市場リスクを管理する担当者は、標準偏差から損失の大きさを見積もる方法を使うことがあります。値動きの間の相関が変わると全体のリスクが変わるため、その変化も追います。オプションの評価では、ボラティリティと、価格が対数正規分布に従うという前提を使います。

確率変数と期待値

デリバティブの持ち高の価値は、金利、株価、為替などの変動で動きます1。この変動を確率で扱う基本の道具が、確率変数と期待値です。

確率変数は、どの値になるかが確率で決まる量です2。今 100 円の資産の明日の価格が、103 円、101 円、95 円のどれかになり、確率がそれぞれ 25%、50%、25% の架空の例で考えます。この明日の価格が確率変数です。確率変数の期待値は、とりうる値に確率を掛けて足し合わせた平均で、この例では 100 円です3。とりうる値ごとの確率を並べたものを確率分布といいます。確率分布の確率を足すと、必ず 1(100%)になります2。

この例の期待値は、103 × 0.25 + 101 × 0.5 + 95 × 0.25 で求めます。

明日の価格(円) 確率 価格 × 確率(円)
103 0.25 25.75
101 0.50 50.50
95 0.25 23.75
合計 1.00 100.00

同じ確率分布から何度もくり返し結果を取り出すと、結果の平均は期待値に近づきます3。一方で、1 回ごとの結果は期待値と違い、この例では 1 日で 5 円下がることも、3 円上がることもあります。期待値が同じでも、結果の散らばり方は確率分布によって違います。

分散と標準偏差

標準偏差は、確率変数の値が期待値のまわりにどれだけ散らばるかを表す量で、上の例では 3 円です。散らばりを測るには、まず、とりうる値と期待値の差(偏差)を求めます。偏差をそのまま平均すると、プラスとマイナスが打ち消し合って 0 になります。そのため、偏差を 2 乗して平均したものを分散といい、散らばりの大きさの目安にします4。

明日の価格(円) 確率 偏差(円) 偏差の 2 乗 偏差の 2 乗 × 確率
103 0.25 3 9 2.25
101 0.50 1 1 0.50
95 0.25 −5 25 6.25
合計 1.00 9.00

分散は 9 です。分散は 2 乗した値の平均のため、単位がもとの値と違います(円の 2 乗)。分散の正の平方根を標準偏差といい、もとの値と同じ単位で散らばりを表します4。9 の平方根で、標準偏差は 3 円です。

深掘り期待値、分散、標準偏差の式

確率変数 XX が値 x1,x2,…,xnx_1, x_2, \ldots, x_n をとり、それぞれの確率が p1,p2,…,pnp_1, p_2, \ldots, p_n のとき、期待値 E[X]E[X] は次の式です3。

E[X]=∑i=1nxi piE[X] = \sum_{i=1}^{n} x_i \, p_i

期待値を μ\mu と書くと、分散 V[X]V[X] は偏差の 2 乗の期待値で、標準偏差 σ\sigma はその正の平方根です5。

V[X]=∑i=1n(xi−μ)2 piV[X] = \sum_{i=1}^{n} (x_i - \mu)^2 \, p_i σ=V[X]\sigma = \sqrt{V[X]}

正規分布と範囲に入る確率

正規分布は、後の分散共分散法の前提に使われます6。

正規分布は、平均を中心に左右対称の釣鐘型をした確率分布で、中央のいちばん高いところに平均がきます7。平均と標準偏差が分かれば、値がある範囲に入る確率が決まります。平均がいくつでも、標準偏差がいくつでも、次の関係が成り立ちます7。

範囲 その範囲に入る確率
平均 ± 標準偏差 1 つ分 約 68.3%
平均 ± 標準偏差 2 つ分 約 95.4%
平均 ± 標準偏差 3 つ分 約 99.7%

1 日の収益率が平均 0%、標準偏差 1% の正規分布に従う架空の例で考えます。このとき、収益率が −1%〜+1% に収まる確率は約 68.3%、−2%〜+2% に収まる確率は約 95.4% です。収益率が −2% を下回る確率は、範囲の外の約 4.6% の半分で、約 2.3% です(左右対称のため)8。

市場リスクの計測方法の 1 つに分散共分散法があります6。この方法は、リスクファクター(持ち高の価値を動かす要因)1の変動が正規分布に従うと仮定し、過去の観測データから標準偏差を推定します6。この方法は VaR(バリュー・アット・リスク)9の計算に使われます。

収益率と対数正規分布

オプションの評価モデルは、価格の分布に対数正規分布を使います10。その土台になるのが、収益率を対数収益率で測る考え方です。

価格の変化を測る方法には、単純な収益率と対数収益率があります。価格が 100 円から 110 円に上がり、次の日に 99 円に下がる架空の例で考えます。

測り方 1 日目(100 → 110 円) 2 日目(110 → 99 円) 2 日の合計 2 日間(100 → 99 円)
単純な収益率 +10.00% −10.00% 0.00% −1.00%
対数収益率 +9.53% −10.54% −1.01% −1.01%

単純な収益率(価格の変化 ÷ 元の価格)では、+10% と −10% を足すと 0% ですが、実際には 100 円から 99 円に 1% 下がっています。対数収益率は、後の価格 ÷ 前の価格の自然対数で、複利と割引のページの連続複利の金利と同じ考え方です10。

対数収益率で測る理由は 2 つあります10。1 つ目は、日ごとの値を足すと、期間全体の値になることです。上の表では、対数収益率の 2 日の合計が 2 日間の値と一致しています。2 つ目は、対数収益率に正規分布を仮定しても、価格がマイナスにならないことです。

対数収益率が正規分布に従うと考えると、価格は対数正規分布に従います。対数正規分布は、値の対数が正規分布に従う分布で、とる値は 0 より大きい範囲に限られます11。原資産の価格が対数正規分布に従うという前提は、オプションの評価モデルでも使われます10。

今 100 円の価格の 1 年後の対数収益率が、平均 0%、標準偏差 20% の正規分布に従う架空の例で考えます。対数収益率が −20%〜+20% に入る確率は約 68.3% で、価格では約 81.87 円〜約 122.14 円の範囲です。下の幅は約 18.13 円、上の幅は約 22.14 円で、上の側に長く裾を引きます。中央値(価格がそれより上になる確率と下になる確率が半分ずつの値)は 100 円です12。上の側に長く裾を引く分だけ、期待値は約 102.02 円と中央値より大きくなります1213。この価格の分布を、次の図に示します。

確率 約 68.3%608010012014016081.87100122.141 年後の価格(円)
図 11 年後の価格の分布(対数収益率の標準偏差 20%)
図の説明

今の価格が 100 円で、1 年後の対数収益率が平均 0%、標準偏差 20% の正規分布に従うときの、1 年後の価格の分布です。曲線は 0 円より右だけにあり、100 円の少し左に山があって、右の裾が左の裾より長く伸びています。縦の破線は 81.87 円、100 円(中央値)、122.14 円の位置で、81.87 円から 122.14 円までの塗った面積が、確率の約 68.3% にあたります。中央値から下の端までの幅は約 18.13 円、上の端までの幅は約 22.14 円で、上の側が広いことが読み取れます。

深掘り対数収益率と対数正規分布の式

時点 t−1t-1 の価格を Pt−1P_{t-1}、時点 tt の価格を PtP_t とすると、単純な収益率 RtR_t と対数収益率 rtr_t は次の式です10。

Rt=PtPt−1−1R_t = \frac{P_t}{P_{t-1}} - 1 rt=ln⁡(PtPt−1)r_t = \ln\left(\frac{P_t}{P_{t-1}}\right)

2 日分の対数収益率を足すと、ln⁡(Pt+1/Pt)+ln⁡(Pt/Pt−1)=ln⁡(Pt+1/Pt−1)\ln(P_{t+1}/P_t) + \ln(P_t/P_{t-1}) = \ln(P_{t+1}/P_{t-1}) で、2 日間の対数収益率になります。表の例では ln⁡(1.1)+ln⁡(0.9)=ln⁡(0.99)≈−0.0101\ln(1.1) + \ln(0.9) = \ln(0.99) \approx -0.0101 です。

今の価格を P0P_0 とし、1 年後の対数収益率 rr が平均 0、標準偏差 σ\sigma の正規分布に従うとすると、1 年後の価格 P1=P0 erP_1 = P_0 \, e^{r} は対数正規分布に従います。その中央値は P0P_0、期待値は次の式です13。

E[P1]=P0 eσ2/2E[P_1] = P_0 \, e^{\sigma^2 / 2}

P0=100P_0 = 100、σ=0.2\sigma = 0.2 なら、100×e0.02≈102.02100 \times e^{0.02} \approx 102.02 です。

ボラティリティと年率換算

オプションの市場では、価格の変動の大きさを年率の数字で表し14、日ごとの価格の動きから計算した値も、年率に直して示します15。

ボラティリティは、価格の変動の大きさを収益率の標準偏差で表したもので、ふつう年率(%)で示します1415。1 日の収益率の標準偏差が 1% の架空の例で考えます。1 年を 250 営業日とすると(この例での仮定)、ボラティリティは年率約 15.81% です。

過去の価格から計算したものをヒストリカル・ボラティリティといい、1 営業日ごとの価格の変化率を求め、その標準偏差を年率に直して求めます15。オプションの市場価格から逆算したものはインプライド・ボラティリティといいます14。

年率に直すには、1 日の標準偏差に 250 の平方根(約 15.81)を掛けます16。250 倍ではなく平方根を掛けるのは、日々の対数収益率が独立で同じ分布に従うなら、期間の分散が日数に比例し、標準偏差はその平方根に比例するためです17。

1 日の標準偏差 年率のボラティリティ(250 営業日)
0.50% 7.91%
1.00% 15.81%
2.00% 31.62%

逆に、年率 20% の架空の例で考えます。1 日あたりでは 20% ÷ 約 15.81 で約 1.26% です。同じ考え方で、1 日の標準偏差 1% を 10 営業日に直すと、10 の平方根の約 3.16 倍で約 3.16% になります。

深掘り分散が日数に比例する理由

日々の対数収益率 r1,r2,…,rnr_1, r_2, \ldots, r_n がたがいに独立で、どれも分散 σd2\sigma_d^2 なら、独立な確率変数の和の分散は分散の和になります5。nn 日間の対数収益率は日々の値の和のため、その分散と標準偏差は次のとおりです。

V[r1+r2+⋯+rn]=n σd2V[r_1 + r_2 + \cdots + r_n] = n \, \sigma_d^2 σn=σdn\sigma_n = \sigma_d \sqrt{n}

1 年を NN 営業日とすると、年率のボラティリティは σdN\sigma_d \sqrt{N} です。

相関と合計の散らばり

複数の持ち高を合わせた損益の散らばりを考えるとき、値動きの間の相関が関わります18。

2 つの値動きがどれだけ同じ向きに動くかを表す量を相関係数といいます。相関係数は −1 から 1 までの値をとり、同じ向きに動く関係が強いほど 1 に、反対の向きに動く関係が強いほど −1 に近づき、0 の近くでは相関がないといいます19。

相関は、2 つの値動きを合わせたときの散らばりを変えます。損益の標準偏差がどちらも 10 億円の 2 つの持ち高を合わせる架空の例で考えます。それぞれの分散は 10 の 2 乗の 100 で、合計の損益の分散は 100 + 100 + 2 × 相関係数 × 10 × 10 で求めます20。相関係数が 0.5 なら 300 で、その平方根の約 17.32 億円が合計の標準偏差です。

相関係数 合計の分散(億円の 2 乗) 合計の標準偏差(億円)
1 400 20.00
0.5 300 17.32
0 200 14.14
−0.5 100 10.00
−1 0 0.00

相関係数が 1 のときだけ、合計の標準偏差は 2 つの標準偏差の和(20 億円)になり、相関係数が 1 より小さいと、和より小さくなります。相関係数が −1 なら、片方の利益ともう片方の損失が打ち消し合い、散らばりはなくなります。リスクファクターの間の相関は、全体のリスク量を変えます18。国債の価格と株価の変化率の間に負の相関が観察された例があります21。

深掘り2 つの確率変数の和の分散と相関係数

確率変数 XX と YY の共分散を Cov(X,Y)\mathrm{Cov}(X, Y) とすると、相関係数 ρ\rho は、共分散を 2 つの標準偏差の積で割ったものです19。

ρ=Cov(X,Y)σX σY\rho = \frac{\mathrm{Cov}(X, Y)}{\sigma_X \, \sigma_Y}

和の分散は、それぞれの分散の和に共分散の 2 倍を足したものです20。

V[X+Y]=σX2+σY2+2ρ σX σYV[X + Y] = \sigma_X^2 + \sigma_Y^2 + 2 \rho \, \sigma_X \, \sigma_Y

σX=σY=10\sigma_X = \sigma_Y = 10 なら、V[X+Y]=200×(1+ρ)V[X + Y] = 200 \times (1 + \rho) です。

前提と限界

ここまでの計算は、正規分布や、日々の値の独立といった想定の上に立っています。リスクの見積もりに使うときは、想定が実際の価格の動きと食い違う場合を知っておく必要があります。

実際の株式の収益率は、正規分布と比べて極端なマイナスの値をとりやすくなります22。極端な値が正規分布の想定より多く出ることを、裾が厚いといいます23。損失が VaR の見積もりを超える原因の 1 つは、実際の確率分布が正規分布より裾が厚いことです24。また、値動きに傾向や、前の値動きとの相関(自己相関)があると、日数の平方根を掛けて期間を直す方法での近似には限界があります24。

相関係数は、2 つの値の比例的な関係の強さだけを表します。相関係数が 0 でも 2 つの値に関係がないとは限らず、関係のない値の間に偶然、高い相関係数が出ることもあります19。

収益率が時間とともにどう動くかのモデルは、ランダムウォークとブラウン運動のページで扱います。

注

  1. 同じ資料の「(参考)リスクファクター:現在価値の変動をもたらすもの」(11 ページ)と「留意事項②」(28 ページ)。資料は、金利、株価、為替などのリスクファクターの変動が、金融資産や負債の現在価値を動かすとしています。 ↩ ↩2

  2. 総務省統計局「推測統計」(なるほど統計学園)の「(1)確率変数と確率分布」。 ↩ ↩2

  3. 「確率変数の期待値について」(千葉大学のサイトに掲載、2009 年 6 月 10 日版)の「1 賭けと期待値」(1〜2 ページ)。ゲームをくり返したときの結果の平均が期待値に近づくこと(大数の法則)と、期待値の式 (1.2) が書かれています。 ↩ ↩2 ↩3

  4. 総務省統計局「データの散らばりを見る」(なるほど統計学園)の「標準偏差と分散」。資料は、偏差を 2 乗した値の平均を分散、その正の平方根を標準偏差としています。 ↩ ↩2

  5. 産業技術総合研究所「期待値・分散の定義および演算」の「分散・標準偏差」と「平均値(期待値)・分散の演算」。 ↩ ↩2

  6. 日本銀行金融機構局 金融高度化センター「Ⅱ.市場リスクの把握と管理」(2012 年 6 月)の「市場VaRの計測手法」と「A.分散共分散法」(22〜24 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3

  7. 総務省統計局「推測統計」(なるほど統計学園)の「正規分布」。資料は、範囲に入る確率を 0.683、0.954、0.997 としています。 ↩ ↩2

  8. 同じ資料の「図 正規分布の性質」の、平均から標準偏差 2 つ分より外の片側の確率(0.0214 と 0.0014)。 ↩

  9. 安藤美孝「ヒストリカル法によるバリュー・アット・リスクの計測:市場価格変動の非定常性への実務的対応」(日本銀行金融研究所「金融研究」、2004 年 11 月)の「要旨」(PDF の 1 ページ目)。 ↩

  10. 祝迫得夫「Lecture 2: ランダム・ウォーク仮説のテスト」(一橋大学経済研究所、2008 年 10 月改訂)の「基本的な概念の復習」(2〜3 枚目)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5

  11. National Institute of Standards and Technology「Lognormal Distribution」(NIST/SEMATECH e-Handbook の 1.3.6.6.9)の「Probability Density Function」と「Range」。 ↩

  12. National Institute of Standards and Technology「Measures of Location」(NIST/SEMATECH e-Handbook の 1.3.5.1)の「Definition of Location」の median。 ↩ ↩2

  13. National Institute of Standards and Technology「Lognormal Distribution」の「Common Statistics」の Mean(資料の m は中央値、σ は本文の σ)。 ↩ ↩2

  14. 大阪取引所「理論」(北浜投資塾)の「ボラティリティ」と「インプライド・ボラティリティ」。 ↩ ↩2 ↩3

  15. 日本取引所グループ「ヒストリカル・ボラティリティ(HV)」(用語集)。 ↩ ↩2 ↩3

  16. 年率は、1 日の標準偏差に 250 の平方根を掛けて小数第 2 位に四捨五入した値です。 ↩

  17. 祝迫得夫「Lecture 2: ランダム・ウォーク仮説のテスト」の「ランダム・ウォーク1」(6 枚目の式 (7))。撹乱項が独立で同じ分布に従うとき、分散が σ2t\sigma^2 t と時間に比例することを示しています。 ↩

  18. 日本銀行金融機構局 金融高度化センター「Ⅱ.市場リスクの把握と管理」(2012 年 6 月)の「留意事項②」(28 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  19. 総務省統計局「複数の変数の関係性を見る」(なるほど統計学園)の「相関係数」。 ↩ ↩2 ↩3

  20. 産業技術総合研究所「期待値・分散の定義および演算」の「平均値(期待値)・分散の演算」。 ↩ ↩2

  21. 同じ資料の「国債価格変化率と株価変化率の相関関係」(29 ページ)。 ↩ ↩2

  22. 祝迫得夫「Lecture 2: ランダム・ウォーク仮説のテスト」の「対数正規分布」(4 枚目)。 ↩

  23. 安藤美孝「ヒストリカル法によるバリュー・アット・リスクの計測:市場価格変動の非定常性への実務的対応」(日本銀行金融研究所「金融研究」、2004 年 11 月)の本文の書き出し(PDF の 2 ページ目)。実際の市場価格の分布が正規分布よりも厚い裾を持つと説明しています。 ↩

  24. 日本銀行金融機構局 金融高度化センター「Ⅱ.市場リスクの把握と管理」(2012 年 6 月)の「VaR超過損失の発生原因・背景」(45 ページ)。 ↩ ↩2