契約管理や法務の担当者が、基本契約の条件を相手ごとに直す手間を省きたいときや、相手が批准したかどうかで契約の扱いが分かれるときに確かめるのが、ISDA プロトコルです。
改定を多数の相手と一度で行う仕組み
店頭デリバティブの基本契約書である ISDA マスター契約は、同じ相手と結ぶ取引すべてに共通する条件を決める契約書で、相手ごとに結びます。体系はISDA マスター契約とスケジュールで扱います。規制や市場の事情で、契約の条件を多数の相手と同じ内容に直す必要が出ると、相手ごとに改定の契約を結ぶやり方では、相手の数だけ手続が要ります。
ISDA プロトコル(以下、プロトコル)は、この改定を一度で済ませる仕組みです。ISDA が改定の内容を定めた文書を用意し、当事者が批准(adhere)すると、批准した当事者の間の取引が一斉に修正されます1。当事者は、相手ごとに条文を直す代わりに、文書に批准するかどうかを決めます。
批准から契約の改定まで
IBOR フォールバック・プロトコルの批准は、ISDA に批准書を出して承認を受ける手続です。相手も批准していれば、二者の間の対象の契約が、プロトコルの定めに従って修正されます。ISDA IBOR フォールバック・プロトコルでは、次の流れでした。
- ISDA が、プロトコルを公表し、批准の受け付けを始めます。2020 年 10 月 23 日に、批准の受け付けが始まりました1。
- 批准する当事者が、ISDA のサイトのプロトコルのページで、批准書に必要な情報を入力し、署名してシステムにアップロードします2。
- ISDA が批准書を承認し、批准した当事者は電子メールを受け取ります。これで手続は完了です2。
- 相手も批准していれば、二者の間の対象の契約が一斉に修正されます1。プロトコルの発効日は、2021 年 1 月 25 日でした1。
X 社と Q 銀行は IBOR フォールバック・プロトコルに批准し、R 社は批准していない架空の例で考えます。X 社は、Q 銀行と R 社のそれぞれと ISDA マスター契約を結んでいます。
相手が批准したかどうかで、契約ごとに結果が分かれます。
| X 社の相手 | 相手の批准 | その相手との契約 |
|---|---|---|
| Q 銀行 | 批准した | プロトコルの定めで、対象の契約が修正される1 |
| R 社 | 批准していない | 修正されない。同じ内容にするには、X 社と R 社が個別の契約を結ぶ |
R 社との間で同じ内容にしたいときは、X 社と R 社が、フォールバック条項を入れるための相対の契約(個別の契約)を結びます3。
及ぶ範囲と個別の合意との関係
次の表は、IBOR フォールバック・プロトコルの場合で、全国銀行協会が 2021 年 9 月 30 日時点の公表文書にもとづいてまとめたものです。
| 項目 | IBOR フォールバック・プロトコルの場合 |
|---|---|
| 批准できる者 | 居住地や ISDA のメンバーかどうかによらず、どの主体でも批准できる4 |
| 批准の単位 | 批准した当事者の間の取引すべてに一斉に適用される。取引ごとには批准できない4 |
| 対象の書類 | ISDA マスター契約、ISDA の CSA、別紙(Additional Documents Annex)に載る契約5 |
| 手数料と期限 | 批准書の交付時か事前に、500 米ドルを一括で ISDA に支払う。批准期間の終了日は、2021 年 9 月 30 日の時点で設けられていない6 |
| 撤回 | 発効後も、ISDA に通知書を出して撤回できる7 |
別紙に載る契約には、ISDA マスター契約によらないデリバティブと担保契約が含まれます。デリバティブを内包した貸出や預金は対象外です5。
撤回の失効日は、通知が ISDA に届いた月の翌月の最後の「Protocol Business Day」です。失効日より前に実施日が来た修正には、遡って影響しません7。
プロトコルが修正する契約の範囲は、プロトコルごとに決まります。後の節で扱う破綻処理の一時停止のプロトコルについて、ISDA が 2016 年 8 月に連邦準備制度理事会へ出した意見書は、批准の日までに結んだ契約とその下のその後の取引を修正し、批准後に新しく結ぶ契約は修正しないと説明しています。新しい契約には、必要ならプロトコルの条項を参照して取り込むことを想定していました8。IBOR フォールバック・プロトコルでも、新しい取引に適用されるフォールバック条項は、定義集のサプルメント(定義集への追補)として別に用意されました1。
プロトコルの内容は、当事者の個別の合意で変えられます。IBOR フォールバック・プロトコルでは、双方が批准していても、相対の契約を結べば、プロトコルによる変更の内容を追加したり修正したりできます3。たとえば、貸出の後継金利が ISDA の定めと違うときに、どちらかをそろえる場合です9。
プロトコルが使われた場面
次の表は、多数の当事者が同じ改定を求められる場面で、プロトコルが使われてきた例です。証拠金規制の行だけは、使われる予定が伝えられた段階までを書いています。
| 場面 | 時点 | プロトコルが担ったこと、または伝えられた内容 |
|---|---|---|
| IBOR のフォールバック条項 | 2020 年 10 月から 2021 年 1 月 | 既存の取引を、フォールバック条項を含む内容に一斉に直す |
| 破綻処理での解約の一時停止 | 2014 年から 2017 年 | 解約の権利の一時停止が国境を越えて効くようにし、米国の規則に適合する |
| 証拠金規制に合わせた契約の改定 | 2016 年 4 月に予定が伝えられた | 規制に合わせて既存の書類を直すためのプロトコルの文書が、公表の予定として伝えられた |
| CDS のオークション | 2009 年 | クレジット・イベントの後に、批准した当事者全員が同じ最終価格で決済できるようにする |
IBOR のフォールバック条項
LIBOR などの公表停止に備えるフォールバック条項を既存の取引に入れるために、ISDA IBOR フォールバック・プロトコルが使われました。FSB(金融安定理事会)は、広範で適時の批准を推奨するプレス・リリースを出しました10。日本円金利指標に関する検討委員会も、金融機関と事業法人に早期の批准を強く推奨しています1。FSB の推奨から発効までの日付は、次の図のとおりです101。
図の説明
IBOR フォールバック・プロトコルの日付を、FSB の推奨から発効まで古い順に並べた年表です。図の間隔は、時間の長さを表しません。塗りの丸は、批准の開始と発効の日です。
条項の中身は、フォールバックとスプレッド調整で扱います。
破綻処理での解約の一時停止
金融機関が破綻処理に入ったとき、取引相手が一斉に取引を解約すると、市場が混乱するおそれがあります。FSB によれば、2014 年 10 月 11 日に ISDA が発表したプロトコルでは、当事者が、店頭デリバティブの早期終了権とクロス・デフォルトの権利の一時的な停止が、国境を越えて効力を持つことに合意します。18 の G-SIB(グローバルなシステム上重要な銀行)などの大手ディーラー銀行は、同年 11 月のブリスベン G20 サミットまでの署名を約束しました。FSB は、すべての G-SIB など、デリバティブの持ち高の大きい会社に、2015 年末までの批准を求めました11。
米国では、連邦準備制度理事会が 2017 年 9 月 12 日に官報に載せた最終規則は、清算されない適格金融契約(QFC)に入れる条項を、規則の対象の金融機関に求めました。対象は、米国の G-SIB とその子会社、外国の G-SIB の米国での事業です。ただし、連邦の銀行監督機関が別に規則を出す銀行などを除きます。求められた条項の 1 つは、解約の権利と契約の移転の制限を、米国の破綻処理の法律と同じ範囲に限る条項です。もう 1 つは、関係会社の破綻処理を理由にした解約の権利を認めない条項です。規則は 2017 年 11 月 13 日に発効しました12。
対象の金融機関は、取引相手ごとに契約を直す代わりに、ISDA 2015 Universal Resolution Stay Protocol(ユニバーサル・プロトコル)に批准する方法でも、規則に適合できます。ほぼ同じ内容の新しいプロトコル(U.S. Protocol)への批准も認められます13。
ユニバーサル・プロトコルの第 1 条では、批准した当事者が、米国などの特別な破綻処理制度に従うことに合意します。第 2 条では、批准した当事者は、債権者保護の例外を除き、クロス・デフォルトの権利と関係会社の信用補完の移転制限を放棄します14。
証拠金規制に合わせた契約の改定
バーゼル銀行監督委員会と IOSCO が定めた、清算されない店頭デリバティブの証拠金の基準を、米国、EU、日本などが各国の規則にしました。2016 年 4 月の法律事務所の解説は、ISDA が、規制に合わせて既存の ISDA の書類を直すためのプロトコルの文書を、新しい CSA の書式とともに出す予定だと伝えています17。
CDS のオークション
クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のクレジット・イベントの後に、最終価格を決めて決済するオークションも、プロトコルを使います。クレジット・イベントの後、参加したい買い手と売り手は、期日までに ISDA に通知してプロトコルに批准します。すると、既存の CDS の契約が、批准した当事者全員を同じ最終価格で決済できるように修正されます。ISDA は 2009 年 4 月に、今後の CDS の債務不履行をすべてオークションで決済するプロトコルを採用しました18。
批准しない相手との契約と、批准状況の確認
プロトコルに批准するかどうかは、当事者ごとに決まります。そのため、相手によって、プロトコルで修正された契約と、修正されていない契約が並びます。
IBOR フォールバック・プロトコルでは、批准した当事者が ISDA のサイトで公表されており、契約の相手が批准しているかを確かめられます19。相手が批准していない場合は、前の例のとおり、相対の契約が要ります3。範囲の表の批准できる者、手数料、撤回の内容は、「IBOR フォールバック・プロトコルの場合」のものです。
2014 年のプロトコルとユニバーサル・プロトコルの関係と、参加する側の社内の手続(批准を決める部署、承認、契約管理の対応)は、この記事では扱いません。
注
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日本円金利指標に関する検討委員会「ISDA IBOR フォールバック・プロトコルの批准について」(2020 年 11 月 6 日)の本文と注 1〜3。注 2 がプロトコルの説明、注 1 がサプルメント、注 3 が発効日。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
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全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q5(3 ページ)。 ↩ ↩2
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全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q8(4 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
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全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q4(3 ページ)。表の「2021 年 9 月 30 日時点」は、同資料の免責事項(6 ページ)が、Q&A を 2021 年 9 月 30 日時点の公表文書にもとづき作成したとすることによる。 ↩ ↩2
-
全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q3(2〜3 ページ)の「プロトコルの対象となる契約書」と、Q11(5 ページ)。 ↩ ↩2
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全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q7(4 ページ)。 ↩
-
全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q9(4 ページ)。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の脚注 212(42909 ページ)。ISDA の法務責任者の 2016 年 8 月 5 日付の意見書(対象は 2015 Universal Resolution Stay Protocol)の引用。 ↩
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全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q10(5 ページ)。 ↩
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日本銀行「FSBが「ISDA IBORフォールバック・プロトコルへの広範かつ適時の批准を推奨」と題するプレス・リリースを公表」(2020 年 10 月 12 日)の本文。FSB のプレス・リリースの公表日は 10 月 9 日。 ↩ ↩2
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Financial Stability Board "FSB welcomes industry initiative to remove cross-border close-out risk"(2014 年 10 月 11 日、Ref no: 62/2014)の第 1 段落と第 2 段落。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の SUMMARY と DATES(ともに 42882 ページ)。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の 42889 ページ("Industry-developed protocol" に関する概要)と、42890 ページの "5. Industry-Developed Protocol"。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の 42908 ページ、"Compliance with the Universal and U.S. Protocols"。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の 42890 ページ、"5. Industry-Developed Protocol"。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System, 82 Federal Register 42882(2017 年 9 月 12 日)の脚注 214(42909 ページ)。 ↩
-
Haynes and Boone, LLP "ISDA Publishes 2016 Credit Support Annex for Variation Margin"(2016 年 4 月 19 日)の 1 ページの "Background" と、2 ページの第 3 段落。 ↩
-
Federal Reserve Bank of New York "Credit Default Swap Auctions"(Staff Report no. 372、2009 年 5 月)の 3 ページ(PDF の 5 ページ目)と、2 ページの注 4(PDF の 4 ページ目)。 ↩
-
全国銀行協会「ISDA マスター契約にもとづき取引されるデリバティブに関するQ&A」(2021 年 10 月 8 日)の Q6(3 ページ)。 ↩