時価やリスク量を毎日出す業務では、使う金利や価格の値が部署の間でそろっていないと、数字が食い違います。取引から独立した管理の部署やリスク管理部門は、その値の出どころと確かめ方を方針に定めて、市場データを管理します。
市場データが食い違うと何が困るか
金利、為替、価格、ボラティリティなど、時価とリスク量の計算に使う値を市場データといいます。同じ持ち高でも、使う市場データが違えば時価もリスク量も違う値になります。そのため金融機関は、市場データをどこから取り、どう確かめ、どう記録を残すかを決めて管理します。
金利が 1bp(0.01%)動くと時価が 100 万円変わる持ち高の架空の例で考えます。この持ち高の時価に使う 10 年の金利が、実際より 10bp 高いまま取り込まれると、時価は約 1,000 万円ずれます。ずれの向きは持ち高の向きで逆になり、時価と損益を実際より大きく見せることも、小さく見せることもあります。
米国の連邦準備制度理事会の検査の手引き(以下「検査の手引き」。引く節は 1998 年 2 月から 2003 年 4 月付けです)は、時価の評価の手続きによくある欠陥として、トレーダーの入力に頼りすぎて評価の入力値を独立して確かめていないことを挙げています1。フロント(営業・トレーディング)とバック(事務・決済)で評価の前提や方法が食い違うことも、誤りのもとです。食い違うと、財務報告と市場リスクの評価が誤ることがあります2。
その日の終わりの市場データを使って時価と損益を確定させる手順は、日次の時価と損益の確定で扱います。
市場データの出どころ
市場データの出どころは、商品の取引の多さで変わります。取引所で取引される商品や、取引が活発な店頭の商品は、独立した出どころの値を使えます。取引の少ない店頭の商品では、使える出どころが少なくなります。検査の手引きが挙げる出どころは次のとおりです。
| 出どころ | 主な対象 | 使うときの注意 |
|---|---|---|
| 取引所の公表価格 | 上場商品 | トレーダーの値を確かめる材料になる。流動性の考慮で気配の評価は複雑になる3 |
| 配信サービスの価格 | 取引が活発な店頭商品 | 取引所の価格と同じく、トレーダーの値を確かめる材料になる4 |
| ブローカーやディーラーの気配 | 店頭商品(取引の少ない商品では、気配が数少ない) | 配信元の値は社内の値と同じとは限らない。配信元の立場を把握し、妥当性を確かめる5 |
| 金融機関自身の入力 | 自動で取り込めない値 | 入力は取引から独立した管理の部署が行うが、値の決定にはトレーダーが関わることがある6 |
取引の少ない店頭の商品や特注の商品は、独立した第三者の価格が得られないことが多く、評価モデルなどで価格を出します7。モデルの入力のうち、オプションのボラティリティの観測値は、誤りや操作が入りやすい点の 1 つです8。
英国の規則は、市場データから追加の評価調整(AVA、時価を慎重な値に直すための調整)を計算する金融機関に、独立した価格の検証と同じ範囲の市場データを考慮するよう求めています。考慮する出どころは次のとおりです9。
- 流動性のある市場の取引所価格
- 同一か非常に近い商品の取引
- 約定できる気配
- コンセンサス・サービスのデータ
- 参考値としてのブローカーの気配
- 取引相手の担保の評価
外部から買うデータの扱いも決めます。金融庁の主要行等向けの総合的な監督指針は、市場性のあるクレジット商品の価格評価について着眼点を挙げています。ブローカーや外部ベンダーから価格評価を取得するときは、できるだけ評価の手法の情報を求め、価格の妥当性を検証するというものです10。金融庁の「モデル・リスク管理に関する原則」(対象はシステム上重要な金融機関)は、モデルで使うサードパーティー製のデータやパラメーターも、ベンダー・モデルと同じく管理の対象にします。管理の例には、情報の提供をできるだけ詳しく求めることと、使えなくなる場合に備えた計画の作成が挙がっています11。
取り込みから使うまでの流れ
市場データは、出どころから取り込み、時刻をそろえ、独立した値で確かめ、記録を残し、各システムが使う順に流れます。順序と部署の分担は、金融機関によって違います。
図の説明
3 つのレーン(出どころ、市場データの管理、利用するシステム)のうち、確かめる作業が市場データの管理に集まる点を見る図です。
検査の手引き(1998 年 2 月)では、値の取り込みは、自動の配信を使えるときは自動で更新するのが基本とされます。使えない値は、取引から独立した管理の部署が入力します6。取り込みの管理の確認項目には、取り込みが途中で欠けたことをどう見つけるか、利用者が市場データを上書きできるか、手で入れた金利や価格の正しさをどう保つかがあります14。
評価の時刻は、そろえることが求められます。同じポートフォリオの商品は、取引される場所が違っても同じ時刻で評価するとされます。ヘッジする商品とヘッジされる商品も、上場する取引所の終了時刻が違っても同じ時刻で評価するとされます。気配は、評価する時刻の新しいものを使うとされます15。現物市場と先物市場の終了時刻が違って価格がずれるときは、理論価格を使うこともあります16。どの時刻の値を終値とするかは、評価の方針に書く項目です17。
値を確かめる方法
取り込んだ値は、トレーダーの入力から独立した出どころの値と照らして確かめます。確かめる頻度は、日次と定期の 2 つです。
日次は、管理の部署が、トレーダーの入力と独立した市場の値の差を解消し、記録します。差ごとに理由と損益への影響を差異の記録に残し、大きな差は上級の管理者に報告します18。定期の確かめは、取引から独立した部署が価格の入力値を確かめ直すもので、独立した時価の検証といいます。
確かめる点は、値の種類で変わります。検査の手引きなどの資料にある例を、次の表にまとめます。
| 確かめること | 方法の例 |
|---|---|
| 取り込みの欠け、上書き、値の古さ | 取り込みの欠けや上書きの確認項目と、評価する時刻の新しい気配の使用1415 |
| 気配のばらつき | 流動性の低い店頭取引でブローカーの気配が複数あるとき、平均の取り方を方針に書く19 |
| ブローカーが直接入力した値 | 管理の部署が、正確性と妥当性を確かめる19 |
| 過去の値との一貫性 | ポートフォリオの価格を、過去の値との一貫性で確かめる20 |
| リスク管理部門が使うデータの取得 | フロントを経由せずデータを直接取得しているか。使う場合は妥当性を検証しているか21 |
確かめた結果の記録を残す
確かめた結果は、あとから追える記録として残します。データの書き込みは、できる人を限って管理します。検査の手引きが挙げる例は次のとおりです。
- トレーダーの入力と独立した市場の値の差の理由と、損益への影響(差異の記録)18
- 月次の評価結果を、あとから追える形で詳しく書いた文書22
- データの書き込みと編集の権限を限ること、権限の定期的な見直し、利用者のアクセスを見る監査用の報告23
内部監査は、リスクの把握と計測の作業にフロントが関わっていないかを、データの登録方法、リスク計測システムのアクセス権限、履歴の確認などで確かめる例があります24。
データベースが分かれることと照合
次の記述は、顧客と取引のファイルを含むデータ全般についてで、市場データに限りません。独立したデータベースが多いほど、データに誤りが入る余地が増えます25。顧客と取引のファイルを 1 つのデータベースにしている金融機関は、複数のデータの出どころを持つ金融機関より、データの管理が強いことがあります。ただし、店頭と上場のすべての商品の入力から処理、管理までを 1 つのシステムで受け持つ例はまれで、購入したシステムと自社で作ったアプリケーションを組み合わせていることがあります26。
複数のデータの出どころを集めるときは、データを壊さないように、確認と照合を置きます。独立したデータベースがあるなら、複数のファイルが合わさる箇所ごとに照合の手当てが要ります27。バックがフロントと独立したデータベースとソフトウェアを使うときは、違いを定期的に照合します28。検査官は、行っている照合の種類、頻度、差の許容度を確かめます25。
市場データを各システムに配る仕組みを含む全体の構成は、フロントからバックまでのシステム構成で扱います。
関係する指針と規則
市場データの管理に関わる指針と規則は、次のとおりです。
- 日本の主要行等向けの総合的な監督指針は、市場データそのものの規定ではありませんが、クレジット商品の価格評価と VaR の計測の着眼点を含みます。G-SIBs と D-SIBs(システム上重要な銀行)には、リスクデータの集計で必要な正確性と完全性を満たすことを求める着眼点もあります。誤りを減らすため、大部分を自動で集計することも着眼点です29。
- 金融庁の「モデル・リスク管理に関する原則」(2021 年 11 月 12 日)は、外部のデータの管理を含みます。対象は、金融庁が指定した G-SIBs と D-SIBs などです30。
- 英国の PRA(健全性規制当局)の規則は、追加の評価調整に使う市場データの出どころを挙げ、評価の方針に含める項目に終値の時刻を挙げます917。
注
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米国の連邦準備制度理事会「Trading and Capital-Markets Activities Manual」Section 2060.1(1998 年 2 月)5〜6 ページ、"Revaluation"。よくある欠陥に、トレーダーの入力への頼りすぎと、入力値を独立して確かめていないことを挙げています。 ↩
-
検査の手引き Section 2060.1(1998 年 2 月)6 ページ、"Revaluation"。トレーダーの部署とバックで評価の前提や方法が食い違うと、誤った財務報告と市場リスクの評価につながるとしています。 ↩
-
検査の手引き Section 2060.1(1998 年 2 月)6 ページ。取引所の公表価格はトレーダーの値に対する客観的な確認になる一方、流動性の考慮で気配の評価は複雑になります。 ↩
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検査の手引き Section 2060.1(1998 年 2 月)6 ページ、"Revaluation"。取引が活発な店頭商品の電子的な配信サービスの価格は、トレーダーの価格に対する同様の確認になります。 ↩
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検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)3 ページ。ブローカーやディーラーの気配は内部で使う値と同じとは限らず、提供者が取引の相手か、評価の対価を得る独立のサービスかを把握するとしています。 ↩
-
検査の手引き Section 2100.1(1998 年 2 月)2 ページ、"Daily Mark-to-Market Process"。自動配信を使えない値は別の管理の部署が入力しますが、トレーダーが値の決定に関わることもあります。 ↩ ↩2
-
検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)4 ページ、"Illiquid Instruments and Transactions"。流動性の低い、特注の取引は独立した第三者の価格が通常は得られず、評価モデルを使う可能性が高いとしています。 ↩
-
検査の手引き Section 2060.1(1998 年 2 月)6 ページ、"Revaluation"。流動性の低い商品は評価が主観的で誤りや不正の余地が大きく、オプションのボラティリティの観測値は弱い点の 1 つとしています。 ↩
-
PRA Rulebook の Trading Book (CRR) Part、Chapter 4 Article 3「Sources of Market Data」(2024 年 11 月 2 日時点)第 1・2 項。英国の規則で、日本の金融機関に直接の適用はありません。 ↩ ↩2
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」Ⅲ-2-3-3-2(3)①ハ(126 ページ)。市場性のあるクレジット商品の価格評価で、ブローカーや外部ベンダーから価格評価を取得する場合の着眼点です。 ↩
-
金融庁「モデル・リスク管理に関する原則」(2021 年 11 月 12 日)原則 7 の 7.1・7.2(13 ページ)。ベンダー・モデル等にサードパーティー製のデータやパラメーターを含み、管理の例として詳しい情報の要求とコンティンジェンシープランの策定を挙げています。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」Ⅲ-2-3-3-2(2)④⑤(125 ページ)。VaR の観測期間や投入するデータを適切に選び、結果を検証することと、過去の実績が不十分なときやデータの信頼性が乏しいときに過少になる可能性を挙げています。 ↩
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検査の手引き Section 2110.1「Capital Adequacy」(2000 年 4 月)21 ページ。銀行が行えるストレステストの種類として、(1) 過去の出来事に当時の市場データを使うもの、(2) 仮想の出来事に金融機関が作る「市場データ」を使うもの、(3) 固有の分析を挙げています。 ↩
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検査の手引き Section 2040.4(1998 年 2 月)1 ページ、10 項 a。Reuters、Telerate、Bloomberg などの外部サービスからの取り込みと手入力について、不完全な取り込みの発見、利用者の上書き、データの正しさの保ち方を確認項目としています。 ↩ ↩2
-
検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)3 ページ、"Liquid Instruments and Transactions"。同じポートフォリオの商品、ヘッジする商品とされる商品は同じ時刻に評価し、気配は評価の時刻に新しいものを使います。 ↩ ↩2
-
検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)4 ページ、"Illiquid Instruments and Transactions"。現物市場と先物市場の終了時刻の違いで価格がずれるときは、理論価格を使い、価格のモデルを使うのが適切な場合があります。 ↩
-
PRA Rulebook の Trading Book (CRR) Part、Article 105「Requirements for Prudent Valuation」(2024 年 6 月 1 日時点)第 2 項(a)。評価の方針に含める項目に終値の時刻が挙がります。 ↩ ↩2
-
検査の手引き Section 2060.1(1998 年 2 月)6 ページ、"Revaluation"。トレーダーの入力と独立した市場の値の差は解消して記録し、理由と損益への影響を差異の記録に残して、大きな差を上級の管理者に報告します。 ↩ ↩2
-
検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)4 ページ、"Illiquid Instruments and Transactions"。気配が複数あるときは単純平均か極端な値を除いた平均を内部方針に書き、ブローカーの直接入力は中間か後方の部署が確かめます。 ↩ ↩2
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検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)4 ページ。月次の再評価で、ポートフォリオの価格の妥当性は、過去の値との一貫性などで確かめられるとしています。 ↩
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日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)37 ページ、「フロント部門に対する牽制機能の発揮」。リスク管理部門が直接データを取得しているか、フロントのデータの妥当性を検証しているかを留意点としています。 ↩
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検査の手引き Section 2100.1(2003 年 4 月)3 ページ。月次の評価の結果は、完全な監査証跡になる程度に詳しく文書にするとしています。 ↩
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検査の手引き Section 2040.4(1998 年 2 月)1 ページ、6 項。書き込みと編集の命令を限られた人に限っているか、アクセス権を定期的に見直しているか、利用者のアクセスを見る監査用の報告があるかを確認項目としています。 ↩
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日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)42 ページ、内部監査のポイント。リスクの把握・計測作業にフロントが関与していないかの確認例として、データ登録方法、アクセス権限、履歴の確認を挙げています。 ↩
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検査の手引き Section 2040.3(1998 年 2 月)1 ページ、6 項。フロント、バック、与信管理で独立したデータベースを使う場合に、照合の種類、頻度、差の許容度を確かめ、独立したデータベースが多いほど誤りの余地が大きくなるとしています。 ↩ ↩2
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検査の手引き Section 2040.1(1998 年 2 月)2 ページ。顧客と取引のファイルを 1 つのデータベースに頼る金融機関は、データの完全性の管理が強いことがあり、店頭と上場の全商品を 1 システムで受け持つ例はまれだとしています。 ↩
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検査の手引き Section 2040.1(1998 年 2 月)2 ページ。複数の出どころのデータを統合するときは確認と照合を行い、独立したデータベースがあるなら、複数のファイルが集まる箇所ごとに照合の手当てがあります。 ↩
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検査の手引き Section 2040.1(2003 年 4 月)4 ページ。バックがフロントと独立したデータベースやソフトウェアを使う場合に、違いの定期的な照合が要ります。 ↩
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金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」Ⅲ-2-3-6-1、Ⅲ-2-3-6-2(142〜144 ページ)、(2)①。平時と危機時の報告に必要な正確性と完全性を満たすリスクデータを作成しているか、大部分のデータが自動集計されているかを着眼点としています。 ↩
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金融庁「モデル・リスク管理に関する原則」(2021 年 11 月 12 日)Ⅱ(1)「対象金融機関」(3 ページ)。適用対象は、本邦 G-SIBs、本邦 D-SIBs、FSB が選定した G-SIBs の本邦子会社でモデルの承認を受けている金融機関です。 ↩