証拠金の請求を受けた市場参加者のうち、資金繰りや担保管理を担う人は、現金で払うか、どの担保を渡すかをコストと確実さで選びます。
担保を、どの資産で、どこから用意するか
担保は、デリバティブの取引で、相手が破綻したときの損失に備えて受け渡す現金や債券です。
日本の証拠金規制では、2026 年 10 月時点で、変動証拠金と当初証拠金は、現金か金融庁長官が定める資産で差し入れます1。
清算機関の日本証券クリアリング機構(JSCC)の金利スワップでは、当初証拠金を日本円や米ドルの現金のほか、日本国債か米国財務省証券の代用有価証券で預託できます2。差し入れられる資産の範囲は取引の相手や契約で決まるため、その範囲の中で、コストと確実さを考えて選ぶことになります。
担保を用意する手順は、次のとおりです。
- 必要な担保の価値が決まります。
- 規制、契約、清算機関の規則が定める、差し入れられる資産の範囲を確かめます。
- 保有する資産を渡すか、受け取った担保を再利用するか、担保を変換するかなど、用意する手段と資産を選びます。
- 現金以外の資産を選んだときは、ヘアカットの分だけ多くなる必要な時価を求めます。
- 必要な時間までに差し入れます。
担保を用意する手段
担保にする資産の用意のしかたの例として、次の 3 つを挙げます。
| 手段 | やること | 資料での扱い |
|---|---|---|
| 保有する資産を渡す | 手持ちの現金や債券を、そのまま担保として差し入れる | 規制や JSCC の規則が、差し入れられる資産の範囲を定める |
| 受け取った担保の再利用 | ほかの取引で受け取った担保を、再担保した取引で用意する | 慎重な安全策を考えることが勧告されている3 |
| 担保の変換 | 手持ちの資産を、担保にできる資産に取り替える取引を結ぶ | 「担保の変換」の節で扱う |
FSB は、銀行や清算機関を除く市場参加者に、現金でしか払えない請求に備えて、請求された通貨と時間帯、場所で払える現金か、確かな資金の調達手段を持つよう勧告しています45。
担保の変換
担保の変換は、手持ちの流動性の低い資産などを、担保として使える質の高い資産に、期間を区切って取り替える取引です。ここでは、イングランド銀行(BoE)と英国の当局(PRA)の文書の使い方に沿って、この意味で使います。形としては長期のレポ取引や証券貸借があり、質の高い証券を借りて、代わりに流動性の低い証券を渡します。2012 年の時点で、BoE の論文は、清算の義務づけなどで担保の需要が増える一方で、安全とみなされる資産の範囲が狭まると見ていました。そのため担保を積極的に管理する動機が強まり、こうした取引が増えるかもしれないとしていました6。
呼び方と範囲は、資料によって違います。PRA の 2013 年の監督上の文書は、担保のアップグレード取引(collateral upgrade transaction)を、1 年を超える期間の取引と書いています。対象は、質に大きな差がある資産を交換する取引です。長期のレポ取引と証券貸借が含まれ、1 年以内の短期の取引は対象から外されています7。この文書は、懸念を 3 つ挙げています。1 つ目は、資産を担保に拘束する傾向が続くことです。2 つ目は、借りた資産で流動性の規制や資金調達をまかなっても、ストレスのときに役に立つのか、という点です。3 つ目は、破綻処理の妨げになりうることです。なお、この文書は 2019 年に別の文書に置き換えられています8。一方、FSB は担保の変換(collateral transformation)を定義なしで使い、FSB が紹介した市場参加者の発言には、資産を現金に換えるという言い方もあります9。
FSB は、銀行以外の市場参加者向けの勧告で、すぐ使える資金に加えて、確かな資金の調達手段や担保の変換の取り決めを、予想外の証拠金の請求に備える手段に挙げています4。市場参加者の意見には、市場が荒れたときに担保の変換のサービスを使う場面に備えて、あらかじめ準備する大切さを挙げたものもありました9。
必要な額は、ヘアカットの分だけ多くなる
現金以外の担保は、時価からヘアカットの分を引いた額で評価されます。日本の証拠金規制では、現金以外の資産は、時価から時価に金融庁長官が定める割合を乗じた額を引いて評価し、通貨が違えばさらに別の割合の分を引きます10。ヘアカットの考え方は変動証拠金と当初証拠金の資金負担で扱います。
担保の価値を 、ヘアカットを 、差し入れる資産の時価を とすると、評価額は です。これが に届くには、次の式で求めた時価が要ります。
必要な担保の価値が 98 億円で、国債のヘアカットが 2% の架空の例で考えます。 で、時価 100 億円の国債が要ります。計算例では、現金のヘアカットを 0% と置くので、現金なら 98 億円です。
どの担保が割安か
複数の通貨の現金担保を認められているときは、担保にかかるコストがいちばん低いものを差し出すのが合理的です。2017 年ごろのXVAの評価では、この「いちばん割安な担保を差し出す権利」の評価調整を CTDVA(Cheapest To Deliver Valuation Adjustment)といいました。通貨ごとの担保の金利を比べ、割安な金利のカーブを作って評価していました11。
担保の種類によって、コストのほかに差が出る点もあります。日本では担保に国債がよく使われ、国債を渡すと、取引相手の信用リスクにかかるコスト(信用コスト)などを減らせました。一方で、現金の変動証拠金と違い、レバレッジ比率のエクスポージャーの相殺には使えないため、その面の利点は得られませんでした12。選べる担保を広げると、選ぶ権利の評価とヘッジに手間がかかるため、同じ時期には、適格担保を限定する動きもありました11。
計算例:現金と国債の比較
P 社が必要な担保の価値 98 億円を、現金か国債のどちらかで用意する架空の例で考えます。次の前提を置きます。表の「予定あり」は、国債をレポ取引に出す予定があった場合、「予定なし」は、国債をほかに使う予定がなかった場合のコストです。
- 国債のヘアカットは 2%、現金は 0% です。
- P 社が無担保で借りるときの金利は年 1.0% です。
- 国債をレポ取引に出して現金を借りるときの金利(レポ・レート)は年 0.3% で、国債の時価の全額を借りられるとします。
- 差し入れた現金の担保には、年 0.4% の付利が付きます。
| 方法 | 差し入れる額(億円) | 担保の価値(億円) | 予定あり(億円、年) | 予定なし(億円、年) |
|---|---|---|---|---|
| 現金を無担保で借りて渡す | 98 | 98 | 0.588 | 0.588 |
| 保有する国債を渡す | 100 | 98 | 0.700 | 0 |
現金を無担保で借りて渡すコストは、借入の金利から付利を引いた分で、 億円です。国債を渡すと、その国債はレポ取引に出せなくなります。レポ取引に出していれば、100 億円の現金を年 0.3% で借りられます。その分、年 1.0% の無担保の借入を 100 億円減らせたはずです。その差の年 0.7% を失い、 億円のコストになります。国債をほかに使う予定がなければ、失うものがないので、このコストは 0 です。
国債をレポに出す予定があったなら、現金を渡す方が 0.112 億円安く、予定がなかったなら、国債を渡す方が 0.588 億円安くなります。どちらが割安かは、担保にする資産をほかにどう使うかで逆になります。実際の取引では、レポのヘアカットや手数料、事務の費用、金利の日々の変動も加わります。この比較は資料の式ではなく、上の前提の中でだけ成り立つ見方です。
清算機関での預託と返戻
2026 年 10 月時点で、清算機関の JSCC では、当初証拠金、日中証拠金、清算基金の預託と返戻は、変動証拠金などの授受とまとめて差引計算されます。当初証拠金の預託時限と、清算参加者の変動証拠金等の支払時限は 11 時、返戻の申込み時限も 11 時です。所要額と代用有価証券の時価評価額は毎営業日算出され、不足があれば各預託時限までに差し入れます2。国債の授受は日本銀行の国債振替決済制度の口座間の振替で、米国財務省証券の授受は FED-WIRE を使った現地保管機関の口座間の振替で行います2。
担保の価値が途中で変わることもあります。JSCC は、相場が大きく動いたときなどに、代用有価証券の代用価格を臨時に変えられます13。代用価格が下がれば、同じ国債の担保としての価値が下がり、所要額に足りない分を差し入れる必要が出ます。
所要額が 98 億円で、差し入れていた国債の担保としての評価額がちょうど 98 億円の架空の例で考えます。代用価格が下がって、同じ国債の評価額が 95 億円になれば、 で、3 億円が足りません。この 3 億円を、各預託時限までに差し入れます。評価額が下がった分だけ追加で差し入れる額が増えることを示す単純化した例で、実際の代用価格の決め方は示していません。
二者間の取引では、差し入れられる担保の種類と、種類ごとのヘアカットは、CSAであらかじめ決めます14。同じ勧告では、取引相手と結んでいる契約を見直して、現金以外の担保を使いやすくできないかを考えることも、経済的に合理的で商業的に実行できる範囲で勧めています4。
ストレスのときに、調達が難しくなる場面
市場が荒れると、資産を現金に換えるのが難しくなります。市場参加者の意見では、流動性の高い資産を持っていること自体は問題ではなく、それを現金に換えて証拠金を払うことが難しくなりうる点が問題でした。債券などを担保に現金を借りるレポ市場が止まることがあるため、現金を持つ必要もあるといいます9。
担保の面では、FSB の勧告で次のことが求められています。ただし、対象は銀行や清算機関を除く市場参加者です5。
- 証拠金に使うと決めた担保が、ほかの取引に差し入れられておらず、必要な時間までに使えることを、テストなどで確かめます3。
- 現金でしか払えない請求に備えて、請求された通貨、時間帯、受け渡しの場所で払える現金か、確かな資金の調達手段を持ちます4。
- 現金以外で払える請求には、発行体や資産の種類が分かれた十分な担保を持ち、適切なヘアカットも織り込みます415。
- 担保を、使う場所(法人)にあらかじめ置いておきます4。
関係する規制と契約
2026 年 10 月時点で、担保として使える資産の範囲は、証拠金規制(日本では金融商品取引業等に関する内閣府令)と、二者間の取引の CSA、清算機関の規則が決めます。ここで引いた内閣府令の定めは、非清算の店頭デリバティブの証拠金規制の一部です。規制の適用範囲と閾値は、証拠金規制で扱います。
この記事が書いていないこと
差し替えの定義、契約上の権利、手続きと、無担保の借入やレポ取引、証券貸借で現金や債券を借りて担保に充てる実務は、この記事では扱いません。
注
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 123 条第 10 項。変動証拠金と当初証拠金は、金銭その他金融庁長官が定める資産をもって充てるとしています。 ↩
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日本証券クリアリング機構「金利スワップ担保・決済」の「当初証拠金、日中証拠金及び清算基金の差入れ及び返戻並びに変動証拠金の決済方法」。預託できる資産、ネッティング、時限、毎営業日の算出、国債と米国財務省証券の授受を説明しています。 ↩ ↩2 ↩3
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Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の Recommendation 6(18〜19 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
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Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の Recommendation 7(19 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
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Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の 2.1 節(9 ページ)。商業銀行と清算機関などの金融市場インフラは、勧告の対象から外されています。 ↩ ↩2
-
「OTC derivatives reform and collateral demand impact」(Bank of England、Financial Stability Paper No. 18、2012 年 10 月)の 14 ページ。 ↩
-
Bank of England(PRA)「Collateral upgrade transactions and asset encumbrance」(Supervisory Statement LSS2/13、2013 年 4 月)の Annex 1 の A2(3 ページ)。対象と対象外の取引を定めています。 ↩
-
Bank of England(PRA)「Collateral upgrade transactions and asset encumbrance」(LSS2/13、2013 年 4 月)の Executive summary(1 ページ)。文書の冒頭に、2019 年 9 月 24 日に別の文書で置き換えられた旨の注記があります。 ↩
-
Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の意見聴取の説明(第 1 節、6 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3
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「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 123 条第 10 項と第 11 項。現金以外の資産の価値の求め方と、通貨が違うときの別の割合を定めています。式 は、評価額 を と置いて解いたものです。 ↩
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斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の第 2 節末尾の CTDVA の説明と脚注 4(113 ページ)。 ↩ ↩2
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斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の 3 節(1)の脚注 11(118 ページ)。 ↩
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日本証券クリアリング機構「金利スワップ取引清算業務に関する業務方法書」第 7 条(代用有価証券)。 ↩
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斎藤祐一「金融規制の複合的影響を考慮したXVA」(日本銀行金融研究所『金融研究』2017 年 4 月)の 3 節(1)ニ「適格担保」(118 ページ)。 ↩
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Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の勧告 7 の脚注 40(19 ページ)。BCBS と IOSCO の 2024 年の報告案の勧告 2 を参照しています。 ↩
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Financial Stability Board「Liquidity Preparedness for Margin and Collateral Calls: Final report」(2024 年 12 月 10 日)の Recommendation 8(20 ページ)。 ↩