取引相手の信用に不安が出たとき、基本契約書のどの出来事が取引を期限の前に終える根拠になるかが問われます。
事由は何のためにあるか
ISDA マスター契約(国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)の書式)のような基本契約書は、相手に一定の信用悪化の事由が起きたとき、起きた時点の取引の債権債務をまとめて清算する仕組みを定めます。この仕組みが働くきっかけが、債務不履行事由などの契約上の事由です。清算は、自動的に行う形と、相手方の請求で行う形があり、細部は基本契約書で決めます1。契約で決めた事由によって取引が期限前に終わることを、期限前解約と呼びます。顧客が自分の都合で取引を終える中途解約とは別です。基本契約書の体系はISDA マスター契約とスケジュールで扱います。
事由は明確に、正確に定義する必要があります。連邦準備制度理事会の検査の手引き(Section 2070.1。2002 年 9 月)は、取引を終える権利を相手に与える事由(trigger events)の定義に、特別な注意を払うよう述べています。1998 年のロシアの債務の支払猶予では、契約によっては、国の債務の支払猶予や再編が事由に入っていませんでした2。
事由の種類
資料に出てくる事由は、次の型に分けられます。契約によって、どれを事由にするかは違います。
| 型 | 例 | 資料の例 |
|---|---|---|
| 倒産 | 破産、民事再生、会社更生の申立て、米国連邦倒産法第 11 章の申請 | 破産、民事再生、会社更生の申立ては、「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」が定める一括清算事由です3。2013 年の東京高裁判決の事案では、信用保証提供者の第 11 章の申請で取引が終了しました4 |
| 支払や引渡しの不履行 | 決済日に支払わない | 1997 年の東京高裁判決の事案では、決済金の不払で相手方が契約を解除しました5。検査の手引きも例に挙げています6 |
| 信用力の低下 | 格付けの引き下げ、財務状況の悪化、合併 | 検査の手引きは、事前に決めた信用事由で条件変更や終了の権利を与える条項を説明しています6 |
| 取引相手の関係者の事由 | 信用保証提供者や関連会社の倒産手続 | 2013 年の東京高裁判決の事案(上の行)。米国の規則の内容は、下の「クロス・デフォルトと関係会社間の相殺」に書きます |
信用力の低下の事由は、取引を終える権利のほかに、担保を求めたり、担保の条件を厳しくしたりする条件にも使います6。担保の仕組みは、CSA(担保契約)で決めます。
事由が起きてから期限前終了日が決まるまで
事由が起きた後の進み方は、契約で 2 通りに分かれます。相手方の請求で取引を終える形と、請求を待たず、事由の発生で自動的に終了する形です。取引が終わる日を、期限前終了日と呼びます1。2016 年の最高裁判決の事案では、取引相手の米国の親会社が倒産手続を申請し、契約の約定により、同じ日に個別取引が期限前に終了しました7。金融法務研究会の 2018 年 3 月の報告書は、ISDA の日本支部が、請求による清算ではなく自動的な清算を推奨していると書いています1。
図の説明
事由が起きた側に倒産などの事由が起きると、契約が相手方の請求を要する形なら、相手方が請求して取引を終えます。請求を要しない形なら、事由の発生時に取引が自動的に終了します。どちらでも、取引が終わった後に、清算金の額が算出されます。
事由が起きても、すぐに終えられるとは限りません。契約が猶予期間を置くことがあります。猶予期間が終わる前に取引の期限が来ると、契約に明確な定めがなければ、相手方は契約による保護を失いかねません。債務の再編が終わる前に期限が来る場合も同じです。契約の手続に時間がかかり、清算が大きく遅れる場合もあります2。
ISDA マスター契約書式の 2 条(a)(iii)は、相手方が終了を請求せずに様子を見ることを認める条項と、同報告書は説明します。米国の破産裁判所には、この条項は倒産法の趣旨に反すると判断した判決があり、様子を見られる期間を一定期間に限る改訂が 2014 年に確定しました8。
クロス・デフォルトと関係会社間の相殺
契約には、事由と清算の範囲を広げる工夫があります。クロス・デフォルト条項は、ある契約の事由が、ほかの契約の終了にも及ぶようにする条項です。検査の手引きは、この条項が、当事者間のほかの契約の終了を「認める」のか「求める」のかを、契約で明確にするよう述べています10。米国の規則も、同じ当事者間のほかの契約の支払や引渡しの不履行を理由とする解約権は、対象の契約に置いてよいとしています11。
関係会社間相殺条項は、相手の関係会社への債務や関係会社からの債権まで、清算の相殺に含める条項です。ある事案の契約には、一方の当事者に期限前終了日が指定されたとき、他方の当事者が、自分とその関係会社の債権を相殺に使える条項がありました。この事案で、相手方は民事再生の手続中でした。2016 年 7 月 8 日の最高裁判決は、この条項に基づく相殺の効力を認めませんでした7。事由と清算の範囲を契約で広げても、倒産法の規律との関係で効力が否定されることがあります。
倒産法制と破綻処理が契約に及ぼす影響
契約で決めた解約が、倒産や破綻処理の場面でそのまま認められるとは限りません。日本の「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」(以下、一括清算法)は、金融機関等が行う特定金融取引を対象にします。この法律は、基本契約書で一括清算の約定をしていれば、破産、再生、更生の申立てが起きたとき、当事者の意思にかかわらず、取引の評価額を合算した純額が 1 つの債権か債務になると定めます3。
銀行などの破綻処理では、解約そのものが止められることがあります。預金保険法 137 条の 3 は、内閣総理大臣が一定の認定をするとき、その金融機関に措置が講じられたことを理由とする解除などの条項は、定めた期間、効力を有しないとする決定を認めます。この規定は、金融安定理事会(FSB)の「Key Attributes」を実現する規定です12。
米国連邦倒産法の第 560 条は、スワップ契約の参加者が倒産手続の開始のような条件を理由に清算や終了を請求する権利を、倒産法のほかの規定で止めたり制限したりできないとします13。一方で、連邦準備制度理事会の規則は、対象の大手銀行グループなどの適格金融契約に、関連会社の倒産手続を理由とする解約権を置くことを制限します。相手自身の倒産や支払の不履行を理由にする解約権は、置いてよいとされています11。
解約後の清算とクレジット・イベント
事由が起きて取引が終わると、清算金が決まります。受け払いを合算する一括清算の仕組みは、一括清算(クローズアウト・ネッティング)で扱います。
クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のクレジット・イベントは、この事由とは別の仕組みです。CDS では、参照組織の倒産や支払の不履行などの事由が、契約に基づく支払を生じさせます14。
注
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全国銀行協会 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 2 章(神田秀樹)「2 日本法における二者間ネッティングの取扱い」(23〜24 ページ、PDF の 30〜31 ページ目)。請求を要しない自動的な清算と請求による清算は 23 ページ、ISDA の日本支部の推奨は 24 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
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連邦準備制度理事会 "Trading and Capital-Markets Activities Manual"(2011 年 7 月版)の Section 2070.1 "Legal Risk"(2002 年 9 月)の "Trigger Events"(2 ページ、PDF の 132 ページ目)。 ↩ ↩2
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「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 2 条第 4 項(一括清算事由)、第 6 項(一括清算)、第 3 条。 ↩ ↩2
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全国銀行協会 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 2 章(神田秀樹)「6 店頭デリバティブ取引におけるネッティング後の損害の額の算定(東京高判平成25年4月17日判例時報2250号14頁)」の「(1)事実の概要」(32 ページ、PDF の 39 ページ目)。 ↩
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同報告書の第 2 章「4 スワップ契約の不履行と損害(東京高判平成9年5月28日判例タイムズ982号166頁)」の「(1)事実の概要」(25 ページ、PDF の 32 ページ目)。 ↩
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検査の手引きの Section 2020.1 "Counterparty Credit Risk and Presettlement Risk"(1999 年 9 月)の "Material-change triggers"(6 ページ、PDF の 62 ページ目)と "Other Credit Enhancements"(7 ページ、PDF の 63 ページ目)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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全国銀行協会 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 1 章(中田裕康)「3(3)」の最高裁判決(最判平成 28 年 7 月 8 日)の項の「b 事実経過」と「d 上告審判決」(13〜15 ページ、PDF の 20〜22 ページ目)。 ↩ ↩2
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同報告書の第 2 章「3 ISDAのマスター契約書式」(25 ページ、PDF の 31〜32 ページ目)。 ↩
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同報告書の第 2 章「6」(東京高判平成25年4月17日)の「(2)判旨」の損害の算定基準日の部分(34〜35 ページ、PDF の 41〜42 ページ目)。 ↩
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検査の手引きの Section 2070.1 "Legal Risk"(2002 年 9 月)の "Trigger Events" の末尾の段落(2 ページ、PDF の 132 ページ目)。 ↩
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12 CFR § 252.84(b)(1)(関連会社の倒産手続などを理由とする解約権の禁止)と (d)(1)〜(3)(直接の当事者の倒産手続、同じ当事者間の別の契約を含む支払や引渡しの不履行を理由とする解約権は認める)。用語の意味は § 252.81 の "Default right"。 ↩ ↩2
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金融法務研究会の報告書の第 2 章「2 日本法における二者間ネッティングの取扱い」の預金保険法 137 条の 3 の項(24 ページ、PDF の 31〜32 ページ目)。 ↩
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11 U.S.C. § 560 の第 1 文。理由となる条件は、同条が引く § 365(e)(1) の種類の条件です。 ↩
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検査の手引きの Section 4350.1 "Credit Derivatives"(2003 年 4 月)の 1〜2 ページ(PDF の 632〜633 ページ目)。 ↩