帳簿の時価が財務報告に載る前に、その水準を独立した価格と照らし、差が大きければ原因を調べる統制です。
独立した価格で時価を確かめる理由
独立した時価の検証(IPV)は、取引の時価をフロント(営業・トレーディング)の見積もりに任せきりにせず、フロントから独立した人や部署が、独立した価格で確かめ直す統制です。新しい取引の初めの価格は、ふつうその取引を組むトレーダーが付けます。毎日の評価でも、評価に使う価格や入力値の決定にトレーダーが関わることがあります1。米国の連邦準備制度理事会の検査の手引き(以下、検査の手引き)は、評価の方針と手続きが不十分だと、金融機関のトレーディングの利益と、取引のリスクを管理する力に疑いが生じるとしています2。
検査の手引きの記述は、1998 年 2 月付けの版(手引きの 1〜2 ページ)と 2003 年 4 月付けの版(同 3〜8 ページ)によります。
英国の健全性規制機構(PRA)の規則は、毎日の時価評価に加えて IPV を行うよう金融機関に求めています。市場の価格と評価の入力値の検証は、トレーディング勘定から利益を得る人や部署から独立した人か部署が、少なくとも月 1 回、市場や取引の性質によってはそれより頻繁に行います3。検査の手引きでも、毎日の評価とは別に、定期的に独立した評価し直しをして、持ち高が時価を映しているか、評価の入力値が妥当かを確かめます1。IPV は、この定期的な評価し直しにあたります。
毎日の時価と損益の確定は日次の時価と損益の確定で扱います。毎日の時価と損益の確認を受け持つ部署(プロダクト・コントロール)がありますが、IPV は、それとは別に、独立した価格で時価の水準を定期的に確かめる統制です。
IPV の手順
IPV は、方針で範囲と許容範囲を決め、独立した価格を集めて帳簿の時価と比べ、許容範囲を超えた差を調べて、結果を記録して報告する順に進みます。手順を受け持つ部署の名前と分け方は金融機関によって違います。以下の手順は、検査の手引きと PRA の規則が求める内容を並べたものです。
図の説明
IPV の手順です。独立した人か部署が、方針の範囲で検証する取引を選び、独立した価格を集めて帳簿の時価と比べます。許容範囲を超えた差の原因を調べ、財務報告の修正を判断し、独立した価格が得にくいときは評価調整も検討します。結果の報告が経営陣などに渡ります。
- 方針で、検証の頻度、範囲、許容範囲、独立した価格の源とその妥当性の確かめ方を決めます。評価の方針と手続きに、独立した評価の頻度、市場の情報の取得元とその妥当性の見直し、月末と随時の検証の手続きを含めるのが、英国の規則の要件です4。検証の範囲は方針で明確にし、検証から外す取引には合理的な理由を示すのが望ましいとされています1。頻度と範囲は後の小節で扱います。
- 独立した人か部署が、検証する取引を選び、独立した価格を集めます。価格の取り方は、取引の流動性で変わります(後の節)。
- 独立した人か部署が、独立した価格で評価し直した値と帳簿の時価を比べます。
- 差が方針の許容範囲を超えたら、原因を調べます。
- 原因に応じて対応を決めます。対応は「帳簿の時価との差の扱い」と「評価調整への反映」の節のとおりです。
- 検証の結果は、監査の証跡になるよう十分に詳しく記録します。結果の要約は経営陣などの管理部署に伝えます。報告には、検証の範囲、独立した評価と報告した評価の間の重要な差、その差への対応を少なくとも含めます5。
頻度と範囲は方針で決める
英国では、頻度は少なくとも月 1 回で、市場や取引の性質によってはそれより頻繁に行います3。検査の手引きでは、独立した評価し直しは通常月 1 回だが、流動性が低く評価しにくい取引と、毎日は時価評価しない取引は、もっと頻繁に評価し直すのが賢明な場合があるとしています1。
範囲は、金融機関の取引の規模や高度さで変わります。範囲の決め方には 3 つの例があります1。どれを選ぶかは方針に書き、金融機関ごとに違います。
| 範囲の決め方 | 手引きが挙げる使いどころ |
|---|---|
| 抜き取り | 単純で標準的な商品が大量にあり、全部を評価し直すと効率が悪いとき |
| 全件 | 複雑な取引 |
| 金額基準 | 重要性で選ぶとき(例は、一定の金額を超える取引すべて) |
独立した価格の取り方
独立した価格をどこから取るかは、取引の流動性で変わります。検査の手引きは、取引所や流動性の高い店頭の市場の商品では、毎月の評価し直しが、帳簿の時価と取引所やブローカー・ディーラーの相場の比較で済むことがあるとしています。そのとき、価格を出した側が取引の相手方か、有料の価格サービスかを分かるようにしておくのが望ましいです。ブローカー・ディーラーの相場は、その業者が社内で使う値と同じとは限らず、ほかの市場の値やモデルの値を代表しないこともあります。金融機関は、外部から得た評価が妥当かを自分で確かめる必要があります5。
流動性が低い店頭取引では、独立した第三者の価格がふつう得られません。ブローカーの相場が得られることはありますが、まれです。相場が複数あれば、単純平均や、極端な価格を除いた平均で代表値を決め、方法を社内の方針で決めておきます。ミドル(リスク管理など)やバック(事務・決済)がブローカーの相場を入力するときは、トレーダーにも自分の持ち高を報告させて確かめます。ブローカーが直接データを入れる場合は、ミドルやバックがそのデータの正確さと妥当性を確かめます。ここでの価格の違いは照合して解消します6。
仕組みの複雑な取引では、信頼できる独立した相場は、ふつうはまれにも得られません。そのときは、基準の金利に一定のスプレッドを足した値で評価する、価格がある似た取引と比べるといった方法があり、ふつうはモデルで価格を出します6。毎月の評価し直しでは、価格が過去の値と整合しているか、実際の手仕舞いの価格やヘッジ取引の成績がモデルの予測と合っているかを見ます。評価の難しい商品では、管理の部署が別のモデルを並行して動かし、トレーダーのモデルの値を検算することもあります6。
規制資本の評価でも、市場データに基づくときは IPV で使うデータと同じ範囲を見ます(EU の委任規則 2016/101)7。
帳簿の時価との差の扱い
検査の手引きは、定期的な独立した評価し直しの値が帳簿の価値と大きく違うときは、さらに調べるべきだとしています。調べる基準の金額は、「x 千ドルを超える差はすべて原因を調べる」のように、書面の方針で具体的に決めておきます。原因が分かったら、財務報告を直す必要があるかを判断します。差の大きさと並び方によっては、価格付けの手続きやモデルを変えます15。
帳簿の時価と独立した価格の差は、次の式で見ます。
月末の IPV で 3 つの取引を検証し、1 取引あたりの差が ±50 万円を超えたら原因を調べる方針の架空の例で考えます。
| 取引 | 帳簿の時価(万円) | 独立した価格(万円) | 差(万円) | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 取引 A(金利スワップ) | 5,030 | 5,000 | +30 | 許容範囲内 |
| 取引 B(通貨オプション) | 1,350 | 1,200 | +150 | 許容範囲を超過。調べる |
| 取引 C(金利キャップ) | 800 | 880 | −80 | 許容範囲を超過。調べる |
取引 B は、帳簿の時価が独立した価格より 150 万円高く、時価と利益が多すぎるおそれがあります。調べた結果、評価に使うボラティリティが古かったと分かれば、帳簿の時価を直し、財務報告を直す必要があるかを判断します。取引 C は、帳簿の時価が 80 万円低く、時価が少なすぎるおそれがあります。調べた結果、独立した価格がブローカーの参考値で、実際に手仕舞える水準ではないと分かれば、帳簿の時価を変えないこともあります。差が出ても独立した価格のほうが正しいとは限らないため、価格の源の妥当性を確かめたうえで、どちらを採るかを決めます。
評価調整への反映
時価に足す評価調整には、取引相手の信用や資金調達の費用にかかわるもの(CVA、FVA など)もあります。
IPV で独立した価格が得にくかったり、価格の源が主観的だったりするときは、評価調整が適切な場合があります3。PRA の規則は、評価調整を検討する手続きを持つよう求め、正式に検討する調整として次の 8 つを挙げています。未獲得の信用スプレッド、手仕舞いのコスト、オペレーショナル・リスク、市場価格の不確実さ、早期終了、投資と資金調達のコスト、将来の管理費用、関係があればモデル・リスクです8。
流動性が低い持ち高は、市場の出来事や、集中した持ち高、想定した保有期間を超えた持ち高などで生じます。そうした持ち高には、財務報告のために必要な値の変更とは別に、評価調整を検討する手続きが要ります。規則は、判断で考える要素に、ヘッジし切るまでの時間、ビッド・アスク・スプレッドの大きさ、相場の数と提示する業者、持ち高の集中、持ち高の経過期間、モデルでの評価にどれだけ頼るかなどを挙げています9。第三者の評価やモデルで評価するときも、評価調整を検討し、モデルの入力値の不確実さによる調整が要るかを明示して評価します10。
検査の手引きは、取引の初日の利益の一部を繰り延べる留保(ホールドバック・リザーブ)について、トレーダーや事業部門が留保の水準を決められないようにするよう求めています。水準が適切かは独立した管理の部署が見直し、毎月の評価し直しと合わせて確かめることが多いです11。
関わる部署と役割
PRA の規則と検査の手引きは、IPV を受け持つ部署の名前を指定せず、トレーディングから独立していることを条件にしています。PRA の規則は、検証する人や部署が、トレーディング勘定から利益を得る側とは別であることを求めます3。検査の手引きは、トレーディング部門とは別の立場の管理の部署が行うとしています1。部署の名前と分け方は金融機関によって違います。フロントは IPV で確かめられる側です。IPV を受け持つ部署が価格を集めて比べる作業は手順の節に書いたとおりで、手順に出ない役割は次の表のとおりです。
| 部署 | IPV での役割 |
|---|---|
| リスク管理部門 | モデルの弱点を把握して評価の値に反映する |
| 経営陣 | 評価を受け持つ部署の報告を受け、評価の方針の重要な変更を承認する |
| 内部監査部門 | 評価の手続きと統制を監査する |
表の分担は、PRA の規則、EU の規則の原文、金融庁の監督指針の記述によります14121314。
関係する規制
評価の方針と手続きの文書化、評価を受け持つ部署の報告の線のフロントからの独立(最終的に経営陣に至る線)、毎日の評価に加えた IPV が、英国の PRA の規則(第 105 条)の要件です43。
日本では、金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」が、証券化商品などの市場性のあるクレジット商品(市場性のあるローンとクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を含む)について、着眼点を挙げています。フロント部門が算出した価格をリスク管理上の時価に使うときは、その価格をリスク管理部門などが独立した立場から検証しているかを見ます。ブローカーや外部ベンダーから価格評価を得るときは、可能な限り価格評価の手法の情報を求め、妥当性の検証に努めているかを見ます。モデルの不確実さや流動性のリスクに重要性があるときは、それらが考慮されているかも見ます14。
規制資本の評価には、プルーデント・バリュエーションがあります。EU の委任規則 2016/101(2015 年 10 月 26 日の原文)は、時価で測るすべての持ち高に、保守的な評価の基準を当てはめます。会計上の評価との差は追加の評価調整(AVA)として計算し、普通株式等 Tier 1 資本の調整だけに使います17。AVA は、資産ならプルーデントな値が時価以下、負債なら時価以上になるときの差の絶対値で、マイナスにはなりません1718。IPV との関係は 3 つあります。AVA の計算で見る市場データは、IPV と同じ範囲です(独立した価格の取り方の節)7。評価の統制として、取引デスクから独立した価格にもとづく正式な IPV の過程を求めます。AVA は、独立した統制の部署が承認し、継続して見ます13。AVA の計算方法の詳細は、この記事では扱いません。
注
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1(1998 年 2 月)の 2 ページ、"Initial Pricing" から "Independent Price Testing and Revaluation" まで。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1「Financial Performance」(1998 年 2 月)の 1 ページ、前文と "VALUATION"。 ↩ ↩2
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105(2025 年 2 月 8 日の版)の第 8 項。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105「Requirements for Prudent Valuation」(2025 年 2 月 8 日の版)の第 2 項 (a) と (b)。 ↩ ↩2 ↩3
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1(2003 年 4 月)の 3 ページ、"Liquid Instruments and Transactions" など。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
同マニュアルの Section 2100.1(2003 年 4 月)の 4 ページ、"Illiquid Instruments and Transactions"。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Commission Delegated Regulation (EU) 2016/101(2015 年 10 月 26 日。legislation.gov.uk の原文)の Article 3 第 1 項。 ↩ ↩2
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105(2025 年 2 月 8 日の版)の第 9 項と第 10 項。 ↩
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105(2025 年 2 月 8 日の版)の第 11 項 (a) から (g)。 ↩
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105(2025 年 2 月 8 日の版)の第 12 項。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1(2003 年 4 月)の 7 ページ、"HOLDBACK RESERVES" と "Reserve Adequacy"。 ↩
-
Prudential Regulation Authority「PRA Rulebook」の Trading Book (CRR) Part、Article 105(2025 年 2 月 8 日の版)の第 7 項 (f)。 ↩
-
Commission Delegated Regulation (EU) 2016/101(2015 年 10 月 26 日。legislation.gov.uk の原文)の Article 19 第 1 項、第 2 項 (b)、(d)、(e)、第 3 項 (b)、(e)。 ↩ ↩2
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-2-3-3-2(3)①ロ、ハ、ニ(126 ページ)。 ↩ ↩2
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1(2003 年 4 月)の 5 ページ、"Pricing Models"。 ↩
-
同マニュアルの Section 2100.1(2003 年 4 月)の 6 ページ、"Pricing-Model Outputs"。 ↩
-
Commission Delegated Regulation (EU) 2016/101(2015 年 10 月 26 日。legislation.gov.uk の原文)の前文の (1)、(2)、(4)。 ↩ ↩2
-
Commission Delegated Regulation (EU) 2016/101(2015 年 10 月 26 日。legislation.gov.uk の原文)の Article 8 第 4 項。 ↩