輸入や輸出で将来の外貨の受け払いが決まっている企業は、為替予約のほかに、権利を買う形の通貨オプションでも為替リスクに備えます。通貨オプションを企業に売った銀行は、売ったオプションの為替変動リスクを、直物の為替取引でヘッジする場面があります。
ドル・コールと円・プットは同じ権利
通貨オプションでは、2 つの通貨のどちらから見るかで、同じ権利に 2 つの呼び方があります。円を払って米ドルを買う権利は、ドルを買うコール・オプションであり、同時に円を売るプット・オプションでもあります。そのため、この権利を「ドル・コール(円・プット)」と呼びます。反対に、ドルを渡して円を受け取る権利は「ドル・プット(円・コール)」です1。ドル円(1 ドルあたりの円で表す相場)のオプションでは、ドルを先に書いて呼びます。
オプションの一般の仕組み(コールとプット、買いと売り)はオプションの基本(コールとプット)で扱います。通貨オプションに固有なのは、原資産が外国通貨で、売買の代金も別の通貨で払う点です。ドル・コールの買い手が権利を行使すると、行使価格で計算した円を払い、ドルを受け取ります。将来ドルを払う予定のある輸入企業は、ドル・コールを買って円安に備えられます。輸出企業のように将来ドルを受け取る予定があれば、ドル・プットを買って円高に備えられます。
プレミアムの求め方と払う通貨
通貨オプションのプレミアムは、外国通貨 1 単位あたりの自国通貨の額で求め、それに元本の額を掛けて総額にします2。元本は、買い手が行使したときに売買する外国通貨の額で、ドル・コールならドルの額です。プレミアムは 1 ドルあたりの円で表します。元本 100 万ドルのドル・コールのプレミアムが 1 ドルあたり 2.67 円の架空の例で考えます。総額は 2.67 円 × 100 万 = 267 万円です。
買い手は、このプレミアムを契約のときに売り手に払います3。払う通貨は、円(自国通貨)のこともドル(外国通貨)のこともあり、通貨の組によっては外国通貨で払うのが普通のこともあります。株式のオプションの代金を株式で払うことはないため、これは通貨オプションに固有の点です4。
輸入企業がドル・コールを買う例
ドル・コールを買った輸入企業は、円安になっても、ドルの買値を「行使価格 + プレミアム」までに抑えられます5。
6 か月後に輸入の代金 100 万ドルを払う予定の輸入企業 H 社が、ドル・コールを買う架空の例で考えます。今の直物相場は 1 ドル 140 円で、円の金利は 0.5%、ドルの金利は 4.5% とします。H 社は銀行から、行使価格 140 円、満期 6 か月、元本 100 万ドルのヨーロピアン・オプション(満期の日にだけ行使できるオプション)のドル・コールを、プレミアム 1 ドルあたり 2.67 円(総額 267 万円)で買います。満期の直物相場が 140 円より円安なら、H 社は権利を行使して 140 円でドルを買います。140 円以下なら権利を放棄し、その日の直物相場でドルを買います。
図の説明
行使価格 140 円のドル・コールを、プレミアム 1 ドルあたり 2.67 円で買ったときの、1 ドルあたりの満期の損益です。横軸は満期の直物相場、縦軸はプレミアムを含めた損益です。直物相場が 140 円以下なら行使せず、損益は −2.67 円で一定です。140 円を超えると、1 円の円安ごとに損益が 1 円増え、142.67 円で 0(損益分岐点)、150 円で 7.33 円の利益になります。損失はプレミアムの 2.67 円までで、円安が進むほど利益は増えます。
オプションだけを見ると、円高のときにプレミアムの分の損が出ます。ただし、H 社にとって大事なのはドルの買い入れと合わせた支払いです。次の表は、満期の直物相場ごとに、100 万ドルを買うのに払う円の額を、ヘッジをしないとき、為替予約を結んだとき、ドル・コールを買ったときで比べたものです。為替予約の予約相場は、直物相場 140 円と、円の金利 0.5%、ドルの金利 4.5% から求めた先物相場の 137.23 円とします6。ドル・コールの列には、払ったプレミアム 267 万円を足しています7。
| 満期の直物相場(円/1 ドル) | ヘッジなし(万円) | 為替予約(万円) | ドル・コールの買い(万円) |
|---|---|---|---|
| 130 | 13,000 | 13,723 | 13,267 |
| 135 | 13,500 | 13,723 | 13,767 |
| 140 | 14,000 | 13,723 | 14,267 |
| 150 | 15,000 | 13,723 | 14,267 |
円安の 150 円になると、ヘッジをしなければ 1 億 5,000 万円を払いますが、ドル・コールを行使すれば 1 億 4,267 万円で済みます。円高の 130 円になると、H 社は権利を放棄して 1 億 3,000 万円でドルを買い、プレミアムを足しても 1 億 3,267 万円です。この場合、為替予約の 1 億 3,723 万円より 456 万円少なくなります。一方で、行使しない 140 円以下の範囲では、ドル・コールの支払いはヘッジなしよりプレミアムの 267 万円だけ多くなります。為替予約と比べると、満期の直物相場が 134.56 円(137.23 − 2.67)より円高ならドル・コールの支払いが少なく、それより円安なら為替予約の支払いが少なくなります。
プレミアムが何で決まるか
プレミアムの水準は、直物相場、行使価格、満期までの期間、金利、ボラティリティ(相場の変動の大きさ)で決まります8。通貨オプションでは、金利が円とドルの 2 つあります。プレミアムの理論上の値は、この 5 つの条件を入れてオプションの評価の式で計算します。式は下の深掘りにあります。
H 社の例の 2.67 円は、直物相場 140 円、行使価格 140 円、満期 0.5 年、円の金利 0.5%、ドルの金利 4.5%、ボラティリティ 10% で計算した値です9。ほかの条件を変えずに 1 つだけ動かすと、プレミアムは次のように変わります。
| 変えた条件 | 変えた値 | プレミアム(円/1 ドル) |
|---|---|---|
| なし(H 社の例) | − | 2.67 |
| ボラティリティ | 5% | 0.87 |
| ボラティリティ | 15% | 4.57 |
| 直物相場 | 135 円 | 1.16 |
| 直物相場 | 145 円 | 5.12 |
| ドルの金利 | 0.5% | 3.94 |
ボラティリティが大きいほど、また直物相場が円安なほど、プレミアムは高くなります。ドルの金利を円と同じ 0.5% に下げると、プレミアムは 3.94 円に上がります。ドルの金利が円の金利より高いと、先物相場は直物相場より円高になります10。H 社の例の先物相場 137.23 円は行使価格 140 円より円高で、その分、円安のときに得をするドル・コールのプレミアムは安くなっています。
深掘りガーマン・コールハーゲン・モデルの式
通貨オプションのプレミアムは、株式のオプションのブラック・ショールズの式で、金利に円(自国通貨)の金利を、配当利回りの位置にドル(外国通貨)の金利を入れて求められます11。外国通貨が株式の役割をし、外国通貨の金利が配当利回りの役割をするためです。この式を使うモデルを、ガーマン・コールハーゲン・モデルといいます12。
直物相場を (1 ドルあたりの円)、行使価格を 、満期までの年数を 、円の金利を 、ドルの金利を (どちらも連続複利)、ボラティリティを とすると、ドル・コールのプレミアム (1 ドルあたりの円)は次の式で求めます11。
は標準正規分布の累積分布関数です。配当利回りのある株式のブラック・ショールズの式の配当利回り を に、金利 を に置き換えた形です。H 社の例(、、、、)では、、、、 です。、 から、第 1 項は 55.0642 円、第 2 項は 52.3923 円で、差の 2.6719 円がプレミアムです。
- コールの価格
- 満期の本質的価値
- コールの価格
- 2.67
- 同じ条件のプットの価格(パリティ)
- 5.44
- デルタ
- 0.3933
- ガンマ
- 0.0382
- ベガ(ボラティリティ 1% あたり)
- 0.3745
- セータ(1 日あたり)
- −0.0042
- ロー(金利 1% あたり)
- 0.2620
- 市場価格 3.00 のインプライド・ボラティリティ
- 10.87%
単純化している点
- ボラティリティと金利は満期まで一定で、原資産の価格は対数正規分布に従うとしています(ブラック・ショールズの前提)。
- 満期にだけ行使できるヨーロピアン・オプションです。金利と利回りは連続複利です。
- セータは 1 年を 365 日として 1 日あたりに直しています。
- 為替は、配当利回りの位置に外国通貨の金利を入れた式(ガーマン・コールハーゲン)で計算します。価格は外国通貨 1 単位あたりの自国通貨の額です。
このシミュレーターは学習のために単純化した計算で、実際の取引の評価やリスク管理には使えません。(免責事項)
シミュレーターの説明
原資産を為替にし、初期値には H 社の例と同じ条件を入れています。横軸の直物相場を動かすと、円安ほどプレミアムが高くなることを確かめられます。ボラティリティや外国通貨(ドル)の金利も動かして、プレミアムの変化を比べられます。画面の「デルタ」は、直物相場が少し動いたときに、プレミアムがどれだけ動くかを表す値です。「インプライド・ボラティリティ」は、プレミアムが「市場価格」の欄の値に一致するボラティリティで、欄の値を変えて確かめられます。
為替予約との違い
為替予約が義務で、プレミアムがかからないのに対し、ドル・コールの買いは権利で、契約のときにプレミアムを払います13。両者の違いを表にした比べは為替予約で扱います。
売り手のリスクと市場での取引
通貨オプションの買い手が負う損失は、払ったプレミアムまでです。売り手は、買い手が行使したら応じる義務を負い、その対価としてプレミアムを受け取りますが、損失は理論上の上限がありません14。H 社の例で売り手の銀行から見ると、満期の直物相場が 150 円なら、1 ドルあたり 150 円の価値のドルを 140 円で渡すことになり、受け取ったプレミアム 2.67 円を差し引いても 7.33 円の損失です。
輸出入企業や投資家が通貨オプションを売買するとき、取引の相手は金融機関です。企業や投資家は、為替リスクを抑えるため、あるいは為替リスクを引き受けて収益を狙うために通貨オプションを使い、相手の金融機関は直物の為替取引でヘッジします15。
日本銀行の集計では、2025 年 4 月の日本の外国為替取引は 1 営業日平均で 4,402 億ドルで、そのうち通貨オプションは 124 億ドル(2.8%)でした16。
注
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日本貿易振興機構(ジェトロ)「外国為替取引における先物予約と通貨オプションの違い」(貿易・投資相談Q&A、最終更新 2025 年 7 月)の回答の「Ⅰ. 通貨オプション取引」。資料の「円プット・ドルコール・オプション」は、中黒で区切り、ドルを先に書くと「ドル・コール(円・プット)」と表せます。 ↩
-
Martin Haugh "Foreign Exchange, ADR's and Quanto-Securities"(Columbia University、2013 年)の 3 ページ、"Currency Options" の節。元本(notional)は買い手が売買する権利を持つ外国通貨の単位の数で、価値は N × C(X, t) です。 ↩
-
金融広報中央委員会「3-5 オプション取引活用の例」(やさしいデリバティブ)の「ヘッジング」の「通貨オプションの例」。資料の例は、3 か月後に円をドルに換える予定の人が、ドルを 120 円で買うコールを買っておき、円安なら行使し、円高なら権利を放棄して市場の相場でドルを買うものです。 ↩
-
為替予約の予約相場は、銀行のマージンを除き、直物相場 140 円に、円の金利 0.5% とドルの金利 4.5% の差の半年分を連続複利で反映させた先物相場(140 × e の −0.02 乗 = 137.2278 円)を小数第 2 位に丸めた値です。式は Haugh の 2 ページの式 (1) です。 ↩
-
ジェトロ「外国為替取引における先物予約と通貨オプションの違い」の「Ⅱ. 取引コスト・取引採算」。プレミアムの水準は「現在の市場価格、行使価格、期日までの期間、金利、ボラティリティ(予測変動率)などの要因によって決定されます」としています。 ↩
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金利は連続複利として計算しています(シミュレーターも同じ)。値は小数第 2 位に丸めています。計算の途中の値は、この節の深掘りにあります。 ↩
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Haugh の 2 ページの式 (1)。先物相場は直物相場に を掛けた値で、 が より高ければ直物相場より小さく(円高に)なります。 ↩
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Haugh の 1 ページ(外国通貨が「株式」の役割を、外国通貨の金利 が「配当利回り」の役割をする)と、3 ページの式 (3)。資料の記号 はこのページの 、 は に当たり、 をこのページでは と書いています。 ↩ ↩2
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OpenGamma "Digital Forex Options"(2012 年)の 2 節 "Pricing in Garman-Kohlhagen model"。ガーマン・コールハーゲン・モデルを、通貨ごとに 1 つの金利を持つ、外国為替市場に当てはめたブラック・ショールズ・モデルと説明しています。 ↩
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ジェトロ「外国為替取引における先物予約と通貨オプションの違い」の回答の冒頭と「Ⅰ. 通貨オプション取引」。 ↩
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ジェトロ「外国為替取引における先物予約と通貨オプションの違い」の「Ⅰ. 通貨オプション取引」(売り手の義務と、損失が「理論上無限大」になること)と「Ⅱ. 取引コスト・取引採算」(権利を放棄した買い手の損失は「支払ったプレミアムが限度」)。 ↩
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日本銀行金融市場局「通貨オプション取引の増加と市場取引への影響」(日銀レビュー、2007 年 11 月)の 1〜2 ページ「通貨オプションが為替取引に与える影響」と図表 2。 ↩
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日本銀行金融市場局「外国為替およびデリバティブに関する中央銀行サーベイ(2025年4月中 取引高調査)について:日本分集計結果」(2025 年 10 月 6 日)の 5 ページ、別添 1 の図表 1「取引相手先別、取引種類別取引高(1 営業日平均)」の「合計」の行。資料の単位は億米ドルで、シェアは資料の値です。 ↩