デリバティブの担保として債券を差し入れるときや、国債先物の最終決済で国債を受け渡すときは、証券を移す決済の仕組みが関わります。どの機関の口座の振替で受け渡されるかは、証券の種類で違います。
証券決済システムと CSD の役割
証券決済システムは、参加者に共通の規則に従って、帳簿上の振替で証券を移転し、決済する仕組みです1。証券の移転には、資金の支払いを伴わないものと、伴うものがあります1。
証券集中振替機関(CSD)は、証券の口座を提供し、証券の集中管理と、コーポレートアクションや償還の管理などのアセットサービスを提供します2。証券が偶発的に、または不正に発行や破棄をされたり、内容を変えられたりしないよう確保する役割も担います2。証券は、現物を預けて動かさない形でも、電子的な記録だけの無券面の形でも保有できます2。多くの国で、CSD は証券決済システムも運営しています3。
CSD の業務は、法域によって違います。投資家の口座を CSD や発行者が直接把握する直接保有の形と、カストディアンなどの仲介者の段階でだけ投資家が分かる間接保有の形のどちらが認められるかが、法域で異なるためです2。
DvP で防ぐ片方だけの決済
証券と資金の条件付受渡し(DvP)は、資金の支払いが行われる場合に限り、証券の移転が生じる仕組みです1。
E 証券が F 証券に債券を 99 億円で売る架空の例で考えます。DvP がなく、E 証券が先に債券を渡す場合、F 証券が代金を払う前に破綻すると、E 証券は債券を渡したまま 99 億円を受け取れません。このように、結び付いた債務の一方だけが決済されて生じるリスクを元本リスクといい、損失は取引の全額に及びえます4。DvP では、債券は F 証券の代金が払われる場合にだけ移ります5。F 証券が払えなければ債券も動かないので、E 証券は債券を失いません。
図の説明
債券は売り手の E 証券から決済システムを経て買い手の F 証券へ、代金は逆に F 証券から決済システムを経て E 証券へ移ります。決済システムは、債券と代金の一方が済まなければ他方も済ませないので、片方だけが決済される形を避けられます。図は 1 つの決済システムが債券と代金の両方を受け持つ形に簡略化したもので、資金は決済銀行で振り替える形もあります。
国際基準の金融市場インフラのための原則(PFMI)は、価値を交換する決済システムに、DvP などの仕組みで元本リスクを除くよう勧めています5。DvP を使っても、代金が払われないなどで決済されなかった取引は、決済されないまま残ります。そうした取引では、実現できなかった利益や、本来の契約を市場価格で置き換える費用が生じることがあります4。DvP は元本リスクを除きますが、参加者の債務不履行による流動性の偏りなど、システム全体の混乱が生じるリスクまでは除きません6。
DvP は、2 つの債務を同じ瞬間に履行することまでは求めません。たとえば、証券決済システムが資金の口座を持たないときは、売り手の対象証券を先に凍結し、資金を扱う決済銀行での資金の振替の完了を確かめてから買い手に証券を引き渡します7。PFMI は、凍結から引き渡しまでの時間を最小限にし、凍結した証券を第三者の請求の対象にしないよう勧めています7。
DvP の 3 つのモデル
DvP には、証券と資金をそれぞれ 1 件ずつ決済するか、受け払いを差し引いて差額だけ決済するかで、モデル 1 からモデル 3 の区分があります8。
| モデル | 証券の決済 | 資金の決済 |
|---|---|---|
| モデル 1 | 1 件ずつ(グロス) | 1 件ずつ(グロス) |
| モデル 2 | 1 件ずつ(グロス) | 差し引いて(ネット) |
| モデル 3 | 差し引いて(ネット) | 差し引いて(ネット) |
モデル 3 は、証券と資金をどちらも差し引いて、同時に決済する形です8。DvP に加えて、決済を債務 1 件ごとのグロスで行うモデル 1 を使うと、参加者の間や参加者と証券決済システムの間の信用エクスポージャーと資金流動性エクスポージャーがさらに小さくなります8。
差し引いて決済するモデル 2 とモデル 3 では、決済システムか参加者が、決済の履行を明示的に保証することがあります。保証した側は、日中の与信を行っている形になります8。保証がなければ、参加者が債務不履行を起こしたときに、参加者どうしが互いに決済リスクを負います8。
どのモデルでも、一方の決済は結び付いた他方の決済がファイナル(確定して取り消せない状態)になる場合にだけ実行されるよう、法令、契約、技術、リスク管理の枠組みで確保する必要があります9。資金側の決済は資金決済の仕組み(RTGS、日銀ネット、コルレス)で扱います。
日本の国債決済、JASDEC、清算機関
日本銀行は、国債の振替機関として国債振替決済制度を運営しています10。国債の受け渡しは、制度参加者の口座の帳簿上の振替(ブックエントリー)で行います。日本銀行が銀行や金融商品取引業者などのために口座を持ち、参加者がその顧客のために口座を持つ階層の構造です10。国債の権利は振替口座簿への記載で定まり、移転の効力は譲受人の口座への記載で生じます11。
国債の振替は日本銀行金融ネットワークシステム(日銀ネット)の国債系で、資金の決済は日本銀行の当座預金の振替による当預系で処理します12。日本銀行は、当預系の個々の資金の振替と国債系の個々の国債の振替を結び付け、一方が行われなければ他方も行われないようにして、国債の DvP 決済を提供しています10。国債系は、残高を確かめたうえで 1 件ずつ直ちに決済する即時グロス決済です10。
証券保管振替機構(JASDEC)は、「社債、株式等の振替に関する法律」(振替法)で定める振替機関として、国の指定を受けています13。株式のほか、国債以外の公共債、社債、短期社債(電子 CP)、投資信託といった電子化された有価証券の振替を担います13。JASDEC は、株式等、短期社債、一般債、投資信託などの保管と振替を行う証券決済システムを運営する CSD です14。そのシステムを日銀ネットの当預系と連動させて、DvP 決済を提供しています14。
ほふりクリアリング(JDCC)は JASDEC の 100% 子会社で、取引所外で行われる金融機関間の株式取引等の振替の清算を行う清算機関(CCP)です15。日本証券クリアリング機構(JSCC)は国債店頭取引の清算を行っています16。2024 年 9 月時点で、国債取引で清算機関の利用が広がり、従来は DvP を使っていなかった取引が、清算機関を通した DvP 決済に移っています17。
海外の主要な CSD
海外の主要な CSD には、次のものがあります。
| CSD | 位置づけ | 扱う範囲 |
|---|---|---|
| Euroclear Bank | ベルギー法に基づくユーロクリア・グループの国際 CSD(ICSD)18 | 国際債と各国の証券 |
| Clearstream | ドイツ取引所グループ。ルクセンブルクの ICSD とフランクフルトの CSD を持つ19 | ユーロ債などと各国の証券の保管 |
| DTC(Depository Trust Company) | DTCC の CSD 子会社20 | 米国の株式、社債、地方債 |
Euroclear Bank は、各国の CSD との接続を通じて、参加者が外国の証券市場に入る窓口にもなります。この形の ICSD を投資家 ICSD、外国側の CSD を発行者 CSD といいます18。
Euroclear Bank とルクセンブルクの Clearstream Banking は、ユーロ債(発行者の国と異なる通貨で発行する国際債)について、発行者側の CSD に当たる役割(ノタリー機能)を共同で担います18。
DTC は、金融機関、カストディアン、ブローカーのために証券を保管し、決済と、コーポレートアクションなどのアセットサービスを提供します20。
デリバティブ取引での証券の決済
担保の差し入れや証券の付け替えのように、対価の資金を伴わず証券だけを動かす決済もあります21。担保の受け渡しの業務は担保管理で扱います。
国債先物は、実在しない標準物を取引するため、最終決済では受渡適格銘柄と呼ばれる実在の国債を授受します22。国債の受け渡しは、国債振替決済制度の口座の振替で行います10。
決済サイクル短縮の日付
標準の決済サイクルは、T+1(約定日の 1 営業日後)、T+2(約定日の 2 営業日後)のように、約定日から決済日までの営業日の数で書きます23。2026 年 10 月時点の、決済サイクルの短縮の日付は次のとおりです。
| 地域 | 日付 | 内容 |
|---|---|---|
| 日本 | 2018 年 5 月 | 国債の店頭取引が T+2 から T+1 に24 |
| 日本 | 2019 年 7 月 | 株式取引等が T+3 から T+2 に24 |
| 日本 | 2020 年 7 月 | 一般債の取引が T+3 から T+2 に24 |
| カナダ、メキシコ、アルゼンチン、ジャマイカ | 2024 年 5 月 27 日 | T+1 に移行25 |
| 米国 | 2024 年 5 月 28 日 | 規則 15c6-1(a) の T+1 の遵守日26 |
| EU | 2027 年 10 月 11 日 | 規則 (EU) 2025/2075 の適用日27 |
| 英国 | 2027 年 10 月 11 日 | 政府が T+1 を義務づける立法の日として示した日28 |
米国では、証券取引委員会(SEC)が 2023 年 2 月 15 日に最終規則を採択し、米国の証券会社(ブローカー・ディーラー)の取引の大半の標準の決済サイクルを T+2 から T+1 に縮めました23。証券ベースのスワップは、この T+1 の規定の対象から除かれています29。EU の規則は、取引所などの取引の場で執行された証券取引の予定決済日を、一部の取引(証券金融取引など)を除き、取引の翌営業日以内にします27。
注
-
BIS 支払・決済システム委員会、証券監督者国際機構専門委員会「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳、2012 年 4 月)のパラグラフ 1.12(11 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 1.11 と注 8(10〜11 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 1.11 の末尾(11 ページ)。 ↩
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.1(107 ページ)。 ↩ ↩2
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.2(107〜108 ページ)。 ↩ ↩2
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.1 の注 112(107 ページ)。 ↩
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.4(108〜109 ページ)。 ↩ ↩2
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.4.9(53〜54 ページ)と 3.4.11(54 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.3(108 ページ)。 ↩
-
日本銀行「日本銀行が運営する国債振替決済制度に関する情報開示」(外部サイト)(2025 年 7 月 31 日)の 3-1(7〜8 ページ)と 1-3(4 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
日本銀行「日本銀行が運営する国債振替決済制度に関する情報開示」(外部サイト)(2025 年 7 月 31 日)の 13 ページ。 ↩
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 9 ページ。 ↩
-
証券保管振替機構「証券保管振替機構について」(外部サイト)の冒頭の説明。 ↩ ↩2
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 14 ページ。 ↩ ↩2
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 15 ページ。 ↩
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 16 ページ(JSCC の節)。 ↩
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 10 ページ(日銀ネット国債系の節)。 ↩
-
National Bank of Belgium, "Securities clearing, settlement and custody"(外部サイト)(Financial Market Infrastructures and Payment Services Report 2026), section 2.2, pages 20–22. ↩ ↩2 ↩3
-
DTCC, "DTCC Central Securities Depository Subsidiary Surpasses $100 Trillion in Assets Under Custody, Marking Historic Milestone"(外部サイト)(2025 年 6 月 18 日)の本文 2 段落目。 ↩ ↩2
-
「金融市場インフラのための原則」(外部サイト)(仮訳)のパラグラフ 3.12.1 の注 111(107 ページ)。 ↩
-
日本取引所グループ「商品概要(国債(JGB)先物)」(外部サイト)の「商品概要」。 ↩
-
SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13872(Summary)。最終規則の採択日は同文書末尾の "Dated: February 15, 2023"(13954 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行「決済システムレポート 2024」(外部サイト)(2024 年 9 月)の 9 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
-
CDS, "T+1 Is Here: Transforming Canadian Capital Markets"(外部サイト)の "Seamless Transition to T+1" と "Global Alignment"。 ↩
-
SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13916–13918(Part VII.A)。 ↩
-
European Parliament, "Securities settlement in the EU and central securities depositories (CSDs)"(外部サイト)(2025/0022(COD))の "CONTENT"、"ENTRY INTO FORCE"、"APPLICATION"。 ↩ ↩2
-
HM Treasury, "Policy note – Mandating T+1 settlement in the UK"(外部サイト)(2025 年 11 月 20 日更新)の "Introduction" と "Next steps"。 ↩
-
SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13883(Part II.C.3)。 ↩
-
SEC, "Shortening the Securities Transaction Settlement Cycle"(外部サイト), 88 FR 13872, at 13872(Summary)と 13890–13891(Part III.C)。規則 15c6-2(a)。 ↩ ↩2