市場リスクの担当者は期間の違う標準偏差の換算に、評価モデルを作る担当者は価格の経路を乱数で作るときに使います。1 日ごとの動きを積み上げると、期間のばらつきはなぜ時間の平方根で増えるのでしょうか。

対称なランダムウォークの平均と分散

確率過程は、時間とともに値が確率で決まっていく量の並びです。対称なランダムウォークはその 1 つで、0 から出発し、1 歩ごとに +1 か −1 に確率 1/2 ずつ動きます1。各歩の動きはたがいに独立です。2 歩だけ進めた場合、値は +2、0、−2 のどれかになり、平均は 0、分散は 2 です。

2 歩後の値 確率 値 × 確率 値の 2 乗 × 確率
+2 0.25 0.50 1.00
0 0.50 0.00 0.00
−2 0.25 −0.50 1.00
合計 1.00 0.00 2.00

2 歩後の値が 0 になるのは、上がってから下がる場合と、下がってから上がる場合の 2 通りで、確率は 0.25 + 0.25 = 0.50 です。平均が 0 のため、値の 2 乗に確率を掛けて足した 2 が分散になります。

歩数を n に増やしても、平均は 0 のままで、分散は n になります。1 歩の動きは平均 0、分散 1(1 の 2 乗と −1 の 2 乗の平均)で、独立な確率変数の和の分散はそれぞれの分散の和になるためです2。n 歩後の値を XnX_n、i 歩目の動きを YiY_i とすると、次の関係です。

Xn=Y1+Y2+⋯+YnX_n = Y_1 + Y_2 + \cdots + Y_n E[Xn]=0E[X_n] = 0 V[Xn]=nV[X_n] = n

標準偏差は分散の平方根のため、n\sqrt{n} です。毎日、前の日と独立に、同じ確率で 1 円上がるか 1 円下がる価格の架空の例で考えます。この価格は、100 日後の標準偏差が 10 円で、400 日後は 20 円です。日数が 4 倍になっても、ばらつきは 2 倍にしかなりません。分散と正規分布の基礎は確率・統計の基礎で扱います。

歩数 n 平均 分散 標準偏差
1 0 1 1
4 0 4 2
25 0 25 5
100 0 100 10
400 0 400 20

1 歩の動きが +1 と −1 の 2 通りでなくても、各歩の動きがたがいに独立で同じ分布に従えば、同じ形の関係が成り立ちます。たとえば、価格の 1 期の変化を、平均 μ\mu と撹乱項(平均 0、分散 σ2\sigma^2 の偶然の動き)の和で表すランダムウォークがあります3。このとき、t 期後の価格の期待値は出発点から μt\mu t だけずれ、分散は σ2t\sigma^2 t になります。平均の動き μ\mu のように、時間に比例して値をずらす部分をドリフトといいます4。分散が歩数(時間)に比例することは、ドリフトがあっても変わりません。

刻みを細かくした極限としてのブラウン運動

ブラウン運動は、対称なランダムウォークの 1 歩の時間を短くし、それに合わせて 1 歩の幅を小さくした極限として得られる、時間が連続に流れる確率過程です5。1 年を n 歩に分けるとき、1 歩の幅を時間の刻みの平方根にすると、1 年後の分散は n によらず 1 のままです。

1 年の歩数 n 時間の刻み(年) 1 歩の幅 1 年後の分散
4 0.25 0.5 1
100 0.01 0.1 1
10,000 0.0001 0.01 1

1 年後の分散は、歩数 × 1 歩の幅の 2 乗で求めます(100 歩なら 100 × 0.1 × 0.1 = 1)。1 歩の幅を刻みの平方根ではなく刻みと同じ 0.01 にすると、100 歩後の分散は 100 × 0.01 × 0.01 = 0.01 で、刻みを細かくするほどばらつきが消えてしまいます。幅を平方根にすると、刻みをどれだけ細かくしても 1 年後のばらつきが保たれます。歩数を増やすと、n 歩後の値を n\sqrt{n} で割った値の分布は、中心極限定理によって平均 0、分散 1 の正規分布に近づきます1。同じように、時点 t の値の分布は、平均 0、分散 t の正規分布に近づきます6。

極限のブラウン運動 WtW_t は、次の性質を持ちます7。

  • 出発点は 0 です(W0=0W_0 = 0)。
  • 重ならない期間の増分(その期間の値の変化)は、たがいに独立です。
  • 時点 s から t までの増分 Wt−WsW_t - W_s は、平均 0、分散 t − s の正規分布に従います。
  • 経路(時間に沿った値の動き)は連続で、途中で値が飛びません。

経路は連続ですが、どの点でも微分できません8。そのため、ブラウン運動を含む量の変化は、ふつうの微分の規則では計算できず、伊藤の補題を使います。その計算は確率微分の初歩(伊藤の補題)で扱います。

この過程を最初に考えたのはバシュリエ(L. Bachelier)で、1900 年の博士論文で株式とオプションの評価に使いました9。ブラウン運動はウィーナー過程ともいい、名前は MIT の教授だったノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)にちなみます5。

時間の平方根に比例するばらつき

ブラウン運動の値の標準偏差は、経過時間の平方根に比例します。時点 t の値の分散が t のため、標準偏差は t\sqrt{t} です。次の節の幾何ブラウン運動では、価格の対数収益率(連続複利の収益率)の散らばりをブラウン運動の σ\sigma 倍で表します。このとき σ\sigma は 1 年あたりの標準偏差、つまり年率のボラティリティにあたります10。T 年の対数収益率の標準偏差は、次の式です。

σT=σT\sigma_T = \sigma \sqrt{T}

年率 20% のボラティリティの架空の例で考えます。期間ごとの標準偏差に直すと、次の表になります11。

期間 年数 T 期間の標準偏差(年率 20%)
1 か月 0.0833 5.77%
3 か月 0.25 10.00%
1 年 1 20.00%
4 年 4 40.00%

3 か月の標準偏差 10% は、20% に 0.25 の平方根の 0.5 を掛けた値です。逆に、3 か月の標準偏差が 10% と分かっていれば、1 年は 3 か月の 4 倍のため、年率は 10% に 4 の平方根の 2 を掛けた 20% です。日次から年率への換算も、同じ平方根の関係を使います。

この換算を曲線にすると、図 1 のとおりです。

3 か月(10%)1 年(20%)4 年(40%)−50050対数収益率(%)
図 1期間ごとの対数収益率の分布(年率 20%、平均を 0 とした場合)
図の説明

年率 20% のボラティリティで、対数収益率(価格が何倍になったかの対数)が平均 0 の正規分布に従うとしたときの、3 か月、1 年、4 年の分布を重ねた曲線です。平均を 0 としたのは、ドリフトを除いて、期間ごとの広がりだけを比べるためです。標準偏差は 3 か月が 10%、1 年が 20%、4 年が 40% で、期間が 4 倍になるごとに標準偏差は 2 倍になります。どの曲線も 0 を中心に左右対称の釣り鐘の形で、期間が長いほど低く横に広がります。曲線の下の面積が確率で、面積はどの曲線も 1 です。期間を 16 倍にしても、ばらつきは 4 倍にしかならないことが読み取れます。

株価のモデルと幾何ブラウン運動

幾何ブラウン運動は、価格の対数がドリフト付きのブラウン運動に従う確率過程で、株価のモデルに使われます。価格そのものを正規分布の増分で動かすと(算術ブラウン運動と呼ばれます3)、価格はマイナスにもなりえます。株価のモデルでは、価格の変化率が正規分布に従うと考えるほうが合理的です12。対数収益率(連続複利の収益率)で考えると、正規分布を仮定しても価格はマイナスにならず、期間ごとの収益率を足し算で扱え、ブラック・ショールズなどの対数正規モデルとも整合します13。

時点 t の価格を StS_t とすると、幾何ブラウン運動は次の式で表します14。

dStSt=μ dt+σ dWt\frac{dS_t}{S_t} = \mu \, dt + \sigma \, dW_t

μ\mu は価格の期待される年あたりの伸び(ドリフト)、σ\sigma は年率のボラティリティ、dtdt はごく短い時間、dWtdW_t はその間のブラウン運動の増分です。この式を満たす価格は、今の価格 S0S_0 から次の式で求まります15。

ST=S0exp⁡((μ−σ22)T+σWT)S_T = S_0 \exp\left( \left( \mu - \frac{\sigma^2}{2} \right) T + \sigma W_T \right)

対数収益率 ln⁡(ST/S0)\ln(S_T / S_0) は、平均 (μ−σ2/2)T(\mu - \sigma^2/2)T、標準偏差 σT\sigma \sqrt{T} の正規分布に従います14。価格の期待値は年 μ\mu の割合で伸びますが、対数収益率の平均はそれより σ2/2\sigma^2/2 だけ小さくなります。ブラウン運動が微分できず、ふつうの微分の規則に項が 1 つ加わるためです15。

今の価格 100 円、ドリフト年 5%、ボラティリティ年率 20%、期間 1 年の架空の例で考えます。1 年後の対数収益率は、平均 0.05 − 0.2 × 0.2 ÷ 2 = 0.03(3%)、標準偏差 20% の正規分布に従います。

項目 対数収益率 1 年後の価格(円)
平均 − 標準偏差 1 つ分 −17% 84.37
平均 3% 103.05
平均 + 標準偏差 1 つ分 23% 125.86

価格は 100×ex100 \times e^{x}(xx は対数収益率)で求めます(平均なら 100×e0.03≈103.05100 \times e^{0.03} \approx 103.05)16。一方、価格の期待値は 100×e0.05≈105.13100 \times e^{0.05} \approx 105.13 円で、今の価格から年 5%(μ\mu)の割合で伸びた値です17。対数収益率が平均どおりのときの価格 103.05 円は、この期待値より小さくなります。対数正規分布では、期待値が中央値(103.05 円)の eσ2/2e^{\sigma^2/2} 倍になるためです。

前提と限界

ランダムウォークとブラウン運動のモデルは、値動きが過去と独立で、ばらつきの大きさが一定だと仮定しています。ランダムウォークを株価のモデルにも使えますが、MIT の講義ノートは "rather inaccurate"(かなり不正確)と添えています1。幾何ブラウン運動は収益率に正規分布を仮定しますが、実際の株式の収益率の分布は、正規分布と比べて裾が厚く、極端な値をとりやすいとされます18。

各日の値動きが独立でないと、平方根の換算は崩れます。前の日の値動きと同じ向きに動きやすい(前の日との共分散がプラスの)相場では、期間の分散が、各日の分散の和より、日どうしの共分散の和の 2 倍だけ大きくなります19。そのため、日数に比例するとして平方根で換算した値は、ばらつきを小さく見積もります。反対の向きに動きやすい(共分散がマイナスの)相場では、大きく見積もります。ばらつきの大きさが時間とともに変わる場合に使うモデルには、分散が時間を通じて変わる ARCH モデルがあります18。

注

  1. MIT「Lecture 5: Stochastic Processes I」(18.S096 Topics in Mathematics with Applications in Finance, Fall 2013)の 1 節(1 ページ)と 2 節(2 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3

  2. 産業技術総合研究所「期待値・分散の定義および演算」の「平均値(期待値)・分散の演算」。確率変数が独立なときは、和の分散がそれぞれの分散の和になると示しています。 ↩

  3. 祝迫得夫「Lecture 2: ランダム・ウォーク仮説のテスト」(一橋大学経済研究所、2008 年 10 月改訂)の 5 枚目の式 (4) と 6 枚目の式 (6)、(7)。撹乱項が正規分布に従う場合を算術ブラウン運動と呼びます。μ\mu は 1 期あたりの平均の変化です。 ↩ ↩2

  4. MIT「Lecture 17: Stochastic Processes II」(18.S096 Topics in Mathematics with Applications in Finance, Fall 2013)の例 2.6(5 ページ)。資料の B を W に置き換えています。 ↩

  5. MIT「Lecture 17」の 2 節(2 ページ)。ランダムウォークの極限としての説明とウィーナー過程の呼び名があります。 ↩ ↩2

  6. MIT「Lecture 17」の 2 節(2 ページ)、定理 2.1 の後の段落。幅を刻みの平方根にする計算は、Lecture 5 の Xn/nX_n / \sqrt{n} の関係と同じものです。 ↩

  7. MIT「Lecture 17」の定理 2.1(2 ページ)。資料の B を W に置き換えています。 ↩

  8. MIT「Lecture 17」の命題 2.4 の後の段落(4 ページ)。経路は連続で、どこでも微分できません。 ↩

  9. MIT「Lecture 17」の 2 節(2 ページ)と参考文献 [3](6 ページ)。論文は L. Bachelier "Théorie de la spéculation"(Annales Scientifiques de l'École Normale Supérieure)です。 ↩

  10. 日本取引所グループ「ヒストリカル・ボラティリティ(HV)」(用語集)。資料は、1 営業日ごとの変動率の標準偏差を年率にした値としています。 ↩

  11. 1 か月の年数 T は 1/12(0.0833 は小数第 4 位に四捨五入した値)です。1/12 の平方根は 0.288675 で、20% に掛けた 5.7735% を小数第 2 位に四捨五入しています。 ↩

  12. MIT「Lecture 17」の 6 ページ。式 dSt=σSt dBtdS_t = \sigma S_t \, dB_t も同じ箇所にあり、B を W に置き換えています。 ↩

  13. 祝迫得夫「Lecture 2」の「基本的な概念の復習」(2 枚目)。対数リターンが好ましい 3 つの理由を挙げています。 ↩

  14. 川上高志「ヘッジ取引におけるデリバティブ信用評価調整の影響についての考察」(日本銀行金融研究所「金融研究」、2018 年 4 月)の補論 2 の式 (A-25)、(A-26)(160 ページ)。資料の企業価値 V(t)V(t) を価格 SS に、tt を 0 に置き換えています。 ↩ ↩2

  15. MIT「Lecture 18: Itō Calculus」(18.S096, Fall 2013)の例 1.3 (iii)(3 ページ)。本文の式は、資料の μ\mu を μ−σ2/2\mu - \sigma^2/2 に置き換え、S0S_0 を掛けたものです。 ↩ ↩2

  16. 価格は 100 に e−0.17=0.843665e^{-0.17} = 0.843665、e0.03=1.030455e^{0.03} = 1.030455、e0.23=1.258600e^{0.23} = 1.258600 を掛け、小数第 2 位に四捨五入しています。 ↩

  17. NIST「Lognormal Distribution」(NIST/SEMATECH e-Handbook の 1.3.6.6.9)の「Common Statistics」。期待値は、中央値 mm の e0.5σ2e^{0.5\sigma^2} 倍です。 ↩

  18. 祝迫得夫「Lecture 2」の「対数正規分布」(4 枚目)。株式収益率の裾の厚さと、ARCH モデルを示しています。 ↩ ↩2

  19. 産業技術総合研究所「期待値・分散の定義および演算」の「平均値(期待値)・分散の演算」。和の分散は、それぞれの分散の和に共分散の 2 倍の和を足したものと示しています。 ↩