シンジケート・ローンを持つ銀行や投資家が貸出の信用リスクをヘッジするときは、ローンが期限より前に返済されたら契約をどうするかが問題になります。ヘッジの設計では、ローンの返済や借り換えの後に契約が残るかを決めます。
参照するのは担保付きローン
ローン CDS(LCDS)は、クレジット・デフォルト・スワップの一種です。社債や無担保のローンなどを参照する通常の CDS と違い、参照する債務を担保付きのシンジケート・ローンに限ります1。仕組みは通常の CDS とほぼ同じです2。LCDS のクレジット・イベントには、借り手の倒産と支払不履行が一般に含まれます1。CDS の基本はクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)で扱います。
V 銀行が、Z 社向けの担保付きシンジケート・ローンのうち 100 億円分を持ち、W ファンドからプロテクションを買う架空の例で考えます。参照するのはこのローンで、想定元本は 100 億円、期間は 5 年、スプレッドは 300bp(年 3%)です。プレミアムは 3 か月ごとに払うとします。1 回のプレミアムは 100 億円 × 3% ÷ 4 = 7,500 万円で、5 年間なら 20 回、合わせて 15 億円です。
図の説明
V 銀行が Z 社にローンを貸し、Z 社は V 銀行に利息を払います。V 銀行は W ファンドにプレミアムを払い、W ファンドはクレジット・イベントが起きたときだけ V 銀行に支払います。Z 社は LCDS の当事者ではなく、ローンの貸し手である V 銀行が LCDS で信用リスクを移します。
クレジット・イベントの種類と、損失の額を決める手順は、クレジット・イベントと決済で扱います。
キャンセルのある契約の終わり方
キャンセルのある LCDS は、借り手のデフォルトでもキャンセルでも終わります。キャンセルのない形もあります3。キャンセルは、ローンが借り換えなどで期限前に返済されて起きます14。返済によって受け渡せる適切なローンが残っていないとき、LCDS の取引はキャンセルできます2。支払いが起きるのはデフォルトのときだけです3。
例で、3 つの場合の受け払いを比べます。2 年後までのプレミアム 8 回の支払いが済んだ後に、Z 社が借り換えでローンを返済するか、Z 社にクレジット・イベントが起きるとします。クレジット・イベントのときは、ローンの回収率が 60% と決まり、ローンから回収できる額も 60 億円とします。売り手が払うのは回収率で調整した想定元本で4、この例では回収できなかった 40% にあたる 100 億円 × 40% = 40 億円とします。ローンの利息は含めません。
| 場合 | V 銀行が払うプレミアム | V 銀行が受け取る LCDS の支払い | V 銀行の LCDS の損益 | ローンの回収と LCDS の損益を合わせた手取り |
|---|---|---|---|---|
| 5 年間何も起きない | 15 億円 | 0 円 | −15 億円 | 85 億円 |
| 2 年後にローンが返済されキャンセル | 6 億円 | 0 円 | −6 億円 | 94 億円 |
| 2 年後にクレジット・イベント(回収率 60%) | 6 億円 | 40 億円 | +34 億円 | 94 億円 |
何も起きなければ、V 銀行は 100 億円のローンを満期に回収し、LCDS ではプレミアムの 15 億円を払っただけになります。ローンが返済されてキャンセルになると、V 銀行は 100 億円を回収し、それ以降のプレミアムは払いません。クレジット・イベントが起きると、ローンから回収できる 60 億円に LCDS の 40 億円が加わり、プレミアムの 6 億円を引いた 94 億円が手元に残ります。W ファンドの損益は、V 銀行の LCDS の損益と符号が逆です。クレジット・イベントが起きなければプレミアムを受け取り続け、起きれば大きな支払いをします。
信用ポートフォリオ・マネージャーの国際団体 IACPM は、2006 年 11 月の発表で、ヘッジの対象のローンが返済や借り換えされると、キャンセルできないスワップはヘッジの対象と合わなくなり、ヘッジの費用が増えうると述べました。同じ発表で IACPM は、米国の標準文書にはキャンセルの選択肢がないとして、ISDAに追加を求めました5。
通常の CDS との違い
通常の CDS と LCDS の違いは、参照する債務とそれに伴う性質にあります。
| 項目 | 通常の CDS(社債などを参照) | LCDS |
|---|---|---|
| 参照する債務 | 社債、無担保のローンなど | 担保付きのシンジケート・ローン1 |
| 回収率 | 社債の CDS では LCDS より低い | 担保付きのローンを参照するため高い1 |
| 期限前返済によるキャンセル | なし | ローンの返済でキャンセルされる形がある2 |
| 取引される名前の傾向 | 投資適格の名前が取引されやすい | 投資適格でない名前が多い1 |
同じ借り手の LCDS と通常の CDS は、参照する債務が違うため、スプレッドも同じにはなりません。
LCDX は 2007 年 4 月に始まりました1。CDS インデックスと同じく複数の参照組織をまとめて売り買いする指数で、北米のローン CDS の代表的な指数です。等しい重みの 100 の LCDS で構成し、LCDS がキャンセルされると、対応する LCDX の取引は想定元本が減ります2。
スプレッドの見方
同じ借り手の LCDS と通常の CDS で、デフォルトの確率が同じだとし、キャンセルの影響を無視するなら、スプレッドを(1 − 回収率)で割った値が等しくなるはずだとされます。この関係は Ong ほか(2012)によるものです3。
はスプレッド、 は回収率です。添え字の LCDS と CDS は、どちらの契約のものかを表します。
通常の CDS のスプレッドが 400bp、回収率が 40%、LCDS の回収率が 70% と見込まれる架空の例で考えます。LCDS のスプレッドは 400bp ×(1 − 70%)÷(1 − 40%)= 200bp になります。担保付きで回収率が高い分、LCDS のスプレッドは低くなります。この関係では、通常の CDS のスプレッドが変わらないまま LCDS の回収率の見込みだけが下がると、LCDS のスプレッドは上がり、すでにプロテクションを買っている側の価値は上がります。
実際の価格はこの関係どおりになるとは限りません。Kryzanowski ほか(2014)は、2008 年 4 月から 2012 年 3 月の 120 銘柄の日次データで、キャンセルのない LCDS と通常の CDS の価格を比べました。両市場は分断されていて、裁定のない市場で成り立つはずの関係(パリティ)から価格がずれていて、そのずれを使うと収益を得られる可能性があると結論しています。ただし、同時に両方を取引するのに流動性が足りず、ずれを裁定で解消するのは難しいかもしれないとされます3。キャンセルのある契約では、デフォルトの確率と回収率のほかに、期限前返済の確率も価格に影響します。デフォルトと期限前返済の間には負の相関があり、相関が強いほど LCDS のスプレッドは高くなります2。
何に使われるか
LCDS は、ローンの信用リスクをヘッジする手段として使われます。リスク管理者は、特定の債務、通常は担保付きのシンジケート・ローンのヘッジに LCDS を使います5。上の例の V 銀行のように、ローンを持ったまま信用リスクだけを移せます。例では、何も起きなければヘッジの費用が 15 億円かかり、2 年後にクレジット・イベントが起きれば、費用 6 億円と引き換えに 40 億円を受け取ります。
IACPM は同じ発表で、担保付きのシンジケート・ローンが不足している市場では、LCDS のヘッジが優先順位の高い担保付きのリスクの供給を増やし、市場の流動性を高めうると述べました5。
標準の文書
IACPM の 2006 年の発表によると、そのころ ISDA は米国の LCDS の標準文書を作っていて、欧州向けも作る見込みでした5。2014 年には、貸出の業界団体の LSTA が、物理決済の追加条項(Physical Settlement Rider)の雛形を公表しました。ISDA の Syndicated Secured Loan Credit Default Swap Standard Terms Supplement と一緒に使うものです6。
注
-
Augustin ほか "Credit Default Swaps - A Survey"(外部サイト)(2014 年の公開稿)の 3.6 節 "The loan-only credit default swap (LCDS)"(48 ページ)。クレジット・イベントの記述は ISDA(2010)を引いた箇所、取引される名前の傾向は脚注 22 の Benzschawel ほか(2008)の知見です。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7
-
Liang and Zhou "Valuation of a Tranched Loan Credit Default Swap Index"(外部サイト)(2011 年)の Introduction(240 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
Augustin ほか "Credit Default Swaps - A Survey"(外部サイト)の "The loan-only credit default swap (LCDS)" の続き(48〜49 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Liang and Zhou "Valuation of a Tranched Loan Credit Default Swap Index"(外部サイト)の "2. Modeling LCDX"(241 ページ)。デフォルトのとき売り手が払うのは "the recovery adjusted notional amount" です。 ↩ ↩2
-
IACPM "IACPM Releases Letter Calling for Standard Cancellability in LCDS Contracts"(外部サイト)(2006 年 11 月 21 日)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
LSTA "LSTA Form of Loan Credit Default Swap Physical Settlement Rider (Nov 11 2014)"(外部サイト)(2014 年 11 月 24 日掲載)の紹介文。雛形の本文は会員向けです。 ↩