国外での受け渡しが制限された通貨で売上を得る企業は、為替リスクのヘッジに NDF を使います。
差額だけを受け払いする取引
NDF(ノン・デリバラブル・フォワード)は、2 者が、約定した為替相場と、決済の前に決まる相場との差に想定元本を掛けた額を、どちらか一方が他方に払う取引です。2 つの通貨の元本は受け渡さず、1 つの通貨、多くは米ドルで決済します1。差額を決めるために使う相場をフィキシングといい、評価日(差額を決める日)に公表される、その日の直物相場に近い相場を使います。このページでは、NDF で約定した相場を約定相場と書きます。
NDF は通貨を受け渡さないため、国外での受け渡しに強い制限がある通貨や、先渡しの市場が育っていない通貨でも、為替リスクのヘッジに使えます2。元本を受け渡す取引の一般は為替予約で扱います。
ルピーの売上がある企業の架空の例で考えます。3 か月後に 8 億 4,000 万インド・ルピーをドルに換える予定の D 社が、E 銀行と NDF を結びます。想定元本は 1,000 万ドル、約定相場は 1 ドル 84.00 ルピーで、D 社はルピーを売ってドルを買う側、E 銀行はルピーを買ってドルを売る側です。想定元本を約定相場でルピーに換えると 8 億 4,000 万ルピーになります。インド・ルピーは、NDF の取引条件の雛形(後の節)がある通貨として選びました。
フィキシングで差額を決めてドルで払う
決済額は、フィキシングと約定相場の差に想定元本を掛けてルピーの差額を求め、それをフィキシングでドルに換えて求めます。ルピーを売る側の D 社が受け取る額は、想定元本を (ドル)、約定相場を 、フィキシングを (どちらも 1 ドルあたりのルピー)として、次の式で表せます。
値が負のときは、D 社がその額を E 銀行に払います。E 銀行の受け払いは、D 社と金額が同じで向きが逆です。例の条件で、フィキシングごとの決済額は次のとおりです。
| フィキシング(1 ドル) | ルピーの差額 | D 社の受け払い(ドル) |
|---|---|---|
| 87.50 ルピー | 3,500 万ルピー | +40 万 |
| 84.00 ルピー | 0 ルピー | 0 |
| 80.00 ルピー | −4,000 万ルピー | −50 万 |
フィキシングが 87.50 ルピーなら、ルピーの差額は 1,000 万ドル ×(87.50 − 84.00)= 3,500 万ルピーで、これを 87.50 で割った 40 万ドルを E 銀行が D 社に払います。80.00 ルピーなら、差額は −4,000 万ルピーで、80.00 で割った 50 万ドルを D 社が E 銀行に払います。ルピー安になるほど D 社の受け取りが増え、ルピー高になるほど D 社の支払いが増えます3。
図の説明
D 社が決済日に受け取るドルの差額(負の値は支払い)を、評価日のフィキシングごとに描いています。フィキシングが約定相場と同じなら 0 で、ルピー安の側(右)は受け取り、ルピー高の側(左)は支払いになります。線は直線ではなく、右へ行くほど傾きが緩やかです。ルピーの差額をフィキシングで割ってドルに換えるためです。元本の受け渡しはないので、描いているのはこの差額だけです。
深掘り決済額の式と元本を受け渡す取引との関係
例の NDF は、決済日に D 社が 8 億 4,000 万ルピーを渡して 1,000 万ドルを受け取る取引から、元本の受け渡しを除いて差額だけを残したものと考えられます。元本を受け渡すなら、D 社が渡す 8 億 4,000 万ルピーは、フィキシング 87.50 ルピーでドルに換えると 960 万ドルにあたり、受け取る 1,000 万ドルとの差は 40 万ドルです。式で書くと、受け取るドルから渡すルピーのドルでの価値を引いた次の値になり、本文の式と同じです。
ルピーの差額をフィキシングで割るのは、決済の通貨がドルで、差額をドルに換えて受け渡すためです。
評価日、決済日とフィキシングの決め方
NDF の取引条件には、通貨ごとに業界団体が作った雛形があります。新興国の市場の業界団体 EMTA(旧名 Emerging Markets Traders Association)は、新興国通貨の NDF の取引を支える文書を作ってきました。きっかけは、EMTA と国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が 1998 年に共同で公表した「1998 FX and Currency Option Definitions」です。文書には、取引条件の雛形、利用の手引き、合意の変更の書式などがあります4。雛形には、シンガポールの外国為替市場の委員会(Singapore Foreign Exchange Market Committee、SFEMC)5と共同で作ったものがあります。インドネシア・ルピアの雛形(2014 年)は、SFEMC、EMTA と外国為替委員会(Foreign Exchange Committee、FXC)の名前で、ニューヨーク連邦準備銀行のサイトにも載っています6。
2018 年 7 月 10 日に発効したインド・ルピーの雛形では、主な条件を次のように決めています7。
| 項目 | インド・ルピーの雛形の定め |
|---|---|
| 決済の通貨 | ドル(決済の方法は Non-Deliverable) |
| フィキシング | INR FBIL(INR01)。Financial Benchmarks India が算出し、評価日のムンバイ時間の午後 1 時 30 分ごろに公表 |
| 評価日 | 日付で決める。営業日でなければ前の営業日にずらし、急に決まった休日(予定外の休日)なら次の営業日にずらす |
| 決済日 | 日付で決める。評価日が後ろにずれたときは、相場が決まった日から 2 営業日以内のできるだけ早い日 |
| 営業日を決める都市 | 評価日はムンバイ、決済日はニューヨーク |
| 公表がないときの代わり | 1. 評価を延ばす(暦日で最長 14 日)、2. SFEMC の調査による相場(INR02)、3. 調査の相場を 3 営業日目まで待つ、4. 計算代理人が決める |
評価日をずらす決まりは、営業日の調整の一種です。フィキシングが公表されない事態(相場の公表元の障害)が起きたときは、表の最後の行の順に代わりの決め方を当てはめ、評価を延ばす日数は予定外の休日と合わせて 14 日を超えないようにしています。インドネシア・ルピアの雛形も同じ組み立てで、フィキシングには IDR JISDOR(IDR04)を使い、これは評価日のジャカルタ時間の午前 10 時ごろに公表されます6。インド・ルピーとインドネシア・ルピアの 2 つの雛形は、組み立てが同じで、フィキシングの公表元、公表の時刻、営業日を決める都市が違います。
EMTA と ISDA は、2023 年に 1998 年の定義集の全面的な見直しの検討を始め、2024 年から業界で作業を進めています。EMTA の雛形の定めを新しい定義集に取り込み、2027 年までに移行を終えることが目標です。そのため、2026 年 9 月時点の EMTA のサイトでは、以前載っていた雛形などの資料は、外して保管されたか、履歴のためのものと記して残されています4。
ルピーを受け取る企業のヘッジ
NDF は、元本を受け渡さなくても、ヘッジの対象と合わせた結果を約定相場で固定できます。例の D 社は、3 か月後にインドで 8 億 4,000 万ルピーをドルに換える予定です。ここでは、D 社がルピーをフィキシングと同じ相場でドルに換えられるとして、換えたドルと NDF の受け払いを合わせます。
| フィキシング(1 ドル) | ルピーを換えたドル | NDF の受け払い | 合計 |
|---|---|---|---|
| 87.50 ルピー | 960 万ドル | +40 万ドル | 1,000 万ドル |
| 84.00 ルピー | 1,000 万ドル | 0 ドル | 1,000 万ドル |
| 80.00 ルピー | 1,050 万ドル | −50 万ドル | 1,000 万ドル |
ルピー安で 87.50 ルピーになると、ルピーを換えたドルは 960 万ドルに減りますが、NDF で 40 万ドルを受け取り、合計は 1,000 万ドルです。ルピー高で 80.00 ルピーになると、ルピーを換えたドルは 1,050 万ドルに増えますが、NDF で 50 万ドルを払い、合計はやはり 1,000 万ドルです。NDF がなければ得られた 50 万ドルの増加を、NDF で手放すことになります。実際にルピーを換える相場がフィキシングと違えば、その差の分だけ合計は 1,000 万ドルからずれます。
使われる通貨と取引される市場
NDF は、アジアや中南米などの新興国の通貨で使われています。国際決済銀行の調査で 2016 年から 2019 年の変化を見ると、アジア通貨の対ドルの取引高は、直物取引に加えて、為替スワップと NDF の取引が増えたことで伸びました。シンガポールや香港では、為替スワップや NDF にも高速・高頻度の電子取引を提供する動きが広がっています8。EMTA は、ブラジル・レアル、チリ・ペソ、コロンビア・ペソ、ペルー・ソル、フィリピン・ペソ、中国人民元、ロシア・ルーブルなどの NDF について、取引条件の変更の書式や手引きを出しています4。
NDF は取引所を通さない店頭デリバティブで9、清算機関で清算するものもあります。英国の清算機関 LCH の ForexClear の説明資料(2024 年 4 月)では、清算できる NDF の通貨の組は 25 で、新興国の通貨の組が 15、主要国の通貨の組が 10 です。2024 年 1〜3 月に清算した NDF で、想定元本が多い通貨の組は次の順です。ドルとインド・ルピー(USD/INR、1 兆 5,940 億ドル)、ドルと台湾ドル(USD/TWD)、ドルと韓国ウォン(USD/KRW)、ドルとブラジル・レアル(USD/BRL)、ドルとインドネシア・ルピア(USD/IDR)です10。
決済・信用のリスクと米国の規制
NDF は差額だけを受け払いするため、元本を受け渡す取引より決済の金額が小さく、決済のリスク(一方が払ったのに相手から受け取れないリスク)が小さくなります2。例では、元本を受け渡すなら 1,000 万ドルと 8 億 4,000 万ルピーを交換しますが、NDF では 40 万ドルか 50 万ドルの受け払いで済みます。一方で、決済日までの取引相手の信用リスクと、相場が動く市場リスクは残ります。為替のデリバティブを含むスワップには、一般に、決済までの取引相手の信用リスク、市場リスク、決済のリスクの 3 つがあります11。取引相手の信用リスクは、清算機関で清算すると、清算機関が取引相手になることで小さくなります10。
米国では、ドッド・フランク法で、商品取引所法のスワップの定義に為替スワップと為替予約が含まれ、財務長官が決定によってそれらを外せるようになりました。財務長官は 2012 年 11 月にこの決定を出し、為替スワップと為替予約は、清算や取引所での取引の義務などの対象から外れました。一方で NDF は、2 つの通貨を交換せず 1 つの通貨で決済するため、法律の為替予約の定義に当たらず、決定の対象になりません。米国の商品先物取引委員会(CFTC)と証券取引委員会(SEC)は、スワップの定義に NDF を含めています12。
為替予約との違い
NDF と為替予約は、相場の変動を約定した相場で固定する働きは同じで、決済のしかたと規制上の扱いが違います。
| 項目 | 為替予約 | NDF |
|---|---|---|
| 受け渡すもの | 2 つの通貨の元本 | 約定相場とフィキシングの差額だけ |
| 決済の通貨 | 2 つの通貨 | 1 つの通貨(多くはドル) |
| 決済日の前に決まる相場 | なし | 評価日のフィキシング |
| 国外での受け渡しが制限された通貨 | 使いにくい | 使える |
| 米国の商品取引所法 | スワップの定義から外す決定がある | スワップに含まれる |
為替予約は 2 つの通貨の元本を実際に受け渡すため、国外での受け渡しが制限された通貨では使いにくく、NDF はそうした通貨でも相場の変動の分だけをドルで受け払いできます。
注
-
U.S. Department of the Treasury「Determination of Foreign Exchange Swaps and Foreign Exchange Forwards Under the Commodity Exchange Act」(2012 年 11 月 20 日)の 69703 ページ。 ↩
-
日本銀行「アジアにおける外為市場の近年の特徴点について」(日銀レビュー、2020 年 7 月)の脚注 7(6 ページ)。 ↩ ↩2
-
式は、米国財務省の決定(69703 ページ)の差額の決め方と、インド・ルピーの雛形の項目(注 2)から、このページで組み立てたものです。 ↩
-
EMTA, Inc.「FX and Currency Derivatives Documentation」の冒頭の "History" の段落と、"USER'S GUIDES AND GUIDANCE NOTES"、"MULTILATERAL AMENDMENTS AND DOCUMENTATION PROTOCOLS" の一覧。 ↩ ↩2 ↩3
-
Singapore Foreign Exchange Market Committee のサイトの冒頭。 ↩
-
Foreign Exchange Committee「SFEMC, EMTA & FXC Template Terms for IDR/USD Non-Deliverable FX Transactions」(2014 年 3 月 4 日の最終案)の General Terms と注 3。FXC の名前は、米国財務省の決定の注 30(69697 ページ)の表記によります。 ↩ ↩2
-
EMTA, Inc.「SFEMC & EMTA Template Terms for INR / USD Non-Deliverable FX Forward Transactions」(2018 年 7 月 10 日発効)の General Terms、Other Terms と注 2、3。 ↩ ↩2
-
日本銀行「アジアにおける外為市場の近年の特徴点について」(日銀レビュー、2020 年 7 月)の 3 ページと図表 6。 ↩
-
Federal Reserve Bank of New York「The Foreign Exchange and Interest Rate Derivatives Markets: Turnover in the United States, April 2025」の冒頭(PDF の 2 ページ目)と Annex I(12 ページ目)。 ↩
-
LCH Limited「ForexClear overview」(2024 年 4 月)の "ForexClear at a glance"、"Top 5 FX non-deliverable currency pairs"、"Why should you clear?"。 ↩ ↩2
-
同じ決定(2012 年 11 月 20 日)の "I. Summary of Final Determination"(69694 ページ)。 ↩
-
同じ決定の "SUPPLEMENTARY INFORMATION"(69694 ページ)、"I. Summary of Final Determination"(69695 ページ)、"C. Implications of Determination; Treatment of NDFs"(69703〜69704 ページ)。 ↩