取引の途中では、金利の確定値の取得や取引相手の交代の同意の確認といった処理が要ります。その結果は、取引の記録と報告のデータに反映されます。
取引期間中に起きるイベント
店頭デリバティブの取引は、約定して取引確認書(コンファメーション)を取り交わした後も、満期まで処理が続きます。取引が始まってから終わるまでに起きて、受け払いや取引の状態を変える出来事をライフサイクル・イベントといいます。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の四半期ごとの支払いのように、契約の期間を通じて繰り返し起きるものが典型です。2005 年より前の CDS 市場では、取引を集めた中央の記録がなく、こうしたイベントを管理するのが難しい状態でした1。
記録した取引は、期間中に定期的に評価し直され、やがて満期を迎えるか、売却、解約、行使、無価値での消滅を経て帳簿から外れます2。イベントごとに、取引がその後どうなるかが違います。次の表は、取引情報の報告で金融庁のガイドラインが挙げるイベントの種類をもとに、主なイベントをまとめたものです3。
| イベント | 何が起きるか | 取引のその後 |
|---|---|---|
| 金利の確定と利払い | 利息の期間ごとに指標金利の値が決まり、受け払いの額が決まる | 続く |
| オプションの行使と期日 | 買い手が権利を行使するか、行使されないまま期日を迎える | 終わる。スワップションの行使ではスワップが新しくできる |
| 期限前解約 | 満期の前に、当事者の合意や契約の条項で取引を終える | 終わる |
| ノベーション | 一方の当事者が抜け、第三者がその位置に入る | 元の取引が終わり、新しい相手との取引ができる |
| 清算機関(CCP)への持ち込み | 清算機関が当事者の間に入る | 清算機関との取引に置き換わる |
| クレジット・イベント | CDS の参照組織に倒産などが起きる | 決済の手続きに進む |
| 条件の変更 | 当事者が交渉して取引の条件を変える | 続く |
満期は、契約で決めた日に取引が終わるもので、報告では期限前の終了と分けて扱います4。
利払いのイベント
変動金利の取引では、利息の期間ごとに、その期間に使う指標金利の値が決まり、その値で受け払いの額が決まります。ある利息の期間に使う指標金利の値を決めることを、金利の確定といいます。
変動金利がいつ決まるかは、参照する指標で違います。TIBOR と TORF は前決め、TONA の後決め複利は金利の支払日の直前に決まる後決めです5。後決めの取引では、額が支払日の直前まで決まりません。2022 年 5 月の時点では、それまで国内で馴染みの薄かった後決め複利の取引に向けて、市場参加者のシステム、事務の流れ、人員の整備が続く段階にありました6。
予定の管理では、確定日と支払日を、営業日の調整の規則と、どの都市の休日を見るか(カレンダー)で決めます。日本証券クリアリング機構(JSCC)が清算の対象にする金利スワップの条件でも、金利の支払いに使うカレンダーと、金利の確定(JSCC の語では金利更改)に使うカレンダーを、別々の項目にしています7。
確定の手順(外国為替の取引の例)
金利と同じく、外国為替の取引にも確定があります。確定の手順は、米国の外国為替委員会の実務指針(2010 年改訂版。以下、実務指針)が具体的に示しています。実務指針は外国為替の取引に向けた業界の目標で、拘束力のある規則ではありません8。NDF や平均レートのオプションのように確定を要する取引では、次の手順が勧められています。確定値を取り、取引相手に通知するのは、フロント(営業・トレーディング)から独立したバック(事務・決済)の担当です9。
- 約定日に確認書を見て、確定に使うレートの公表元を確かめ、その情報をバックのシステムに記録する。
- 残っている取引を毎日見直し、確定日を迎えた取引の確定を漏らさない。
- 確定日に、バックの担当が、確認書で決めた公表元からレートを取る。
- バックの担当が、確定したレートと決済の額を書いた通知を、できれば電子的に取引相手へ送る。
利息の額を計算する例
金融機関と Z 社が、想定元本 100 億円の金利スワップを結んでいる架空の例で考えます。金融機関は固定金利 年 1% を払い、Z 社は 6 か月物の TIBOR を払います。どちらも日数計算は Actual/365(Fixed)とします。JSCC の清算の対象でも、変動金利はこの方法です7。この方法では、利息の期間の実際の日数を 365 で割って年に直し、想定元本と金利に掛けて利息を求めます10。この期間の日数は 182 日とします。1 回の利息は次の式で求めます。
確定した TIBOR が 0.8% のときと 1.2% のときの額は、次の表のとおりです。円未満は切り捨てています。
| 確定した TIBOR | 金融機関が払う固定金利の利息(円) | Z 社が払う変動金利の利息(円) | 多く払う側 | 差(円) |
|---|---|---|---|---|
| 0.8% | 49,863,013 | 39,890,410 | 金融機関 | 9,972,603 |
| 1.2% | 49,863,013 | 59,835,616 | Z 社 | 9,972,603 |
確定した値によって、どちらが多く払うかが入れ替わります。確定値を 0.8% ではなく 0.85% と取り違えると、Z 社の利息は 42,383,561 円になり、2,493,151 円ずれます。
決まった額を受け払いする手続き(支払いの指図、入金の照合など)は決済で扱います。
行使、期限前解約、ノベーションなどの処理
利払いと違い、行使、期限前解約、ノベーションは、取引を終えるか、別の取引に置き換えます。クレジット・イベントでは決済の手続きに進み、条件の変更では取引が続きます。
オプションの行使と期日
通貨のオプションの行使と期日の処理について、実務指針は次の対応を勧めています。期日には、行使価格と市場のレートを比べて本質的価値を求め、行使すると得になるか(イン・ザ・マネーか)を判定します。イン・ザ・マネーの取引を行使し損ねる危険があるため、バックの責任者が役割と責任を決めておきます11。判定と取引相手への通知は独立した電子的な仕組みで行います。行使の事務はフロントから分け(職務の分離)、フロントとバックの間をつなぐ担当が受け持ちます。システムは、イン・ザ・マネーの取引を自動で行使するように作り、市場のレートと比べて行使が正しく行われたかを確かめます12。
アメリカン・オプションのように期間中いつでも行使できる取引では、行使の効力が生じた日が期限前の終了の日になります。金融機関が買い手として行使したときも、売り手として行使されたときも、報告では行使による終了として扱います13。スワップションを行使すると、原資産の金利スワップが新しい取引として生まれます14。株式のバリア・オプションがノックアウトして取引が消えたときも、報告では期限前の終了として扱います4。
期限前解約
2006 年ごろには、店頭デリバティブの多くは取引相手と合意しなければ解約できませんでした15。期限前解約には、当事者が交渉して決めるもの、契約の期限前解約の条項によるもの、コーラブル・スワップのように当初の契約に定めた条項によるもの、コンプレッションによるものがあります。一部だけを解約する部分解約もあります16。
ノベーション(取引相手の交代)
ノベーションは、取引の一方の当事者が取引から抜け、第三者がその位置に入ることです17。元の取引は終わり、残る当事者と新しく入った当事者の間に新しい取引ができます。一部だけを移すときは、元の取引も残ります318。手順は、抜ける側、入る側、残る側に分けると次のとおりです19。
- 抜ける側が、取引を入る側に移すことに合意する。
- 残る側が、入る側が入ることを知らされ、抜ける側が抜けることに同意する。
- 残る側と入る側の間に、新しい取引の関係ができる。
X 銀行と Z 社の取引を、X 銀行が抜けて Y 社に移す架空の例で考えます。残る側が Z 社、抜ける側が X 銀行、入る側が Y 社です。
図の説明
まず X 銀行が、取引を Y 社に移すことに合意します(手順 1)。次に Z 社が、Y 社が入ることを知らされたうえで、X 銀行の離脱に同意します(手順 2)。これで Y 社と Z 社の間に新しい取引ができ(手順 3)、全部を移すときは、X 銀行と Z 社の元の取引は終わります。
ノベーションでは信用リスクを負う相手が替わります。取引を別の相手に移すことは、特定の相手への与信の額を減らす方法の 1 つです20。
2008 年の米国の連邦準備制度理事会の議会証言によると、店頭デリバティブの基本契約は、抜ける側が取引相手から事前に書面で同意を得ることを求めています。2005 年ごろの CDS の市場では、ディーラーが同意の証拠のないノベーションを受け付けることが多く、確認できていない取引がたまり、誰が取引相手なのかが分からなくなりました17。取引相手の交代が相手に知らされないまま行われたことは、照合の失敗や支払いの途切れにもつながりました1。
清算機関への持ち込みも、元の当事者の取引を終えて、清算機関を相手にする取引に置き換えます3。
クレジット・イベント
CDS では、参照組織にクレジット・イベントが起きると、決済の手続きに進みます。当初は参照組織の債券を受け渡して決済していましたが、残っている CDS の額が市場の債券の量に比べて大きく、債券の奪い合いが起きうるため、債券を受け渡さずに決済できるオークションの仕組みが作られました21。
条件の変更
当事者が交渉して条件を変えたとき、取引は続き、条件だけが新しくなります4。
使う書類とデータ
イベントの処理のもとになるのは、取引の条件を書いた書類です。期間中の記帳と決済は取引の契約書(trade agreement)の写しで裏付け、満期には契約書の写しをもとに支払いや受け取りの指図を出します2。外国為替の取引では、確定に使うレートと公表元を確認書で決めます9。
| 書類・データ | 使うイベント | 中身の例 |
|---|---|---|
| 確認書 | すべて | 確定に使う指標と公表元、支払日、日数計算、行使の条件 |
| 確定日、変動金利の見直しの頻度 | 為替の確定(NDF など)、金利の確定と利払い | 確定する日、見直しの単位(日次、月次など) |
| 最初の行使日、行使価格 | 行使と期日 | 行使できる期間の初日、行使の値 |
| 期限前解約の日 | 期限前解約、行使、ノベーション | 満期の前に取引が終わった日(当初の満期日は残す) |
| 前の取引の識別子 | ノベーション、スワップションの行使、清算 | 新しい取引のもとになった取引の識別子 |
表の 2 行目から 5 行目は、取引情報の報告でガイドラインが定めるデータの項目です22。
関わる部署と役割
次の表は、米国の連邦準備制度理事会の検査の手引き(2003 年版)と実務指針(2010 年改訂版)が示す分担を、フロントとバックの言葉で並べたものです。部署の分け方と分担は金融機関によって違います23。部署ごとの役割の全体はフロント・ミドル・バックの役割で扱います。
| 部署・仕組み | 取引期間中のイベントでの役割 |
|---|---|
| フロント | 取引を渡した後は処理から離れ、自分の持ち高をバックの記録と照らし合わせる24 |
| バック | 支払いと受け取り24、確定値の取得と通知9を受け持つ |
| バックの責任者 | 行使や確定の漏れを防ぐよう、役割と責任を決める11 |
| フロントとバックの間をつなぐ担当 | フロントから分けて、オプションの行使の事務を受け持つ12 |
| システム | イン・ザ・マネーかの判定と取引相手への通知を独立して行い、イン・ザ・マネーの取引を自動で行使する。行使でできた取引をバックのシステムに自動で渡す12 |
よくある問題と防ぎ方
主な問題と、勧められている防ぎ方は次のとおりです。
| 問題 | 起きること | 防ぎ方 |
|---|---|---|
| 確定値の取り漏らし、取り違え | 利息や決済の額がずれる(計算の例では 0.05% の取り違えで 2,493,151 円) | 残っている取引の毎日の見直し、フロントから独立したバックの担当による確定値の取得9 |
| イン・ザ・マネーのオプションの行使漏れ | 受け取れたはずの額を受け取れない | 自動の行使と、市場のレートとの突き合わせ12 |
| 同意のないノベーション | 取引相手が分からなくなり、照合に失敗し、支払いが途切れる | 残る当事者の事前の書面の同意171 |
関係する規制と契約
契約では、基本契約がノベーションに取引相手の事前の書面の同意を求めるとされています(2008 年の米国の議会証言)17。JSCC に持ち込む金利スワップは、JSCC が定める日数計算やカレンダーなどの条件を満たす必要があります7。
規制では、取引情報の報告が期間中のイベントに関わります。日本では、金融商品取引業者等が取引情報を取引情報蓄積機関などに提供します25。期間中のイベントも、行使や期限前解約、ノベーションなどの種類を付けて報告の対象になります43。
注
-
Duffie、Li、Lubke「Policy Perspectives on OTC Derivatives Market Infrastructure」(ニューヨーク連邦準備銀行 Staff Report no. 424、2010 年 3 月改訂。以下「Staff Report 424」)の 3 ページ、Table 1 の中央の記録の新設と取引相手の透明性の説明。 ↩ ↩2 ↩3
-
連邦準備制度理事会「Trading and Capital-Markets Activities Manual」(以下「検査の手引き」)の Section 2060.1「Operations and Systems Risk (Back-Office Operations)」(1998 年 2 月)の 3 ページ。 ↩ ↩2
-
金融庁「店頭デリバティブ取引等の規制に関する内閣府令第4条第1項で定める作成・保存・報告事項 ガイドライン」(2022 年 12 月。以下「金融庁ガイドライン」)の報告事項の表の 102「Event type」(27 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
金融庁ガイドラインの報告事項の表の 101「Action type」の定義と備考(26 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
日本銀行ほか「円LIBOR移行対応の振り返りと今後の取り組み」(日銀レビュー 2022-J-8、2022 年 5 月)の 3 ページ、【図表 2】の「金利決定のタイミング」。 ↩
-
日銀レビュー 2022-J-8 の 7 ページ。 ↩
-
日本証券クリアリング機構「清算対象取引(金利スワップ)」の債務負担の対象とする取引の条件の 11〜14(日数計算式、営業日調整、金利の支払いに係るカレンダー、金利更改に係るカレンダー)。 ↩ ↩2 ↩3
-
The Foreign Exchange Committee「Management of Operational Risk in Foreign Exchange」(2004 年 11 月、2010 年 11 月改訂。実務指針)の "The History of This Document"(5 ページ)と "What Are 'Best Practices'?"(6 ページ)。 ↩
-
実務指針の "Unique Features of Foreign Exchange Options and Non-Deliverable Forwards" の "Process Description"(39 ページ)と Best Practice no. 46(40 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
European Banking Federation の金利取引の補足文書(Edition 2020)の 4 条 (1)(2 ページ)と 4 条 (7) (g)「Actual/Fixed 365」(3 ページ)。 ↩
-
実務指針の "Unique Features of Foreign Exchange Options and Non-Deliverable Forwards" の "Process Description"(39 ページ)。 ↩ ↩2
-
金融庁ガイドラインの報告事項の表の 3「Early termination date」の備考(4 ページ)と、101「Action type」の備考(26 ページ)。 ↩
-
金融庁ガイドラインの別紙2「固有取引識別子(UTI)の付番等の考え方」の 6 ページ、脚注 8。 ↩
-
検査の手引きの Section 2030.1「Market Liquidity Risk of Trading Activities」(2006 年 9 月)の 1 ページ。 ↩
-
金融庁ガイドラインの報告事項の表の 3「Early termination date」の定義(4 ページ)と、別紙2の 7 ページ、脚注 9。 ↩
-
連邦準備制度理事会「Over-the-counter derivatives」(Patrick M. Parkinson の米国上院の小委員会での証言、2008 年 7 月 9 日)の "Supervisory Efforts to Strengthen the Infrastructure of the OTC Credit Derivatives Market" の第 2 段落。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
金融庁ガイドラインの別紙2の 6〜7 ページ「5.その他の論点」(1)と脚注 8〜10。清算取引に前の取引の UTI を付けることは、報告事項の表の 26「Prior UTI」の備考(9 ページ)。 ↩ ↩2
-
Staff Report 424 の 26 ページ(PDF の 29 ページ)、Appendix D「Novation」。 ↩
-
検査の手引きの Section 2020.1「Counterparty Credit Risk and Presettlement Risk」(1999 年 3 月)の 10 ページ。 ↩
-
Staff Report 424 の 3〜4 ページ、Table 1 の CDS の決済の説明。 ↩
-
金融庁ガイドラインの報告事項の表。中途解約日 3(4 ページ)、前の取引の識別子(Prior UTI)26(9 ページ)、確定日 30 と変動金利のリセット頻度周期 31(11 ページ)、行使価格 75(20 ページ)、最初の行使日 84(22 ページ)。 ↩
-
検査の手引きの Section 2060.1(2003 年 4 月)の 1 ページ。 ↩
-
金融庁ガイドラインの別紙2の 1 ページ「1.背景・概要」。 ↩