失による義務違反(受託者責任、適合性など)や、商品の性質や設計から生じる損失 |
| 有形資産に対する損傷 | 自然災害などによる有形資産の損傷の損失 |
| 事業活動の中断及びシステム障害 | 事業活動の中断やシステム障害による損失 |
| 注文等の執行、送達及びプロセスの管理 | 取引相手や仕入先との関係から生じる損失、取引処理やプロセス管理の失敗による損失 |
デリバティブの業務では、約定の入力、取引確認書(コンファメーション)の照合、決済といった取引処理の失敗が「注文等の執行、送達及びプロセスの管理」に入ります。顧客にデリバティブを販売するときの適合性などの義務違反は、「顧客、商品及び取引慣行」に入ります6。
デリバティブの業務で損失につながる場面
デリバティブの業務でオペレーショナル・リスクの損失につながりうる場面を、次の 7 つに分けて扱います。
| 場面 | 起きることの例 | 続きを扱うページ |
|---|---|---|
| 約定の入力と確認 | 取引の条件の入力の誤り、確認書と社内の記録の食い違い | 約定の入力ミスと確認書の不一致 |
| 決済 | 決済の処理の失敗 | 決済の失敗と取引報告の誤り |
| 担保の受け渡し | 証拠金をめぐる取引相手との紛争 | 担保管理 |
| モデルとデータ | 評価やリスク計測のモデルの誤り、使い方の誤り | モデル・リスク管理 |
| 契約書 | 契約書の締結や中身の不備 | ISDA マスター契約とスケジュール |
| 不正取引 | トレーダーが内規を回避して取引し、損失を隠す | 不正取引の事例(ベアリングス、ソシエテ・ジェネラルなど) |
| システムの障害 | システムの停止や処理の誤りによる業務の中断 | なし |
中央清算されない店頭デリバティブの証拠金について、金融商品取引業者等向けの監督指針は次の点を着眼点にしています。業者は、紛争が起きたときの対応策を前もって決め、紛争の中身を記録して残します7。また、取引相手と、証拠金についての適切な契約書を結びます8。
評価やリスク計測のモデルに誤りがあったり、モデルを不適切に使ったりすると、誤った情報に基づく判断につながり、収益や財務に損害を与えるおそれがあります9。
不正取引は、役職員が内規の回避を意図した行為として「内部の不正」に入ります6。防ぐための統制には、職責の分離や、取引と勘定の定期的な照合などがあります10。
三線管理と管理の道具
オペレーショナル・リスクの管理は、三線管理(スリー・ライン・モデル)の体制を土台にします。主要行等向けの監督指針は、三線管理(指針の呼び方は「3線防衛態勢」)を着眼点の 1 つにしています。取締役会などが、業務の実行部門、リスク管理部門、内部監査部門で互いに確かめ合う仕組みが働くよう、方針や報告の体制を整えているかを見ます11。バーゼル銀行監督委員会が 2021 年 3 月に改訂した諸原則では、三線管理の重要性を述べる記述が多くの箇所に加わりました12。
| 線 | 担い手 | 役割 |
|---|---|---|
| 第 1 線 | 業務ライン | 自らの商品、業務、プロセス、システムのリスクを特定し、管理する |
| 第 2 線 | 業務ラインから独立したオペレーショナル・リスク管理の部署 | 業務ラインからの報告を検証し、大規模な銀行では全社の枠組みを設計して保つ |
| 第 3 線 | 内部監査 | 枠組みが働いているかを、構築や運用に関わらない立場で検証する |
表は、2011 年のバーゼル銀行監督委員会の諸原則の書き方で、この諸原則は同じ体制を「三つの防衛線」と呼んでいます13。
管理の道具には、損失データの収集、リスクと統制の自己評価(RCSA)、主要なリスク指標(KRI)などがあります14。 RCSA は、業務に携わる人が、まだ起きていないリスクを洗い出して評価する手法です15。RCSA では、統制をする前の固有リスク、統制の有効性、統制をした後に残る残余リスクを評価します14。KRI は、主要なリスクを動かす要因を数値で見張る指標で、しきい値を超えたら上の階層に報告する仕組みと組み合わせて使われます14。
デリバティブ部門が約定の入力を誤った A 銀行の架空の例で考えます。取引相手との確認書の照合で食い違いが見つかり、取引を条件どおりに直すための損失が 3 億円出て、のちに取引相手から 1 億円を回収したとします。
取引処理の失敗なので、種類は「注文等の執行、送達及びプロセスの管理」です。損失データには、発生日、発覚日、回収額などと、原因(入力の誤り)を記録します。回収前のグロスの損失は 3 億円、回収額を引いたネットの損失は 2 億円です。同じ記録が積み重なると、大きな損失の原因が分かります14。
自己資本の計算
オペレーショナル・リスクは、信用リスク、市場リスクと並んで、自己資本比率規制で自己資本を求められるリスクです17。自己資本比率の分母には、信用リスク・アセットの額などに、オペレーショナル・リスク相当額を 8% で割った額を足します18。信用リスク・アセットと自己資本比率の分母の組み立ては、規制上の扱いの概要(SA-CCR、内部モデル方式、CVA リスク)で扱います。
銀行は、オペレーショナル・リスク相当額を標準的計測手法で計算します。この額は、事業の規模を表す指標(BI)から求める事業規模要素(BIC)に、過去の損失の実績を反映する内部損失乗数(ILM)を掛けたものです。ILM を損失の実績から計算する銀行では、事業規模に比べて損失が多いほど額が大きくなります。BI が 1,000 億円以下の銀行は、ILM に 1 を使うことができます。BI が 1,000 億円以下の銀行が損失データの基準を満たさない場合も、1 を使います19。
標準的計測手法は、バーゼル III 最終化で導入され、あわせてオペレーショナル・リスクの内部モデル手法は廃止されました20。日本の自己資本比率規制では、海外に営業拠点(子会社や支店)を持つ銀行に国際統一基準が、それ以外の銀行に国内基準が適用されます21。標準的計測手法は、国際統一基準の金融機関などに 2024 年 3 月 31 日から、それ以外の国内基準の金融機関などに 2025 年 3 月 31 日から適用されました22。
注
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金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」(平成 18 年金融庁告示第 19 号。2026 年 8 月 24 日更新の全体版)の第 1 条第 111 号(26 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(令和 8 年 10 月)のⅢ-2-3-7-1(144〜145 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「オペレーショナルリスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の 3 ページ。 ↩
-
金融庁、日本銀行「バーゼル銀行監督委員会による『健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則の改訂』の公表について」(2021 年 5 月)の 4 ページ。 ↩
-
金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」の第 310 条第 1 号ハ、ホ〜チ、リ、ヌ(563〜564 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(令和 8 年 10 月)のⅣ-2-4(4)③ロ(125 ページ)。 ↩
-
同じ監督指針のⅣ-2-4(4)①イと②イ(124〜125 ページ)。 ↩
-
金融庁「モデル・リスク管理に関する原則」(2021 年 11 月)の「Ⅰ. 意義」(2〜3 ページ)。 ↩
-
バーゼル銀行監督委員会「健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則」(2011 年 6 月、金融庁による仮訳)の第 49 項、第 50 項 (f)(21 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(令和 8 年 10 月)のⅢ-2-3-7-2(1)②(145 ページ)。 ↩
-
金融庁、日本銀行「バーゼル銀行監督委員会による『健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則の改訂』の公表について」(2021 年 5 月)の 3 ページ。 ↩
-
バーゼル銀行監督委員会「健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則」(2011 年 6 月、金融庁による仮訳)の第 13〜16 項、第 18 項(4〜6 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
バーゼル銀行監督委員会「健全なオペレーショナル・リスク管理のための諸原則」(2011 年 6 月、金融庁による仮訳)の第 39 項の (b)〜(d)、(f)(15〜17 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「オペレーショナルリスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の 18 ページ。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「オペレーショナルリスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の 17 ページ。 ↩
-
金融庁「バーゼル規制の概要」(2026 年 8 月)の 12 ページ。 ↩
-
金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」の第 2 条(27 ページ)。 ↩
-
同じ告示の第 303 条、第 304 条(559 ページ)、第 305 条第 1 項(559 ページ)、第 306 条第 1 項第 1〜3 号(560〜561 ページ)。 ↩
-
金融庁「バーゼル規制の概要」(2026 年 8 月)の 9 ページ。 ↩
-
同じ資料の 16 ページ。 ↩
-
同じ資料の 10 ページ(適用開始日ごとの機関の区分)。 ↩