排出事業者が、毎年提出する排出枠の調達費用を先物で固めたい場面で使えます。

取引の対象:排出枠とクレジット

排出量の取引で売買される対象は、制度の違いで 2 つに分かれます。排出枠は、排出量に上限(キャップ)を設けた制度が事業者に認める排出の枠です。総量の上限の下で枠を配って取引させる制度を、キャップ・アンド・トレードと呼びます。EU の制度では、1 つの排出枠が二酸化炭素に換算して 1 トンの排出に当たります1。日本の脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下「GX 推進法」)が定める排出枠も、二酸化炭素 1 トンを表す単位で書く枠です2。

クレジットは、一定の排出量の見通し(ベースライン)より実際の排出量が少なかったときに、その差を監視などで確かめ、認証したものです。金融庁の検討会の資料は、カーボン・クレジットに一律の定義はないとしたうえで、この形を「ベースライン&クレジット」、各社の排出量に枠を設けて実際の排出量との差を取引する形を「キャップ&トレード」と書いています3。国の制度などに必ずしも基づかず、企業の自主的な活用を前提とするものは、ボランタリー・クレジットと呼ばれます3。日本の J-クレジットはベースライン&クレジットの例で、東京証券取引所のカーボン・クレジット市場で取引できます4。

題の「排出権」は、排出枠とクレジットの両方を指す呼び方です。本文では、制度が認める枠を排出枠、認証された削減の実績をクレジットと書き分けます。

2 つは法的な扱いも違います。金融庁の資料が紹介する証券監督者国際機構(IOSCO)の報告書案は、EU の法令では排出枠は金融商品にあたり、ボランタリー・クレジットは金融商品にあたらないと整理しています。デリバティブは、通常は金融当局の監督の対象に入るとも書いています5。

制度の大枠:上限、割り当て、償却

EU の排出量取引制度(EU ETS)は 2005 年に始まり、2021 年から 2030 年までの第 4 期にあります。電力と熱の発電、産業の製造、航空が対象で、2024 年から海運も入り、EU の温室効果ガスの排出の約 40% にあたります1。総量の上限は毎年引き下げられ、枠は主にオークションで売られ、一部は無償で配られます。2021 年以降は、総量の 57% が原則としてオークションの対象です6。

事業者は毎年排出量を監視して報告し、排出量に見合う枠を制度に提出します。守らなければ重い罰金が課されます。枠は事業者の間で取引でき、余った枠は売ることも、将来のために持つこともできます1。

発電事業者は、2013 年から発電に必要な枠を原則としてすべて買う義務を負っています。ただし、一部の加盟国には例外があります7。

日本の GX 推進法では、一定量以上の排出事業者が排出目標量を届け出て、届出の内容が適切と認められたときに、排出枠を無償で割り当てられます。事業者は翌年度に排出の実績量を報告し、通知された量の枠を翌年度の 1 月 31 日に口座に持ち、その量が償却(口座の記録を減らして枠を消すこと)されます8。発電事業は、2033 年度から排出枠を有償か無償で割り当てます9。

項目 EU ETS 日本の GX 推進法の排出枠
枠の配り方 主にオークション、一部は無償 無償(発電事業は 2033 年度から有償か無償)
取引できる人 事業者の間で取引できる。オークションには投資会社と信用機関も入札できる 排出枠を持つ者の間で取引できる。投機的取引の対象にしてはならない
枠の記録 登録簿(Union Registry) 排出枠口座簿の記録で、枠の帰属が決まる

取引の形:入札、先物、オプション

EU の排出枠は、取引の形ごとに市場と規格が違います。EEX は、加盟国などが売る排出枠のオークションを現物(スポット)の市場で 2010 年から開いていて、受渡は取引の翌日、代金と排出枠を同時に渡す方法です10。先物は、ICE Endex が EUA 先物を上場しています。1 枚は 1,000 排出枠で、満期に排出枠そのものを受け渡す受渡決済です11。EEX と ICE Endex の商品の案内には、EU の排出枠のオプションもあります12。

市場 取引所の例 対象 取引の単位 決済
EU の入札 EEX(現物) EUA 最小 500 排出枠(500 トン分) 翌日に受渡、代金と同時
EU の先物 ICE Endex EUA 1 枚 1,000 排出枠 満期に排出枠を受け渡す受渡決済
EU のオプション EEX、ICE Endex EUA 規格は扱わない 規格は扱わない
日本の現物 東京証券取引所のカーボン・クレジット市場 J-クレジット、超過削減枠 1 トン(二酸化炭素換算) 約定から 6 営業日で、代金とクレジットを受け払い

日本の現物市場は、先物ではなく現物の取引です。この市場は上場株式などの金融商品市場とは別の市場で、注文は指値だけ、売買の単位は 1 トンです13。取引対象の欄にあるのは、J-クレジットと超過削減枠です。超過削減枠は、GX リーグ事務局が定める GX リーグ規程に規定されたもので、売買できるのは超過削減枠のクレジット口座を開設できる GX リーグ代表参画企業に限られます14。GX 推進法の排出枠は、この資料の取引対象の欄にありません。

GX 推進法は、排出枠を投機的取引の対象にしてはならないと定めていますが15、この条文は枠そのものの取引を対象にしていて、日本の排出枠のデリバティブの可否は条文から言えません。

先物で枠の調達費用を固定する

排出事業者は、足りない枠を将来買うときの費用を、先物の買いで固定してヘッジできます。先物の一般の仕組みは、コモディティ・デリバティブの全体像で扱います。

手数料と証拠金の利息を考えない架空の例で考えます。EU の制度の対象の施設を持つ X 社が、1 年後に排出量に見合う枠が 10,000 排出枠(10,000 トン分)足りないと見込み、EUA 先物の満期の月を 1 トンあたり 80 ユーロで 10 枚買います(1 枚 1,000 排出枠)。毎日の値洗いの差額も含めた、約定から受渡までの受け払いの合計で考えます。先物の毎日の値洗いと証拠金は、先物の証拠金と値洗いで扱います。

−30−20−100+10+20+3080損益(ユーロ)満期の最終決済値段(ユーロ)利益損失損益分岐点 80
図 1EUA 先物の買いの満期の損益(1 トンあたり)
図の説明

EUA 先物を 1 トン分買ったときの、満期の損益です。約定した価格を境に、最終決済値段が上がれば利益、下がれば損失になります。縦軸は 1 トンあたりで、10,000 トン分にすると本文の表の先物の受け払いと同じです。

最終決済値段が 1 トンあたり 100 ユーロ、80 ユーロ、60 ユーロのときの結果は次のとおりです。

満期の市場の価格(1 トン) 100 ユーロ 80 ユーロ 60 ユーロ
先物を使わず市場で 10,000 トン分を買う費用 100 万ユーロ 80 万ユーロ 60 万ユーロ
先物の受け払い(約定から受渡までの合計) +20 万ユーロ 0 ユーロ −20 万ユーロ
先物を買った X 社の実質の費用 80 万ユーロ 80 万ユーロ 80 万ユーロ

市場の価格が 100 ユーロに上がると、先物では(100 − 80)× 10,000 = 20 万ユーロを受け取り、市場で買う 100 万ユーロとの差し引きで 80 万ユーロになります。60 ユーロに下がると、先物で 20 万ユーロを払い、市場で買う 60 万ユーロと合わせて 80 万ユーロです。どちらも 1 トンあたり 80 ユーロに固まります。価格が下がったときは、先物を使わなければ 60 万ユーロで済んだので、その差の 20 万ユーロは先物を買った分の負担になります。

この例は、見込みの排出量と買った量がちょうど同じときの結果です。実際の排出量が見込みより少なければ、余った枠は市場で売るか持ち越すことになり、その損益は市場の価格で決まります。

価格のリスクと制度の変更

先物には、市場の価格の変動以外のリスクもあります。X 社の例のように、買った量と実際に必要な量が違えば、その差は市場の価格にさらされます。先物の買い手は、満期まで持てば排出枠を受け取り代金を払う義務があるため、受け取る排出枠を入れる口座の用意も要ります。

排出枠の価格を考えるときは、市場の需給のほかに、制度の変更も背景になります。EU の資料は、総量の上限が下がることが枠の長期の希少さを事業者に示すと説明しています1。枠の余りが積み上がると価格が下がり、これを減らす仕組みとして市場安定化リザーブ(MSR)があります17。

EU では、2005 年から 2007 年の第 1 期に、総量の上限を信頼できる排出量のデータがないまま見積もりで決めたため、配った枠が排出量を上回り、2007 年に枠の価格がゼロまで下がりました。第 1 期の枠は第 2 期に持ち越せませんでした18。その後も、2008 年の経済危機で排出が想定より減ったことと、国際クレジットが多く入ったことで、2009 年から枠の余りが積み上がりました。EU は、2018 年に MSR を設け、2019 年に運用を始めています。流通する枠の総数が 10 億 9,600 万枠を超えると、MSR が入札から枠を外して供給を減らします17。

最近の制度の変更として、EU は 2023 年の改正で総量の上限を 2030 年に 2005 年比 62% の削減に当たる水準まで下げ、無償の割り当てを減らしました1。欧州委員会は、2026 年 7 月 17 日に、EU ETS の指令の見直しの提案を出しています19。上限などの規則の見直しは、枠の価格の前提に関わります。

受渡の実務と記録

ICE Endex の EUA 先物は、契約月の最後の月曜日が最終取引日です。ただし、その月曜日が英国の銀行休業日のとき、またはその後の 4 日間に英国の銀行休業日があるときは、受渡の月の最後から 2 番目の月曜日になります。最終取引日に建玉が残っている清算会員は、排出枠を取引口座(Trading Account)に入れる義務か、そこから受け取る義務を負います。受渡の期間は、最終取引日の翌営業日の午前 9 時(ロンドン時間)から、3 営業日目の午後 3 時までです11。

排出枠の記録は、EU では登録簿に残り、日本の GX 推進法では排出枠口座簿の記録が枠の帰属を決めます120。

この記事が書いていないこと

日本の排出枠や J-クレジットを対象にした先物とオプション、EU のオプションの規格は、この記事では扱いません。

注

  1. European Commission "About the EU ETS" の "What is the EU ETS?"、"How does the EU ETS work?"、"Key changes agreed in the 2023 revision of the ETS Directive" など。2026 年 10 月 4 日に確認。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6

  2. 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」第 32 条第 1 項(脱炭素成長型投資事業者排出枠の定義)。2026 年 10 月 4 日に e-Gov で確認(2026 年 4 月 1 日施行の改正を含む条文)。 ↩

  3. 金融庁「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会(第 1 回)事務局資料」(2024 年 6 月 10 日)の 4 ページ、「カーボン・クレジットについて」(経済産業省「カーボン・クレジット・レポートの概要」の抜粋)。ボランタリー・クレジットは、資料では「国の制度等に必ずしも基づかない、企業の自主的な活用を前提とするもの等」と書かれています。 ↩ ↩2

  4. 同じ資料の 5 ページ、「内外における主な事例」。 ↩

  5. 同じ資料の 22 ページ、IOSCO 報告書案の概要のうち、カーボン・クレジットの取引対象としての性質に関する項。 ↩

  6. European Commission "Auctioning of allowances" の "Questions and Answers: Auctioning"(2021 年から総量の 57% を原則オークション)。 ↩

  7. European Commission "Free allocation" の "Allocation to modernise the energy sector"。 ↩

  8. 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」第 33 条第 1 項(届出)、第 34 条第 1 項と第 3 項(無償の割り当てと口座への記録)、第 35 条第 1 項(排出実績量の報告)、第 36 条第 3 項(翌年度の 1 月 31 日の保有)、第 37 条第 1 項(償却)。 ↩

  9. 同じ法律の第 27 条第 1 項。条文は「令和十五年度」と和暦で書かれていて、2033 年度に当たります。 ↩

  10. European Energy Exchange AG "EU ETS1 Auctions" の概要と "EU ETS1 Auctions at EEX" の表(Delivery day t+1、Minimum lot size 500 EUAs、Fulfilment Delivery versus payment)。 ↩ ↩2

  11. ICE Endex "EUA Futures" の Product Spec(Contract Size、Last Trading Day、Settlement Method、Delivery Terms、Delivery Period、Delivery Delay、Delivery Failure)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  12. EEX のサイトの商品の一覧("EU ETS1 Spot, Futures & Options")と、ICE の EUA 先物のページの "View Options"。 ↩

  13. 日本取引所グループ「制度概要(カーボン・クレジット市場)」の背景と「市場制度概要」の表(取引対象、決済日、注文の種類、売買単位、決済方法)。2026 年 10 月 4 日に確認。 ↩

  14. 東京証券取引所「カーボン・クレジット市場の概要」(2025 年 8 月、第 5 版)の「制度概要(超過削減枠)」の表(参加者)と用語の表(超過削減枠の定義)。2026 年 10 月 4 日に確認。 ↩

  15. 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」第 38 条第 1 項と第 2 項(取引、投機的取引の禁止)。 ↩

  16. European Commission "Auctioning of allowances" の "Who can bid in the auctions?"。 ↩

  17. European Commission "Market Stability Reserve" の "About the Market Stability Reserve (MSR)" と "How does the MSR work?"(2009 年からの余り、2018 年の設立と 2019 年の運用開始、TNAC が 1,096 million を超えると入札から外す説明)。 ↩ ↩2

  18. European Commission "About the EU ETS" の "Phase 1"(2005〜2007 年)の説明。 ↩

  19. European Commission "About the EU ETS" の冒頭の告知(2026 年 7 月 17 日の指令の見直しの提案)。2026 年 10 月 4 日に確認。 ↩

  20. 同じ法律の第 46 条(排出枠の帰属は排出枠口座簿の記録で定まる)。 ↩