評価部門の担当者は、オプションの価格をモデルで計算するときに、この考え方を使います。リスク管理部門の担当者は、VaR などのリスクの計測と価格の計算で、使う確率が違うことを確かめるときに読みます。トレーディング部門や開発の担当者は、モンテカルロ法などの計算の仕組みを組むときに、この考え方を使います。

リスク中立評価は何を表すか

リスク中立評価で求めた価格は、複製の費用と一致します。二項モデルのページと同じ、1 期間の架空の例で考えます。原資産の今の価格は 100 で、1 期間後に 110 か 90 になります。行使価格 100 のコール・オプションの期末の受け取りは、110 なら 10、90 なら 0 です。1 期間の無リスク金利(信用リスクなどのない金利)1は 2% で、割り引きは 1.02 で割ります。

二項モデルのページでは、原資産 0.5 単位の買いと 44.12 の借入れで、コールの受け取りを複製しています。この組み合わせの費用から、オプションの価格(プレミアム)は 5.88 と求まります。

上がる確率を 0.6 として、受け取りの期待値を金利で割り引いても、同じ 5.88 が出ます。0.6 は二項モデルのページで原資産の 2 つの価格と金利から求めた値です。期待値は 0.6 × 10 + 0.4 × 0 = 6 で、6 ÷ 1.02 = 5.88 です。この 0.6 のように、複製の費用と同じ価格を出す確率をリスク中立確率といいます。この確率での期待値を割り引いてデリバティブの価格を求める考え方がリスク中立評価です。リスク中立確率は、投資家が予想する現実の確率とは別のもので、ふつうは違う値になります2。

期末の状態 原資産の価格 コールの受け取り リスク中立確率
上がる 110 10 0.6
下がる 90 0 0.4

価格を求める式

1 期間の二項モデルで、オプションの期末の価値が、原資産が上がれば VuV_u、下がれば VdV_d とします。1 期間の無リスク金利を rr、上がるリスク中立確率を pp とすると、今の価値 V0V_0 は次の式になります。pp を原資産の上昇と下落の倍率と金利から求める式は、二項モデルのページで扱います。

V0=pVu+(1−p)Vd1+rV_0 = \frac{p V_u + (1 - p) V_d}{1 + r}

pp には原資産の価格の動きと金利だけが入り、オプションの受け取りの形は入りません2。そのため、同じ原資産のコールもプット・オプションも、同じ pp で評価できます。原資産の上昇の倍率を uu、下落の倍率を dd とすると、pp が 0 と 1 の間に入るのは d<1+r<ud < 1 + r < u のときです。これは無裁定(裁定の機会がないこと)の条件と同じです3。

段が多いツリーでは、満期の点から 1 段ずつ、この式で期待値をとって割り引き、時点 0 まで戻ります。満期までを通して書くと、価格は満期の受け取り VTV_T のリスク中立確率での期待値 EQ[VT]E^{Q}[V_T] を割り引いた値です4。ここからは rr を連続複利の年率とします。残存期間(満期までの期間)を TT 年で表すと、次の式になります。

V0=e−rTEQ[VT]V_0 = e^{-rT} E^{Q}[V_T]
深掘り連続時間のモデルでのリスク中立評価

ブラック・ショールズ・モデルでは、原資産の価格 SS を幾何ブラウン運動で表します。現実の確率のもとでの期待収益率を μ\mu、ボラティリティを σ\sigma とすると、リスク中立確率のもとでは μ\mu が無リスク金利 rr に置き換わり、価格の変化は次の式になります5。

dS=rS dt+σS dW~dS = rS \, dt + \sigma S \, d\widetilde{W}

W~\widetilde{W} はリスク中立確率のもとでのブラウン運動です。

現実の確率を変えたときの計算例

原資産の今の価格、上昇の倍率と下落の倍率、金利が同じなら、上がる確率を現実にいくらと予想しても、コールの価格は 5.88 のままです。上の例と同じ条件の架空の例で考えます。C 社の担当者が 110 になる確率を 0.8 と予想する場合と、0.3 と予想する場合を、リスク中立確率 0.6 と比べます。

項目 現実の確率 0.8 現実の確率 0.3 リスク中立確率 0.6
受け取りの期待値 8 3 6
期待値を 1.02 で割った値 7.84 2.94 5.88
複製の費用 5.88 5.88 5.88

現実の確率 0.8 で求めた 7.84 は価格になりません。C 社がコールを 7.84 で売れたとすると、C 社はそのうち 5.88 で原資産 0.5 単位の買いと 44.12 の借入れを組みます。期末にはどちらの場合も、この組み合わせからコールの支払いと同じ額が出るため、差の 1.96 が相場の動きによらず残ります。反対に、C 社がコールを 2.94 で買えるなら、C 社は原資産 0.5 単位の空売りと 44.12 の運用を組み、差の 2.94 を残せます。こうした裁定取引が成り立たない価格は複製の費用の 5.88 だけです6。ここでは取引の費用と空売りの制約を無視しています。

現実の確率が価格に直接は効かないのは、複製の組み合わせの受け取りが、上がる場合と下がる場合のそれぞれで確率によらず決まっているからです。ただし、現実の確率が変わるときは、原資産の今の価格、金利、値動きの幅のうち 1 つ以上も一緒に変わりうるため、それを通してオプションの価格も変わります7。

原資産の期待収益率と先渡価格

リスク中立確率のもとでは、原資産の期待収益率は無リスク金利に等しくなります。この例で期末の原資産の価格の期待値をとると、0.6 × 110 + 0.4 × 90 = 102 で、今の価格 100 に金利 2% を付けた 100 × 1.02 と同じです8。C 社の担当者の現実の確率 0.8 で求めると、0.8 × 110 + 0.2 × 90 = 106 で、期待収益率は 6% です。

現実の原資産の期待収益率は、無リスク金利に、リスクを負う見返りの上乗せ(リスク・プレミアム)を足した値です。リスク中立確率は、投資家がリスク・プレミアムを求めない(リスク中立である)と仮定したときの確率にあたり、名前はここから来ています。リスク中立確率は価格を求めるための計算上の確率で、現実の期待収益率が無リスク金利だという意味ではありません9。

このページのように金利を一定とするモデルでは、先渡取引の価格(先渡価格)も、リスク中立確率での満期の原資産の価格の期待値に等しくなります。配当のない原資産の先渡価格は、今の価格を満期までの割引係数で割った値です10。この例の原資産なら 100 × 1.02 = 102 で、上の期待値 102 と一致します。先渡価格を複製から導く計算は無裁定と複製で扱います。

金利とボラティリティによる価格の変化

リスク中立確率は無リスク金利と原資産の値動きの幅で決まるため、オプションの価格はこの 2 つで変わります。講義資料の 3 段のツリーの例では、無リスク金利を上げると、上がるリスク中立確率が大きくなり、コールの価格が上がります。割り引く率も大きくなりますが、受け取りの大きい状態の確率が上がる効果がそれを上回るためです11。下のシミュレーターの初期値でも、金利が高いほど価格は上がります。値動きの幅はボラティリティで決まり、ボラティリティが上がると、オプションの価格は上がります12。一方で、現実の期待収益率は価格の式に入りません7。

下のシミュレーターの初期値は、原資産の価格 100、行使価格 100、残存期間 1 年、無リスク金利 5%(連続複利)、ボラティリティ 20%、配当なしのヨーロピアン・オプションのコールです。これを 2 段のコックス・ロス・ルビンシュタイン(CRR)のツリーで評価します。1 段は 0.5 年で、原資産の価格は 1.1519 倍に上がるか 0.8681 倍に下がり、上がるリスク中立確率は 0.5539 です。満期の受け取りは、原資産の価格が 132.69 の点で 32.69、100 と 75.36 の点で 0 です。1 段目の上の点の価値は、次の段の 2 点の期待値を半年分割り引いて、e−0.025×(0.5539×32.69+0.4461×0)=17.66e^{-0.025} \times (0.5539 \times 32.69 + 0.4461 \times 0) = 17.66 です。同じ計算で時点 0 に戻すと 9.54 になります。

同じツリーで満期の原資産の価格の期待値をとると 105.13 で、今の価格 100 に連続複利 5% の 1 年分を付けた 100×e0.05100 \times e^{0.05} と同じです。金利を 0% にするとリスク中立確率は 0.4647、価格は 7.06 に下がり、10% にすると 0.6454、12.32 に上がります。ボラティリティを 10% にすると 2 段の価格は 6.32、30% にすると 12.89 です。段数を 100 に増やすと価格は 10.43 になり、ブラック・ショールズ・モデルの価格 10.45 に近づきます。

シミュレーターリスク中立確率とツリーでの期待値の割り引き
入力
オプションの種類
行使のスタイル
年
%
%
%
段
段
100.009.5486.810.00115.1917.6675.360.00100.000.00132.6932.69時点 01 段目2 段目
  • 上: 原資産の価格
  • 下: オプションの価値
9.510.010.511.011.512.012.520406080100コールの価格段数10.43
  • 二項ツリー(ヨーロピアン)
  • ブラック・ショールズ(ヨーロピアン)
上昇の倍率 u と下落の倍率 d(図の段数)
1.1519 / 0.8681
リスク中立確率(上がる確率)
0.5539
2 段のツリーの価格
9.54
100 段のツリーの価格
10.43
ブラック・ショールズの価格(ヨーロピアン)
10.45

単純化している点

  • CRR(コックス・ロス・ルビンシュタイン)のツリーで、上昇の倍率 u = e^(σ√Δt)、下落の倍率 d = 1/u とし、ボラティリティと金利は満期まで一定です。
  • 配当は一定の利回りで連続的に払われるものとして扱います。
  • アメリカンは、ツリーの各時点でだけ行使を判断します(段数が少ないと、行使できる時点が少なくなります)。

このシミュレーターは学習のために単純化した計算で、実際の取引の評価やリスク管理には使えません。(免責事項)

シミュレーターの説明

入力を変えると、1 段の上昇の倍率と下落の倍率、上がるリスク中立確率、ツリーの価格が変わります。初期値は本文と同じ条件です。ツリーの各点の価値は、次の段の 2 つの点の価値をリスク中立確率で平均し、1 段分の金利で割り引いた値です。金利を変えて、リスク中立確率とコールの価格がどう動くかを確かめられます。グラフは 1 段から 100 段までのツリーの価格を、ブラック・ショールズの式の価格と並べて示します。

価格の計算とリスクの計測での使い分け

価格の計算と、バリュー・アット・リスク(VaR)などのリスクの計測では、使う確率が違います。下の表で 2 つを並べます。

価格の計算 リスクの計測
使う確率 リスク中立確率 現実の確率
理由 割り引いた期待値を価格にするための確率だから リスク中立確率は将来の価値の予想には使えないから13
求めるもの 受け取りの期待値を無リスク金利で割り引いた価格 将来の価値の分布の端の点から求める損失(VaR)
原資産の期待収益率(ドリフト) 無リスク金利と置く 期間が長いと、無リスク金利にリスク・プレミアムを足す5。1 日から数日なら足さなくてよい14
モデルの決め方 市場の価格に合わせる(キャリブレーション) 方法の 1 つとして、収益率の平均を過去のデータから推定する14

実務の評価モデルでは、原資産などの動きをはじめからリスク中立確率のもとで表し、モデルのパラメータを、市場でよく売買される商品の価格に合うように決めます。これをキャリブレーションといい、合わせたモデルで市場価格の見えない商品の価格を求めます15。モデルのパラメータを市場価格に合わせるため、そのモデルのリスク中立確率も、投資家の予想ではなく市場価格から決まります。

モンテカルロ法による価格の計算は、リスク中立評価の期待値を乱数で求める方法です。原資産の価格の経路を今から満期まで乱数で多数作り、経路ごとの受け取りを割り引いた値を平均します16。価格はリスク中立確率での期待値なので、原資産の期待収益率(ドリフト)を無リスク金利と置いて経路を作ります。将来の価値を予想するシナリオでは5、期間が長いと、この置き方はできません14。

経路ごとに受け取りを計算するため、途中の価格の動きで受け取りが変わるオプションも評価しやすくなります。また、格子法(二項ツリーのような方法)や有限差分法は、原資産の数が増えると計算量が急に増え、実際に計算できるのは原資産が 3 つ程度までです。モンテカルロ法は、原資産の数が増えても計算量がそれほど増えません16。

金融実務でモンテカルロ法を使う主な計算には、分布の平均を求める「期待値型」(デリバティブの価格の計算)と、分布の端の点を求める「パーセンタイル型」(VaR の計算)があります17。

前提と限界

リスク中立確率が 1 つに決まり、価格が 1 つに決まるのは、どの受け取りも原資産と無リスクの運用・借入れで複製できる市場(完備市場)のときです19。二項モデルとブラック・ショールズ・モデルは、どちらも完備市場のモデルです19。取引の費用がなく、空売りと 1 単位未満の売買ができることも、複製の前提です20。

期末の原資産の価格が 3 通りある 1 期間のモデルでは、原資産と無リスクの運用・借入れの 2 つでは 3 つの状態の受け取りを合わせられず、複製できない受け取りが出ます。このような市場(非完備市場)では、裁定の機会のない価格を与えるリスク中立確率が無数にあり、価格は 1 つに決まりません21。実務では、キャリブレーションで、市場価格に合うリスク中立確率を 1 つ選んで使います15。

注

  1. Martin Haugh "Forwards, Swaps, Futures and Options"(2016 年)の 4.2 節(12 ページ)。小田信之「信用リスクを反映した金融商品のプライシング」(日本銀行金融研究所、1999 年)の 71 ページ。 ↩

  2. 重川一郎「数理ファイナンス入門」(2009 年 愛媛大学理学部集中講義)の 9 ページ、式 (1.2) とその後の段落。資料の qq、β\beta は、このページの pp、1÷(1+r)1 \div (1 + r) にあたる。 ↩ ↩2

  3. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging"(2016 年)の 7 ページ、2.1 節 Proposition 6 と式 (5)。資料の qq、RR は、このページの pp、1+r1 + r にあたる。 ↩

  4. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 7 ページの式 (6) と、7〜8 ページの Example 2。 ↩

  5. ESMA Working Paper No. 1 "Real-world and risk-neutral probabilities …"(Giordano and Siciliano、2015 年)の 4 ページ、15 ページの式 [B.7]、16 ページの式 [B.13]。 ↩ ↩2 ↩3

  6. 重川一郎「数理ファイナンス入門」の 3 ページ(期待値 5p5p を価格とする従来の考え方と、価格は 1 とすべきこと)と、5〜7 ページ(複製による価格 1 と、価格が 1 より高いとき・低いときの売り手と買い手の取引)。 ↩

  7. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 9 ページ、Remark 2 と Remark 3。 ↩ ↩2

  8. 重川一郎「数理ファイナンス入門」の 9 ページ。リスク中立確率のもとで割り引いた株価の期待値が今の株価に等しい(EQ[βS1]=S0E_Q[\beta S_1] = S_0)こと。 ↩

  9. ESMA Working Paper No. 1 の 3 ページの Abstract、4 ページ、16 ページ。 ↩

  10. Martin Haugh "Forwards, Swaps, Futures and Options" の 2 ページ、1.1 節 式 (1)。 ↩

  11. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 8 ページ、Example 3。 ↩

  12. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 19 ページ("the price of an option increases as the volatility increases")。 ↩

  13. ESMA Working Paper No. 1 の 16〜17 ページ、2.2 節。 ↩

  14. ESMA Working Paper No. 1 の 17 ページ、Box 3。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  15. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 6 ページ、1.4 節 "Derivatives Pricing in Practice"。 ↩ ↩2

  16. 石川達也・内田善彦「モンテカルロ法によるプライシングとリスク量の算出について」(日本銀行金融研究所「金融研究」2002 年 6 月)の 85〜86 ページ(経路依存性のあるオプションと、原資産の数が多いオプションでの格子法・有限差分法との比べ)。 ↩ ↩2

  17. 石川達也・内田善彦「モンテカルロ法によるプライシングとリスク量の算出について」の 54 ページ、2 節 (1) の表と、期待値型とパーセンタイル型に共通の計算の手順。 ↩ ↩2

  18. 石川達也・内田善彦「モンテカルロ法によるプライシングとリスク量の算出について」の 55 ページの図表 1(試行回数と計算精度の関係)。 ↩

  19. Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 5 ページの Theorem 5 と、5〜6 ページ、Section 1.3 の末尾。 ↩ ↩2

  20. 重川一郎「数理ファイナンス入門」の 3 ページ、Martin Haugh "A Brief Review of Derivatives Pricing & Hedging" の 6 ページ 2 節、ESMA Working Paper No. 1 の 3 ページ Abstract。 ↩

  21. 重川一郎「数理ファイナンス入門」の 8 ページ(単期間 3 項モデルでは複製の方程式に解がなく、リスク中立測度が無数にある)。 ↩