契約書類の管理では、署名の済んでいない基本契約書がたまっていないかを点検します。取引相手の信用リスクの管理では、相手が破綻したとき評価額を合算して 1 つにする仕組みに頼ってよいかを確かめます。

取引ごとに契約を作らない理由

基本契約書(マスター契約)は、同じ相手と今後結ぶ取引すべてに共通する条件を、あらかじめ 1 回で決めておく契約書です。

B 銀行が、相手の金融機関と、金利スワップ 2 本と通貨スワップ 1 本を結ぶ架空の例で考えます。基本契約書が 1 つあれば、3 本の取引は同じ条件の下に置かれ、取引ごとに取り交わすのは、その取引の条件を書いた確認書です。

B 銀行相手の金融機関マスター契約(通例 1 つ)確認書(取引ごと。3 通)CSA(担保を付けるとき)
図 1B 銀行と相手の間で取り交わす書類
図の説明

B 銀行と相手の金融機関が取り交わす書類を示す図です。両者の間で、基本契約書(マスター契約)を通例 1 つ結びます。金利スワップ 2 本と通貨スワップ 1 本には、取引ごとの確認書を 3 通取り交わします。取引を担保付きにするときは、マスター契約に付随する CSA(担保の受け渡しの条件を決める契約)も結びます。実線はマスター契約、点線は取引ごと、または担保を付けるときに加わる書類です。矢印の向きに意味はなく、書類は両者が取り交わします。図は取引で使う 3 種類の書類に絞っており、スケジュールと定義集は後の表で扱います。

2002 年ごろの店頭デリバティブの市場では、取引の相手ごとに基本契約書を結ぶのが通例でした1。スワップの契約も、1998 年ごろの実務では ISDA などの標準に沿って結ぶのが通例でした2。

基本契約書を結ぶと、その後の各取引が同じ条件で行われることをはっきりさせる助けになります1。スワップの契約書類は、確認書、支払いの日程、標準の文言を使ったマスター契約からなります2。

基本契約書にネッティングの条項があれば、相手に対する信用リスクの全体を減らせます1。ネッティングの条項は、同じ日の同じ通貨の支払いを差し引いて 1 本にする支払いのネッティングと、相手に債務不履行事由などが起きたときの一括清算からなります。一括清算では、基本契約書に基づく取引の評価額(プラスもマイナスも)を合算し、1 つの金額にします3。評価額を合算する数値の例は、一括清算(クローズアウト・ネッティング)で扱います。

日本の「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」(一括清算法)は、基本契約書を、2 件以上の特定金融取引を続けて行うために作る契約書で、債務の履行の方法などの基本的な事項を定めるものと定めています。また、基本契約書に基づく全取引の評価額を合算して 1 つの債権か債務にすることを、一括清算と定めています4。

契約書の組み合わせ

ISDA マスター契約は、ISDA が作った書式です。次の書類を組み合わせて使います。

書類 単位 役割
マスター契約 通例は取引の相手ごとに 1 つ 標準の文言で、取引に共通する条項を定める
スケジュール マスター契約ごと(裁判で争われた 2 例) 2 例では、マスター契約に添付されていた特約。関係会社間相殺の条項が書かれた例がある
確認書 取引ごと その取引の条件を書く
定義集 − 取引が参照する書類5
CSA マスター契約に付随する 取引を担保付きにできるようにする契約

マスター契約は、金利スワップ、通貨スワップ、商品スワップ、クレジット・デリバティブ、天候デリバティブなどに一般に使われます6。マスター契約は、次のような項目を扱います2。

  • 契約を終える事由
  • 債務不履行や期限前の終了のときの損害の求め方
  • 支払いのネッティング
  • 支払いの場所
  • 担保
  • 税と法律の扱い
  • 住所などの変更の通知

スケジュールの例として、裁判で争われた 2 つの基本契約(2001 年と 2007 年に結んだもの)は、どちらも 1992 年版のマスター契約と、それに添付するスケジュールからなっていました7。

確認書は、取引ごとの条件を書く書類です。書き方と送り方は確認書(コンファメーション)で扱います。

CSA は、マスター契約に付随して結ぶ契約で、取引から生じる相手の信用リスクを減らします8。店頭デリバティブの担保契約には、CSA が一般に使われています6。

当事者ごとに決める項目

基本契約書は、標準の文言を使い、対象にする商品と当事者を特定して結びます。次の項目は、当事者ごとに取り決める例です。

項目 決めること
契約の対象 対象にする商品の種類と、契約の対象にする当事者(法人と支店)1
清算金額の算定方法 取引を期限前に終了するときの清算金額の求め方。1992 年版を使った事案では「Loss」と呼ぶ方式が選ばれていた10
関係会社間相殺 期限前終了日の指定後に、関係会社の債務も含めて相殺できるようにする条項。スケジュールに書かれた例がある11
準拠法 主に英国法が選ばれ、ときにニューヨーク州法が選ばれる12

関係会社間相殺の条項は、一方について期限前終了日が指定されたときに働きます。他方(指定されなかった側)は、自分と関係会社が相手に負う債務を、相手が自分と関係会社に負う債務と相殺できます。

上の事案のマスター契約では、期限前終了事由が生じた当事者の相手方が、合理的に算出した損害額を清算金額としていました。主要なディーラーによる評価額を取得して、その金額を使うこともできました10。

関係会社間相殺条項に基づく相殺が、相手が民事再生の手続に入った後にされた別の事案では、効力が争われました。最高裁は、再生手続の開始後にされたその相殺について、その事案では効力を否定しました13。

版と日本での使われ方

ISDA のマスター契約の書式には、1987 年版、1992 年版、2002 年版があります15。一括清算の条項は、1987 年版が初めて採用しました16。

日本での使われ方は、取引の相手によって違いました。2013 年ごろの日本では、ISDA マスター契約の利用は金融機関どうしの取引に限られていました。金融機関と一般の事業会社の間の店頭デリバティブ取引では、銀行取引約定書をもとにした確認書で一括清算が行われていました6。

標準の書式は、プロトコルで改められることもあります。プロトコルは、批准した当事者の間の取引に一斉に適用されます17。LIBOR などの公表停止に備えたフォールバック条項は、取引が参照する定義集と、マスター契約や CSA を対象にしたプロトコルで適用されます5。2006 年版の定義集に関するサプルメントは、2021 年 1 月 25 日に発効しました18。

注

  1. Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 4325.1「Interest-Rate Swaps」(1998 年 2 月)の 2 ページ、"Swap Agreement"。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  2. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 2 条第 5 項(基本契約書)と第 6 項(一括清算)。 ↩

  3. 全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q3(2〜3 ページ)。 ↩ ↩2

  4. 山本慶子「デリバティブ取引等の一括清算ネッティングを巡る最近の議論」(日本銀行金融研究所 IMES Discussion Paper Series 2013-J-13、2013 年 7 月)の 2 ページの注 1。 ↩ ↩2 ↩3

  5. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(金融法務研究会報告書㉛、2018 年 3 月)の第 1 章(中田裕康)の 13 ページ、「b 事実経過」。 ↩

  6. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 2 章(神田秀樹)の 27 ページ、「5 店頭デリバティブ取引における国債の担保提供」の事実の概要。 ↩

  7. Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2020.1「Counterparty Credit Risk and Presettlement Risk」(1999 年 9 月)の 7 ページ。 ↩

  8. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 2 章(神田秀樹)の 36 ページ、「6 店頭デリバティブ取引におけるネッティング後の損害の額の算定」のコメント。 ↩ ↩2

  9. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 1 章(中田裕康)の 14 ページ、乙スケジュールの相殺条項の説明と注(24)。 ↩

  10. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 6 章(神作裕之)の 90 ページの注(38)。ドイツの店頭デリバティブ取引を扱う箇所の注で、ISDA の基本契約の準拠法を説明しています。 ↩

  11. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 1 章(中田裕康)の 15 ページ、「d 上告審判決」。 ↩

  12. 金融法務研究会「デリバティブ取引に係る諸問題と金融規制の在り方」(2018 年 3 月)の第 2 章(神田秀樹)の 25 ページ、「3 ISDA のマスター契約書式」。 ↩

  13. 山本慶子「デリバティブ取引等の一括清算ネッティングを巡る最近の議論」(2013 年 7 月)の 3 ページ、「2.(1)店頭デリバティブ取引等における一括清算ネッティングの役割」。 ↩

  14. 全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q4(3 ページ)。 ↩

  15. 全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q1(1 ページ)。 ↩