上場オプションの権利行使後の株式の受渡し、外貨建ての証券を買うための資金の手当て、上場投資信託(ETF)の設定や交換の業務では、証券の決済が約定の何営業日後かが、処理の締め切りと資金を用意する時点を決めます。決済サイクルの短縮は、この日数を 2 営業日から 1 営業日に縮める動きです。
T+1 への動きの現状
T+1は、約定日(T 日)の 1 営業日後に決済する標準の決済サイクルです。2026 年 10 月時点で、米国とカナダは T+1 に移っています。米国では、米国証券取引委員会(SEC)が 2023 年 2 月に最終規則を採択し、標準の決済サイクルが 2024 年 5 月に T+1 に移りました1。カナダも同じ月に移りました2。
EU は規則 (EU) 2025/2075 で、英国は政府が義務づける立法で、どちらも 2027 年に T+1 に移る予定です34。欧州証券市場監督機構(ESMA)は 2024 年 11 月の最終報告書で、対象のすべての商品が同時に移ることを勧めました5。決済サイクルの日付と各国の規則は証券決済と証券集中振替機関(DvP、JASDEC、T+1)で扱います。
短縮の理由
約定から決済までの間、取引の当事者は、相手が払えなくなるリスクと、価格が動くリスクを負います。清算機関がある市場では、清算機関がこれらのリスクを引き受け、清算参加者に当初証拠金と変動証拠金を求めます6。
決済サイクルを縮めると、未決済の取引の価値の合計と、取引相手が市場リスクと信用リスクを負う時間の両方が減ります。取引量が同じなら、ある時点で決済を待つ取引の市場価値は、T+1 では T+2 の約半分になります。米国の株式の取引を清算するのは、DTCC の子会社の NSCC(National Securities Clearing Corporation)です。2022 年第 2 四半期の統計をもとにした SEC の推計では、NSCC で未決済の取引の金額が約 880 億ドルから約 440 億ドルに減ります78。
清算機関が求める担保は、未決済の取引の価値と値動きに左右されるため、清算機関がリスクを負う期間が 2 営業日から 1 営業日に縮まれば、小さくなりえます910。
移行後は、NSCC の清算基金(清算参加者が NSCC に差し入れる資金)の平均が、T+2 の直前 3 か月の平均 128 億ドルから、T+1 では 98 億ドルに減りました。30 億ドル、23% の減少です11。売り手は売却代金を早く受け取れるため、代金が届くまでの流動性のリスクも小さくなります12。
一方、約定から決済までの時間が短くなると、約定後の処理を終える時間も短くなります。
約定後の処理の時間
機関投資家の取引では、証券会社と顧客の間で、割当、約定内容の確認、アファメーションを終えて、アファメーション済みの確認を得る必要があります。約定日の終わりまでのアファメーションは、T+2 のときから業界の望ましい慣行とされていましたが、SEC が最終規則を採択した時点で、約定日中に済む取引は約 68% にとどまっていました13。
移行後は、同じく DTCC の子会社の DTC(The Depository Trust Company)が定める約定日の午後 9 時(米国東部時間)の期限までに、ほぼ 95% の取引がアファメーションを終えました。区分ごとの率は次のとおりです14。
| 区分 | 2024 年 1 月 | 2024 年 7 月 31 日 |
|---|---|---|
| プライムブローカー | 81% | 98% |
| 投資運用会社の自動アファメーション(セントラルマッチ) | 92% | 96% |
| カストディアンまたは投資運用会社が自分で行うアファメーション | 51% | 88% |
2024 年 7 月の平均の決済の不履行の率は、CNS(継続ネッティング決済)で 2.12%、DTC の CNS 以外で 3.31% で、どちらも T+2 のときの平均と同程度でした15。
資金の手当てと為替
証券の代金を為替取引で用意するとき、為替の決済が証券より遅いと、買い手は別の資金源を探す必要があります。T+2 で決済する為替取引で、T+1 で決済する米国の証券の代金を用意するのは、従来より難しく費用がかかりえます。対応には、為替の取引室の営業時間の延長、為替で用意するはずだった資金の先払い(プレファンド)、マネー・マーケットの持ち分の償還などがあります16。
1 ドル=150 円のときに、米国株を 100 万ドル(1 億 5,000 万円相当)買い、同じ約定日に円を売ってドルを買う為替の直物取引を約定する架空の例で考えます。為替の直物取引は、約定日の 2 営業日後に決済するとします。
| 標準の決済サイクル | 証券の代金を払う日 | 為替でドルを受け取る日 | 資金の不足 |
|---|---|---|---|
| T+2 | 約定日の 2 営業日後 | 約定日の 2 営業日後 | なし |
| T+1 | 約定日の 1 営業日後 | 約定日の 2 営業日後 | 1 営業日分 |
T+1 では、証券の代金を払う日にドルがまだ届かないため、買い手は 1 営業日分のドルを別に用意します。ドルの借入れの金利を年 4%、1 年 360 日と仮定すると、100 万ドルを 1 日つなぐ費用は約 111 ドルです(100 万ドル × 4% ÷ 360 ≒ 111 ドル)。1 ドル=150 円で円に換えると、約 1 万 6,700 円です。ドルの資金を前倒しで用意できる投資家には、この借入れの費用はかかりません。
欧州の通貨でも同じ問題があります。通常は証券の取引の確認のあとに為替取引を約定し、証券と同じ T+2 に決済しますが、T+1 では為替をより早く約定する必要があります。アジアなど別の時間帯にいる投資家は、先払い、確認前の為替の約定、相対の為替取引、自動の為替などの方法をとることができ、追加の費用がかかり、スプレッドが広がる可能性があります。ESMA は、米国の移行後に為替を間に合うように約定する慣行が広まり、為替市場への悪影響の兆候はないと見ています17。
外国為替取引の 2 つの通貨の支払いを PvP で決済するCLS 銀行(CLS)の仕組みは、移行日までに変更できませんでしたが、市場参加者とカストディアンが運用を変えて対応しました。CLS の為替取引の量は、従来の傾向と変わらなかったという初期の指標もあります18。
証券貸借の返還請求と時差
貸している証券を売る場合、売却の決済に間に合わせるには、貸し手が返還を請求して証券を受け取る必要があります。T+2 のときは、返還の期間を請求の 2 決済日後とする証券貸借の契約を結ぶ証券会社が複数あり、T+1 では約定日から請求を始める必要が出る場合があります19。返還の請求の法的な期限は契約が決めます。業界は、約定日の午後 11 時 59 分(米国東部時間)までの請求を「優れた慣行」として勧めました20。
マーケット・メイカーは、売る証券を証券貸借やレポで借りています。ESMA は、貸し手が時間内の返還に不安を持てば証券貸借の流動性が下がり、自動化の投資と慣行の改善がなければ、証券貸借とレポの流動性が下がりうると見ています21。
約定日中の処理は、時差のある投資家には夜間にあたります。米国の最終規則へのコメントには、米国より数時間進んだ時間帯の投資家では、新しい期限が深夜に及ぶという懸念がありました22。
デリバティブとの関わり
デリバティブそのものの決済サイクルが変わるわけではありません。米国の T+1 の規定は証券ベースのスワップを対象から除いています23。関わりが出るのは、デリバティブの取引が、株式などの証券の決済につながる場面です。
上場オプションの権利行使
米国で標準化された株式オプションを清算するのは、Options Clearing Corporation(OCC)です。株式を実際に受け渡すオプションの権利行使と割当は、NSCC が清算する株式の決済義務になります24。OCC は 2024 年 1 月 10 日に、T+1 に合わせた規則の変更を SEC に届け出ました。ブローカー間で決済するときの受渡日を、権利行使の 2 営業日後から 1 営業日後に改め、遅れた権利行使の通知を受け付ける手続きをやめる内容です。T+1 では、遅れた権利行使の決済を同日に NSCC へ送ることになり、OCC と NSCC の取り決めと合わなくなるためです。誤りの訂正は、日々の処理の期限までなら引き続き認められます。OCC は 2024 年 5 月 28 日に実施する予定で、SEC は 2024 年 3 月 8 日付の命令で承認しました25。
ETF の設定と交換
ETF の株式は、指定参加者(AP)が、設定用のバスケット(株式や現金)を ETF に預けて作ります26。SEC は、バスケットに外国の証券が入る ETF では、海外の市場の決済サイクルとのずれで、AP が担保や与信枠を用意する必要が生じうるとしながら、ETF を T+1 の例外にはしませんでした27。NSCC は日終わりの価格の提供を早め、設定と交換の取引をほぼリアルタイムで報告できるようにしました28。
為替と時間帯のずれのヘッジ
決済サイクルや時間帯のずれが生じる国をまたぐ取引では、そのずれから生じるリスクを抑える取引(ヘッジ)が必要になり、費用が増える場合があります29。上の為替の例のように、為替の決済日が証券より遅いとき、その間の資金の手当てが、ずれに伴う費用の中心です。
日本の株式の位置づけ
以下の検討状況は、2025 年 7 月の中間整理の時点のものです。日本の株式は、2019 年 7 月に T+3 から T+2 に移り、約定日の 2 営業日後に決済します。金融審議会の市場制度ワーキング・グループは 2024 年 7 月 2 日の報告書で、市場関係者が T+1 化の方法や課題の実務的な検討を始める必要があるとしました。これを受けて、金融庁、日本証券業協会、日本証券クリアリング機構、東京証券取引所を事務局とする「T+1化に関する勉強会」が設けられました30。
2025 年 7 月 15 日に金融庁が公表した中間整理では、短縮の利点は、決済リスクの削減、資金効率の向上と担保負担の軽減、決済事務の合理化です。課題は、証券の引渡しが決済時限に間に合わない失敗の増加、時間当たりの事務負担の増加による事務ミス、日本の東側にいる非居住者が約定の照合と決済を夜間にするケースです31。
勉強会では、コストに見合う利点が得られるか、現時点では判断がつかないという声が多くありました。中間整理は、香港、シンガポール、豪州など同じ時間帯の国の動向を注視しながら、フォローアップの会合を開いて検討を続けるとしていました。T+2 への移行には、検討の開始から移行まで約 5 年かかりました32。
注
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SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13872(Summary)と 13916–13918(Part VII.A)。採択日は文書末尾の "Dated: February 15, 2023"(13954 ページ)。 ↩
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CDS, "T+1 Is Here: Transforming Canadian Capital Markets"(外部サイト)の "Seamless Transition to T+1" と "Global Alignment"。 ↩
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European Parliament, "Securities settlement in the EU and central securities depositories (CSDs)"(外部サイト)(2025/0022(COD))の "APPLICATION"。 ↩
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HM Treasury, "Policy note – Mandating T+1 settlement in the UK"(外部サイト)(2025 年 11 月 20 日更新)の "Introduction" と "Next steps"。 ↩
-
ESMA, "Report on the assessment of the shortening of the settlement cycle in the European Union"(外部サイト)(2024 年 11 月 18 日)の要約(PDF の 6 ページ)。 ↩
-
ESMA の最終報告書(外部サイト)のパラグラフ 91〜92(PDF の 32 ページ)。 ↩
-
SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13926(Part VIII.C.1 の "Benefits")。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872 の脚注 324(DTCC ITP Matching の説明)。DTCC が DTC、NSCC、FICC の親会社で、この 3 社が SEC に清算機関として登録されていると書いています。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13927(Part VIII.C.1 の "Benefits")。"may require less collateral" と書いています。 ↩
-
ESMA の最終報告書(外部サイト)のパラグラフ 93〜94(PDF の 32 ページ)。 ↩
-
SIFMA、ICI、DTCC「T+1 After Action Report」(外部サイト)(2024 年 9 月 12 日)の 6 ページ "Impact on Clearing Fund in a T+1 Environment"。清算参加者の差し入れについては SEC の最終規則(外部サイト)の 13927 ページ。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13926。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13922(Part VIII.B.2)。"only about 68% of trades achieve affirmation on trade date" と書いています。 ↩
-
「T+1 After Action Report」(外部サイト)の 6 ページ "Affirmation Rates Analysis"。区分ごとの率は 7 月 31 日時点で、1 月との比較。 ↩
-
「T+1 After Action Report」(外部サイト)の 7 ページ "Fail Rates Overview"。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13881(Part II.C.1 の SEC の回答)。 ↩
-
ESMA の最終報告書(外部サイト)のパラグラフ 100〜106(PDF の 33〜34 ページ)。 ↩
-
「T+1 After Action Report」(外部サイト)の 3〜4 ページ "International Considerations"。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13922(Part VIII.B.2)と 13912(Part VI.A の規則 200(g) の説明)。 ↩
-
「T+1 After Action Report」(外部サイト)の 4 ページ "Securities Lending"。 ↩
-
ESMA の最終報告書(外部サイト)のパラグラフ 97〜99(PDF の 33 ページ)。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13888–13889(Part III.B.6)。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13883(Part II.C.3)。 ↩
-
SEC, "Order Granting Approval of a Proposed Rule Change"(外部サイト)(SR-OCC-2024-002, Release No. 34-99701, 2024 年 3 月 8 日), 89 FR 18685, at 18685–18686(II. Background、II.B)。 ↩
-
SEC の OCC 承認命令(外部サイト), 89 FR 18685, at 18685–18686(I. Introduction、II.A、II.B)。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13879(Part II.B のコメントの紹介)。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13886(Part II.C.6 の SEC の回答)。 ↩
-
「T+1 After Action Report」(外部サイト)の 3 ページ "Exchange Traded Funds"。 ↩
-
SEC の最終規則(外部サイト), 88 FR 13872, at 13930(Part VIII.C.2 の "Costs")。 ↩
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金融庁「T+1化に関する勉強会 中間整理(概要)」(外部サイト)(2025 年 7 月 15 日)の 1 ページと 3 ページ。 ↩
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金融庁「T+1化に関する勉強会 中間整理(概要)」(外部サイト)の 1 ページ(ワーキング・グループ報告書の整理)と 3 ページ。 ↩
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金融庁「T+1化に関する勉強会 中間整理(概要)」(外部サイト)の 3 ページ。 ↩