顧客の注文を受けて執行する金融商品取引業者等が、執行の方針を作成して公表し、顧客に情報を提供して説明する業務で出てくる規制です。
何を求める規制か
最良執行の規制は、顧客の注文をどの市場でどの方法で執行するかについて、業者に方針を決めさせ、顧客に知らせ、その方針に従わせる規制です。
日本では金融商品取引法(金商法)が、政令と内閣府令とあわせて、この方針を定める義務を置いています。EU、英国、米国にも最良執行の条があります。個々の注文の執行が条文を満たすかどうかは、当局が事実に照らして判断します。
たとえば B 証券が、個人の顧客から上場株式の売り注文を受けるとします。複数の取引所金融商品市場などのどれに回すかを方針として決めて顧客に示し、方針に従って執行します。デリバティブ取引の価格の提示や約定には、この方針の義務は及びません。
日本の最良執行方針等はどの取引に及ぶか
金商法は、金融商品取引業者等に、有価証券の売買とデリバティブ取引(政令で定めるものを除く)に関する顧客の注文について、最良の取引の条件で執行するための方針と方法を定めるよう求めます。条文はこの方針と方法を「最良執行方針等」と呼びます1。
どの取引が対象かは政令が決めます。施行令は、方針を定める義務の対象から除くものとして、デリバティブ取引と、有価証券の売買のうち上場株券等、店頭売買有価証券、取扱有価証券の売買を除いたものを挙げます2。
| 取引 | 方針を定める義務 | 注文の前の情報提供(第 4 項) |
|---|---|---|
| 上場株券等の売買 | 対象 | 対象 |
| 店頭売買有価証券の売買 | 対象 | 対象 |
| 取扱有価証券の売買 | 対象 | 対象外 |
| 上のほかの有価証券の売買 | 対象外 | 対象外 |
| デリバティブ取引 | 対象外 | 対象外 |
上場株券等は、金融商品取引所に上場されている株券、新株予約権付社債券などで、内閣府令が株券、新株予約権付社債券、投資信託の受益証券、投資証券など 10 の類型を挙げます。デリバティブ取引に当たる売買は、上場株券等から除かれます3。
第 4 項の情報提供は、上場株券等と店頭売買有価証券の売買に限られ、顧客が特定投資家のときは原則として適用されません。申込みを受けた相手方か契約を締結した相手方が特定投資家である場合の適用除外に、金商法が第 4 項を挙げているためです。ただし、公益または特定投資家の保護のために支障を生じるおそれがあるとして内閣府令が定める場合は、適用があります4。
図の説明
最良執行方針等を定める義務の対象かを、2 つの質問で順に確かめる図です。1 つ目は「はい」(デリバティブ取引)で、2 つ目は「いいえ」(対象の有価証券の売買でない)で、それぞれ対象外になります。どちらも通ると、原則として義務の対象です。図が描くのは方針を定める義務だけです。
B 証券が顧客の注文を受ける架空の例で考えます。
- B 証券が、個人の顧客から、金融商品取引所に上場されている株券の売り注文を受けるとします。この取引は上場株券等の売買で、デリバティブ取引ではないので、最良執行方針等を定める義務の対象です。第 4 項の注文の前の情報提供は、顧客が特定投資家でなければ原則として必要で、すでに情報を提供しているときは不要です。
- B 証券が、顧客の求めに応じて、店頭デリバティブの価格を提示して約定するとします。この取引はデリバティブ取引なので、この条の方針を定める義務の対象外です。
条文は、金商法と施行令が 2026 年 8 月 12 日施行、内閣府令が 2026 年 8 月 3 日施行の版を、2026 年 10 月に確かめました。
方針と情報提供で何が求められるか
この条は、業者に 5 つのことを求めます。条文の項ごとに並べると、次のとおりです5。
| 項 | 求めること | 内閣府令などが定める中身 |
|---|---|---|
| 第 1 項 | 最良執行方針等を定める | 銘柄ごとに、最良の条件で執行する方法とその理由を書く。取引所金融商品市場等での執行の方法も示す |
| 第 2 項 | 最良執行方針等を公表する | 本店等で掲示するか閲覧に供し、注文を受ける営業所等ごとにも同様にする。一定の場合を除き、ウェブサイトにも掲載する |
| 第 3 項 | 方針に従って顧客の注文を執行する | 従わない執行は監督上の処分の対象になり得る(後述) |
| 第 4 項 | 上場株券等と店頭売買有価証券の売買の注文を受けようとするとき、方針の情報をあらかじめ顧客に提供する | 書面の交付か電磁的方法で提供する。すでに提供しているときは不要 |
| 第 5 項 | 執行後に顧客から求められたとき、方針に従って執行した旨の説明などを提供する | 顧客は執行後 3 か月の間に求めることができ、提供は求められた日から 20 日以内 |
第 1 項の方針に書く執行の方法には、書き方の決まりがあります。複数の取引所金融商品市場等から最も有利な価格の市場を自動で選ぶ方法(最良価格検索システム)を使うときは、次の点を書きます。その旨、価格を比べる市場、市場の選び方と順序です。加えて、注文の執行に要する時間の差による相場の変動や市場間の格差などを利用した取引戦略への、対応方針と対応策の概要も書きます。個人の顧客の注文で、社内取引システムを使うとき、または最も有利な価格で執行すること以外の顧客の利益になる事項を主に考えて執行するときは、その旨を書きます6。
第 5 項で顧客に提供する事項は、内閣府令が決めています。注文の銘柄、数量、売付けか買付けかの別、受注の日時、約定の日時と執行した市場など執行の方法、方針に従って執行した旨の説明です。最良価格検索システムを使った注文では、これらに加えて、約定した価格と、比べた各市場での最も有利な価格も提供します。特定投資家の顧客から同意を得たときは、提供までの期間を 20 日以上の期間に延ばせます7。
この条を名指しした罰則は、第 4 項か第 5 項に違反して情報を提供しなかったときの、30 万円以下の過料です。第 3 項に違反して方針に従わない執行をした場合は、法令違反として業務改善命令や、6 か月以内の業務停止などの監督上の処分の対象になり得ます8。
EU、英国、米国の最良執行
EU の MiFID II、英国の FCA のルール、米国の FINRA の規則は、いずれも顧客の注文の執行で最善を尽くすことを求めます。違いは、義務を負う者、対象にする取引、求める手段にあります。
| 法域 | 規定 | 義務を負う者 | 求めること |
|---|---|---|---|
| 日本 | 金商法第 40 条の 2 | 金融商品取引業者等 | 上場株券等などの売買について、最良執行方針等を定め、公表し、従う |
| EU | MiFID II 第 27 条 | 投資会社 | 価格、費用、速度、執行と決済の可能性、規模、性質などを考え、顧客に最良の結果を得るための十分な手を尽くす |
| 英国 | FCA の COBS 11.2A | 会社(firm) | EU と同じ要素を考え、顧客に最良の結果を得るための十分な手を尽くす。店頭の商品にも及ぶ |
| 米国 | FINRA 規則 5310 | 会員(member) | 顧客の注文の価格が、市場の状況のもとで最も有利になるよう、最良の市場を探す合理的な注意を払う |
MiFID II の最良執行の条では、顧客から具体的な指示があるときは、その指示に従って執行します。個人(リテール)顧客の注文では、最良の結果を、金融商品の価格と、執行の場所の手数料や清算・決済の手数料などを含む執行の費用を合わせた総額で判断します。投資会社は、執行の方針を定めて顧客に知らせ、事前の同意を得ます。顧客から求められたら、方針どおりに執行したことを示します9。
英国の COBS 11.2A は、MiFID II の最良執行の条に対応する規則に FCA のガイダンスを加えたもので、会社が自己の勘定で顧客と取引することは、顧客の注文の執行として扱います。顧客の注文を最良の条件で執行する義務は、金融商品の種類を問わずに及び、取引所で取引されるか、店頭で取引されるかも問いません10。
米国の FINRA 規則 5310 は、顧客との取引や、他の証券会社の顧客との取引で、会員が最良の市場を探すために合理的な注意を払い、その市場で売買して、顧客への価格が市場の状況のもとで最も有利になるようにすることを求めます。判断の要素には、証券の市場の性質、取引の規模と種類、調べた市場の数、気配の取りやすさ、注文の条件が挙がります。義務は、会員が代理人として顧客の注文を扱うときだけでなく、自己の勘定で取引するときにも及びます。この規則が対象にするのは証券(security)の取引です11。
デリバティブの最良執行
日本の金商法では、最良執行方針等はデリバティブ取引に及びません。B 証券が顧客の求めに応じて店頭デリバティブの価格を提示して約定する場面には、方針の作成、公表、事前の情報提供、事後の説明の義務は、施行令により課されません12。適合性や説明の面は、適合性原則と説明義務で扱います。
「最良執行」の語は、店頭デリバティブの別の場面にも出ます。金融庁の監督指針は、店頭デリバティブ取引業者が顧客の同意の範囲で価格を決めることができる取引一任の契約を取り上げています。特定同意に含まれる同意の 1 つとして、顧客が一日の取引の中で最良執行を要請したうえで、対価の額や約定数値を業者が裁量で定めることを挙げています。これは、最良執行方針等とは別の規定の中の言葉です13。
英国は、店頭の商品にも最良執行の義務を及ぼします。COBS 11.2A のガイダンスでは、顧客に合わせて作る店頭の金融商品は、取引所で取引される株式と比べられない場合があります。それでも義務は店頭で変わらないので、会社は市場のデータを集めて、顧客に示す店頭の価格が公正かを確かめます。規則は、店頭の商品を執行するとき、またはその取引を決めるときに、商品の価格を見積もるために使った市場のデータを集めることを会社に求めます。可能なら似た商品や比べられる商品と比べて、顧客に示す価格の公正さを確かめることも求めます14。
顧客が会社の見積りを受け入れて取引する場面では、COBS 11.2A のガイダンスによると、会社が見積りを示した時点でその見積りが最良執行の義務を満たしていれば、顧客が受け入れた後に執行しても同じ義務を満たします。条件は、見積りを示してから受け入れるまでの時間と市場の変化を考えて、見積りが明らかに古くなっていないことです15。
方針の運用
EU と米国の資料には、運用の定めがあります。EU の MiFID II は、投資会社に、執行の態勢と方針の効果を監視し、欠陥があれば直すことを求めます。米国の FINRA 規則 5310 の補足資料は、注文を自動で回送するか自社で約定させる会員に、定期的な執行の質の審査を求めます。注文ごとの審査をしない場合は、銘柄別、注文の種類別に、少なくとも四半期に 1 回です16。日本では、証券会社等が最良執行方針等を運用するときの留意点を、金融庁の監督指針が挙げています。この方針はデリバティブ取引に及ばないため、補足欄の内容もデリバティブ取引には及びません。
この記事が書いていないこと
特定投資家にも注文の前の情報提供が適用される場合の中身と、デリバティブ取引に及ぶほかの最良執行の規律は、この記事では扱いません。米国の規則の証券でないデリバティブへの適用と、MiFID II と FINRA 規則 5310 の運用の定めのデリバティブへの適用は、この記事では扱いません。RFQ(取引基盤で、参加者が複数の参加者に気配を求める取引の方式)など店頭デリバティブの取引の流れでの運用は、この記事では扱いません。
注
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「金融商品取引法」第 40 条の 2 第 1 項。同項の「政令で定めるもの」を除いた有価証券の売買とデリバティブ取引を、条文は「有価証券等取引」と定義しています。 ↩
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「金融商品取引法施行令」第 16 条の 6 第 1 項第 1 号(有価証券の売買。イ上場株券等、ロ店頭売買有価証券、ハ取扱有価証券の売買を除く)と第 2 号(デリバティブ取引)、第 3 項(第 4 項の取引)。 ↩
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 124 条第 1 項第 1 号から第 10 号。施行令第 16 条の 6 第 1 項第 1 号イの括弧書きが、デリバティブ取引に該当するものを上場株券等の売買から除く。 ↩
-
「金融商品取引法」第 45 条第 2 号とただし書。 ↩
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「金融商品取引法」第 40 条の 2 第 1 項から第 5 項。右列は、第 1 項が施行令第 16 条の 6 第 2 項と内閣府令第 124 条第 2 項、第 2 項が同条第 3 項、第 4 項が同条第 4 項とただし書、第 5 項が同条第 6 項と第 8 項。 ↩
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 124 条第 2 項第 1 号と第 2 号。 ↩
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 124 条第 7 項第 1 号から第 5 号、第 8 項。 ↩
-
「金融商品取引法」第 208 条第 6 号(過料)、第 51 条(業務改善命令)、第 52 条第 1 項第 7 号(業務停止など)。第 3 項違反が実際にこれらの処分の対象になるかは、事案ごとの当局の判断によります。 ↩
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Directive 2014/65/EU(採択時の本文)第 27 条第 1 項、第 4 項、第 5 項、第 8 項。 ↩
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FCA ハンドブック COBS 11.2A.2R(義務と考慮する要素)、COBS 11.2A.4G(自己の勘定での取引)、COBS 11.2A.7G(金融商品の種類と店頭取引)。COBS 11.2A は、各条の注記で MiFID の第 27 条などに対応すると示しています。 ↩
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FINRA 規則 5310 の(a)(1)、(e)、補足資料 .06。 ↩
-
「金融商品取引法施行令」第 16 条の 6 第 1 項第 2 号。 ↩
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金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」のⅣ-3-3-3(2)(170 ページ)。特定同意は、金融商品取引業等に関する内閣府令第 123 条第 1 項第 13 号ロとハが定めています。 ↩
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FCA ハンドブック COBS 11.2A.7G(ガイダンス)と COBS 11.2A.8R(4)(規則)。 ↩
-
FCA ハンドブック COBS 11.2A.6G。 ↩
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Directive 2014/65/EU(採択時の本文)第 27 条第 7 項。FINRA 規則 5310 補足資料 .09(a)。補足欄がデリバティブ取引に及ばない点は、「金融商品取引法施行令」第 16 条の 6 第 1 項第 2 号。 ↩
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金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」のⅣ-3-1-2(11)①〜④(135〜136 ページ)。②の整理は府令第 124 条第 2 項第 2 号ロに係ります。 ↩