為替予約や通貨スワップの決済日が近づくと、事務の担当者は取引ごとに、2 つの通貨をどの決済の経路で受け払いするかを確かめます。2 つの通貨の受け払いを結び付けた決済サービスを使えるかどうかで、受け取りを確かめる前に支払いを済ませる場面が残るかどうかが変わります。
時差が生む決済リスク
外国為替の決済では、2 つの通貨の受け渡しのタイミングに時間差があります。一方の通貨を支払ってから他方の通貨を受け取るまでの間に取引相手が支払えなくなると、支払った元本の全額を失うおそれがあります。このリスクをヘルシュタット・リスク(外為決済リスク)といいます1。
A 銀行が B 銀行から 1 ドル 150 円で 1,000 万ドルを買い、決済日に円 15 億円と米ドルを交換する架空の例で考えます。決済日の日付が同じでも、米ドルの決済はニューヨークの時間帯で、東京の時間帯の円の決済より遅れます1。A 銀行は円を先に支払う側で、B 銀行が米ドルを支払う前に破綻すると、A 銀行は米ドルを受け取れず、払った 15 億円の全額を失うおそれがあります。B 銀行は円を先に受け取る側なので、この例では元本の損失は A 銀行の側に出ます2。
図の説明
円の支払いが先で、米ドルの支払いが後になる順を示す業務フローです。損失が出るのは、円を先に払う A 銀行の側で、B 銀行が破綻する経路だけです。
このリスクの性格を示した例が、1974 年 6 月 26 日のヘルシュタット銀行の閉鎖です。ドイツの当局は、現地時間の午後 3 時 30 分に同行を閉鎖しました。米ドルとドイツ・マルクの取引の相手は、同じ日の早い時間に、フランクフルトでマルクを支払い済みでした。ところが閉鎖の後、ニューヨークのコルレス銀行が同行の口座からの米ドルの支払いを止めたため、払ったマルクの全額が危うくなりました3。銀行が相手の支払いを確かめるまで自分の支払いを止めるようになり、国をまたぐ支払いが滞りました3。1991 年 7 月の BCCI の倒産でも、円を支払った銀行が米ドルを受け取れなくなった例があります4。
PvP の考え方
Payment versus Payment(PvP)は、一方の通貨の最終的な支払いが、結び付けた他方の通貨の最終的な支払いが行われる場合にだけ実行される決済の仕組みです5。これにより、元本の全額を失うリスクが除かれます6。2 つの支払いは、厳密には同時である必要がありません。決済の時点がずれても、法令、契約、技術、リスク管理の枠組みが、一方の支払いを他方の最終的な支払いと結び付けていれば足ります7。
先ほどの例で PvP を使っていれば、B 銀行が破綻しても、A 銀行の円の支払いは実行されず、元本の損失は避けられます。残るリスクの 1 つが、同じ取引を今の相場で結び直すときの追加の費用(再構築コスト)です8。結び直すときに 1 ドル 155 円になっていれば、1,000 万ドルを買うのに 15.5 億円かかり、契約より 5,000 万円多くかかります。1 ドル 145 円になっていれば 14.5 億円で買えるため、追加の費用はなく、契約より 5,000 万円安く買い直せます。
このほかに、予定した通貨を予定した時に受け取れない流動性のリスクも残ります89。PvP は、取引の当事者の間に入って債務を引き受ける清算機関(CCP)とは別の機能です8。
CLS 銀行と決済会員
CLS Bank International(CLS 銀行)は、外国為替取引の PvP の決済を専門に行う、ニューヨークの銀行です10。主要な民間銀行の出資で設立され、日本銀行をはじめとする先進国の中央銀行も設立に深く関与しました11。2002 年 9 月 9 日に 39 の決済会員と 7 通貨で始まりました10。
CLS に直接参加するのは決済会員で、CLS 銀行に多通貨口座を持ちます10。決済会員でない銀行、ファンド、事業会社などは、決済会員を通して間接的に使う第三者です12。決済会員になるには、資本と格付、技術の条件と試験、資金の払い込みの義務などの要件を満たし、CLS が決済の最終性とネッティングの法的な意見に満足できる法域に所在する必要があります。2023 年 3 月の時点で決済会員は 76 で、95% が銀行でした13。
CLS 銀行は、ニューヨークで連邦準備制度の規制と監督を受けます。さらに、ニューヨーク連邦準備銀行(ニューヨーク連銀)が取りまとめる CLS 監督委員会も監督します。委員会は、主要 10 か国(G10)の中央銀行と、CLS が決済する通貨の中央銀行で構成します10。
払い込みから払い出しまでの流れ
図の説明
A 銀行と B 銀行が CLS 銀行に決済の指図を送り、円と米ドルを払い込み、決済の後に払い出しを受ける流れです。A 銀行は円を払い込んで米ドルの払い出しを受け、B 銀行は米ドルを払い込んで円の払い出しを受けます。点線は指図で、実線は資金です。
- 決済の指図を送る(決済会員、または決済会員を通す第三者)。取引の両方の通貨の支払いの指図を、電子的に CLS 銀行へ送ります。CLS 銀行は指図を認証して照合し、決済日まで保管します12。
- 資金を払い込む(決済会員)。決済日に、CLS 銀行が通貨ごとの払い込みの日程を示します。決済会員は、自社の口座かノストロ口座から、CLS 銀行が各通貨の中央銀行に持つ口座へ払い込みます1210。払い込む額は、通貨ごとの受け払いを、決済会員の全体で差し引いた純額です12。
- 同時に決済する(CLS 銀行)。照合した指図の対のうち、CLS 銀行のリスク管理の確認を満たすものを、CLS 銀行の帳簿の上で同時に決済します12。決済は、当事者がそれぞれ支払う通貨を確実に払える状態になってから行い、決済された支払いは最終的で取り消せません1112。
- 資金を払い出す(CLS 銀行)。決済会員は、通貨ごとの純額の払い出しを受けます。決済会員の多通貨口座の残高は、通常の営業日の始めと終わりに 0 です12。
決済は指図ごとの総額で行い、資金の払い込みだけを純額にするため、払い込む資金は決済する総額より小さくなります。
先の例の 1 件に加えて、同じ決済日に A 銀行が B 銀行へ 400 万ドルを 1 ドル 150 円で売る別の取引があり、ほかの取引はないものとします。決済する総額は、円が 21 億円(15 億円と 6 億円)、米ドルが 1,400 万ドル(1,000 万ドルと 400 万ドル)です。一方、払い込む額は、A 銀行が円 9 億円、B 銀行が 600 万ドルです。この例では、円も米ドルも払い込む額が総額より約 57% 小さくなります。この縮小幅は、次に示す平均の縮小幅より小さい値です。CLS の資料では、払い込みの資金は平均で 96% 余り小さくなります12。
円の資金は、日本銀行の当座預金で受け払いします。CLS 取引にかかる円資金の決済には、当座勘定(通常口)が使われます。国内に本支店を持たない者の国外からの直接参加は、日本銀行の資金決済システムでは原則として認められていませんが、外国為替取引の決済を専業とする CLS 銀行だけは例外です14。日本銀行の当座預金を使う資金決済の仕組みは、資金決済の仕組み(RTGS、日銀ネット、コルレス)で扱います。
CLS で決済できる取引と時間帯
CLS 銀行は、2026 年 6 月の国際決済銀行(BIS)の論文の時点で、円、米ドル、ユーロなど 18 の主要な通貨の支払いを決済します15。取引の 2 つの通貨がどちらも 18 通貨のどれかであれば、組み合わせは問われません16。
決済できる取引は、直物、決済日が先の為替予約(アウトライト・フォワード)、為替スワップ、通貨スワップ、通貨オプションです17。決済日が先の取引の指図は、決済日まで CLS 銀行が保管します12。
決済は、5 時間の時間帯に行います16。PvP の決済サービスの指図には締め切りがあり、翌日の決済の指図の締め切りは、例として欧州中央時間の 0 時です18。同じ日に決済する取引のために、CLS 銀行は別のサービス(CLSNow)を提供しています。2023 年 3 月の時点で、CLSNow の対象は 4 通貨の 6 つの組でした16。
図の説明
CLS の決済の開始から、払い込みを終える目標の時刻までを、早い順に並べた図です。間隔は時間の長さに比例しません。塗りの丸は、決済の開始です。決済の時間帯の中に払い込みの目標があることを示し、1 件ごとの前後は資料にありません。時刻は決済の開始と、払い込みを終える目標で、2022 年 2 月の CLS の資料にある欧州中央時間(CET)です19。
PvP を使えない取引のリスク
PvP の仕組みも、差し引きなどのリスクを減らす方法も使わない取引は、取引相手との間で個別に、コルレス銀行を通して決済します。この場合は時差が残り、ヘルシュタット・リスクが取引の全額に及びます20。BIS の調査では、2025 年 4 月の 1 日あたりの決済額のうち、PvP で決済されたのは 36% でした。個別に決済され、リスクを減らす方法を使っていなかったのは 10%(1.4 兆ドル超)でした21。
金額で見ると、個別に決済された分の 4 分の 1 は、PvP の対象だったのに使われませんでした。決済の締め切りに間に合わなかった、コルレス銀行への与信の管理が難しい、払い込みの日程が厳しいといった事例にもとづく説明があります22。個別に決済された取引の 4 分の 3 は、PvP の対象外でした。理由は、取引相手が PvP に直接も間接も参加していないこと、通貨の組が対象外であること、取引の種類が対象外であることの 3 つで、重なることがあります。最も多いのは、取引相手が参加していないことでした23。
CLS 銀行の対象外の通貨には、別の PvP の仕組みがあります。ブラジルの B3 は 2002 年から、インドの CCIL は 2015 年から、香港の CHATS は 2000 年から、アラブ首長国連邦の Buna は 2023 年から、それぞれ特定の通貨の組を決済しています24。
グローバル外為行動規範の原則 35 は、決済方法を次の順に検討することを勧めています25。
- PvP の決済サービスなど、決済リスクを除く方法を使う。
- 除けないときは、リスクの規模と期間を減らす。外為決済債務のネッティングが望ましい。
- 二者間のグロスの決済は、実務上可能な範囲で最小にする。
ネッティングは、決済する額を差し引いて小さくするだけで、リスクを除きません。差し引いた後の額は別の方法で決済する必要があり、破綻したときに差し引きが法的に有効かどうかにも左右されます26。
支払いの確かめと入金の照合など、決済日の前後の事務は決済で扱います。
注
-
日本銀行「金融機関の決済リスク管理について」(外部サイト)(2000 年 2 月)の「(BOX2)外為決済リスクについて」(25 ページ)。 ↩ ↩2
-
同じ資料(26 ページ)。円売り・ドル買いでは円の支払いが先行して取りはぐれのリスクがあり、円買い・ドル売りでは通常リスクがないと書かれています。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk: new measures from the 2025 BIS Triennial Survey」(外部サイト)(BIS Quarterly Review、2026 年 6 月)の冒頭の段落。 ↩ ↩2
-
日本銀行「金融機関の決済リスク管理について」(外部サイト)の脚注 12(13 ページ)。 ↩
-
BIS 支払・決済システム委員会、証券監督者国際機構専門委員会「金融市場インフラのための原則(仮訳)」(外部サイト)の原則 12 の脚注 113(108 ページ)。 ↩
-
同じ資料の原則 12 の「主な検討事項」と説明 3.12.1(107 ページ)。 ↩
-
同じ資料の説明 3.12.3 と 3.12.4(108〜109 ページ)。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk」(外部サイト)の「The 2025 methodology for assessing FX settlement risk」の節。 ↩ ↩2 ↩3
-
金融市場インフラのための原則(仮訳)(外部サイト)の原則 12 の脚注 112(107 ページ)。流動性の偏在を含むシステミックな混乱は、除かれないとされています。 ↩
-
Deutsche Bundesbank「Continuous Linked Settlement」(外部サイト)の「Introduction」と「Implementation」。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
日本銀行「頑健な決済システムの構築に向けて」(外部サイト)(白川方明総裁の講演、2009 年 11 月 13 日)の「外国為替決済における『取りはぐれ』防止の仕組み」を述べた段落。 ↩ ↩2
-
CLS Group「CLSSettlement」(外部サイト)(2022 年 2 月)の「How it works – the settlement cycle」。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
-
Committee on Payments and Market Infrastructures「Facilitating increased adoption of payment versus payment (PvP) - final report」(外部サイト)(2023 年 3 月)の Table A2(28 ページ)。 ↩
-
日本銀行「日本銀行が運営する資金決済システムに関する情報開示」(外部サイト)(2025 年 7 月 31 日)の 3 ページと脚注 10(15 ページ)。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk」(外部サイト)の「The 2025 methodology for assessing FX settlement risk」の節。通貨の一覧はCLS Group「CLSSettlement」(外部サイト)の 1 ページの注 1。 ↩
-
Facilitating increased adoption of payment versus payment (PvP) - final report(外部サイト)の 11 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
-
同じ資料の Table A1(27 ページ)。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk」(外部サイト)の「Reasons for gross bilateral settlement」の節。 ↩
-
CLS Group「CLSSettlement」(外部サイト)の「CLSSettlement operational timeline」。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk」(外部サイト)の「The 2025 methodology for assessing FX settlement risk」の節の、グロスの二者間の決済を述べた段落。 ↩
-
同じ資料の「FX settlement risk in April 2025」の節。 ↩
-
同じ資料の「Reasons for gross bilateral settlement」の節。 ↩
-
同じ資料の同じ節。3 つの理由は重なることがあります。 ↩
-
同じ資料の「The 2025 methodology for assessing FX settlement risk」の節。 ↩
-
グローバル外為市場委員会「グローバル外為行動規範」(外部サイト)(2024 年 12 月版、東京外国為替市場委員会による仮訳)の原則 35(40〜41 ページ)。 ↩
-
Bank for International Settlements「Uncovering FX settlement risk」(外部サイト)の「The 2025 methodology for assessing FX settlement risk」の節。 ↩
-
グローバル外為行動規範(外部サイト)の原則 35(41 ページ)。 ↩