取引の相手と当初証拠金の額を突き合わせる担当者、モデルを検証するリスク管理の担当者、計算のシステムを運用する担当者は、SIMM の計算の仕組みを使います。
当初証拠金を計算する 2 つの方法
店頭デリバティブのうち、清算機関を通さない取引(非清算店頭デリバティブ取引)では、規制の対象になる金融機関どうしが当初証拠金をやり取りします。
日本では、当初証拠金の額のもとになる潜在的損失等見積額の求め方を、金融商品取引業等に関する内閣府令の第 123 条に基づく金融庁の告示が定めています1。告示が認める方法は、定量的計算モデルを用いる方法と、標準表を用いる方法の 2 つです。モデルを使う金融商品取引業者等は、あらかじめ金融庁長官に届け出ます。モデルで計算できない取引があれば、その取引は標準表で計算します1。
モデルには満たすべき基準があります。モデルは片側 99% の信頼区間を使い、保有期間(見積もりのために取引を持ち続けると仮定する期間)を 10 日以上にします。額は、時価を動かす主な要因で取引を 5 つの区分(信用、コモディティ、株式、為替と金利、その他)に分け、区分ごとに計算して合計します。区分の中ではリスクの相殺や分散の効果を勘案できますが、区分をまたいでは勘案できません2。計算に使う過去のデータは、1 年以上 5 年以内の期間で、ストレス期間と直近のデータを含み、少なくとも年に 1 回更新します3。金利の取引では、金利の期間を 6 つ以上に分けて扱います4。
米国の商品先物取引委員会(CFTC)の規則も、同じ組み立てです。対象の業者は、規則の基準を満たすモデルか、規則の表のどちらかで、当初証拠金を毎営業日計算します。日本の届出と違い、モデルを使うには、CFTC か登録先物協会の書面の承認が要ります5。
業界共通のモデルが作られた理由
証拠金規制は、当初証拠金の額を片側 99%、保有期間 10 日以上の VaR(損失がこの額を超える確率が 1% になる額)で求めるとしています2。ただし、VaR の計算方法の細部までは決めていません。
そこで業界団体の国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が、取引する金融機関の間で授受する額に合意できるよう、業界共通のモデルとして SIMM を 2016 年に公表しました6。
米国では 2016 年に、CFTC が各社の SIMM の使用を承認しました。銀行を監督する当局(prudential regulators)と全米先物協会(NFA)も、CFTC とともに承認しています7。承認は会社ごとで、SIMM を使う金融機関も、ほかのモデルと同じく規則の基準を満たしていることを示し続けます5。
SIMM は、取引の感応度から当初証拠金を求めます。考え方は、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)が定めたマーケット・リスクの所要自己資本の標準的方式と同じです8。取引ごとに市場のシナリオで時価を計算し直す方法と比べて、感応度の足し合わせだけで済むため、計算が簡単です9。
感応度を相関で足し合わせる
SIMM の計算は、感応度を求め、リスク・ウェイトを掛け、相関を使って足し合わせる、の 3 段です。ここでは、1 つの通貨の金利スワップで、割引と将来の金利の予想に 1 本のカーブを使う簡単な場合で説明します6。カーブを分けて使う考え方はマルチカーブで扱います。
まず、カーブを作るのに使うテナー(期間の区切り)ごとに、そのテナーのレートだけを 1bp 動かしたときの時価の変化を求めます。これがテナー の感応度 です。 は取引の時価、 はテナー のレートです。
次に、感応度にリスク・ウェイト を掛けて、加重感応度 にします。リスク・ウェイトは、そのテナーのリスクファクター(ここではレート)の VaR に当たる値です6。
最後に、テナー と の間の相関 を使って足し合わせ、当初証拠金 を求めます6。
相関がプラスのテナーどうしで加重感応度の符号が反対なら、2 つ目の和がマイナスになり、当初証拠金は小さくなります。実際の SIMM は、感応度をリスクの種類ごとにバケットに分けて集計します。金利では、まず通貨でバケットに分け、通貨の中をテナーとカーブで分けます。SIMM のパラメータは、リスクファクターの動きの大きさを表す標準偏差(上のリスク・ウェイトのもとになる値)と、バケットの中とバケットの間の相関の 2 種類です9。
オプションを含む取引では、デルタに当たる上の感応度に加えて、ボラティリティに対する感応度(ベガ)も計算します。さらに、原資産の価格が動いたときのデルタの変化を捉えるカーベチャーも計算します8。カーベチャーは 2 次の項(ガンマに当たる部分)で、SIMM はこれをベガの感応度から近似して求めます。そのため、オプションを含まない取引の組ではカーベチャーが出ません10。
深掘り平方根の式と正規分布の関係
計算例:反対向きの 2 つの金利スワップ
G 銀行と H 銀行が円の金利スワップを 2 つ結んでいる架空の例で考えます。スワップ A は想定元本 100 億円、残り 5 年で、G 銀行が固定金利を払います。スワップ B は想定元本 40 億円、残り 10 年で、G 銀行が固定金利を受け取ります。簡単にするため、A の感応度は 5 年のテナーだけに、B の感応度は 10 年のテナーだけに出るとします(実際には途中のテナーにも出ます)。
G 銀行から見ると、金利が上がると A の時価は上がり、B の時価は下がります。1bp あたりの感応度を、A は +500 万円、B は −400 万円とします。リスク・ウェイトは両方のテナーで 50bp、5 年と 10 年の相関は 0.8 とします。リスク・ウェイトと相関の値は計算の仕組みを示すためのもので、SIMM が定める値ではありません。
| 項目 | 5 年のテナー | 10 年のテナー |
|---|---|---|
| 感応度(1bp あたり、万円) | 500 | −400 |
| リスク・ウェイト(bp、架空) | 50 | 50 |
| 加重感応度(億円) | 2.5 | −2.0 |
加重感応度は、5 年が 50 × 500 万円 = 2.5 億円、10 年が 50 × (−400 万円) = −2.0 億円です。2 つを足し合わせると、当初証拠金は次のとおり 1.50 億円です11。
2 重の和は、 と を入れ替えた組を別に数えるため、相関の項は 2 倍になります。相関の値を変えると、同じ取引の組でも当初証拠金は次のように変わります。
| 取引の組 | 5 年と 10 年の相関(架空) | 当初証拠金(億円) |
|---|---|---|
| A だけ | − | 2.50 |
| A と B | 0 | 3.20 |
| A と B | 0.8 | 1.50 |
| A と B | 1 | 0.50 |
相関が 0.8 なら、B を加えると当初証拠金は A だけのときの 2.50 億円から 1.50 億円に下がります。相関が 0 なら、B は A の動きを打ち消さないため、3.20 億円に上がります。H 銀行から見ると感応度の符号がすべて反対になりますが、式の中では符号がそろって入れ替わるため、H 銀行が計算しても 1.50 億円です。同じモデルと同じパラメータを使えば、G 銀行が H 銀行から受け取る額と、H 銀行が G 銀行から受け取る額を、双方が同じ値で確かめられます。なお、米国の CFTC の規則は、自分が相手に差し入れる当初証拠金を、相手から受け取る額と差し引くことを認めていません12。
標準表との違い:相殺の効き方
標準表を用いる方法では、まず、取引の想定元本に、取引の種類と残存期間で決まる比率を掛けて合計します13。この額を、ここではグロスの当初証拠金と呼びます(告示の式ではグロスの IM)。比率は次のとおりです13。
| 取引の種類 | 残存期間 | 比率(想定元本に対する %) |
|---|---|---|
| 信用 | 2 年以下 | 2 |
| 信用 | 2 年超 5 年以下 | 5 |
| 信用 | 5 年超 | 10 |
| コモディティ | − | 15 |
| 株式 | − | 15 |
| 為替 | − | 6 |
| 金利 | 2 年以下 | 1 |
| 金利 | 2 年超 5 年以下 | 2 |
| 金利 | 5 年超 | 4 |
| その他 | − | 15 |
グロスの当初証拠金は、取引どうしの相殺を考えない額です。相殺は、ネット再構築コストとグロス再構築コストの比率(NGR)を通じてだけ反映します。ネット再構築コストは取引の時価の合計(マイナスなら 0)、グロス再構築コストは時価がプラスの取引の時価の合計で、NGR はネット再構築コストをグロス再構築コストで割った値です。グロス再構築コストが 0 のときは、NGR を 1 とします。当初証拠金は次の式で求めます13。
NGR は 0 から 1 の値をとるため、当初証拠金はグロスの当初証拠金の 4 割を下回りません。標準表は、自己資本比率規制で派生商品取引に使うカレント・エクスポージャー方式を踏まえた規定です14。米国の CFTC の規則も、NGR を使う同じ式を定めています。比率の表も、通貨スワップの比率を別に定めていることを除けば同じです15。
計算例の G 銀行の 2 つのスワップでは、グロスの当初証拠金は 100 億円 × 2% + 40 億円 × 4% = 3.6 億円です。約定した直後で 2 つの時価がどちらも 0 なら、グロス再構築コストが 0 なので NGR は 1 で、当初証拠金は 3.6 億円です。A と B のリスクが反対向きでも、この時点では相殺が効きません。
その後に金利が動き、G 銀行から見て A の時価が +1 億円、B の時価が −0.8 億円になったとします。ネット再構築コストは 0.2 億円、グロス再構築コストは 1 億円で、NGR は 0.2 です。G 銀行の側で計算した当初証拠金は、0.4 × 3.6 + 0.6 × 0.2 × 3.6 = 1.872 億円です。H 銀行から見ると、A の時価が −1 億円、B が +0.8 億円で、時価の合計がマイナスなのでネット再構築コストは 0、NGR は 0 です。H 銀行の側で計算した当初証拠金は 0.4 × 3.6 = 1.44 億円で、G 銀行の側の額と違います11。
標準表では、相殺の効き方が時価の大きさと、どちらの側から見るかで変わります。SIMM では、感応度の向きと相関で相殺が決まり、時価が 0 の取引でも、相関がプラスのテナーどうしなら反対向きの感応度が打ち消し合います。ただし、上の SIMM の例のリスク・ウェイトと相関は SIMM が定める値ではないため、1.50 億円と 3.6 億円の大小は比べられません。比べられるのは、相殺の効き方の違いです。
モデルの検証と見直し
モデルを使う金融商品取引業者等は、取引を行う部署から独立したモデル管理部署を置きます。モデル管理部署は、モデルの運営の方針と手続を文書にし、バックテストの手続と結果を記録します。バックテストでは、モデルで計算した額と、保有期間に当たる期間に実際に起きた時価の変動を比べて、モデルの正確性を確かめます。実際の変動の代わりに、取引の組を固定したときに起きたと想定される時価の変動と比べてもかまいません16。モデルの正確性は、開発した時点と、その後定期的に検証します。モデルへの重要な変更や市場の構造的な変化などで、モデルの正確性が失われるおそれが生じたときも検証し、結果に応じてモデルを見直します。計算の過程は、原則として年に 1 回以上、内部監査を受けます16。
金融庁が証拠金規制の案について行った意見募集では、SIMM を採用する場合も、自社でモデルを作る場合と同じ水準のバックテストの体制が要るかを問う意見がありました。金融庁は、モデルを用いる金融商品取引業者等がバックテストの態勢を整え、その在り方はモデルの特性に応じて個別に判断されると答えています17。モデルを使う金融商品取引業者等は、届出書に添付した書類の記載事項に重要な変更があれば、遅滞なく届け出ます18。金融庁は、その例として、新しいリスクファクターを加えて見積額が一定程度変わる場合を挙げています19。
米国の CFTC の規則では、モデルを少なくとも年に 1 回見直し、独立した検証を受けます。検証には、ほかのデータや方法による計算との比較(ベンチマーク)と、バックテストが入ります。承認されたモデルに大きな変更を加えるときは、60 日前に CFTC と登録先物協会に知らせます20。SIMM のパラメータは、2018 年 4 月の CFTC の職員の論文の時点で、年に 1 回見直されています21。
前提と限界
SIMM は、リスクファクターの動きを正規分布と仮定し、時価の変化を感応度で近似します。2018 年の CFTC の職員の論文は、2 つの清算機関が金利スワップに使う証拠金のモデルと SIMM を比べています。清算機関のモデルは、過去の実際の動きから損失の分布を作り、日々の値動きを分布に取り込みます。一方、SIMM のパラメータは、論文の時点(2018 年 4 月)では年に 1 回の見直しまで固定です。そのため論文は、市場全体でボラティリティが上がったとき、清算された取引と比べて SIMM の当初証拠金の増え方が小さくなりうると指摘しています21。
同じ論文の比較では、SIMM の保有期間(10 日)が、論文が比べた清算機関の保有期間(5 日)より長いのに、SIMM の額がいつも高くなったわけではありません。多くの通貨にまたがる取引の組では SIMM の額が清算機関の額と比べて相対的に小さく、1 つの通貨の取引の組では相対的に大きくなりました23。
論文は、2 つの結果に別々の理由を挙げていますが、どちらも推測として書いています。多くの通貨にまたがる組では、相関の扱いの違いが差を生んだ可能性があるとしています。ここでの違いは、SIMM が通貨の間の相関をどの通貨の組にも同じ固定の値で置くのに対し、清算機関のモデルは過去の実際の動きをそのまま使うことです。1 つの通貨の組では相関の違いは関係しません。論文は、この組の差は個々のリスクファクターの標準偏差から来ているとみています。SIMM の標準偏差は 10 日分の動きを表すため、ほかの条件が同じなら、5 日分の動きを使う清算機関のモデルより額が高くなります。保有期間の違いがこの差を生んだのだろう、というのが論文の見方です24。
金利の取引では、SIMM は大きな持ち高を処分する費用を、通貨ごとのネットのデルタが閾値を超えたときだけ上乗せします。そのため、ネットのデルタが同じなら、標準的な商品の組とエキゾチックな商品の組は同じ扱いになります。SIMM で計算した額は授受する最低限の額で、各社のリスク管理で上乗せすることがあります25。
注
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金融庁「金融商品取引業等に関する内閣府令第百二十三条第一項第二十一号の六イの規定に基づき、金融庁長官が定める潜在的損失等見積額を算出する方法を定める件」(平成 28 年金融庁告示第 15 号、2016 年 3 月 31 日。以下「告示」)の前文と第 1 条。第 1 条は内閣府令第 123 条第 1 項第 21 号の 11 イの方法を定め、適用は 2016 年 9 月 1 日からです。 ↩ ↩2
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同じ告示の第 3 条第 1 項(片側 99%、保有期間 10 日以上。残存期間が 10 日未満の取引は残存期間を保有期間とみなせる)、第 2 項(5 つの区分ごとに算出した額の合計)、第 3 項(区分の中での相殺、分散、ヘッジの効果)。 ↩ ↩2
-
同じ告示の第 4 条。過去の価格の変動を表すデータに掛目を掛けないことも定めています。 ↩
-
同じ告示の第 5 条第 2 項。 ↩
-
17 CFR 23.154(a)(1)、(a)(2)(毎営業日の計算、モデルか表)、(b)(1)(i)、(ii)(CFTC か登録先物協会の書面の承認、基準を満たすことを継続して示す)。 ↩ ↩2
-
斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』第 36 巻第 2 号、2017 年 4 月)の 111 ページ(2016 年の公表)と 4 節(1)(2)、121〜123 ページ。論文の式 (8)、(9) は 1 つの通貨でシングルカーブの場合で、記号は論文と同じです。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Michael Roberson, "Cleared and Uncleared Margin Comparison for Interest Rate Swaps"(CFTC Division of Clearing and Risk、2018 年 4 月)の I. Introduction、2 ページ。論文は著者の見解で、必ずしも CFTC の見解を反映するものではないと注記されています。 ↩
-
Michael Roberson, "Cleared and Uncleared Margin Comparison for Interest Rate Swaps" の II. Cleared IRS Margin Models and SIMM、3〜4 ページ。 ↩ ↩2 ↩3
-
同じ論文の III 章、6 ページ。 ↩
-
17 CFR 23.154(b)(2)(viii)。 ↩
-
金融庁「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(2016 年 3 月 31 日、掲載ページの日付。以下「コメント回答」)の番号 125 への回答、22 ページ。 ↩
-
17 CFR 23.154(c)(1)(表)、(c)(2)(NGR による調整)。米国の表は、通貨スワップに残存期間ごとの比率(1%、2%、4%)を別に定めています。 ↩
-
コメント回答の番号 115 とその回答、21 ページ。 ↩
-
告示の第 8 条第 2 号。 ↩
-
コメント回答の番号 123 への回答、22 ページ。 ↩
-
17 CFR 23.154(b)(1)(iii)(60 日前の通知)、(b)(4)(年 1 回以上の見直し)、(b)(5)(ii)(独立した検証。(B) ベンチマーク、(C) バックテスト)。 ↩ ↩2
-
Michael Roberson, "Cleared and Uncleared Margin Comparison for Interest Rate Swaps" の IV 章 A、9 ページ。 ↩ ↩2
-
コメント回答の番号 126 への回答、22〜23 ページ。 ↩
-
Michael Roberson, "Cleared and Uncleared Margin Comparison for Interest Rate Swaps" の I. Introduction、2 ページ(非清算は 10 日、清算は 5 日)と V. Conclusion、13 ページ。 ↩
-
同じ論文の IV 章 A、8 ページ。 ↩
-
同じ論文の IV 章 B、11〜12 ページ。 ↩