TARF は投資家に販売される為替のデリバティブで、売り手(発行者)は買い手と反対の側の義務を持ちます。為替予約を観測日ごとに連ねた仕組みで、以下はドルを買う側(円安が有利な側)の立場で書きます。

各回の受け払いの式

TARF は、観測日ごとに 1 回の為替予約を持つ取引です。観測日の直物相場が行使価格より有利な側にあれば、買い手はその差を受け取ります。不利な側にあれば、差に定数 α を掛けた額を払います。α は 1 か 2 のことが多く、観測日は 20〜60 回が典型です1。

ここでは、有利な側と不利な側の境目を行使価格 XX にそろえた形で書きます。観測日 kk の直物相場を SkS_k とすると、買い手の 1 通貨あたりの受け払い ckc_k は次のとおりです。

ck={Sk−X(Sk>X)α (Sk−X)(Sk≤X)c_k = \begin{cases} S_k - X & (S_k > X) \\ \alpha\,(S_k - X) & (S_k \le X) \end{cases}

Sk>XS_k > X のときの ckc_k は買い手の受け取り、Sk≤XS_k \le X のときは負の値で、買い手の払いです。α を 2 にすると、不利な側では同じ差に対する払いが 2 倍になります。これは、不利な側で受け渡す額を 2 倍にするのと同じ結果です。

資料の定義は、この形に 2 つの条件を足しています。1 つは、有利な側と不利な側の間に、受け払いが 0 になる幅を置く形です。もう 1 つは、直物相場が行使価格より高い水準 bb に届くと、その回の受け取りもなしに、残りの予約がすべて消える形です1。後者は、バリア・オプションのノックアウトにあたる条件です。

目標の数え方とノックアウトの 3 つの型

TARF は、利益の累計が目標 UU に届くか超えると終わります。ここでは、不利な側の払いを累計から引かない数え方で書きます。資料には引く形もあります(次の段落)。1 通貨あたりの累計 AkA_k は、前の回までの累計に、その回の有利な差を足したものです。

Ak=Ak−1+max⁡(Sk−X, 0)A_k = A_{k-1} + \max(S_k - X,\ 0)

Chakrabarti らの例(週ごとに 52 回の TARF)は、不利な側の払いも累計に足し込み、損失の分だけ累計が目標から遠ざかります1。Luo と Shevchenko の論文が扱う形は、有利な側の受け取りだけを足し、不利な側の払いを持ちません2。累計が何を数えるかは契約の条件で決まります。

目標を超える回が来たとき、その回の受け取りの扱いを決めるのが次の 3 つの型です。英語では full gain、no gain、part gain と呼ばれます2。ここでは受け取りの扱いだけを比べます。

この論文が扱うのは、TARF そのものではなく TARN(Target Accumulation Redemption Note)です。TARN は、累計に課した目標で早期に終わる可能性がある、上限付きの受け払いの合計を持つ商品です3。受け払いの形が TARF に近いため、ここでは 3 つの型の比べに使います。

型 目標を超える回の受け取り 累計
全額を認める(full gain) その回の差の全額 目標を超えうる
認めない(no gain) 0 目標に届かない
届く分だけ認める(part gain) 目標にちょうど届く分(目標 − 前の回までの累計) 目標に等しい

3 つの型で、同じ相場の動きでも買い手の受け取りが変わります。次の節の例で、数値を並べます。

L 社の例で見る 3 つの型と損失

毎月 5 万ドルの輸入代金を払う L 社が、次の TARF を結ぶ架空の例で考えます。

項目 内容
買う通貨 ドル(1 ドル = 150 円で買う)
観測日 毎月 1 回、6 回
1 回の額 有利な側は 5 万ドル、不利な側は 10 万ドル(α = 2)
目標 1 ドルあたり 8 円(有利な差の累計)
数え方 有利な回の差だけを足す

受け取りは、直物で買うのと比べた差で測ります。

円安が進む場合は、取引が早く終わります。全額を認める型で、直物相場が 1 回目に 154 円、2 回目に 155 円だったとします。

回 直物相場(円) 有利な差(円) 認められる差(円) 累計(円)
1 154 4 4 4
2 155 5 5 9

2 回目で累計が目標の 8 円を超えるため、取引は終わり、3〜6 回目の予約は消えます。L 社の受け取りは、(4 + 5) × 5 万ドル = 45 万円です。3〜6 回目の代金のドルは、その日の直物相場で買います。

目標を超えるのが最後の回のときは、型の違いが数値に出ます。直物相場が 1〜6 回目に 151 円、152 円、151 円、151 円、150 円、156 円だったとします。

回と型 直物相場(円) 有利な差(円) 認められる差(円) 累計(円)
1 151 1 1 1
2 152 2 2 3
3 151 1 1 4
4 151 1 1 5
5 150 0 0 5
6、全額を認める型 156 6 6 11
6、認めない型 156 6 0 5
6、届く分だけ認める型 156 6 3 8

5 回目までの累計は 5 円で、目標の 8 円まで 3 円あります。6 回目に有利な差が 6 円あるため、全額を認める型は 6 円、認めない型は 0、届く分だけ認める型は 3 円を認めます。L 社の受け取りは、全額を認める型が 11 円 × 5 万ドル = 55 万円、認めない型が 5 円 × 5 万ドル = 25 万円、届く分だけ認める型が 8 円 × 5 万ドル = 40 万円です。有利な側の受け取りは、届く分だけ認める型で、目標 8 円 × 5 万ドル = 40 万円が上限になります。

円高が進む場合は、累計が増えず、取引は 6 回とも続きます。直物相場が 1〜6 回目に 147 円、144 円、142 円、146 円、148 円、145 円だったとします。L 社は、毎回 10 万ドルを 150 円で買います。直物で買うのと比べた差は、差額(円)に 10 万ドルを掛けた額です。

↑ 有利な差 ↓ 不利な差直物で買うのと比べた L 社の差額(受け払いではない)1 回目2 回目3 回目4 回目5 回目6 回目−30 万円不利な差−60 万円不利な差−80 万円不利な差−40 万円不利な差−20 万円不利な差−50 万円不利な差
図 1円高が続いたときの L 社の差額
図の説明

L 社は、1 回目に 30 万円、2 回目に 60 万円、3 回目に 80 万円、4 回目に 40 万円、5 回目に 20 万円、6 回目に 50 万円の差額を負い、合計は 280 万円です。差額は、150 円と直物相場の差に 10 万ドルを掛けた額で、実際の受け払いの額ではありません。図の凡例は「↑ 有利な差 ↓ 不利な差」で、下向きの矢印は支払ではなく、直物で買う場合と比べた不利な差です。矢印の長さは金額の大きさの目安です。

6 回の合計の差額は −280 万円です。毎回 10 万ドルを 150 円で買った代金は、同じ 10 万ドルを直物で買う場合より、合計 280 万円多くなります。うち 5 万ドルは毎月の必要量を超える分で、その分のドルは L 社が持ちます。円安の例の得は 45 万円や 55 万円で止まる一方、円高の例の差額は、円高が進むほど広がります。

損失の形

TARF の損失は、相場が不利な側にある間、観測日ごとに続きます。決めた相場で売買する義務が残るためです。不利な側の差に比例して広がり、上限がありません。前の節の例では、不利な回の差は 2 円から 8 円で、10 万ドルを掛けた差額は −20 万円から −80 万円でした。観測日が 20〜60 回なら、不利な側が続くほど、合計はこれより大きくなります。

香港の証券先物委員会(SFC)は、投資家向けに販売された為替の TARF の条項がアキュムレーターやデキュムレーターに似ており、投資家の損失に上限がないことを指摘しました4。受け渡す額を変える条件(レバレッジ)で損失が大きく膨らむことも、同じ資料が挙げています4。中小企業向けの販売で起きた問題は為替エキゾチックの全体像で扱います。

評価では累計を状態として持つ

TARF の受け払いは、その日の相場と、前の回までの累計の両方で決まります。そのため、評価では累計を状態の変数として持ち、観測日ごとに更新します。経路依存型のオプションの一種です3。

価格は、リスク中立の確率過程のもとでの、割り引いた受け払いの期待値です。Luo と Shevchenko の数値実験では、為替レートが対数正規に従う、ボラティリティが一定のモデルを使っています。この場合、モンテカルロ法は観測日の相場だけを発生させればよくなります5。ボラティリティが相場にも依存するローカル・ボラティリティのモデルでは、観測日の間も発生させる必要があり、計算量が増えます6。Maran らは、確率的ローカル・ボラティリティのモデルで TARF を評価しています7。

数値の解き方は、モンテカルロ法と偏微分方程式の 2 つがあります。TARF のような経路依存の商品では、通常はモンテカルロ法を使います8。Luo と Shevchenko は、偏微分方程式を有限差分法で解く方法を示しました。ある設定(観測日 20 回、行使価格 1.0、ボラティリティ 20%)の 12 通りの例では、同じ計算時間でモンテカルロ法の標準誤差が約 0.1%、有限差分法の相対誤差が約 0.02% でした6。この比べ方は 1 つの論文の設定の結果で、すべての TARF にあてはまるとは限りません。式で閉じた解が求まるのは、観測日が 1 回のときと、目標が非常に大きいときに限られます6。

深掘り累計を格子で追う偏微分方程式の解き方

Luo と Shevchenko の形(有利な回の受け取りだけを足す TARN)では、累計を観測日にしか見ないため、観測日の間は通常のオプションと同じ偏微分方程式が成り立ちます。ここで V(S,t,A)V(S, t, A) は、相場 SS、累計 AA の時点 tt での価値、σ\sigma はボラティリティ、rdr_d は円の金利、rfr_f はドルの金利です9。

∂V∂t+12σ2S2∂2V∂S2+(rd−rf) S ∂V∂S−rdV=0\frac{\partial V}{\partial t} + \frac{1}{2}\sigma^2 S^2 \frac{\partial^2 V}{\partial S^2} + (r_d - r_f)\, S\, \frac{\partial V}{\partial S} - r_d V = 0

観測日 tkt_k では、累計が受け取りの分だけ跳びます。受け取りを CkC_k とすると、価値は次の関係を満たします9。

V(S,tk−,A)=V(S,tk,A+Ck)+CkV(S, t_k^-, A) = V(S, t_k, A + C_k) + C_k

累計を 0 から目標 UU までの格子 A1,…,AJA_1, \dots, A_J で追い、格子点ごとに 1 次元の解を持ちます。観測日で累計が格子点から外れるため、跳んだ後の値は 3 次のスプラインで補間します。跳びを時間の向きに素直に適用すると、累計が目標を超える場合を表せません。そのため、資料は跳びの向きを入れ替えて、格子点から跳んだ先の値を引く形にしています9。

ヘッジでは感応度の不連続が問題になる

TARF の売り手は、買い手と反対の側の義務を持つため、その持ち高は、感応度を見て組み直す対象になります。デリバティブのトレーダーは、デルタやガンマなどの感応度を毎日使い、持ち高を組み直します10。

TARF のデルタとガンマは、ノックアウトなどの水準の付近で不連続になります。Maran らは、ユーロドルの TARF(週ごとに受け取りが決まり、ノックアウトとノックインの水準がある形)の例で、2 つの水準の付近に特異点が出ることを示しています7。ガンマをモンテカルロ法と有限差分で求めると、相場を少しずらす幅(バンプ)を小さくして近似の偏りを減らすほど、モンテカルロ法の推定のばらつきが増えます。二次の感応度でこの問題が大きく、信頼できる値を得るには、多くの経路が要ります10。

注

  1. Shouvanik Chakrabarti ほか "A Threshold for Quantum Advantage in Derivative Pricing"(Quantum、2021 年)の付録 A.5 "Target Accrual Redemption Forwards"(25 ページ)。式 (54) が各回の受け払い、累計の数え方は Algorithm A.2 です。 ↩ ↩2 ↩3

  2. Xiaolin Luo、Pavel V. Shevchenko "Pricing TARN Using a Finite Difference Method"(2013 年)の 2 章(3〜4 ページ)。式 (1)〜(5) が受け取りと累計、3 つの型(full gain、no gain、part gain)の定義です。この論文は TARN の 1 つの形を扱い、不利な側の払いを持ちません。 ↩ ↩2

  3. Luo と Shevchenko の 1 章(2 ページ)。TARN は、累計に課した目標で早期に終わる可能性がある、上限付きの受け払いの合計で、観測日の受け払いは相場と累計の両方に依存します。 ↩ ↩2

  4. Securities and Futures Commission "Findings of concurrent SFC-HKMA thematic review of the distribution of non-exchange traded investment products"の通達 24EC21 の Annex 1、4 ページの (ii) と脚注 3。 ↩ ↩2

  5. Luo と Shevchenko の 3 章(4〜5 ページ)の式 (7) と、5 章(13 ページ)の説明。定数のボラティリティや時間で変わるボラティリティでは、観測日の間の遷移が対数正規で閉じた形になるため、モンテカルロ法は観測日だけでよいとしています。 ↩

  6. Luo と Shevchenko の 5 章(13〜15 ページ)の Table 1 と本文。12 通りの例の設定と誤差は Table 1、閉じた解の条件は 14 ページです。 ↩ ↩2 ↩3

  7. Andrea Maran ほか "Chebyshev Greeks: Smoothing Gamma without Bias"(2021 年)の 3 章と 3.1 節(7〜9 ページ)と Figure 1(9 ページ)。TARF は確率的ローカル・ボラティリティのモデルで評価し、特異点は 1.135 と 1.19 のスポット水準(ノックアウトとノックインの水準)に出るとしています。 ↩ ↩2

  8. Chakrabarti ほかの 3.1 節(6 ページ)。オートコーラブルと TARF のような経路依存のデリバティブは、通常はモンテカルロ法か準モンテカルロ法で価格付けするとしています。 ↩

  9. Luo と Shevchenko の 4 章(5〜10 ページ)の式 (8)〜(12)。累計の格子 A1,…,AJA_1, \dots, A_J と 3 次スプライン補間、跳びの向きの入れ替えは 4.1 節と 4.2 節を参照。 ↩ ↩2 ↩3

  10. Maran らの 1 章(3 ページ)。グリークスはデリバティブのトレーダーが持ち高を市場の動きに備えるのに毎日使うこと、有限差分とモンテカルロ法を組み合わせると、特に二次のグリークスで、バンプとばらつきのトレードオフが生じ、ヘッジ比率の信頼性を損ないうることを書いています。 ↩ ↩2 ↩3