リスク管理部門は、リスク量を計測し、リミットに抵触した状況を報告します。フロントは、割り当てられたリミットの範囲でポジションを管理します。
リスク・アペタイトとリミットは何が違うか
リスク・アペタイトは、金融機関が戦略と事業計画を実現するために、自らのリスク許容力の範囲内で引き受けるリスクの種類と量を、全体で示したものです。リスク許容力は、リスクを引き受けられる最大の水準です。規制上の自己資本と流動性の必要額、業務の環境、預金者や株主などへの義務に触れない範囲で測ります1。たとえば、金利、為替、株価、複雑な仕組商品のうち、どのリスクをどこまで取るかを決めます2。
リミット(金融庁の監督指針では限度枠)は、このリスク・アペタイトを、事業部門、法人、リスクの種類、集中(取引相手、業種、国・地域、担保の種類、商品など)に割り振った、数値で測れる上限です1。リスク・アペタイトの文章には、評判のように数値で測りにくいリスクについての方針も入ります1。リミットは使用状況を測って確かめられる形にするため、市場の変化でリスク許容力を知らないうちに超えることを防げます3。
2013 年に金融安定理事会(FSB)が示した原則では、リスク・アペタイトを決めて伝え、確かめる方針、手続き、統制、システムの全体を、リスク・アペタイト・フレームワークと呼びます。その中には、リスク・アペタイトの文章、リミット、実施と監視を担う者の役割と責任の概要が入ります1。金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」(以下、監督指針)は、市場リスクのリミットを「限度枠」と書きます。日本銀行の資料は「リスク枠」などと書きます4。
アペタイトからリミットへの割り振り
リスク資本は、規制資本の水準を考えたうえで、リスクを取ることを管理するために金融機関が内部で決める概念です5。日本銀行の資料の整理では、リスク・アペタイトからリミットへの割り振りは、一例として次のように進みます。手順 2 が第 1 段階(全体のリスク資本の配賦と全体のリミットの設定)、手順 3 が第 2 段階(各種のリミットと損失限度の設定)にあたります5。
- 取締役会が、リスクと収益、経営体力のバランスを見て、戦略とリスク・アペタイトを決め、リスク管理の方針を決める6。
- 取締役会が、信用、市場、オペレーショナル・リスクなどのリスクの種類ごとにリスク資本を配賦し、それぞれの全体のリミットを決める7。
- 市場リスクでは、債券の金利リスクや株式のリスクなど、管理の対象ごとに個別のリミットと、必要に応じて損失限度を置く。フロント(営業・トレーディング)が管理しやすい形でよいが、経営陣が適切に関わり、組織として承認する8。
個別のリミットは、全体のリミットと整合していれば、全体と同じ指標で置かなくてもかまいません9。日本銀行の資料の解説例には、個別のリミットの合計が全体のリミットに等しい場合と、合計が全体を上回る場合があります10。
リスク資本の総額が 300 億円の架空の例で考えます。
| 項目 | リミットの置き方 | 金額 |
|---|---|---|
| リスク資本の配賦 | 総額 300 億円を、信用、市場、オペレーショナル、バッファーに分ける | 信用 120 億円、市場 100 億円、オペレーショナル 30 億円、バッファー 50 億円 |
| 市場リスク全体のリミット | VaRで置く | VaR 40 億円 |
| 部門別のリミット | デスクごとに VaR で置く | 金利デスク 20 億円、株式デスク 25 億円(合計 45 億円) |
| 損失限度 | デスクごとに四半期の損失の額で置く | 金利デスク 8 億円、株式デスク 6 億円(合計 14 億円) |
損失限度は、予想損失額の VaR とは別に、実際の損失に置く上限です。合計の 14 億円は、全体の VaR リミット(40 億円)とは足し引きして比べません。
この例では、ストレステストの損失の見積もり(90 億円)が、市場への配賦(100 億円)に収まることを勘案したうえで、全体のリミットを置くものとします11。
この例では、部門別の VaR リミットの合計(45 億円)が、全体のリミット(40 億円)より大きくなっています。VaR は、部門どうしの値動きの相関を考えると、全体が部門ごとの VaR の合計より小さくなることがあります12。また、合計が全体を上回る設計もあります10。この設計では、各デスクがリミットまで使い切ると全体のリミットを超えるため、全体の使用状況を別に確かめる必要があります。
リミットを割り振ったあとに、新しい事業の機会などで、事業部門や法人のリミットの引き上げが要ることがあります。上級管理職と取締役会の承認(適切な場合)を条件に、全体のリスク・アペタイトの範囲内で応えられることが、FSB の原則で求められます13。範囲内に収める手当てには、リスク許容力を増やす、他の部門や法人のリスクを減らす、他の部門や法人のリミットの余りを振り替える、などがあります13。
リミットの種類と使い分け
リミットは、何に上限を置くかで、次のように分けられます。1 つのリスクに複数の種類を組み合わせて置くこともあります14。
| 種類 | 何に置くか | 使い方の例 |
|---|---|---|
| ポジション | 感応度、想定元本、残高 | 債券投資の金利リスクに BPV、株式に残高14 |
| リスク量 | VaR などの予想損失額 | 市場リスク全体に VaR。仕組債などは銘柄ごとの VaR を単純に合計して置く例11 |
| 損失限度 | 評価損を含む損失の額 | 債券投資の損失限度を市場部門の収益計画の一定割合に置く例15 |
| 集中 | 取引相手、業種、国・地域、担保の種類、商品 | 事業部門と法人のほか、集中にもリミットを置く16 |
リミットは、収益、資本、流動性などに対する水準で表すことも多くあります16。
監督指針は、ポジション枠(金利感応度や想定元本などの上限)、リスク・リミット(VaR などの予想損失額の上限)、損失限度、ストレステストを、市場リスクの設定の対象に挙げています4。このうちストレステストは、損失の見積もりで、上限ではありません11。
損失限度は、評価損を含む損失が、期間損益や自己資本比率に直接大きな影響を与えるのを防ぐために置くことが多くあります15。
数値で測れないリスクも、リスク・アペタイトの対象です。評判のように測りにくいリスクのリミットも、定性的な評価で測れる形にすることを、FSB の原則は求めています17。
設定の考え方と見直し
監督指針では、銀行の取締役会が、ポジション枠、リスク・リミット、損失限度、ストレステストを設定するときの基本的な考え方を、リスク管理の方針として明確に定めることが必要です。あわせて、取締役会などが、各部門の業務の内容などを定期的に(最低限、各期に 1 回)見直し、設定を見直すことも求めています4。
設定の目安は、他のリスクに要る分を除いた余力です。日本銀行の資料は、他のリスクカテゴリーのリスク量の上限を大まかに把握して、市場リスクに割り当てられる「経営体力の余力」を算定し、その範囲内で市場リスクのリミットと損失限度を置くことを挙げています。他のリスクのリスク量を把握できないと、市場リスクのリミットも合理的に置けません18。
リミットの水準を決めるときの注意もあります。監督指針では、リスク管理部門(ミドルのうち、リスク量とリミットを見る部署)が、リスク資本とリミットを各部門に機械的に設定するだけでなく、リスクを主体的に把握し、日々の管理に使うことが必要です19。
FSB の原則は、リミットが次の点を満たすことを求めています20。
- 事業部門と法人ごとに置き、リスク・アペタイトの範囲に収める。
- 同業との比較や規制上の水準をそのまま使わない。
- 複雑にしたり、あいまいにしたり、主観に頼ったりしない。
- 定期的に確かめる。
リミットの数は、網羅性と、監視にかかる費用や効果のバランスで決めます21。
日々のモニタリングと報告
図の説明
フロントのレーンは、リミットが設定される側を示します。設定は、経営陣の関与のもとで組織として承認されます。
リスク管理部門は、リスク量を計測して見張り、リミットに抵触した状況を取締役会に報告します。市場環境が変わってリミットの超過が懸念されるときは、状況に応じて機動的に報告し、協議します22。FSB の原則も、リスク管理の責任者が、事業部門と法人のリミットと全体のリスクを独立して見張るとしています23。計測と報告の日々の業務はリスク管理の日次業務で扱います。
新しい商品への投資や大口の取引は、リスク管理部門が影響度を事前に確かめて、取締役会に伝えます。この事前の確認をルールにすることを検討する金融機関は、2019 年の時点で増えていました24。
超過のときの報告と対応
監督指針では、リミットを超えたとき、または超えるおそれがあるときの、管理者への報告の体制と権限(方針と手続き)を、あらかじめ明確に定めることが必要です26。
FSB の原則は、リスク・アペタイトを超えるおそれのある重大な超過を、リスク管理の責任者が、取締役会と経営の責任者に速やかに報告することを求めます27。また、経営の責任者には、深刻な超過を取締役会と当局に通知する方針を持つことを求めます28。
超えたあとの対応は、リミットの種類で分かれます。リミットには、ハードリミットとソフトリミットがあります。ハードリミットは、超えたらポジションを強制的に減らすか閉じることを求めます。ソフトリミットは、超えたら相場の見方を考え直し、運用方針を協議することを求めます。強制的な削減は求めないので、柔軟に対応できます29。
リミットより低い水準(リミットの 50% や 75% など)に置くアラームポイントは、注意を促し、運用方針を協議するための印です29。
A 銀行の金利デスクの VaR リミット 20 億円、アラームポイント 75%(15 億円)の架空の例で考えます。リミットは割り振りの表と同じです。ある日の VaR が 16 億円なら、リミットの中ですが、アラームポイントを超えているため、運用方針を協議します。翌日に VaR が 21 億円になると、リミットの超過です。
- ハードリミットなら、直ちにポジションを削減するか閉じます。その後は、買い直すこともできます30。
- ソフトリミットなら、協議を始めます。協議している間に市場が動くと、損失が拡大するおそれがあります30。
日本銀行の資料(2019 年 9 月)は、日本の金融機関が市場リスクにソフトリミットを置くことが多いとしたうえで、市場リスクの特性を考えれば、アラームポイントと組み合わせてハードリミットを有効に使うべきだとしています30。
ポジションを閉じる権限をどこに置くかも、金融機関で違います。同じ資料が事前に決めておく例として挙げるのは、次の 4 つです31。
- リスク管理部門は助言だけで、フロントの責任で閉じる。
- リスク管理部門が閉じる権限を持つ。
- 取締役会などの判断で閉じる。
- 関係者が合議して決める。
内部監査の確認項目と、形式の違い
事業部門と法人のリミットは、全社のリスク・アペタイトの文章と整合させる必要があります32。
リミットの設定と運用は、内部監査の対象にもなります。日本銀行の資料は、内部監査が、資本の配賦とリミットの設定がリスク・アペタイトとリスク管理方針に整合しているか、ミドルの報告が適切なタイミングと頻度で行われているか、リスクの計測にフロントが関与していないかを確かめるとしています33。
リスク資本の配賦と全体のリミットの設定の形式は、金融機関ごとに違います。日本銀行の資料は、形式より、経営体力の十分性をどう確かめたかを、組織として合理的に説明できることが大事だとしています34。ここで示した数値と構成の例は、1 つの標準ではありません。
注
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の冒頭の定義の表(2〜3 ページ)の "Risk appetite framework"、"Risk appetite statement"、"Risk capacity"、"Risk appetite"、"Risk limits"。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「戦略、リスクアペタイト、リスク管理方針の決定」(8 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 3 "Risk limits"(6 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(2)⑦(125 ページ)と、日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)14 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の 14 ページ、15 ページの図と注、17 ページの図。 ↩ ↩2
-
同資料の「3.取締役会の役割」(7 ページ)。 ↩
-
同資料の「市場リスク全体枠:設定の考え方」(16 ページ)。 ↩
-
同資料の「各種リスク枠、損失限度:設定の考え方」(18 ページ)。 ↩
-
同資料の「留意事項:各種リスク枠の設定」(19 ページ)。 ↩
-
同資料の「事例①の解説例」(24 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 1.1 f)(4〜5 ページ)と脚注 7(5 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「留意事項:各種リスク枠の設定」(19 ページ)。 ↩ ↩2
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 3.1 b)、c)(6〜7 ページ)と 2 "Risk appetite statement"(5 ページ。収益、資本、liquidity-at-risk などで表す量的な指標)。 ↩ ↩2
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 3 "Risk limits" の脚注 9(6 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「留意事項:他のリスクカテゴリのリスク量の上限を把握する」(28 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(1)⑦(124 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 3.1 a)、b)、d)、e)、f)(6〜7 ページ)。 ↩
-
同資料の 3 "Risk limits"(6 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「6.リスク管理部門の役割」(34 ページ)と「市場リスクの把握と報告」(35 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 4.3 g)(10 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「リスクコミュニケーションの中核となる」(36 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 4.5 a)、d)、e)、f)、h)(11 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(2)⑧(125 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 4.3 i)(10 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 4.2 j)(10 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「ハードリミット、ソフトリミット、アラームポイント」(26 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「ハードリミットの有効な活用」(27 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「過大なリスクテイクが判明したときはどうするのか」(38 ページ)。 ↩
-
FSB「Principles for An Effective Risk Appetite Framework」(2013 年 11 月 18 日)の 2.1 g)(6 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の「内部監査のポイント」(41 ページ)と「内部監査のポイント(続き)」(42 ページ)。 ↩
-
同資料の「市場リスク全体枠:設定の考え方」(16 ページ)。 ↩