アジア・オセアニアのカウンターパーティと店頭デリバティブを取引するときは、取引情報の報告と中央清算の義務の根拠が、法域ごとに別の法令にあります。コンプライアンスと取引報告の担当者は、相手や拠点の法域に応じて、どの法令を見るかを知る必要があります。
国内法による G20 合意の実施
アジア・オセアニアの店頭デリバティブ規制は、2009 年の G20 の合意1を、各法域が、国内の法令で実施したものです。合意の中身(取引基盤での取引、中央清算、取引情報の報告、非清算取引の資本と証拠金)と、導入のきっかけはG20 の店頭デリバティブ改革で扱います。対象は香港、シンガポール、中国、韓国、オーストラリアの 5 法域です。
FSB の報告にみる実施状況
金融安定理事会(FSB)は、G20 の合意の実施状況を、法域ごとに報告しています。2022 年 11 月 7 日の報告の表は、2022 年 9 月時点の状況を、6 つの項目で示しています2。FSB の実施状況のページが挙げる最新の進捗報告も、この 2022 年 11 月 7 日の報告です3。
表の列のうち「暫定的な資本規制」は、中央清算されない店頭デリバティブに対して、銀行により高い資本を求める暫定の制度です。2022 年の報告では、FSB の 24 法域すべてで発効していました4。
次の表は、5 法域の 2022 年 9 月時点の状況です。「実施」は、法的な枠組みが発効し、取引の 90% 超に基準が発効している状態です。清算と取引基盤での取引では、当局が取引を定期的に評価していることも条件です。証拠金では、段階的な導入の時期ごとの対象の取引の 90% 超が条件です。数字の 3 と 1 は、実施の手前の段階です5。
| 法域 | 取引情報の報告 | 中央清算 | 暫定的な資本規制 | 最終的な資本規制 | 証拠金規制 | 取引基盤での取引 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| オーストラリア | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 |
| 中国 | 実施 | 実施 | 実施 | 段階 3 | 段階 3(前進) | 段階 3 |
| 香港(Hong Kong SAR)6 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 |
| 韓国(Republic of Korea)6 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 実施 | 段階 1 |
| シンガポール | 実施 | 実施 | 実施 | 実施(前進) | 実施 | 実施 |
「前進」は、2021 年 9 月末からの前進を FSB の表が示したものです2。段階 3 は、法的な枠組みが発効し、一部の取引について基準が採択されている段階です。段階 1 は、法的な枠組みが発効しているか、協議か提案で公表されている段階です5。
同じ表で、FSB の 24 法域全体の実施は、報告が 23、中央清算が 17、暫定的な資本規制が 24 でした。最終的な資本規制は 18、証拠金規制は 16、取引基盤での取引は 13 の法域が実施していました2。
「最終的な資本規制」の基準は、カウンターパーティ信用リスクに備える資本の計算方式と、銀行が清算機関に持つエクスポージャーの基準からなります7。シンガポールは、最終的な資本規制の移行期間が 2021 年 12 月に終わりました8。
根拠の法令と主な当局
次の表は、法令と当局の資料で根拠が分かる 3 法域です。シンガポールの証券先物法とオーストラリアの会社法は、部と条の題(目次)を、2026 年 10 月 3 日時点で公開されている版で確かめました。
| 法域 | 根拠の法令 | 主な当局 | 報告、清算などの規定 |
|---|---|---|---|
| 香港 | 証券及び先物条例(Securities and Futures Ordinance)9 | 証券先物事務監察委員会(Securities and Futures Commission。SFC)9 | 報告は規則 Cap. 571AL、清算は規則 Cap. 571AN10 |
| シンガポール | 証券先物法 2001(Securities and Futures Act 2001)11 | 「Authority」は MAS(Monetary Authority of Singapore)11 | 第 6A 部(報告)、第 6B 部(清算)、第 6C 部(取引)12 |
| オーストラリア | 会社法 2001(Corporations Act 2001)の第 7.5A 部13 | オーストラリア証券投資委員会(ASIC)14 | ASIC のデリバティブ取引規則(報告と清算)1314 |
香港では、2014 年の改正条例(Securities and Futures (Amendment) Ordinance 2014)が、店頭デリバティブの枠組みを導入しました。SFC は、この枠組みの資料を公表しています9。オーストラリアでは、取引情報蓄積機関の規則が、デリバティブ取引規則とは別にあります1314。
香港とシンガポール
香港では、立法会(Legislative Council)が 2014 年 3 月 26 日に、店頭デリバティブの枠組みを定める改正条例を制定しました。枠組みは段階的に実施されました9。
図の説明
香港の店頭デリバティブ規制の主な日付を、古い順に並べた年表です。改正条例の制定のあと、報告と清算が別々の日に段階的に始まり、最後に清算の対象の改正が効力を生じました。塗りの丸は、条例を制定した日です。間隔は、日付の間の長さを表しません。
報告は、はじめは一部の金利スワップとノン・デリバラブル・フォワード(NDF)に限られ、のちに 5 つの資産クラスに広がりました。清算の対象は、香港ドルか G4 の通貨(米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円)の、標準化された一定の金利スワップです。銀行間取引金利の改革に伴う改正は、2024 年 7 月 1 日から効力を生じました9。
シンガポールの証券先物法は、デリバティブ契約の報告、清算、取引を、それぞれ別の部に置いています。各部には、MAS が情報を求める権限や、規則を作る権限の条があります12。
オーストラリア
オーストラリアの会社法の第 7.5A 部は、デリバティブ取引と、デリバティブの取引情報蓄積機関の規制を定め、清算の義務は、ASIC が定めるデリバティブ取引規則に置かれています1314。
規定された店頭の金利デリバティブを取引する銀行と事業会社の、架空の例で考えます。F 銀行が、規定された店頭の金利デリバティブを取引し、ASIC のいう大きな金融機関にも当たるなら、清算の義務の対象になります。G 社が同じ種類の取引をしても、大きな金融機関に当たらなければ、ASIC のページが挙げる 2 つの条件では対象に挙がりません。ただし、Opt-In など図にない定めがあり、対象かどうかは、これだけでは決まりません。
デリバティブ取引規則は、報告義務を負う者に、店頭デリバティブの取引とポジションの情報を、免許を受けたか指定を受けた取引情報蓄積機関へ報告することも求めます14。会社法は、ASIC が規則を作れること、規則を守る義務、ASIC が免許を受けた取引情報蓄積機関を監督することを定めています13。
中国と韓国
FSB の 2022 年 11 月の報告は、中国について次の 3 点を挙げています16。
取引情報蓄積機関として、2 つの機関(China Foreign Exchange Trade System。CFETS と、National Association of Financial Market Institutional Investors。NAFMII)が承認されました。
Securities Association of China(SAC)が 2021 年 12 月に出した規則が、証券会社が店頭スワップをするときの、ディーラーの要件、投資者の資格、証拠金、取引の報告などを定めました。証拠金規制の関連の規則は、店頭スワップをするすべての証券会社に効力があるとされています。
先物とデリバティブに関する法律が 2022 年 4 月に採択され、2022 年 8 月に効力が生じました。単一の契約書とクローズアウト・ネッティング(相手が破綻したときに、複数の取引の評価額を差し引きして 1 つの金額にする仕組み)17など、デリバティブ市場の基本の仕組みを、法律のレベルで明確にしたとされています。
韓国では、2022 年 1 月から、報告の義務の範囲が、金利と外国為替に加えて、株式、クレジット、コモディティの店頭デリバティブに広がったとされています18。
共通点と違い
5 法域の共通点と違いは次のとおりです。
- 共通点は、5 法域とも、報告、中央清算、暫定的な資本規制を実施していたことです。報告は、FSB の 24 法域のうち 23 が実施しており、5 法域はそのうちに入ります2。
- 最終的な資本規制と証拠金規制は 4 法域、取引基盤での取引は 3 法域が実施で、進み方が分かれていました。中国は 3 項目、韓国は取引基盤での取引が、実施の手前の段階でした2。
- 清算の対象の定め方は、法域によって違います。香港は取引の種類と通貨(標準化された一定の金利スワップ)で定め、オーストラリアは対象の取引(規定された金利デリバティブ)と対象の者(大きな金融機関)で示しています914。
- 規制の置き方も違います。香港は条例のもとの規則、シンガポールは法律の中の部、オーストラリアは法律に基づいて ASIC が定める規則です101213。
FSB は、2022 年の報告のあとは、実施状況を年次報告書で報告しています3。
扱わない範囲
- 中国と韓国の根拠の法令と当局は、この記事では扱いません。
- 香港の SFC 以外の当局の役割は、この記事では扱いません。
- シンガポールの清算と報告の規則が対象にする取引と者、各条の中身は、この記事では扱いません。
- オーストラリアの「規定された」の範囲と、図にないほかの条件は、この記事では扱いません。
- 2022 年 9 月以降の各法域の改正は、この記事では扱いません。
注
-
Financial Stability Board, "Review of OTC derivatives market reforms"(2017 年 6 月 29 日)の 2 ページ 1.1(2009 年のピッツバーグ・サミットでの開始)と 7 ページ 2.2(5 つの約束)。 ↩
-
Financial Stability Board, "OTC Derivatives Market Reforms: Implementation progress in 2022"(2022 年 11 月 7 日。以下「2022 年進捗報告」)の 2 ページ、Table 1 の 5 法域の行と "Totals" の行。"Blue" は「実施」、"(+)" は前進。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
Financial Stability Board, "Making Derivatives Markets Safer – Implementation" の "Progress Reports" の一覧(最新は 2022 年進捗報告)と冒頭の説明(実施状況は年次報告書で報告)。2026 年 10 月 3 日確認。 ↩ ↩2
-
2022 年進捗報告の 5 ページ(24 法域すべてで発効)。銀行に高い資本を求める暫定の制度という説明は、Financial Stability Board, "Review of OTC derivatives market reforms" の PDF 7、8 ページによる。 ↩
-
2022 年進捗報告の 8 ページ、Annex の Table A "Jurisdictional reform implementation classification scheme" の Legend。Blue、3、1 の定義。 ↩ ↩2
-
2022 年進捗報告の 8 ページ、Annex の Table A "Jurisdiction codes"。 ↩ ↩2
-
2022 年進捗報告の 5 ページ、"Higher capital requirements for non-centrally cleared derivatives"。最終的な資本規制の構成の記述による。 ↩
-
2022 年進捗報告の 5 ページと脚注 10。シンガポールの移行措置の終了(2021 年 12 月)。 ↩
-
Securities & Futures Commission of Hong Kong, "OTC derivatives regulatory regime" のページ本文(2026 年 10 月 3 日確認)。2014 年 3 月 26 日の改正条例の制定、報告と清算の開始日、"Primary Legislation" の一覧。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
同ページの "Subsidiary Legislation and Gazette Notices" の一覧。Cap.571AL(報告)と Cap.571AN(清算)の規則。 ↩ ↩2 ↩3
-
Singapore Statutes Online, "Securities and Futures Act 2001"(2026 年 10 月 3 日時点の現行版)の第 2 条(Interpretation)の "Authority" の定義。 ↩ ↩2
-
Singapore Statutes Online, "Securities and Futures Act 2001" の目次。Part 6A(第 124〜129A 条)、Part 6B(第 129B〜129H 条)、Part 6C(第 129I〜129O 条)。各部に、情報を求める権限と規則を作る権限の条。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Federal Register of Legislation, "Corporations Act 2001" の目次の Part 7.5A。第 901A 条(規則の制定)、第 901E 条(規則を守る義務)、第 902A 条(取引情報蓄積機関の監督)、第 903A 条(取引情報蓄積機関の規則)(2026 年 10 月 3 日確認)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
Australian Securities and Investments Commission, "OTC derivatives" のページ本文(2026 年 10 月 3 日確認)の、報告、取引情報蓄積機関、中央清算の各段落。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
-
Federal Register of Legislation, "ASIC Derivative Transaction Rules (Clearing) 2015"(Compilation No. 6)の規則 1.2.7(閾値。総想定元本 AUD 100 billion 以上が連続する 2 回の算定日)、1.2.8(Opt-In)、1.2.5(相手方の条件)。 ↩ ↩2
-
2022 年進捗報告の 3 ページと脚注 5(取引情報蓄積機関)、5 ページと脚注 11(証拠金規制と証券会社の規則)、6 ページ(先物とデリバティブに関する法律)。 ↩
-
クローズアウト・ネッティングの説明は一般の概念で、中国の法律の定義ではありません。FSB の報告は、仕組みの説明を書いていません。 ↩
-
2022 年進捗報告の 3 ページ、"Trade reporting"。 ↩