時価、損益、担保の額、報告用のデータは、前の処理の値を使う順に作られます。
日中のオンラインの処理と夜間のバッチ処理
利用者の操作に応じてその場で動く処理をオンラインの処理、まとめて動かす処理をバッチ処理と呼びます。銀行のシステムの事例では、前日のバッチ処理がオンラインの開始より前に終わる運用が前提になっています1。
デリバティブでも、時価は 2 つの目的で別々に求めます。トレーダーは自分の持ち高を見るために日中に求め、取引をしない管理の担当者は損益への影響を確かめるために毎日求めます(米国の連邦準備制度理事会の検査の手引き、1998 年)2。日次の処理のうち、その日の終わりの値を使ってまとめて動かすものが、夜間のバッチ処理です。
「その日の終わり」は、その日の取引を締めた時点です。トレーディングの持ち高は、通常、営業を終える時点(close of business)の独立した市場の値で、少なくとも毎日評価し直します3。
夜間に動く処理の種類
その日の終わりの値が前提になる処理には、次のものがあります。「資料が書いていること」の列は、その処理を毎日行うことを、資料がどう書いているかです。
| 処理 | 資料が書いていること | 前提にする値 |
|---|---|---|
| その日の終わりの市場データの取り込み | 持ち高の評価には、営業を終える時点の独立した市場の値を使う。自動の価格の取り込みは、できるかぎり使う3 | 外部から取り込む価格、金利など |
| 時価の再計算 | トレーディングの持ち高を、少なくとも毎日、時価で評価し直して損益を求める3 | 市場データ、その日の取引 |
| リスク量の計算と損益の集計 | 持ち高のリスクと損益を、取引をしない管理者に少なくとも毎日報告する4。時価の再計算は、リスク評価の出発点になる5 | 時価 |
| 担保の計算 | 相対の店頭デリバティブでは、相手ごとに取引の時価の合計と変動証拠金の時価の合計を毎日算出する6 | 時価 |
| 報告用データの作成 | 取引情報の報告のうち、時価評価と担保額の更新を、ガイドラインは日次報告と呼ぶ7 | 時価、担保の額 |
| 会計への連携 | トレーダーの持ち高の表と総勘定元帳などを突き合わせる照合の頻度は、取引の量と複雑さに合わせて決める8 | 持ち高、損益 |
時価と損益を確定する手順は日次の時価と損益の確定で扱います。
処理の順序と依存
処理の間には、ある処理が別の処理の結果を前提にする依存があります。時価の再計算はリスク評価の出発点になり5、担保の額の計算は取引の時価の合計を使い6、日次報告は時価評価と担保額を含みます7。
日本銀行の資料の事例には、前日のバッチ処理の完了をオンライン開始の 6 時間前とした例があります。特定の金融機関の例で、資料は標準とは述べていません10。
図の説明
市場データから時価を求め、時価が損益とリスクの集計、および担保の額の計算に渡り、担保の額が日次報告に渡ります。図は値の前提を示すもので、ジョブの順序や時刻は示していません。
この依存から考えると、市場データの取り込みが遅れれば、時価、損益とリスク、担保、報告の各処理にも遅れが及ぶことがあると考えられます。
締めの時刻と時差の制約
米国の連邦準備制度理事会の検査の手引きは、時価を求める時刻をそろえるよう求めます。ヘッジの取引と、ヘッジされる取引は、取引所の終了時刻が違っても、同じ時刻の価格で評価します。同じトレーディングのポートフォリオの商品は、取引した場所が違っても、同じ時刻で評価します11。
時刻の差が処理の制約になる例は、外国為替の資金決済です。支払いの取消しは、金融機関の内部の処理のサイクルや通信網、支店どうしの時差の制約を受けます12。
失敗や遅れへの備え
主要行等向けの総合的な監督指針は、銀行がコンティンジェンシープラン(不測の事態への対応計画)を作るときの確かめる点として、災害だけでなく、内部や外部に起因するシステム障害も想定しているかを挙げています。バッチ処理が大幅に遅延した場合など、十分なリスクシナリオを想定しているかも確かめる点です(2026 年 10 月版)14。
日本銀行の資料(2007 年 3 月)は、考査などで見られた金融機関のシステム障害の事例とその対応策を挙げています。デリバティブに限らず、銀行の預金や ATM のシステムを含む事例です。バッチ処理の失敗や遅れに当たる事例は、次のとおりです10。
| 事例 | 経過 | 資料が挙げる対応策 |
|---|---|---|
| 臨時と定例のバッチ処理の競合 | 両方が異常終了し、業務開始時刻を過ぎると起動できない仕様のため再実行できず、開始が大幅に遅れた | 臨時の作業の前に並行する作業への影響を確かめ、再実行の条件を作業手順書に明示する |
| CPU の増強後のバッチ処理の異常終了 | 応答時間が極めて短くなり、検証プログラムが桁数不足で 0 秒と認識して異常終了した。テストはオンライン処理だけだった | CPU の増強などシステムを変えるときの影響確認テストは、バッチ処理を含めてシステム全体で行う |
| バッチ・プログラムの登録の時期の誤り | サービス開始前営業日の業務終了後にすべき本番への登録を、開始日の日中に実行してエラーが起きた | リリースの手順書を作り、検証する体制を整える |
| システムの立ち上げ時刻の設定 | バッチ処理は開始の 6 時間前に終わったが、立ち上げは 2 時間前で、障害で失敗して復旧が間に合わなかった | 立ち上げの開始時刻は、失敗した場合の復旧の時間を含め、業務の開始に間に合う時刻にする |
関係する規制
時価と担保の額を毎日算出すること(内閣府令)6、時価評価と担保額の日次報告(金融庁のガイドライン)7、バッチ処理の大幅な遅延への備え(監督指針)14が、規制と監督の資料に書かれています。
この記事が書いていないこと
処理の実行順序と開始、終了の時刻、日本と海外の拠点をまたぐバッチの運用、拠点ごとの締めの時刻をつなぐ順、処理を夜間に動かすことを定める規制は、この記事では扱いません。
注
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日本銀行金融機構局「事例からみたコンピュータ・システム・リスク管理の具体策」(2007 年 3 月)の別添 1「想定される障害事例と対応策」の運用手順の事例(PDF の 20 ページ)。オンライン処理とバッチ処理を分けて挙げています。 ↩
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Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2060.1「Operations and Systems Risk (Back-Office Operations)」(1998 年 2 月)の 6 ページ。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1「Financial Performance」(1998 年 2 月)の 2 ページ、"Daily Mark-to-Market Process"。 ↩ ↩2 ↩3
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2040.1「Operations and Systems Risk (Management Information Systems)」(1998 年 2 月)の 1 ページ。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2060.1(1998 年 2 月)の 6 ページ。時価の再計算がリスク評価の出発点になるとの記述です。 ↩ ↩2
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 123 条第 1 項第 21 号の 10 イ(非清算店頭デリバティブ取引の相手方ごとに、取引の時価の合計額と、変動証拠金の時価の合計額を毎日算出)。 ↩ ↩2 ↩3
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金融庁「店頭デリバティブ取引等の規制に関する内閣府令第4条第1項で定める作成・保存・報告事項 ガイドライン」(2022 年 12 月)の別紙 1 の 101「Action type」の定義(26 ページ。PDF の 30 ページ目)。「日次報告(時価評価・担保額)」の語があり、アクションに評価と担保が含まれます。 ↩ ↩2 ↩3
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Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2060.1(1998 年 2 月)の 5 ページ、"Reconciliations"。 ↩
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日本銀行金融機構局 金融高度化センター「市場リスク管理態勢の整備」(2019 年 9 月)の 37 ページ「フロント部門に対する牽制機能の発揮」。 ↩
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日本銀行金融機構局「事例からみたコンピュータ・システム・リスク管理の具体策」(2007 年 3 月)の別添 1「想定される障害事例と対応策」。臨時と定例のバッチの競合と立ち上げ時刻は PDF の 20 ページ、CPU の増強は 17 ページ、バッチ・プログラムのリリースは 13 ページと 23 ページ。 ↩ ↩2
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Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2100.1(1998 年 2 月)の 3 ページ。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2021.1「Counterparty Credit Risk and Settlement Risk」(1999 年 3 月)の 2 ページ。 ↩
-
Board of Governors of the Federal Reserve System「Trading and Capital-Markets Activities Manual」の Section 2021.1(1999 年 3 月)の 2 ページ。午前 3 時は手引きが示す例の時刻です。 ↩
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金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-3-7-1-2(9)③(267 ページ)。 ↩ ↩2