LIBOR を参照していた貸出、債券、デリバティブの契約を持つ銀行や事業法人では、財務や事務の担当者が契約の条項と切り替えの時期を確かめ、システムの担当者が参照する金利の持ち方を変える必要がありました。
LIBOR の仕組みと使われ方
LIBOR(ロンドン銀行間取引金利、London Interbank Offered Rate)は、ロンドンの銀行間市場の金利を表す指標金利でした。パネル銀行に選ばれた複数の銀行が、無担保で資金を借りるときの金利を運営機関に呈示し、運営機関がそれを集計して公表していました1。2021 年末より前は、米ドル、英ポンド、ユーロ、スイスフラン、円の 5 つの通貨と、翌日物から 12 か月物までの 7 つの期間で、合わせて 35 の値が公表されていました2。銀行が無担保で借りる期間ごとの金利なので、LIBOR には銀行の信用リスクが含まれます。また、利息を計算する期間が始まる前に金利が決まり、支払う利息の額が前もって分かります3。
LIBOR は、貸出、債券、デリバティブの変動金利として広く使われていました。LIBOR を参照する契約の規模は、金融安定理事会(FSB)の 2014 年の調査によると、米ドルで 150 兆ドル、円で 30 兆ドルにのぼりました4。日本の金利スワップでも、日本証券クリアリング機構(JSCC)が清算した取引の残高は、2017 年 12 月末に LIBOR を参照するものが 978 兆円ありました。OIS の 10.8 兆円を大きく上回っています5。
公表をやめることになった理由
LIBOR の信頼は、2012 年に一部のパネル銀行が実勢と違う金利を呈示していた不正操作の問題が明らかになり、大きく揺らぎました1。その後、指標金利はできるだけ実際の取引に基づくべきだとして、LIBOR を立て直す取り組みが進められました。
それでも、LIBOR の元になる銀行間の無担保の取引は十分に増えませんでした。LIBOR を監督する英国金融行為監督機構(FCA)は 2017 年、パネル銀行の多くが金利の呈示に不安を持っていることも挙げて、LIBOR の枠組みは続けられないとの見方を示しました6。FCA の長官は同じ年の 7 月に、2021 年末より後は LIBOR を続けさせるための権限を使わないと述べています7。
LIBOR の公表が止まると、LIBOR を参照する新しい取引はできず、既存の取引は利息の計算や受け払いが難しくなります。そこで FCA は、パネル銀行に一定の期間は呈示を続けるよう求める一方で、市場参加者には、呈示が止まるまでに参照する金利を LIBOR から別の指標金利に移すよう促しました。これをきっかけに、LIBOR の終了に備えた移行が各国で始まりました6。
通貨と期間ごとの終了の時期
2021 年 3 月、FCA と LIBOR の運営機関の ICE Benchmark Administration(IBA)は、LIBOR を終える時期を公表しました8。パネル銀行による公表を終える時期は、通貨と期間ごとに次の表のとおりです。表の右の列は、各国・地域の検討体が LIBOR の代わりに推奨したリスク・フリー・レート(RFR)です9。
| 通貨 | パネル銀行による公表の終わり | 合成 LIBOR の公表 | 検討体が推奨した RFR |
|---|---|---|---|
| 円 | 2021 年 12 月末(すべての期間) | 1・3・6 か月物を 2022 年末まで | TONA(無担保コール翌日物金利) |
| 英ポンド | 2021 年 12 月末(すべての期間) | 1・6 か月物を 2023 年 3 月末まで、3 か月物を 2024 年 3 月 28 日まで | SONIA(Sterling Overnight Index Average) |
| ユーロ | 2021 年 12 月末(すべての期間) | なし | €STR(Euro short-term rate) |
| スイスフラン | 2021 年 12 月末(すべての期間) | なし | SARON(Swiss Average Rate Overnight) |
| 米ドル | 1 週間物と 2 か月物は 2021 年 12 月末、翌日物と 1・3・6・12 か月物は 2023 年 6 月末 | 1・3・6 か月物を 2024 年 9 月 30 日まで | SOFR(Secured Overnight Financing Rate) |
図 1 は、LIBOR の終了に関わる主な日付を時間の順に並べたものです。
図の説明
LIBOR の終了に関わる主な出来事を古い順に並べた年表です。FCA の長官の発言のあと、FCA が各通貨と期間の終了の時期を公表し、公表の終わりは 2 段階に分かれました。円、ユーロ、英ポンド、スイスフランなどが先に終わり、米ドルの主な期間が続き、最後に米ドルの合成 LIBOR が終わって LIBOR のすべてが終わりました。塗りの丸は、パネル銀行による公表が終わった 2 つの節目と、LIBOR のすべてが終わった節目です。図の間隔は日付の間の長さを表しません。
合成 LIBOR(シンセティック LIBOR)は、パネル銀行の呈示ではなく、市場のデータを使う別の方法で算出した LIBOR です10。FCA が英国の指標の規則(Benchmarks Regulation)に基づく権限で公表を続けさせたもので、新しい契約には使えず、既存の契約の一部だけが使えました。米ドルの合成 LIBOR は、清算機関で清算するデリバティブには使えませんでした11。2024 年 9 月 30 日に米ドルの合成 LIBOR が最後に公表され、LIBOR はすべて終わりました2。
後継の金利
後継の金利は通貨ごとに選ぶことになり、各国・地域の検討体が、自国の市場に合った RFR を選びました12。米国の SOFR とスイスの SARON はレポ取引(有担保)の金利、英国の SONIA、ユーロ圏の €STR、日本の TONA は無担保の取引の金利で、どれも翌日物金利です9。各金利の違いは指標金利とはで扱います。
日本では、日本円金利指標に関する検討委員会(以下、検討委員会)が 2019 年 7 月の市中協議で、円 LIBOR の代わりの候補を 3 つに整理しました。1 つ目は TONA を後決め複利で使う方法、2 つ目は OIS の取引から算出するTORF(東京ターム物リスク・フリー・レート)、3 つ目はTIBOR(東京銀行間取引金利)です13。3 つは、金利が決まる時期と銀行の信用リスクを含むかどうかが違います。TORF と TIBOR は LIBOR と同じく期間の初めに金利が決まり、TONA の後決め複利は利息の支払日の直前に決まります。銀行の信用リスクを含むのは TIBOR だけです。取引の性質に合わせて複数の金利から選ぶこの考え方を、マルチプル・レート・アプローチといいます14。
既存の契約の移し方
LIBOR を参照する既存の契約を移すには、当事者が後継の金利を選んで使うことに合意し、取引に使うシステムや事務の流れも変えなければなりませんでした17。日本の検討委員会の調査では、移行の方法として次のものが挙げられています18。
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| 事前の移行 | LIBOR の終了を待たずに、契約を変えて参照する金利を後継の金利に切り替える |
| フォールバック条項の導入 | LIBOR が終わった日に参照する金利が後継の金利に切り替わることを、前もって契約に書いておく |
| 清算機関での一括の変換 | 清算機関が、清算している LIBOR 参照の取引を後継の金利の取引にまとめて変える |
| 期限前の解約、償還 | 契約を満期の前に終える |
フォールバック条項で切り替える後継の金利は、ベースになる金利(フォールバック・レート)にスプレッド調整値を足した形にします。LIBOR とフォールバック・レートの間には、通常差があります。そのまま切り替えると一方の当事者に利益が、もう一方に損失が出る「価値の移転」が起きうるため、その差を調整して移転をできるだけ小さくします19。円の貸出で TONA の後決め複利を使う場合は、TONA の後決め複利にスプレッド調整値を足した形になります20。
たとえば、C 銀行が D 社に 10 億円を半年(年の 0.5 として計算)貸し、利息を円 LIBOR で決めていた架空の例で考えます。LIBOR が終わり、契約が TONA の後決め複利にスプレッド調整値を足した形に切り替わりました。スプレッド調整値は年 0.05% とします。
| 半年間の TONA の後決め複利(年率) | 金利(スプレッド調整値を足した後) | D 社が払う利息 | 利息が決まる時期 |
|---|---|---|---|
| 0.40% | 0.45% | 225 万円(10 億円 × 0.45% × 0.5) | 期間の終わりに近い時期 |
| 0.60% | 0.65% | 325 万円(10 億円 × 0.65% × 0.5) | 期間の終わりに近い時期 |
| (参考)期間の初めに LIBOR が年 0.50% と決まっていた場合 | 0.50% | 250 万円(10 億円 × 0.50% × 0.5) | 期間の初め |
TONA の後決め複利が 0.40% に収まれば、D 社の利息は参考の 250 万円より 25 万円少なくなり、0.60% になれば 75 万円多くなります。C 銀行から見れば逆です。LIBOR のときは期間の初めに利息の額が分かりましたが、切り替えた後は期間の終わりに近い時期まで決まらないため、C 銀行も D 社も、資金繰りやシステムの計算をこの時期に合わせる必要があります。スプレッド調整値の決め方と、貸出、債券、デリバティブでの違いは、フォールバックとスプレッド調整で扱います。
デリバティブでは、国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が、ISDA の契約にフォールバック条項を入れるための文書を 2 つ用意しました。2020 年 10 月 23 日に、新しい取引向けに定義集を改訂する IBOR フォールバック・サプルメントを公表し、既存の取引向けの IBOR フォールバック・プロトコルの批准の受け付けを始めました21。既存の取引は、市場参加者がプロトコルを批准すると参加者の間の契約が一斉に書き換わり、標準化されたフォールバック条項が入ります。新しい取引は、フォールバック条項が更新された後の ISDA の定義集を参照することで、同じ条項が入ります22。検討委員会は 2020 年 11 月に、このプロトコルを批准するよう推奨しました23。
清算されている取引については、JSCC が 2021 年 12 月に、清算している円 LIBOR 参照の取引を TONA を参照する取引(OIS)にまとめて変換しました24。
真に移行が難しい契約はタフ・レガシーと呼ばれ、合成 LIBOR はその場合のセーフティー・ネットとして作られました。金融庁と日本銀行は 2021 年 3 月と 11 月の通知で、合成円 LIBOR の利用は限られたものにすべきだとの考え方を示しました25。
日本での対応
日本の移行は、2018 年 8 月に日本銀行を事務局として設けられた検討委員会を中心に進みました。検討委員会には、金融機関、機関投資家、事業法人などが参加しました26。金融庁と日本銀行は、金融機関の LIBOR の利用状況を合同で調べ、主要な金融機関の代表者に移行計画などの提出を求める通知も出しました27。主な出来事を日付の順に並べます28。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2018 年 8 月 | 検討委員会が設立される |
| 2019 年 7〜11 月 | 第 1 回市中協議。円 LIBOR の代わりの候補と、事前の移行、フォールバック条項の基本を整理 |
| 2020 年 6 月 | 金融庁と日本銀行が、主要な金融機関の代表者に通知を出す |
| 2020 年 8 月 | 検討委員会が日本での移行計画を公表。第 2 回市中協議(〜11 月)で、フォールバックのときのスプレッド調整の方法などを整理 |
| 2021 年 9〜11 月 | 第 3 回市中協議。タフ・レガシーへの対応と合成円 LIBOR の使い方を整理 |
| 2021 年 12 月 | JSCC が清算している円 LIBOR 参照の取引を OIS に変換。月末に円 LIBOR の公表が終わる |
| 2022 年 3 月 | 検討委員会が活動を終え、新しく設けた金利指標フォーラムに活動を移すと公表 |
検討委員会が 2022 年 1 月に参加者 42 社に行ったアンケートでは、2021 年 12 月末までに移行を終えた契約の割合は 97〜99% と、幅で示されています29。日本では、LIBOR の移行のための特別な法律によらずに移行を終えています30。
一方で、米ドル LIBOR は日本の金融機関や事業法人も多く使っていたため、金融庁と日本銀行は、2023 年 6 月末を意識して移行を進めるよう求めました31。
注
-
日本銀行・金融庁「円LIBOR 移行対応の振り返りと今後の取り組み」(日銀レビュー 2022-J-8、2022 年 5 月。以下、日銀レビュー)の「LIBOR 公表停止の経緯」(1〜2 ページ)。 ↩ ↩2
-
Financial Conduct Authority "About LIBOR transition" の冒頭(期間と通貨の数、35 の値がすべて公表を終えたこと)。最終更新 2026 年 3 月 9 日の版で確かめた。 ↩ ↩2
-
リスク・フリー・レートに関する勉強会「日本円OIS(Overnight Index Swap)─取引の概要と活用事例─」(2018 年 3 月時点の情報。以下、OIS 資料)の「(1)IBOR と OIS レートの性質の違い」(7〜8 ページ)。 ↩ ↩2
-
日銀レビューの注 1(7 ページ)。 ↩
-
OIS 資料の図表 2「2017 年の OIS/LIBOR/TIBOR の対固定金利スワップ清算取引」(4 ページ。PDF の 6 ページ目)の年末残。想定元本ベースで、2017 年 12 月末の値。 ↩
-
OIS 資料の「金利指標の存続に関する不透明感の高まり」(2 ページ。PDF の 4 ページ目)。 ↩
-
Financial Conduct Authority "About LIBOR transition" の「Background to LIBOR being wound down」(各通貨の時期)。公表の日付は日銀レビューの注 2(7 ページ)。 ↩
-
Financial Conduct Authority "About LIBOR transition" の「International coordination on benchmark reform」の表「RFRs recommended as alternatives to LIBOR」。 ↩ ↩2
-
日銀レビューの「セーフティネットの整備」(5 ページ)。 ↩
-
Financial Conduct Authority "About LIBOR transition" の「Background to LIBOR being wound down」(合成 LIBOR の対象、期限、使える契約)と冒頭(英ポンドの 3 か月物の最後の公表日)。 ↩
-
日銀レビューの「円滑な移行対応の実現に向けた取り組み」(2 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの「必要な道具立ての整備」(3 ページ)と図表 2「代替金利指標の3つの選択肢」。 ↩
-
日銀レビューの注 11(7 ページ)。 ↩
-
日本円金利指標に関する検討委員会「貸出における TONA(後決め)のコンベンション(利息計算方式)について」(以下、貸出の TONA 資料)の「Lookback without Observation Shift」方式の図(金利参照期間を 5 営業日前にずらした例。1 ページ)。 ↩
-
貸出の TONA 資料の注 1(1 ページ)。移行計画の工程表は、日銀レビューの図表 4(4 ページ)にあります。 ↩
-
日銀レビューの「LIBOR 公表停止の経緯」(2 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの図表 6 の注 2(5 ページ)。フォールバック条項の意味は注 10(7 ページ)。 ↩
-
日本円金利指標に関する検討委員会「日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議」(2019 年 7 月。以下、2019 年の市中協議)の「<論点2>後継金利」(23〜24 ページ。PDF の 24〜25 ページ目)。 ↩
-
貸出の TONA 資料の注 7(3 ページ)の「後継金利(TONA(後決め)+スプレッド調整値)」。 ↩
-
日本円金利指標に関する検討委員会「ISDA IBOR フォールバック・プロトコルの批准について」(2020 年 11 月 6 日)の本文と注 1〜2。 ↩
-
2019 年の市中協議の「<論点3>手続」(27 ページ。PDF の 28 ページ目)。 ↩
-
日銀レビューの図表 3(3 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの注 23(8 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの「セーフティネットの整備」(5 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの「LIBOR 公表停止の経緯」(2 ページ)。 ↩
-
日銀レビュー。設立は 2 ページ、市中協議と移行計画は図表 3、2020 年 6 月の通知は図表 5、JSCC の変換は注 23、公表の終わりは要旨、2022 年 3 月の活動の移行は注 34。 ↩
-
日銀レビューの「円LIBOR 移行対応の着実な進捗」(5 ページ)。資料の表記は「9.7 割~9.9 割」で、幅の内訳は示されていません。 ↩
-
日銀レビューの注 26(8 ページ)。 ↩
-
日銀レビューの「当面の留意点」(6 ページ)。 ↩