取引相手が破綻した場合の損失を見積もるときや、基本契約書が破産手続の中でも働くかを確かめるときに出てくる仕組みです。

取引相手が破綻したときに何が起きるか

一括清算は、基本契約書に基づいて取引している当事者の一方に破産手続などの申立てがあったとき、その契約の下にあるすべての取引の評価額を合算し、純額を 1 つの債権か債務にします。一括清算の約定をした基本契約書の下の取引では、日本の法律上、この効果は当事者双方の意思にかかわらず、申立てのあった時に生じます1。基本契約書は、同じ相手と 2 つ以上の取引を続けて行うために作る契約書で、履行の方法などの基本的な事項を定めます2。契約書の体系はISDA マスター契約とスケジュールで扱います。

流れは次の順です。

  1. 当事者の一方に、破産手続、再生手続、更生手続の開始の申立て(一括清算事由)があります。
  2. その時の、基本契約書の下にあるすべての取引の評価額を、取引ごとに算出します(算出の方法は内閣府令が定めます)。
  3. 評価額を合算して、純合計額を求めます。
  4. 純合計額が、当事者間の 1 つの債権か 1 つの債務になります。個々の取引の受け払いは、この 1 つの債権か債務に置き換わります1。

自社と取引相手が 1 つの基本契約書の下で 3 つの取引を結んでいる架空の例で考えます。相手に一括清算事由が生じた時の評価額を、自社から見て次の 2 つの場合に分けます。評価額がプラスなら自社が受け取る額、マイナスなら自社が払う額です。

取引 場合 A の評価額(億円) 場合 B の評価額(億円)
取引 1 +10 +2
取引 2 −6 −6
取引 3 −2 −2
合算した純額 +2 −6
一括清算後に残るもの 自社が相手に対して持つ債権 2 億円 自社が相手に対して負う債務 6 億円

純額がプラスなら 1 つの債権に、マイナスなら 1 つの債務になります。どちらになるかは、その時の評価額の合計で決まります。場合 A を図にすると、図 1 のとおりです。

↑ 受取 ↓ 支払破綻していない自社から見た、各取引の評価額と合算後の純額取引 1取引 2取引 3合算後+10 億円評価額−6 億円評価額−2 億円評価額+2 億円純額の債権
図 1一括清算で 3 つの取引の受け払いが 1 つの債権になる流れ
図の説明

矢印の長さは金額の大きさの目安です。受け払いが 3 つあった状態が、1 つの債権に置き換わることを示しています。

エクスポージャーが一括清算でどれだけ減るかの数値例は、ネッティングと担保による削減効果で扱います。

一括清算がないと何が問題か

双務契約について、破産者と相手方の双方が破産手続開始の時にまだ履行を完了していないとします。このとき日本の破産法は、破産管財人が契約を解除するか、破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求するかを選べると定めます3。基本契約書の下の取引を、この選択のうえで別々の契約として扱えるかは、条文だけでは決まらず、日本の法律の専門家の確認が要る点です。以下は、取引ごとに選べると仮定した場合の説明です。

取引ごとに選べるなら、管財人は、相手(破産者)が受け取る側の取引では履行を求め、払う側の取引では解除する、という選び方ができます。上の例の場合 A なら、自社が払う取引 2 と取引 3 の履行だけを求め、自社が受け取る取引 1 は解除する形です。このとき自社は、取引 2 と取引 3 の 8 億円を払う一方、取引 1 の 10 億円は受け取れません。合算すれば 2 億円を受け取る立場なのに、8 億円を払う形になり、差は 10 億円です。解除した取引について自社が持つ請求権の扱いは破産法の別の条文によるため、この比較は請求権を考えない単純なものです。

このように、破産した側の管財人が、有利な契約を残して不利な契約を拒むことを、チェリー・ピッキングといいます4。ここでの「拒む」は、契約の履行を引き受けないことです。2004 年の連邦準備銀行の論文は、各国の破産法の考え方を、債権者寄りと債務者寄りに分けて整理しています。債務者寄りの考え方は、破産した企業の価値を最大にするため、企業が持つ債権は認め、企業に対する債権は拒みます4。債権者寄りの考え方は、管財人が、ある契約では相手方に支払いを求めながら、別の契約では同じ相手方への支払いを拒むことを不公平だと考えます5。同論文は、日本をドイツ、イタリア、中国とともに、債権者寄りの国に近い考え方に挙げています4。

この問題に対して、日本では一括清算法が、基本契約書の下の取引を 1 つの債権か債務にすると定めます6。米国の FDIC については、取引を選んで引き継げないと整理した論文があります。

一括清算が有効であるための前提

一括清算が破産手続の中でも働くには、2 つが要ります。1 つは、一括清算を定めた契約があることです。日本の一括清算法は、「一括清算の約定をした基本契約書」に基づく取引を対象にします6。もう 1 つは、取引相手の破綻を扱う法域の法律が、その一括清算を認めていることです。法域によって破産法の考え方は違います。どの法域の法律がどう扱うかは、法域ごとに確かめる必要があります。

標準的手法の銀行がネッティング契約の効果を使う条件の 1 つは、その契約が関係するすべての法令(外国の法令を含む)に照らして有効だと確認していることです7。

日本の一括清算法

日本の「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」(一括清算法)は、1998 年 6 月 15 日に公布され、同年 12 月 1 日に施行されました8。目的は、金融機関等が行う特定金融取引の一括清算について、破産手続等での取扱いを確定し、決済の安定性の確保と特定金融取引の活性化を図ることです9。

  • 対象の取引は、特定金融取引です。金利、通貨の価格、金融商品市場の相場などの指標の変動に基づいて算出される金銭の授受を約する取引などのうち、金融商品取引法の店頭デリバティブ取引その他の内閣府令で定めるものをいいます10。
  • 当事者は、金融機関等とその相手方です。金融機関等には、銀行と長期信用銀行、第一種金融商品取引業を行う金融商品取引業者(一部を除く)、特定金融取引を相当の規模で行うものとして政令で定める法人が入ります10。
  • 一括清算事由は、破産手続、再生手続、更生手続の開始の申立てです10。
  • 効果は、基本契約書に基づくすべての特定金融取引について、その時の評価額を合算した純合計額が、当事者間の 1 つの債権か 1 つの債務になることです。この効果は、破産法、民事再生法、会社更生法の手続の中でも認められます1。

更生手続では、担保の目的の財産の帰属と評価額の精算についての規定もあります11。

米国の連邦破産法の特例

米国の連邦破産法は、管財人が、破産者の未履行の契約(executory contract)を、裁判所の承認の下で引き継ぐか拒絶(reject)するかを選べると定めます12。これとは別に、スワップ契約の当事者の契約上の権利を守る規定があります。権利を持つのは、同法がスワップ参加者、金融参加者と定める契約の当事者です。できるのは、破産の申立てなどを理由にスワップ契約の清算、解約、期限の利益の喪失をさせることと、解約額や支払額を差し引く(ネッティングする)ことです。これらの権利の行使は、同法のどの規定によっても、裁判所や行政機関の命令によっても、停止、取消し、制限されません13。破産の申立てによる自動停止(automatic stay)についても、スワップ契約などに関する担保と差引きの権利の行使は、停止の対象から除かれています14。

複数の種類の契約をまたぐ差引きの規定は、別の条にあります。証券契約、商品契約、先渡契約、レポ契約、スワップ契約、基本ネッティング契約のうち 1 つ以上に関する解約、清算、期限の利益の喪失、差引きの契約上の権利の行使も、同様に停止されません。ただし、基本ネッティング契約の下の個々の契約では、別の条(555、556、559、560 条)で同じ権利を行使できる範囲に限って、解約、清算、期限の利益の喪失ができます15。

沿革では、1997 年に G7 の財務大臣が、必要かつ適切な場合に、破産の規則との関係で健全なネッティング契約の実効性を確保する法的措置を導入することに合意しました16。米国の連邦破産法は 1984 年にレポ取引の解約を、1990 年にスワップ契約の解約とネッティングを、自動停止の例外として認めました17。

銀行の破綻は、連邦預金保険法(FDIA)の下で預金保険機関(FDIC)が処理します。2004 年の論文は、FDIC が同じ基本契約の下のデリバティブ取引を引き継ぐときは、すべて引き継ぐ必要があるとしています。拒絶するときもすべて拒絶する必要があり、取引を選んで拒絶できないと整理しています18。

資本規制と信用リスクの管理で使われる理由

一括清算は、取引相手の破綻で失いうる額(カウンターパーティ・クレジットリスク)を減らします。1999 年の連邦準備制度理事会の議会証言は、ネッティングが破綻した債務者に対する信用エクスポージャーを減らし、連鎖的な破綻を抑えると説明しています19。

銀行の自己資本比率の告示では、与信相当額をネッティング・セットごとに算出します。法的に有効な相対ネッティング契約の下にある取引の集合は、1 つのネッティング・セットになります20。標準的手法を採用する銀行は、ネッティング契約の効果を自己資本比率の計算で使えます。ただし、告示が挙げる条件をすべて満たす場合に限られます。条件の例は、事由が生じたときに全取引を適時に終了させて 1 つの債権か債務にできることです。関係する法令に照らした有効性の確認も、条件の 1 つです7。

注

  1. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 2 条第 6 項(一括清算の定義)、第 3 条(一括清算と破産手続等との関係)。第 2 条第 6 項に「当該当事者の双方の意思にかかわらず」とあります。 ↩ ↩2 ↩3

  2. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 2 条第 5 項(基本契約書)、第 6 項(一括清算。評価額は内閣府令で定めるところにより算出する)。 ↩

  3. 「破産法」第 53 条第 1 項(双務契約)。同条第 2 項は、相手方が管財人に、期間を定めて解除か履行かの確答を催告できます。 ↩

  4. Bergman ほか, "Netting, Financial Contracts, and Banks: The Economic Implications", シカゴ連銀 Working Paper 2004-02(2004 年)、2.1 節(6 ページ。PDF の 8 ページ目)と注 11。論文は、この分類を簡略にしたものと断っています。 ↩ ↩2 ↩3

  5. 同論文 7 ページ(PDF の 9 ページ目)。債権者側の考え方では、管財人が、ある契約では相手方から支払いを請求しながら、別の契約では同じ相手方への支払いを拒むことは不公平だとしています。 ↩

  6. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 3 条(「一括清算の約定をした基本契約書」に基づく取引が対象)。 ↩ ↩2

  7. 金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」(平成 18 年金融庁告示第 19 号。2026 年 8 月 24 日更新の全体版)の第 79 条の 3 第 16 項第 1 号から第 4 号(211〜212 ページ)。 ↩ ↩2

  8. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」の題名の下の公布日(平成十年六月十五日)と、最初の附則(平成十年十二月一日から施行)。法律の番号は平成十年法律第百八号。 ↩

  9. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 1 条(目的)。 ↩

  10. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 2 条第 1 項(特定金融取引)、第 2 項(金融機関等)、第 3 項(破産手続等)、第 4 項(一括清算事由)、第 5 項(基本契約書。金融機関等とその相手方の間の契約書)。 ↩ ↩2 ↩3

  11. 「金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律」第 4 条(更生手続開始の決定がされた者の担保の目的である財産の帰属と、評価額が一括清算後債権の額を超えるときの支払い)。 ↩

  12. 11 U.S.C. § 365(a)("the trustee, subject to the court's approval, may assume or reject any executory contract or unexpired lease of the debtor"。2026 年 10 月 2 日に参照した版)。 ↩

  13. 11 U.S.C. § 560 の第 1 文。権利の理由は § 365(e)(1) が挙げる事由で、金融参加者の定義は同法 § 101(22A)。 ↩

  14. 11 U.S.C. § 362(b)(17)(自動停止の例外。§ 362(a) は申立てが自動停止になると定める)。 ↩

  15. 11 U.S.C. § 561(a)、(b)(1)。 ↩

  16. Ireland (FRB), "The proposed Bankruptcy Reform Act of 1999", 米国下院の小委員会での証言(1999 年 3 月 18 日)、"Importance of Close-out, Netting, and Collateral" の節。 ↩

  17. 同証言の "Statutory Recognition of Financial Market Transactions" の節。1984 年のレポ取引、1990 年のスワップ契約の記述。 ↩

  18. Bergman ほかの上の論文 20 ページ(PDF の 22 ページ目)。条文は注 47、48 の 12 U.S.C. § 1821(e)(9)(A)(引き継ぎ)と § 1821(e)(8)(D)(vii)(拒絶)。 ↩

  19. Ireland の上の証言(1999 年 3 月 18 日)の "Netting" の節(ネッティングが破綻した債務者に対する与信のエクスポージャーを減らし、"domino failures" と体系的なリスクを抑えるとする)。 ↩

  20. 金融庁「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」の第 79 条第 7 項(189〜190 ページ)。 ↩

  21. 同告示の第 79 条の 3 第 3 項第 2 号(207 ページ)。第 3 項は、期待エクスポージャー方式の承認を受けた銀行についての要件。 ↩

  22. 同告示の第 79 条の 3 第 3 項第 4 号(207 ページ)。 ↩