決済の事務や取引報告の業務では、一つの誤りが代わりの資金の費用や補償、制裁金といった形で表に出ます。

失敗が損失や罰則になるまで

失敗 主な原因や形 金融機関に出る結果
決済の失敗 支払いの指図の誤り、口座の資金の不足、取引相手の遅れ、照合の遅れ 代わりの資金の費用、補償の費用、口座の当座貸越の手数料、取引相手が引き渡しを果たさないときの損失
取引報告の誤り 項目の誤り、期限の遅れ、報告の漏れ(形は後の節) 訂正の工数、制裁金

自己資本比率の告示は、オペレーショナル・リスクの損失事象を 7 つに分けています。そのうち「注文等の執行、送達及びプロセスの管理」は、取引相手や仕入先との関係から生じる損失と、取引処理やプロセス管理の失敗による損失です1。決済の処理の失敗は、これに当たります。取引報告の誤りがどの種類に入るかは、告示に書かれていません。

決済の失敗の原因と損失の出方

決済の失敗のうち、決済日に受け取るはずの支払いが届かないものを決済の不履行といいます。取引相手の破綻に限らず、事務の誤りでも起きます。決済の流れは決済で扱います。支払いと受け取りの処理は、誤りが非常に大きな費用になりうるため、慎重な扱いが要ります。取引相手が引き渡しを果たさなければ、損失が出ることがあります2。

次の表の統制は、外国為替市場の行動規範と、1998 年の米国の検査マニュアルにあるものです。デリバティブの決済全般の標準ではありません。

原因 起き方の例 資料にある統制
支払いの指図の誤り 第三者を通した支払いでは、オペレーショナル・リスクが顕著に高まる 標準決済指図(SSI)の追加や修正を 2 人以上で承認し、変更を事前に取引相手へ知らせる3。直接の支払いを求める4
口座の資金の不足 複数の海外の銀行で通貨を受け払いするとき、一方の口座が当座貸越になり、ほかの口座に残高が余る バック・オフィスが、資金の流れが片方を当座貸越にしていないかを確かめる5
取引相手の遅れ 受け取るはずの支払いが届かない、遅れる、額が違う、二重に届く 未受領や遅れなどを見つけ、関係者に知らせる手続きを整える6
照合の遅れ 予想の資金の出入りと実際の出入りの食い違いが、後になって見つかる 口座の照合を早く行い、その口座の処理に関わっていない担当者が行う7

取引相手から 100 億円を受け取る予定の決済日に、入金が 2 日遅れた D 社の架空の例で考えます。D 社はこの 100 億円を当てにして別の支払いを組んでいたため、代わりの資金を 2 日間、年 1.8%(日数は 1 年を 360 日として計算)で借りたとします。借りた費用は、100 億円 × 0.018 × 2 ÷ 360 = 100 万円です。決済の不履行を見つけたとき、予定の日に払えなかった側は、正しい額が届くよう手配するか、補償の費用を払うことが求められます6。

この 100 万円は、立場で正反対になります。遅れたのが取引相手なら、D 社は 100 万円を余分に負担し、補償を求める側になります。遅れたのが D 社なら、相手が同じ 100 万円を負担し、D 社は補償の費用を払う側になります。どちらになるかは、誤りがどちらで起きたかで決まります。繰り返し遅れる取引相手とは、取引関係を限ることを考えてよいとされています6。

取引報告の誤りの原因と結果

取引報告は、取引の情報を、取引情報蓄積機関(トレード・リポジトリ)などを通して当局に出す制度です。仕組みと期限は規制当局への報告で扱います。

誤りの形 起き方の例 公表された事例
項目の誤り 報告の項目の値が、実際の取引と合わない (事例なし)
期限の遅れ 報告の期限に遅れる (事例なし)
報告の漏れ 対象の取引や取引の一方の側(レッグ)が、報告の対象として拾われない 英国金融行為監督機構(FCA)の制裁金で、システムの静的データの表の誤りから、6,850 万件が未報告だった8

日本では、金融商品取引法が、取引情報を提供しなかったり、虚偽の取引情報を提供したりした者に、1 年以下の拘禁刑か 300 万円以下の罰金、またはその両方を定めています(2026 年 10 月時点)9。

取引 120 件の満期日の報告を誤っていたと気づいた D 社の架空の例で考えます。1 件の訂正に 15 分かかるなら、120 × 15 分 = 1,800 分 = 30 時間です。1 時間の人件費を 1 万円とみると、訂正の工数は 30 万円です。これは社内の費用で、当局が制裁金を課すかどうかとは別の話です。FCA の制裁金の事例では、誤りが約 2 年続き、報告の漏れが 6,850 万件に達しました。

FCA の制裁金の事例

FCA が Merrill Lynch International に課した制裁金は、2017 年当時の事例です。最終通知は 2017 年 10 月 18 日、公表は 23 日です。取引所取引デリバティブの報告を、EMIR(欧州市場インフラ規則)の 9 条に反して漏らしたとされ、2014 年 2 月 12 日から 2016 年 2 月 6 日までの 6,850 万件が対象です8。金額は 34,524,000 ポンドで、早期に和解した場合の 30% の減額を受けた後の値です。減額がなければ 49,320,000 ポンドでした(49,320,000 × 0.7 = 34,524,000)10。

原因は、報告システムの導入の日からあった静的データの表の誤りです。EU 域外の一部の第三者のブローカーが絡む取引では、市場側の取引の報告が作られず、2016 年 2 月に見つかって直されるまで続きました8。

日本の取引情報蓄積機関は店頭デリバティブ取引の取引情報を集める制度で、この事例の取引所取引デリバティブとは対象が違います11。

FCA は、EMIR の 9 条に加えて、経営と統制の原則(Principle 3)にも反するとしました12。

報告の統制と検証

取引報告の統制は、Merrill Lynch International の事例で、足りなかったものが具体的に分かります。FCA が Principle 3 の違反として挙げたのは、報告の監督の体制、完全さと正確さを確かめる検証、人員の数と経験、見つけていた問題への対応の遅れの 4 点です12。このうち検証について、同社は導入の日以降、報告の担当部署の日々の運用の外から行う検証をしていませんでした。専任の検証の担当者もいませんでした13。検証の経過は次のとおりです。

  • 2014 年 2 月から 2015 年 5 月の末まで: 日々の取引件数の確認、問題の記録、取引情報蓄積機関から届くメッセージの調査だけでした14。
  • 2015 年 5 月: 9 件の取引の手作業の試験を行いましたが、取引の片側が拾われないリスクを防げませんでした14。
  • 2016 年 2 月: 完全さと正確さを確かめる自動の検証が始まりました14。

同社は、2014 年 2 月と 2014 年 12 月に、報告の統制の不備を、自社で見つけた監査上の問題として記録していました。その後、2015 年 5 月に入るまで、実質的な手を打っていませんでした15。

2014 年2 月 12 日対象の期間が始まる。日々の取引件数の確認などだけの検証2014 年2 月・12 月自社が、報告の統制の不備を監査上の問題として記録2015 年5 月9 件の取引の手作業の試験2016 年2 月対象の期間は 2 月 6 日まで。自動の検証が始まる2017 年10 月 18 日最終通知(公表は 23 日)
図 1報告の漏れと検証の主な日付
図の説明

Merrill Lynch International の事例の日付を、古い順に並べた年表です。塗りの丸は、期間の始まりと終わり、最終通知の日です。図の間隔は、日付の間の長さを表しません。

この記事が書いていないこと

罰則の全体と、法人への罰金は、この記事では扱いません。

注

  1. 金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」(平成 18 年金融庁告示第 19 号)の別表第二(第 310 条第 1 号ハ関係)「損失事象の種類」(614〜615 ページ)。取引報告の誤りや制裁金には触れていません。 ↩

  2. Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2060.1(1998 年 2 月)の 4 ページ、"Settlement Process"。 ↩ ↩2

  3. グローバル外為市場委員会「グローバル外為行動規範」(2024 年 12 月版、東京外国為替市場委員会による仮訳)の原則 51(49〜50 ページ)。 ↩

  4. 同行動規範の原則 52(50 ページ)。第三者支払でオペレーショナル・リスクが顕著に高まるとしています。 ↩

  5. Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2060.1 の 4〜5 ページ、"Foreign Payments"。複数の海外の銀行の口座を当座貸越にしない確認の記述。 ↩

  6. グローバル外為市場委員会「グローバル外為行動規範」(2024 年 12 月版)の原則 55(52 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  7. 同行動規範の原則 54(51 ページ)。 ↩ ↩2

  8. Financial Conduct Authority「Final Notice」(Merrill Lynch International、2017 年 10 月 18 日)の 1.1 項、2.1.1 項、4.8 項。公表日は同機関の発表「FCA fines Merrill Lynch £34.5 million」(2017 年 10 月 23 日)。 ↩ ↩2 ↩3

  9. 「金融商品取引法」第 198 条の 6 第 17 号の 2 の 2(清算集中等取引情報または非清算集中等取引情報の提供をせず、または虚偽の情報の提供をしたとき)。 ↩

  10. Financial Conduct Authority「Final Notice」(Merrill Lynch International、2017 年 10 月 18 日)の 1.1 項と 1.2 項。 ↩

  11. 金融庁「(取引情報蓄積機関)」(制度の概要)。1 の制度の概要に、店頭デリバティブ取引に係る取引情報の収集及び蓄積に関する業務が挙げられています。 ↩

  12. Financial Conduct Authority「Final Notice」(Merrill Lynch International、2017 年 10 月 18 日)の 2.1 項。EMIR 9 条の違反と、Principle 3 の違反の 4 点(2.1.2.1〜2.1.2.4)。 ↩ ↩2

  13. 同 Final Notice の 4.17 項(7 ページ)。 ↩

  14. 同 Final Notice の 4.16 項(6〜7 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3

  15. 同 Final Notice の 4.18 項から 4.20 項(7〜8 ページ)。 ↩