証拠金を払うための現金をどこから用意するかは、銀行やファンドの資金繰りの問題になります。
流動性・資金調達のリスクとは
資金流動性リスクは、金融機関などが、日々の業務や財務の状態を損なわずには、予定した支払いや予定していない支払いに応じたり、求められた担保を用意したりできなくなるリスクです。これと区別して、市場の厚みが足りなかったり市場がうまく働かなかったりして、ポジションを市場の価格で売ったり打ち消したりしにくくなるリスクを、市場流動性リスクといいます1。証拠金の資金負担は、資金流動性リスクのもとになります。
デリバティブは、元本を受け渡さない取引でも、時価の動きに応じて資金が出ていくことがあります。バーゼル銀行監督委員会の原則は、銀行が流動性のリスクを分析するときに、デリバティブの価格の付け直し、権利行使、満期に伴う受け払いを入れるよう求めています。自社の格付けや信用力が下がったときや原資産の価格が下がったときに、取引相手から追加の担保を求められる可能性も考える必要があります2。
証拠金の請求(マージンコール)を受けてから払うまでの手続きと、金額に食い違いがあるときの解決は、マージンコールへの対応で扱います。
変動証拠金の受け払いと資金繰り
担保のない顧客との取引を、担保のある取引でヘッジすると、ヘッジの時価が下がったときに払う変動証拠金の分だけ、銀行は資金を調達しなければなりません。変動証拠金は、取引の時価の変動をカバーするために受け払いする証拠金です。日本証券クリアリング機構(JSCC)は、清算している金利スワップなどを少なくとも 1 日 1 回評価し直し、変動証拠金を清算参加者と受け払いしています3。
2018 年の論文の時点で、金融機関どうしの取引や清算機関を通す取引は担保のある取引に移りつつありました。一方で、日本では事業会社との取引を中心に、担保のない取引が残るとみられていました4。金融機関が事業会社などと担保なしでデリバティブを結び、同じ内容の反対取引を清算機関やほかの金融機関と担保付きで結ぶ形は、資金調達のコストが生じる典型的な場面です5。
事業会社の D 社と R 銀行、R 銀行のヘッジの相手の S 銀行の架空の例で考えます。D 社は、変動金利の借入の金利を固定するため、R 銀行と担保なしで金利スワップを結び、固定金利を払って変動金利を受け取ります。R 銀行は、この取引の金利の動きによる損益を打ち消すため、S 銀行と反対の金利スワップを結んでヘッジします。S 銀行との間では、クレジット・サポート・アネックス(CSA)を結び、変動証拠金を毎日受け払いします。この CSA では、閾値と最低受渡額をどちらも 0 とし、時価の変動の全額を担保で受け渡すとします。
図の説明
D 社と R 銀行、S 銀行の金利スワップと、金利が下がったときの変動証拠金の受け渡しです。D 社は R 銀行に固定金利を払い、R 銀行から変動金利を受け取ります。R 銀行は、CSA を結んで担保を受け払いしている S 銀行に固定金利を払い、S 銀行から変動金利を受け取ります。金利が下がって S 銀行との取引の時価が R 銀行から見て 3 億円のマイナスになると、R 銀行は S 銀行に変動証拠金 3 億円を払いますが、D 社との間では担保の受け渡しがありません。R 銀行は、S 銀行に払う 3 億円を自分で調達しなければなりません。
金利が下がると、R 銀行が固定金利を受け取る D 社との取引は、R 銀行から見て時価がプラスになります。R 銀行が固定金利を払う S 銀行との取引は、時価がマイナスになります。R 銀行は、S 銀行との取引の時価のマイナスの分を変動証拠金として S 銀行に払います。D 社との取引の時価のプラスは、担保を受け取らないため現金になりません。そのため R 銀行は、S 銀行に払った分の資金を、自分で調達して賄います。
金利が上がると向きが逆になり、R 銀行は S 銀行から変動証拠金を受け取ります。2017 年の論文の時点で、金融機関どうしの標準的な担保契約では、受け取った変動証拠金を再び使えました6。このとき R 銀行は、受け取った現金を資金繰りに使えます。
変動証拠金のために R 銀行が調達する資金の額は、次の式で表せます。ヘッジが D 社との取引のちょうど反対の内容で、S 銀行との CSA の閾値と最低受渡額が 0 なら、S 銀行に払っている変動証拠金の残高は、D 社との取引の時価のプラスの分と同じになります。D 社から担保を受け取っていれば、その分は調達しなくて済みます。
は変動証拠金のために R 銀行が調達する資金、 は R 銀行から見た D 社との取引の時価、 は R 銀行が D 社から受け取っている担保の額です。D 社との取引に担保がなければ は 0 です。この を調達するコストを時価に反映する評価調整が FVA です7。FVA は、XVA の全体像で扱います。
計算例:金利が動いた 3 日間
R 銀行が D 社と結んだ想定元本 100 億円の金利スワップを、S 銀行との反対の取引でヘッジしている架空の例で考えます。2 つの取引の時価は、R 銀行から見て、いつも同じ大きさで向きが逆になるとします。変動証拠金は、その日の時価の変動の分を受け払いし、S 銀行との CSA の閾値と最低受渡額は前の節と同じく 0 とします。
| 時点 | D 社との取引の時価(億円) | S 銀行との取引の時価(億円) | その日の変動証拠金(億円、R 銀行の受け取りを正) | R 銀行が調達する資金(億円) |
|---|---|---|---|---|
| 取引の開始 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 1 日目(金利が下がる) | 1 | −1 | −1 | 1 |
| 2 日目(金利がさらに下がる) | 3 | −3 | −2 | 3 |
| 3 日目(金利が上がる) | −2 | 2 | 5 | 0 |
1 日目に R 銀行は S 銀行に 1 億円を払い、2 日目にさらに 2 億円を払います。2 日目の終わりに S 銀行に払った変動証拠金の残高は 3 億円で、D 社との取引の時価の 3 億円と同じです。式に当てはめると で、R 銀行は 3 億円を調達します。
3 日目に金利が上がると、S 銀行との取引の時価は −3 億円から 2 億円へ 5 億円上がり、R 銀行は S 銀行から 5 億円を受け取ります。それまでに払った 3 億円が戻ったうえ、さらに 2 億円を受け取った状態です。 で、R 銀行は資金を調達する必要がなくなり、受け取った 2 億円を資金繰りに使えます。
当初証拠金を差し入れる資金
受け取った当初証拠金は再び使えないため、差し入れる当初証拠金は、その全額を自分の資金や手持ちの資産で用意しなければなりません。当初証拠金は、取引相手が破綻したときに、取引を処理し終えるまでの間に時価が動いて生じうる損失に備えて、あらかじめ差し入れる証拠金です。
日本では、金融商品取引業等に関する内閣府令が、清算機関を通さない店頭デリバティブの当初証拠金について、金融商品取引業者等が講じる措置を定めています。受け取った当初証拠金は、相手が債務を履行しないときにすぐ使え、受け取った側が破綻したときには相手に返るように、信託などの方法で管理します。受け取った当初証拠金を担保に出したり貸したりすることもできません。現金の当初証拠金を管理するのに付随して、安全な方法で行う場合だけが例外です8。そのため、変動証拠金と違って、受け取った当初証拠金を運用して得をすることはできません9。
R 銀行と S 銀行が互いに当初証拠金 4 億円をやり取りしなければならない架空の例で考えます。R 銀行は S 銀行から 4 億円を受け取りますが、それを使えないため、S 銀行に差し入れる 4 億円は別に用意します。前の節の計算例の 2 日目なら、 の 3 億円に当初証拠金の 4 億円を足して、R 銀行は 7 億円を調達することになります。
当初証拠金の資金を調達するコストも、時価に反映する評価調整の対象で、MVA といいます5。
担保の種類とヘアカット
現金以外の担保は、時価より割り引いて評価されるうえ、現金でしか払えない証拠金もあるため、債券を持っていても現金が足りなくなることがあります。日本の証拠金規制では、変動証拠金と当初証拠金は、現金か金融庁長官が定める資産で差し入れます。現金以外の資産の価値は、時価から、時価に金融庁長官が定める割合を掛けた額を差し引いて求めます。資産の通貨が、当事者が決めた通貨と違うときは、さらに別の割合の分を差し引きます10。
このように担保の価値を評価するときに時価から差し引く割合を、ヘアカットといいます。CSA では、担保の種類ごとに、価格の変動の大きさを考えてヘアカットをあらかじめ決めます11。時価 100 億円の国債をヘアカット 2% で差し入れる架空の例で考えます。担保としての価値は 98 億円です。2017 年ごろには、金融危機のときに格付けの高い債券でも価格が急に下がったことから、価格の変動がない現金の担保が欧米を中心に広がりつつありました11。
清算機関では、証拠金の種類によって使える資産が違います。JSCC の金利スワップでは、変動証拠金は日本円の現金で払う必要があり、当初証拠金は現金か、日本国債か米国財務省証券の代用有価証券で差し入れられます。現金で差し入れた当初証拠金を変動証拠金の支払いに充てることも、受け取る変動証拠金を当初証拠金の支払いに充てることもできます1213。JSCC は、相場が大きく動いたときなどに、代用有価証券の担保としての価値(代用価格)を臨時に変えられます14。代用価格が引き下げられれば、同じ債券で差し入れられる担保の価値は下がります。
金融安定理事会(FSB)が市場参加者から聞いた意見では、流動性の高い資産を持つこと自体よりも、市場が混乱したときにそれを現金に換えて証拠金を払うことが難しくなりうる点が問題でした。そのため、ほかの質の高い資産ではなく現金を持つ必要もあります。市場が荒れると、債券などを担保に現金を借りるレポの市場が止まることがあるためです15。
ストレス時に必要な資金が急に増えた例
市場が急に動くと、変動証拠金の支払いと当初証拠金の積み増しが同時に増え、必要な資金が短い期間に膨らみます。2020 年 3 月には、清算機関を通す取引でも通さない取引でも、変動証拠金の請求が 2 月より大きく増えました。清算機関の変動証拠金の請求額は、2020 年 3 月 9 日に最大の 1,400 億ドルになりました。清算機関を通す取引の当初証拠金は 3 月中に約 3,000 億ドル増えた一方で、清算機関を通さない取引の当初証拠金は比較的落ち着いていました16。
市場参加者の大部分は請求に応じましたが、影響はポジションの大きさと流動性の備えによって違いました17。
2022 年 9 月下旬の英国では、財政の計画の発表をきっかけに長期の金利が急に上がり、企業年金から運用を任されてレバレッジをかけていたファンドが、大きな追加の証拠金を求められました18。
資金の面では、企業年金の運用の損失や財政の悪化といった資本の問題ではなく、レバレッジをかけた取引から来た一時的な資金の不足が混乱のもとでした。ファンドが求められた追加の証拠金は、運用を任せた企業年金が用意していた現金を上回り、ファンドは資産の一部を売って現金を用意しました18。中でも、複数の年金の資金をまとめて運用するファンドは、年金からすぐに追加の資金を受け取れず、債券を売るしかありませんでした19。混乱の前にレバレッジが積み上がった点では、証拠金と担保として求める水準が低すぎたことが、課題の 1 つとして挙げられています。その例が、相対の英国債のレポのヘアカットがほぼゼロだったことです。レポのヘアカットが清算機関の金利スワップの当初証拠金よりずっと低かったため、LDI のファンドはレバレッジを高められました20。
証拠金の仕組みは取引相手の信用リスクを抑えるうえで重要な一方で、レバレッジをかけた参加者の流動性のリスクを高める面もあります21。
実務での備え
証拠金を払う側は、平時の受け払いだけでなく、市場が荒れたときに増える額を見積もって資金を用意します。例でいえば、R 銀行が用意する資金は、変動証拠金のための と、差し入れる当初証拠金を足した額です。デリバティブを使う銀行は、担保に出していない、種類と質の面で適切な資産を十分に持っているかを、情報システムで確かめられるようにしておく必要があります22。
FSB は 2024 年 12 月に、銀行以外の市場参加者に向けて、証拠金の請求に備える勧告を出しました。勧告は、市場が荒れたときの当初証拠金とヘアカットの増え方の見積もりや、現金でしか払えない請求に備えて、請求された通貨で払える現金か確かな資金の調達手段を持っておくことを求めています23。
注
-
バーゼル銀行監督委員会「健全な流動性リスク管理及びその監督のための諸原則」(2008 年 9 月。金融庁による仮訳)の脚注 2(1 ページ)。 ↩
-
同原則の 40(19 ページ)。 ↩
-
日本証券クリアリング機構「リスク管理 証拠金」(2024 年 12 月 18 日現在)の冒頭の説明。 ↩
-
川上高志「ヘッジ取引におけるデリバティブ信用評価調整の影響についての考察」(日本銀行金融研究所『金融研究』2018 年 4 月)の脚注 15(130 ページ)。 ↩
-
斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の 1 節(110 ページ)。 ↩
-
斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の式 (2)(115〜116 ページ)。論文の は、自社が受け取った担保を正、差し入れた担保を負とする担保の額です。 ↩
-
「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 123 条第 1 項第 21 号の 11 のニとホ。 ↩
-
斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の 4 節(1)(121 ページ)。 ↩
-
「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 123 条第 10 項と第 11 項。 ↩
-
斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の 3 節(1)ニと脚注 9(118 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本証券クリアリング機構「リスク管理 証拠金」(2024 年 12 月 18 日現在)の「各清算業務における証拠金算出スケジュール」の金利スワップ取引の注 1 と注 3。 ↩
-
日本証券クリアリング機構「金利スワップ担保・決済」の「当初証拠金、日中証拠金及び清算基金の差入れ及び返戻並びに変動証拠金の決済方法」。 ↩
-
日本証券クリアリング機構「金利スワップ取引清算業務に関する業務方法書」第 7 条(13 ページ)。 ↩
-
Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の FSB の意見聴取の説明(1 節。6 ページ)。 ↩
-
バーゼル銀行監督委員会、BIS 決済・市場インフラ委員会、証券監督者国際機構「2020 年3 月の市場混乱期における証拠金の慣行についてのコメントを募集」(2021 年 10 月 26 日のプレスリリース。金融庁による仮訳)の 1 ページ。 ↩
-
Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の 1 節(3 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局「企業年金の運用戦略からみた金融安定への含意 ―英国債市場の混乱からの教訓―」(日銀レビュー 2023-J-2、2023 年 1 月)の「はじめに」と要旨、図表 1(1 ページ)。 ↩ ↩2
-
日本銀行金融機構局「企業年金の運用戦略からみた金融安定への含意 ―英国債市場の混乱からの教訓―」(日銀レビュー 2023-J-2、2023 年 1 月)の「金融安定への含意」(6 ページ)。 ↩
-
Financial Stability Board「Leverage in Nonbank Financial Intermediation: Final report」(2025 年 7 月 9 日)の "September 2022, LDI crisis"(2.2 節。7〜8 ページ)と脚注 16(9 ページ)。 ↩
-
日本銀行金融機構局「企業年金の運用戦略からみた金融安定への含意 ―英国債市場の混乱からの教訓―」(日銀レビュー 2023-J-2、2023 年 1 月)の「金融安定への含意」の「レバレッジ取引に伴う流動性リスク」(5 ページ)。 ↩
-
バーゼル銀行監督委員会「健全な流動性リスク管理及びその監督のための諸原則」(2008 年 9 月。金融庁による仮訳)の 93(35 ページ)。 ↩
-
Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の Recommendation 5(17 ページ)と Recommendation 7(19 ページ)。 ↩