市場リスクの限度枠の管理で、リスク管理部門が毎日の枠の使用状況を確かめ、経営へ報告する業務として出てきます。
何のためにあるか
この業務を受け持つのは、リスク管理部門です。リスク量を毎営業日に計り、限度枠の使用状況を報告します。取引の部門(フロント)のトレーダーや部門の責任者は、その報告を受け、枠を超えたときには理由と対応を説明する立場になります。
市場リスクとカウンターパーティ・クレジットリスク(取引相手の信用リスク)は、市場が動くたびに大きさが変わります。取締役会は、どんなリスクをどこまで取るかを決め、それに見合う枠を取引の部門ごとに割り当てます1。この枠を限度枠といいます。リスク管理の日次業務は、割り当てた枠の中でリスクが取られているかを毎日確かめ、外れそうなときに経営が手を打てるようにするための業務です。
金融機関の部署は、フロント(営業・トレーディング)、ミドル(リスク管理など)、バック(事務・決済)に分けて呼ばれます。部署ごとの役割と分ける理由はフロント・ミドル・バックの役割で扱います。この業務の中心になるのは、ミドルのうち、リスク量と限度枠を見るリスク管理部門です。米国の連邦準備制度理事会の検査の手引き(1998 年。以下、検査の手引き)は、リスクの計測、限度の監視、評価モデルの検証を受け持つ担当が、取引とセールスの部門から独立していることを求めています2。リスク管理部門がフロントを牽制する役割を果たすには、リスクの計測と報告書の作成の作業が、フロントから独立している必要があります3。
リスク管理部門の業務の流れ
リスク管理部門の業務は、データの確かめから報告まで、次の順に進みます。
図の説明
図は、リスク管理部門が、持ち高と市場データを取り込んで確かめ、リスク量を計り、限度枠と比べて使用状況を出し、報告するまでの流れを示します。報告は、取引の部門のトレーダーと部門の責任者、経営と取締役会が受けます。枠を超えたときや超えるおそれがあるときの報告と承認は、図に含めず、「限度枠を超えたときの手続き」の節で扱います。
手順は次のとおりです。括弧の中は、手順を受け持つ部署と、手順の根拠にした資料です。資料は、検査の手引きと、金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」(以下、主要行等向けの監督指針)です。
- 持ち高と市場データを取り込み、ほかの記録と照合して確かめます(リスク管理部門。検査の手引き)4。
- リスク量を計ります(リスク管理部門。検査の手引き)2。
- リスク量と損益を限度枠と比べ、枠の使用状況を出します(取引の部門から独立したリスク管理部門。検査の手引き)5。
- 枠を超えたときや超えるおそれがあるときは、決めた管理者に報告し、承認を受けるか持ち高を減らすかを決めます(フロント、リスク管理部門、経営。主要行等向けの監督指針)6。
- リスク量と限度枠の使用状況を、トレーダー、部門の責任者、経営、取締役会に報告します(リスク管理部門。検査の手引き)7。
どの指標を毎日出し、どれを週や月ごとに出すかは、金融機関によって違います。検査の手引きでは、日々のリスクの計測とは別に、例外的な市場を想定したストレステストを定期的に行うことになっており、ストレステストの頻度そのものも検査で見る点です8。経営への報告の頻度は、取引の量に見合うものにするとされています2。取引相手の信用リスクについては、米国の銀行監督当局が 2011 年に出した指針(2026 年 6 月に改訂)が、エクスポージャーの大きさと取引の複雑さに見合う頻度で取締役会と経営陣に報告するよう求めています9。
持ち高と市場データの確かめ
リスク量の計算は、取引の持ち高をリスク計測のシステムへ渡すところから始まります。検査の手引きでは、持ち高は正確に渡し、主な処理のシステムとは別に管理されている新しい商品も含めて、すべての商品で照合してデータの正しさを確かめることになっています4。持ち高の受け渡し、市場データ、主な前提とパラメータ、リスク量の計算、報告のそれぞれに管理を置き、社内での検証と独立した見直しの対象にするともされています10。
データの取り方でも、フロントからの独立が問われます。日本銀行の研修資料(2019 年)では、リスク管理部門はフロントを経由せずに直接データを取り、フロントのデータを使うときはその妥当性を検証するものとされています11。持ち高の照合に使う記録は、バックが約定の内容を確かめ、決済と経理で持ち高と損益を確定させたものです12。
主な処理のシステムの外で記録している持ち高は、リスク計測のシステムに入れるときに手作業の誤りが起きやすくなります。検査の手引きは、こうした持ち高もリスク計測のシステムへ自動でデータを渡し、手作業の誤りを減らすことを勧めています13。
リスク量の計測と限度枠の監視
リスク管理部門は、1 つの指標だけでなく、いくつかの指標を並べて計り、比べます。VaR には統計的な計測の限界があります。そのため、主要行等向けの監督指針は、想定元本のようなグロスの持ち高やボラティリティの変化など多様な計測方法とストレステストを合わせて使い、管理の手法を充実させるよう求めています14。よく使う指標と、このサイトでその求め方を扱うページは次のとおりです。
| 指標 | 表すもの | 求め方のページ |
|---|---|---|
| センシティビティ(感応度) | リスクファクターを 1 つ小さく動かしたときの時価の変化 | センシティビティ(DV01、ベガ、年限別の感応度) |
| VaR、期待ショートフォール | 決めた確率と期間での損失の大きさ | VaR、期待ショートフォール |
| ストレステスト | 例外的な市場の動きでの損失 | ストレステスト |
| 取引相手のエクスポージャー | 取引相手が破綻したときに失いうる額 | エクスポージャーの種類と計測 |
計った値は限度枠と比べます。限度枠には、金利の感応度や想定元本に置く持ち高の枠、VaR などの予想損失額に置くリスク・リミット、損失限度があります。これらとストレステストの設定は、取締役会が基本的な考え方を決め、取締役会などで少なくとも各期に 1 回見直しているかが、主要行等向けの監督指針の着眼点です15。
枠を超える前に気づけるよう、枠より低い水準にアラームポイントを置く方法があります。アラームポイントは、たとえば枠の 50% や 75% の水準に置き、超えたら注意を促したり運用方針の見直しを話し合ったりします16。ある金融機関が金利のトレーディングのデスクに置く枠の架空の例で考えます。
| 指標 | 限度枠(億円) | アラームポイント(億円) | その日の値(億円) | 使用率 |
|---|---|---|---|---|
| VaR | 10 | 7.5 | 8 | 80% |
| 月初からの累計の損失 | 5 | 3.75 | 2 | 40% |
この日は、VaR が 8 億円でアラームポイントの 7.5 億円を超えたため、リスク管理部門はデスクの責任者に知らせ、今後の持ち高の方針を話し合います。累計の損失は 2 億円で、枠の 5 億円に対して 40% です。月初からの損益が利益なら、損失限度の使用は 0 です。
取引相手ごとの与信枠も、米国の当局の指針では、エクスポージャーを少なくとも毎日更新して枠と比べる仕組みで監視します17。
証券会社は、「金融商品取引業等に関する内閣府令」により、金融商品取引法の自己資本規制比率の計算に使う市場リスク相当額と取引先リスク相当額を、営業日ごとに把握します18。金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針では、リスク管理の責任を負う取締役がその値を毎営業日知っているかが、監督で確かめる点です19。株式の自己売買では、日中の取引も、許容できる市場リスクの額の中に収まるよう管理します。日中の各時点の持ち高の額に、社内で決めた日中の損切りの変動幅を掛けて確かめるような近似の方法も、同じ監督指針で認められています20。
限度枠を超えたときの手続き
枠を超えたときの対応は、あらかじめ決めておきます。持ち高の枠、リスク・リミット、損失限度を超えたときや超えるおそれがあるときの、管理者への報告の体制と権限(方針と手続き)を明確に定めているかが、主要行等向けの監督指針の着眼点です6。
決め方には、ハードリミットとソフトリミットがあります。ハードリミットは、枠を超えたら持ち高を強制的に減らすか閉じることを求める決まりです。ソフトリミットは、枠を超えたら相場の見方を考え直し、今後の運用方針を話し合うことを求める決まりで、持ち高を必ず減らすとは限りません16。2019 年ごろの日本の金融機関では、市場リスクにソフトリミットを置くことが多くありました。ソフトリミットは、話し合っているうちに市場が動いて損失が広がるおそれがあります。ハードリミットでは、枠を超えたらすぐ持ち高を減らすことになるため、アラームポイントを超えた段階で、枠を超えたときの対応を先に話し合っておけます24。
Z 銀行の金利のデスクで、VaR の枠が 10 億円、ある日の VaR が 11 億円になった架空の例で考えます。使用率は 11 ÷ 10 = 110% で、枠を 1 億円超えています。枠がハードリミットなら持ち高を減らすか閉じ、ソフトリミットなら今後の運用方針を話し合います。ソフトリミットで持ち高を残すか減らすかを決めるときは、減らせば超過は解消しますが、減らした分には、その後に相場が持ち高に有利に動いたときの利益が入りません。減らさずに残せば、不利に動いたときの損失が広がるおそれがあります。
検査の手引きでは、市場リスクの枠を超えるときの手続きは次のとおりです5。
- トレーダーは、枠を超える前に、取引の部門から独立した上位の管理者から少なくとも口頭で承認を受けます。
- 超過の承認は書面で受け、記録を残します。
- 同じ超過が繰り返されるときや、認めた取引の方針から外れるときは、上位の管理者が対処します。
検査の手引きでは、超過が起きたら、トレーダー、リスク管理者、上位の管理者がその理由を説明できるようにしておくこととされています4。損失限度(ストップロス)に達したときは、上位の管理者が対応し、持ち高をヘッジするか手仕舞うのがふつうでした25。
持ち高を閉じる決定を誰がするかは、金融機関によって違います。2019 年の日本銀行の研修資料は、リスク管理部門は助言だけをしてフロントの責任で閉じる、リスク管理部門が閉じる権限を持つ、取締役会や経営会議が判断する、関係者が話し合って決める、という例を挙げています26。
フロントと経営への報告
リスク管理部門は、計ったリスク量と限度枠の使用状況を、トレーダーとデスクから、部門の責任者、経営陣、取締役会まで報告します。検査の手引きでは、報告は階層ごとに合った細かさと頻度で定期的に出し7、どの報告書が組織の中のどの経路で誰に届くかを手続きで定めておくこととされています5。
経営への報告では、リスク量と、限度枠への抵触の状況を伝えます。市場が変わって枠を超えそうなときは、定期の報告を待たずに報告して話し合います3。定期的な報告に加えて必要に応じて経営陣に報告しているかも、主要行等向けの監督指針の着眼点です27。日本銀行の研修資料(2019 年)では、リスク管理部門が作った報告書は、フロントを経由せず、直接取締役会に出すものとされています11。
取引相手の信用リスクの報告には、集中の分析とストレステストの結果を入れ、厳しい市場でどれだけの損失がありうるかを示します。計測の方法の弱点や限界が、リスク量の正確さに影響するときは、その説明も報告に入れます9。
関わる部署と役割
リスク管理の日次業務には、次の部署が関わります。
| 部署 | 役割 |
|---|---|
| 取締役会、経営陣 | どんなリスクをどこまで取るかを決め、限度枠の基本の考え方を決めて見直す。報告を受けて対応を決める2815 |
| フロント | 限度枠の中で取引し、リスクと収益を管理する。超過の理由と対応を説明する294 |
| バック | 約定の内容を確かめ、決済と経理で持ち高と損益を確定させる12 |
| リスク管理部門 | データを取り込んで確かめ、リスク量を計り、限度枠を監視し、経営に報告する311 |
| 内部監査部門 | 計測から報告までの過程を検証し、報告の漏れや遅れがないかを確かめる30 |
内部監査は、フロントがリスクの計測に関わっていないかも確かめます23。フロント、ミドル、バックの担当を同じ部の中に置く金融機関もあります。独立した部署を置きにくいときは、担当の間に人事の上下関係がない独立した役席者にするなど、ミドルとバックがフロントを牽制できる工夫をし、部門を束ねる役員や部長の段階での牽制の弱さは内部監査で補います31。
注
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「3.取締役会の役割」(7 ページ)、「リスクの許容と管理の枠組みの整備」(14 ページ)、「各種リスク枠、損失限度:設定の考え方」(18 ページ)。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2000.1「Overview of Risk Management in Trading Activities」(1998 年 2 月)の 3 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「6.リスク管理部門の役割」(34 ページ)と「市場リスクの把握と報告」(35 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2000.1(1998 年 2 月)の 3 ページ。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2000.1(1998 年 2 月)の 4 ページ、"Risk Limits"。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(2)⑧(125 ページ)。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2010.1「Market Risk」(1998 年 2 月)の 1 ページ。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2010.1(1998 年 2 月)の 6 ページ、"Stress Testing"。 ↩
-
Office of the Comptroller of the Currency ほか "Interagency Supervisory Guidance on Counterparty Credit Risk Management"(2011 年 6 月、2026 年 6 月改訂)の II.2 "Management Reporting"(3 ページ)。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2010.1(1998 年 2 月)の 3 ページ。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「フロント部門に対する牽制機能の発揮」(37 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2000.1(1998 年 2 月)の 5 ページ、"Maintenance Issues"。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(2)⑤(125 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(2)⑦(125 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「ハードリミット、ソフトリミット、アラームポイント」(26 ページ)。 ↩ ↩2
-
Office of the Comptroller of the Currency ほか "Interagency Supervisory Guidance on Counterparty Credit Risk Management"(2011 年 6 月、2026 年 6 月改訂)の V.1 "Counterparty Limits"(13 ページ)。 ↩
-
「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 178 条第 1 項、第 2 項と、「金融商品取引法」第 46 条の 6 第 1 項(自己資本規制比率)。 ↩
-
金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅣ-2-1(3)③(116 ページ)。 ↩
-
金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅣ-2-3(3)①ロ(118〜119 ページ)。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2010.1(1998 年 2 月)の 6〜7 ページ、"MARKET-RISK LIMITS"。 ↩
-
Office of the Comptroller of the Currency ほか "Interagency Supervisory Guidance on Counterparty Credit Risk Management"(2011 年 6 月、2026 年 6 月改訂)の III.2 "Aggregation of Exposures"(5 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「内部監査のポイント(続き)」(42 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「ハードリミットの有効な活用」(27 ページ)。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2010.1(1998 年 2 月)の 7 ページ、"Maximum allowable loss" の項。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「過大なリスクテイクが判明したときはどうするのか」(38 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(1)⑧(124 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「2.組織・体制の整備」(6 ページ)と「過大なリスクテイクが判明したときはどうするのか」(38 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「2.組織・体制の整備」(6 ページ)と「各種リスク枠、損失限度:設定の考え方」(18 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「フロント、ミドル、バックの担当を同一部内に配置しているが問題ないか」(39 ページ)と「7.内部監査部門の役割」(40 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「フロント、ミドル、バックの担当を同一部内に配置しているが問題ないか」(39 ページ)。 ↩