オプションの値付けの業務では、価格をインプライド・ボラティリティ(市場の価格に合わせて逆算したボラティリティ)で示すことがあります。ブラック・ショールズ・モデルは、この示し方の枠組みとして使われます1。
モデルの前提と求まるもの
ブラック・ショールズ・モデルは、5 つの入力からヨーロピアン・オプション(満期の日にだけ行使できるオプション)2の理論価格を 1 つの式で求めます。入力は、原資産の価格 、行使価格 、残存期間(満期までの期間)、無リスク金利 、ボラティリティ です3。無リスク金利は、信用リスクなどのない運用と調達の金利を指します4。5 つの入力のうち、ボラティリティだけは市場で直接には見えない値です5。
配当のない D 社の株式の架空の例で考えます。原資産の価格(株価)100、行使価格 100、残存期間 1 年、金利 1%、ボラティリティ 20% のコール・オプション(コール)の理論価格は 8.43 です。この値は、買い手が売り手に払うオプションの価格(プレミアム)の理論値にあたります6。
式が成り立つのは、次の前提を置いたときです7。
- 原資産の価格は幾何ブラウン運動に従います。短い期間の収益率は正規分布に従い、満期の価格は対数正規分布に従います。
- ボラティリティと無リスク金利は、満期まで一定です。
- 原資産を連続的に売買でき、空売りもでき、取引の費用はかかりません。
- 裁定取引で確実にもうける機会はありません。
- 原資産は配当を払いません。
幾何ブラウン運動は、価格の対数がブラウン運動に沿って動く確率過程です8。性質と対数正規分布との関係はランダムウォークとブラウン運動で扱います。
ブラック・ショールズの式は、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズが 1973 年に発表した論文で示されました。論文の題名は "The Pricing of Options and Corporate Liabilities"、掲載誌は Journal of Political Economy です9。同じ年にロバート・マートンも式を別の方法で導いて広げました。このためモデルは、ブラック・ショールズ・マートン・モデルとも呼ばれます910。
コールとプットの価格の式
コールの価格 は、原資産の価格に を掛けた値から、行使価格の現在価値に を掛けた値を引いて求めます11。金利 は連続複利で表し、 が残存期間 の割引係数、 が行使価格の現在価値です。
と は次の式で求めます。 は自然対数で、 は満期までの対数収益率の標準偏差にあたります。
は標準正規分布の累積分布関数で、 は平均 0、標準偏差 1 の正規分布から引いた値が を下回る確率です12。プット・オプション(プット)の価格 は、同じ と を使って次の式で求めます13。
はコールのデルタ(原資産の価格が少し動いたときのコールの価格の変化の比)で、コールと同じ価値の動きを作るのに持つ原資産の量でもあります14。式の 2 つの項を分けると、コールは「原資産 単位の買い」と「 の借入れ」を組み合わせたものとして読めます。コールとプットの価格はプット・コール・パリティの関係で結ばれ、一方の式から他方の式を導けます15。
計算例:D 社の株式のオプション
D 社の例(原資産の価格 100、行使価格 100、残存期間 1 年、金利 1%(連続複利)、ボラティリティ 20%、配当なし)で、式を順にたどると、コールは 8.43、プットは 7.44 になります16。
| 順 | 計算するもの | 値 |
|---|---|---|
| 1 | ( と が等しいため) | 0 |
| 2 | 0.03 | |
| 3 | 0.2 | |
| 4 | = (1 + 2)÷ 3 | 0.15 |
| 5 | = 4 − 3 | −0.05 |
| 6 | 0.55961769 | |
| 7 | 0.48006119 | |
| 8 | 割引係数 | 0.99004983 |
| 9 | 行使価格の現在価値 | 99.004983 |
| 10 | = 100 × 6 | 55.9618 |
| 11 | = 9 × 7 | 47.5285 |
| 12 | コールの価格 = 10 − 11 | 8.4333 |
プットは、 と を使います。行使価格の現在価値 99.004983 に 0.51993881 を掛けた 51.4765 から、原資産の価格 100 に 0.44038231 を掛けた 44.0382 を引くと、プットの価格は 7.4383 です。
コールとプットの差 0.9950(8.4333 − 7.4383)は、原資産の価格 100 から行使価格の現在価値 99.0050 を引いた値に等しくなります。配当のない原資産では、この関係は式によらずに成り立ちます。
入力による価格の変化
コールの価格は、原資産の価格、ボラティリティ、残存期間、金利が上がると高くなり、行使価格が上がると安くなります17。プットは、この例では原資産の価格と金利が上がると安くなり、ボラティリティが上がると高くなります。次の表は、D 社の例から入力を 1 つずつ変えたときの価格です18。
| 変えた入力 | コール | プット |
|---|---|---|
| なし(D 社の例) | 8.43 | 7.44 |
| 原資産の価格 90 | 3.86 | 12.87 |
| 原資産の価格 110 | 14.94 | 3.95 |
| ボラティリティ 10% | 4.49 | 3.49 |
| ボラティリティ 30% | 12.37 | 11.37 |
| 残存期間 0.5 年 | 5.88 | 5.38 |
| 残存期間 2 年 | 12.15 | 10.17 |
| 金利 3% | 9.41 | 6.46 |
表の残存期間の行のとおり、この例ではプットも残存期間が長いほど高くなりますが、ヨーロピアン・プットの価格は、残存期間が長いほど高くなるとは限りません19。
原資産の価格を横軸にして、同じ例のコールとプットの価格を描くと、図 1 のようになります。
図の説明
D 社の例(行使価格 100、残存期間 1 年、金利 1%、ボラティリティ 20%)のコールとプットの価格を、原資産の価格 70 から 130 まで描いた図です。コールは右上がり、プットは右下がりで、両端の値はコールが 70 で 0.28、130 で 31.90、プットが 70 で 29.28、130 で 0.90 です。2 本の曲線は、原資産の価格が行使価格の現在価値 99.00 のところで交わり、それより上ではコールがプットより高くなります。図の縦線は行使価格 100 で、交点はそれより少し左にあります。原資産の価格が動くと、コールとプットの価格は反対の向きに動くことを示します。
原資産の価格が 100 のとき、コールの本質的価値(今行使したときの受け取り)20は 0 で、価格 8.43 はすべて時間的価値です。原資産の価格が 110 なら本質的価値は 10 で、時間的価値は 4.94(14.94 − 10)に、90 なら本質的価値は 0 で、時間的価値は 3.86 に下がります。入力が少し動いたときの価格の変化の比をグリークスといい、デルタやベガがあります。
- コールの価格
- 満期の本質的価値
- コールの価格
- 8.43
- 同じ条件のプットの価格(パリティ)
- 7.44
- デルタ
- 0.5596
- ガンマ
- 0.0197
- ベガ(ボラティリティ 1% あたり)
- 0.3945
- セータ(1 日あたり)
- −0.0121
- ロー(金利 1% あたり)
- 0.4753
- 市場価格 10.00 のインプライド・ボラティリティ
- 23.97%
単純化している点
- ボラティリティと金利は満期まで一定で、原資産の価格は対数正規分布に従うとしています(ブラック・ショールズの前提)。
- 満期にだけ行使できるヨーロピアン・オプションです。金利と利回りは連続複利です。
- セータは 1 年を 365 日として 1 日あたりに直しています。
- 配当は、原資産の価格に対する一定の利回りで連続的に払われるものとして扱います(ブラック・ショールズ・マートン)。
このシミュレーターは学習のために単純化した計算で、実際の取引の評価やリスク管理には使えません。(免責事項)
シミュレーターの説明
原資産の価格、行使価格、残存期間、ボラティリティ、金利、配当利回りを動かすと、オプションの価格とグリークスが変わります。初期値は D 社の例と同じコールです。グラフの横軸は原資産の価格、ボラティリティ、残存期間から選べ、縦軸は価格かグリークスのどれかを選べます。横軸が原資産の価格のとき、コールの価格の曲線は満期の受け取り(本質的価値)の線より上にあり、2 つの差が時間的価値です。市場価格の欄に値を入れると、その価格に合うボラティリティが出ます。
配当利回りと為替への当てはめ
原資産が一定の配当利回り (連続複利)で配当を払うときは、原資産の価格に を掛け、 の金利を に置き換えます21。
は配当のないときと同じく で、プットは です13。D 社の例で配当利回りを 2% にすると、、 になり、コールは 8.43 から 7.36 に下がり、プットは 7.44 から 8.35 に上がります22。原資産が配当を払う分だけ、先渡価格が低くなるためです。
この形を、原資産の先渡価格 で書き直すと、コールの価格は になります。原資産の今の価格は、先渡価格を通してだけ価格に効きます。先渡価格で表した式は、ブラック・モデルの式と呼ばれます23。ブラック・ショールズ・モデルは通貨オプションにも当てはめられ1、外国通貨の金利を配当利回りの位置に入れた式になります。
複製から式を導く考え方
ブラック・ショールズの式は、原資産と無リスクの運用・調達を組み合わせ、その割合を絶えず組み替えてオプションと同じ価値の動きを作る(複製する)考え方から導かれます25。組み合わせの中の原資産の量を、コールの価格の原資産の価格に対する傾き(デルタ)に合わせると、短い時間の中では原資産の値動きによる損益が打ち消し合います。原資産の価格と時間が動くと傾きも変わるため、組み合わせは絶えず組み替える必要があります26。複製の考え方は無裁定と複製で扱います。
こうして導いた式には、原資産の期待収益率(投資家が見込む値上がりの速さ)が入りません27。期待収益率が無リスク金利に等しいと置いても同じ式になるため、この評価の方法はリスク中立評価と呼ばれます。また、ブラック・ショールズの式は、二項モデルの 1 段の間隔を限りなく短くした極限としても得られます28。
深掘りブラック・ショールズの偏微分方程式
前提と市場の違い
ブラック・ショールズ・モデルの前提は、実際の市場とはいくつかの点で違います。そのため、ボラティリティを 1 つの値にした式では、行使価格や満期の違う市場の価格をまとめて説明できません。
1 つ目は、価格の動き方です。実際の株価や為替相場はときに大きく飛び、収益率の分布は正規分布より裾が厚くなります29。日本銀行金融研究所の論文は、円ドル相場(1998 年 8 月〜1999 年 7 月)と日経平均株価(2000 年 10 月〜2001 年 9 月)の日次の収益率の尖度を示しています。尖度は円ドル相場が 12.01、日経平均株価が 4.93 で、どちらも正規分布の 3 より大きい値です30。
2 つ目は、ボラティリティが一定でないことです。モデルが正しければ、市場価格から逆算したボラティリティ(インプライド・ボラティリティ)は行使価格や満期によらず同じ値になるはずです。実際には、行使価格や満期によって違う値になり、その形も時間とともに変わります31。行使価格との関係をボラティリティ・スマイルといいます。
3 つ目は、複製の組み替えです。実際には連続的に組み替えられず、間をおいて組み替えるため、複製には誤差が残ります32。また、1973 年の式は、取引の費用や税、取引相手のデフォルトの可能性を考えない理想的な条件のもとで導かれています33。
4 つ目は、行使のスタイルです。式はヨーロピアン・オプションの価格で、途中で行使できるアメリカン・オプションの早期行使は、二項モデルのツリーで扱えます24。2013 年のコロンビア大学の講義資料によると、個別株のオプションはアメリカン・オプションが多く、アメリカン・オプションにはプット・コール・パリティが当てはまりません34。
こうした違いを取り込むため、価格の飛びを加えたジャンプ拡散モデル、ボラティリティが確率的に動くモデルなどが作られてきました1。それでも、モデルがよく当てはまらない商品を含め、価格をインプライド・ボラティリティで示すためにこの枠組みが使われています1。
注
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 8 節(17 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Martin Haugh "Forwards, Swaps, Futures and Options"(Columbia University、2016 年)の 4 節 Definition 2(11 ページ)。 ↩
-
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model"(Stony Brook University)の "The Black-Scholes-Merton Model"(2 枚目)。資料は配当利回りを加えた 6 つの入力を挙げています。 ↩
-
Martin Haugh "Forwards, Swaps, Futures and Options" の 4.2 節(12 ページ)と、小田信之「信用リスクを反映した金融商品のプライシング」(日本銀行金融研究所「金融研究」1999 年 3 月)の「(2)割引レート算定のためのリスクプレミアムの推定」(71 ページ)。 ↩
-
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model" の "Impact of Volatility"(12 枚目)。 ↩
-
Skiena "Lecture 12" の "Assumptions of the Model"(14 枚目)と "Risk Neutral Valuation"(15 枚目)。配当を払わない株式の前提は Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface"(Columbia University、2013 年)の 1 節(1 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節 式 (1)(1 ページ)と、2 節 満期の価格 の式(3 ページ)。 ↩
-
The Royal Swedish Academy of Sciences "The Prize in Economic Sciences 1997 - Press release" の本文と "Further reading"。論文は Black and Scholes(1973 年、81 巻 637〜654 ページ)と Merton(1973 年、4 巻 141〜183 ページ)。 ↩ ↩2
-
久田祥史「ジャンプ拡散過程を用いたオプション価格付けモデルについて」(日本銀行金融研究所「金融研究」、2003 年 6 月)の「1.はじめに」(52 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節 式 (9)(2 ページ)。資料は を 、残存期間を と書いています。本文は とし、資料の を と書いています。 ↩
-
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model" の "Formulae Details"(4 枚目)。 ↩
-
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model" の "The Pricing Formula"(3 枚目)と "Computing the Call and Put Price"(7 枚目)。資料は配当利回りを と書いています。配当のない式は とした形です。 ↩ ↩2
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節 式 (6)(2 ページ)と、4 節 デルタの式(8 ページ)。借入れの額は、コールの式から を引いた計算です。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節(2 ページ)と、4 節 式 (21)(7 ページ)。 ↩
-
src/lib/simulators/black-scholes.tsの関数で計算した値です。表の と割引係数は小数第 8 位、行使価格の現在価値は小数第 6 位、そのほかの金額は小数第 4 位に丸めています。表の値から計算し直しても、コールは 8.4333、プットは 7.4383 になります。 ↩ -
The Royal Swedish Academy of Sciences "The Prize in Economic Sciences 1997 - Press release"(1997 年 10 月 14 日)の "The Black-Scholes formula"。 ↩
-
src/lib/simulators/black-scholes.tsの関数で計算し、小数第 2 位に丸めた値です。 ↩ -
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model" の "Impact of Expiration Date"(11 枚目)。 ↩
-
Martin Haugh "Forwards, Swaps, Futures and Options" の 4 節(11 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 2 節 "Dividends" の式 (13)(3 ページ)。 ↩
-
です。価格は
src/lib/simulators/black-scholes.tsの関数で計算し、小数第 2 位に丸めた値です。 ↩ -
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 7 節 式 (31)(16〜17 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 7 節 "Dividends and Option Pricing"(17 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節 式 (1)〜(9)(1〜2 ページ)。 ↩ ↩2
-
The Royal Swedish Academy of Sciences "The Prize in Economic Sciences 1997 - Press release" の "The method"。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 1 節 式 (8) の後(2 ページ)。 ↩
-
Steven Skiena "Lecture 12: The Black-Scholes Model" の "Where Does the Black-Scholes Formula Come From?"(16 枚目)。 ↩
-
久田祥史「ジャンプ拡散過程を用いたオプション価格付けモデルについて」の「2.ブラック=ショールズ・モデルが捉え切れない市場の特徴」(53〜54 ページ)と、Skiena "Lecture 12" の "Limitations of the Black-Scholes Model"(21 枚目)。 ↩
-
久田祥史「ジャンプ拡散過程を用いたオプション価格付けモデルについて」の図表 2(54 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 3 節(4 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 5 節(12 ページ)。 ↩
-
小田信之「信用リスクを反映した金融商品のプライシング」の「3.」の「(1)プライシング理論の枠組み」(77 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 3 節(5 ページ)。 ↩
-
Martin Haugh "Black-Scholes and the Volatility Surface" の 3 節 "Arbitrage Constraints on the Volatility Surface"(5 ページ)。 ↩