スワップションのボラティリティ・キューブを作るとき、市場で価格が見える点の間のスマイルを、このモデルで補間します。

相関して動くフォワードとボラティリティ

SABR モデルは、フォワード FtF_t とそのボラティリティ αt\alpha_t の 2 つが、別々のブラウン運動で動くと考えます。2 つのブラウン運動の相関は ρ\rho です1。

dFt=αtFtβ dWt(1),dαt=ν αt dWt(2),dWt(1) dWt(2)=ρ dtdF_t = \alpha_t F_t^{\beta} \, dW^{(1)}_t, \qquad d\alpha_t = \nu \, \alpha_t \, dW^{(2)}_t, \qquad dW^{(1)}_t \, dW^{(2)}_t = \rho \, dt

パラメータは α\alpha、β\beta、ρ\rho、ν\nu の 4 つです。初期値は F0=fF_0 = f(今日のフォワード)と α0=α\alpha_0 = \alpha で、パラメータ α\alpha は、ボラティリティの初期値のことです。

式は、フォワードがドリフトを持たない測度(原論文ではフォワードの測度、スワップションではレベル測度)のもとで書きます2。名前は Stochastic Alpha Beta Rho の頭文字です3。

ν\nu は、ボラティリティ αt\alpha_t 自身の変動の大きさで、ボラティリティのボラティリティ(ボル・オブ・ボル)といいます。ヘストン・モデルで ξ\xi と書く量と同じ種類の量です。αt\alpha_t の式にはドリフトの項がなく、水準へ戻る平均回帰はありません。原論文は、SABR モデルを、フォワードとボラティリティについて同次の確率的ボラティリティ・モデルのうち、最も単純なものと位置づけています4。

SABR モデルは、満期が 1 つのオプションのボラティリティ・スマイルを合わせるモデルです。スワップションやキャップレット、フロアレットのように、原資産ごとに満期が 1 つの市場に向いています5。満期ごとにパラメータを置き、市場で見えない行使価格のボラティリティを補います。スマイルの形や無裁定の条件はボラティリティ・スマイルとサーフェスで扱います。

原論文は、SABR モデルでフォワードが動くと、インプライド・ボラティリティの曲線が同じ向きに動くと予測し、これは市場での経験と合うと述べています6。

4 つのパラメータがスマイルの形を決める

4 つのパラメータは、それぞれスマイルの別の特徴を決めます。α\alpha は曲線全体の高さ、ρ\rho は傾き、ν\nu はスマイルの出方を主に決めます7。β\beta は傾きを決めるうえに、フォワードが動いたときのアット・ザ・マネー(ATM)のボラティリティの動きも決めます。

パラメータ 役割 値を変えたときのスマイル
α\alpha ボラティリティの初期値。水準の目安は α/f1−β\alpha / f^{1-\beta} 曲線全体が上下に動く
β\beta(0 から 1) フォワードの水準にボラティリティがどれだけ連動するか 小さいほど右下がりが急になる。フォワードが上がると、ATM のボラティリティは、1 に近いとほぼ変わらず、0 に近いと下がる
ρ\rho(−1 から 1) フォワードとボラティリティの相関 負の値が大きいほど右下がりが急になる
ν\nu ボラティリティの変動の大きさ 大きいほど、スマイルの曲がりが強くなる

表の β\beta と ρ\rho の効き方は、原論文と財務省の資料の説明にもとづきます89。フォワードが動いたときの ATM のボラティリティの軌跡を、原論文はバックボーンと呼んでいます。バックボーンはほぼ β\beta だけで決まり、β=1\beta = 1 ではほぼ水平、β=0\beta = 0 では急な右下がりです8。

β\beta には、2 つの特別な場合があります。β=1\beta = 1 なら dFt=αtFt dWt(1)dF_t = \alpha_t F_t \, dW^{(1)}_t で、ブラック・モデルと同じ形です。β=0\beta = 0 なら dFt=αt dWt(1)dF_t = \alpha_t \, dW^{(1)}_t で、正規モデル(バシュリエ・モデル)と同じ形です。β\beta が 1 から 0 に近づくと、ブラック・モデルから正規モデルに近い性質へ移ります10。ν=0\nu = 0 にするとボラティリティが動かなくなり、dFt=αFtβ dWt(1)dF_t = \alpha F_t^{\beta} \, dW^{(1)}_t の CEV モデルになります9。

ハーガン近似の式と使い方

導出は原論文の付録にあり、ここでは式の使い方に絞ります。SABR モデルでの満期 TT のヨーロピアン・オプションの価格は、ブラックの式で近似できる形になります。ブラックの式に入れるインプライド・ボラティリティ σB(K,f)\sigma_B(K, f) が、次の式(ハーガン近似)で閉じた形に求まります11。

σB(K,f)=α(fK)1−β2{1+(1−β)224ln⁡2fK+(1−β)41920ln⁡4fK}⋅zx(z)⋅{1+[(1−β)224α2(fK)1−β+ρβνα4(fK)1−β2+2−3ρ224ν2]T}\sigma_B(K, f) = \frac{\alpha}{(fK)^{\frac{1-\beta}{2}} \left\{ 1 + \frac{(1-\beta)^2}{24} \ln^2 \frac{f}{K} + \frac{(1-\beta)^4}{1920} \ln^4 \frac{f}{K} \right\}} \cdot \frac{z}{x(z)} \cdot \left\{ 1 + \left[ \frac{(1-\beta)^2}{24} \frac{\alpha^2}{(fK)^{1-\beta}} + \frac{\rho \beta \nu \alpha}{4 (fK)^{\frac{1-\beta}{2}}} + \frac{2 - 3\rho^2}{24} \nu^2 \right] T \right\} z=να(fK)1−β2ln⁡fK,x(z)=ln⁡{1−2ρz+z2+z−ρ1−ρ}z = \frac{\nu}{\alpha} (fK)^{\frac{1-\beta}{2}} \ln \frac{f}{K}, \qquad x(z) = \ln \left\{ \frac{\sqrt{1 - 2\rho z + z^2} + z - \rho}{1 - \rho} \right\}

KK は行使価格です。原論文の式にある「+⋯+\cdots」の高次の項は、ここでも落としています。記号は原論文と同じです(満期だけ TT と書きます)。ATM(K=fK = f)では z/x(z)=1z/x(z) = 1 になり、式は次の形に整理できます12。

σATM=αf1−β{1+[(1−β)224α2f2−2β+ρβνα4f1−β+2−3ρ224ν2]T}\sigma_{\text{ATM}} = \frac{\alpha}{f^{1-\beta}} \left\{ 1 + \left[ \frac{(1-\beta)^2}{24} \frac{\alpha^2}{f^{2-2\beta}} + \frac{\rho \beta \nu \alpha}{4 f^{1-\beta}} + \frac{2 - 3\rho^2}{24} \nu^2 \right] T \right\}

この式の利点は、計算が軽いことです。パラメータとフォワード、行使価格、満期から σB\sigma_B が決まり、あとはブラックの式にその値を渡すだけで価格が出ます13。2021 年の財務省の資料の筆者は、スワップションのスマイルの補間に SABR モデルが使われる理由を 2 点挙げています。1 点目は、近似式があって計算が速いことと、ブラック・モデルとの関係が明瞭なことです。2 点目は、パラメータが加わっているために、実際の値へのフィットが高まることです14。近似式の最後の TT の補正の項を落とすと、極端な場合に相対誤差が 3% を超えるため、この項を省けません15。

スマイルを補間して価格を出す手順は次のとおりです。合わせ方はキャリブレーションで扱います。

  1. 行使価格ごとの市場のボラティリティを集める。
  2. β\beta を決め、α\alpha、ρ\rho、ν\nu を市場の値に合わせる。
  3. ハーガン近似で、市場にない行使価格の σB\sigma_B を求める。
  4. σB\sigma_B をブラックの式に入れて価格を出す。
深掘り行使価格がフォワードに近いときの近似と、傾きと曲がりの由来

行使価格がフォワードから遠くないとき、ハーガン近似は次の形に近似できます。原論文は、この形は価格づけには使わず、スマイルの定性的な形を見るためのものです16。

σB(K,f)≈αf1−β{1−12(1−β−ρλ)ln⁡Kf+112[(1−β)2+(2−3ρ2)λ2]ln⁡2Kf},λ=νf1−βα\sigma_B(K, f) \approx \frac{\alpha}{f^{1-\beta}} \left\{ 1 - \frac{1}{2}(1 - \beta - \rho\lambda) \ln \frac{K}{f} + \frac{1}{12} \left[ (1-\beta)^2 + (2 - 3\rho^2)\lambda^2 \right] \ln^2 \frac{K}{f} \right\}, \qquad \lambda = \frac{\nu f^{1-\beta}}{\alpha}

λ\lambda は、ボラティリティの変動の大きさ ν\nu が、今のフォワードでの局所的なボラティリティ α/f1−β\alpha / f^{1-\beta} に比べてどれだけ大きいかを表します。第 1 項が ATM のボラティリティ、第 2 項が傾き、第 3 項が曲がりです16。傾きの項は、2 つの部分に分かれます。

β\beta による傾き(−12(1−β)ln⁡Kf-\frac{1}{2}(1-\beta)\ln\frac{K}{f})は、β<1\beta < 1 ではいつも右下がりです。局所的なボラティリティ α/F1−β\alpha / F^{1-\beta} が、フォワードが高いほど低いためです。ρ\rho による傾き(12ρλln⁡Kf\frac{1}{2}\rho\lambda\ln\frac{K}{f})は、ボラティリティと原資産の価格が負の相関を持つときに右下がりになります。フォワードの大きな動きはボラティリティが高いときに起きやすく、ATM から遠い行使価格では高いボラティリティの環境が効きます。これが曲がりの項 112(2−3ρ2)λ2ln⁡2Kf\frac{1}{12}(2-3\rho^2)\lambda^2\ln^2\frac{K}{f} の由来で、ボルガ効果と呼ばれます16。

計算例

フォワード f=2.00%f = 2.00\%、満期 T=1T = 1 年のオプションで、パラメータが α=0.03\alpha = 0.03、β=0.5\beta = 0.5、ρ=−0.3\rho = -0.3、ν=0.4\nu = 0.4 の架空の例で考えます。まず、行使価格 K=2.50%K = 2.50\% について、近似式の途中の値を手順に分けて示します。値は式から計算し直しています。

ここでの α=0.03\alpha = 0.03 は、そのままボラティリティの水準 3% という意味ではありません。β=0.5\beta = 0.5 のときの水準の目安は α/f1−β=0.03/0.020.5≈21.2%\alpha / f^{1-\beta} = 0.03 / 0.02^{0.5} \approx 21.2\% で、ATM の値 21.40%(下記)に近くなります16。

手順 内容 値
1 ln⁡(f/K)\ln(f/K) −0.223144
2 (fK)(1−β)/2=(0.02×0.025)0.25(fK)^{(1-\beta)/2} = (0.02 \times 0.025)^{0.25} 0.149535
3 分母の中かっこ 1+(1−β)224ln⁡2+(1−β)41920ln⁡41 + \frac{(1-\beta)^2}{24}\ln^2 + \frac{(1-\beta)^4}{1920}\ln^4 1.000519
4 前半の項 α/(手順 2×手順 3)\alpha / (\text{手順 2} \times \text{手順 3}) 0.200518
5 z=να×手順 2×手順 1z = \frac{\nu}{\alpha} \times \text{手順 2} \times \text{手順 1} −0.444903
6 x(z)x(z) −0.460841
7 z/x(z)z / x(z) 0.965415
8 TT の補正の 3 つの項(順に α2\alpha^2、ρ\rho、ν2\nu^2 の項) 0.000419、−0.003009、0.011533
9 補正の係数 1+(手順 8 の合計)×T1 + (\text{手順 8 の合計}) \times T 1.008943
10 σB=手順 4×手順 7×手順 9\sigma_B = \text{手順 4} \times \text{手順 7} \times \text{手順 9} 0.195314

行使価格 2.50% のインプライド・ボラティリティは 19.53% です。ATM(K=2.00%K = 2.00\%)の式から求めた値は 21.40% です。

次の表は、行使価格を 5 つ変えて、パラメータを 1 つずつ動かした場合のインプライド・ボラティリティ(単位は %)です。1 行目が上の例で、2 行目以降は、変えたパラメータだけが違います。

設定 K = 1.0% 1.5% 2.0%(ATM) 2.5% 3.0%
上の例 32.1 25.4 21.4 19.5 19.1
α=0.036\alpha = 0.036 36.9 29.9 25.7 23.5 22.6
ρ=0\rho = 0 29.5 24.0 21.5 21.0 21.4
ν=0.2\nu = 0.2 28.1 23.9 21.3 19.6 18.5
ν=0.6\nu = 0.6 36.6 27.3 21.7 19.9 20.6
β=1\beta = 1(α=0.21\alpha = 0.21) 28.1 23.6 21.1 20.4 20.7
β=0\beta = 0(α=0.0042\alpha = 0.0042) 36.1 26.9 21.3 18.3 17.3

α\alpha を上げると全体が上がります。ρ\rho を 0 にすると、右下がりの傾きがなくなり、行使価格 2.5% が最も低い曲がったスマイルになります。ν\nu を大きくすると、両端が上がります。β\beta を小さくすると右下がりが急になり、行使価格 1.0% と 3.0% の差は、β=1\beta = 1 で 7.4 ポイント、β=0.5\beta = 0.5(上の例)で 13.0 ポイント、β=0\beta = 0 で 18.8 ポイントです。β=1\beta = 1 と β=0\beta = 0 の行では、ATM が近くなるように α\alpha を置き直しています。

スマイルを使うと価格がどう変わるかも見ておきます。割引係数は、ゼロレート 2%(連続複利)の 1 年で 0.980199 です。フォワードに対するコールの価格を、ブラックの式で、想定元本 1 あたりで求めます。

行使価格 SABR のボラティリティ その価格 ATM のボラティリティ 21.40% をそのまま使った価格
1.5% 25.38% 0.005176 0.005051
2.5% 19.53% 0.000269 0.000359

ATM のボラティリティを全部の行使価格に使うと、1.5% では価格が約 0.000125 低くなり、2.5% では約 0.000090 高くなります。ATM のボラティリティで出した価格は、行使価格 2.5% では SABR の価格の約 1.33 倍です。右下がりのスキューを入れないと、低い行使価格では価格を低く、高い行使価格では高く見積もります。

シミュレーターSABR モデルのパラメータとスマイルの形
入力
%
年
%
%
18202224262830323411.522.53インプライド・ボラティリティ(%)行使価格(%)19.53
  • SABR のスマイル(ハーガン近似)
  • ATM のボラティリティで一定

行使価格ごとのボラティリティと、コールの価格(想定元本 1)。「ATM の価格」は、全部の行使価格に ATM のボラティリティを使った価格

行使価格(%)ボラティリティ(%)SABR の価格ATM の価格ATM ÷ SABR
1.0032.100.0098260.0098021.00
1.5025.380.0051760.0050510.98
2.0021.400.0016700.0016701.00
2.5019.530.0002690.0003591.33
3.0019.120.0000280.0000572.05

ハーガン近似の手順(行使価格 2.5%)

手順内容値
1ln(f/K)−0.223144
2(fK)^((1−β)/2)0.149535
3分母の中かっこ 1 + (1−β)²/24·ln² + (1−β)⁴/1920·ln⁴1.000519
4前半の項 α/(手順 2 × 手順 3)0.200518
5z = (ν/α) × 手順 2 × 手順 1−0.444903
6x(z)−0.460841
7z/x(z)0.965415
8T の補正の 3 つの項(α²、ρ、ν²)0.000419、−0.003009、0.011533
9補正の係数 1 + (手順 8 の合計) × T1.008943
10σ_B = 手順 4 × 手順 7 × 手順 90.195314
ATM のボラティリティ(%)
21.40
行使価格 2.5% のボラティリティ(%)
19.53
水準の目安 α/f^(1−β)(%)
21.21
行使価格 0.5f と 1.5f のボラティリティの差(ポイント)
13.0
正なら右下がり
割引係数
0.980199

単純化している点

  • ハーガンらの近似式(Hagan ほか、2002)で、行使価格ごとのインプライド・ボラティリティを求めます。近似式は厳密な解ではなく、原論文の式の「+…」の高次の項を落としています。
  • コールの価格は、フォワードに対するブラックの式に、ゼロレートから求めた割引係数を掛けた値です。フォワードは正の値で、β = 0 の正規の形でも、負のフォワードは扱いません。
  • 表とグラフの行使価格は、フォワードの 0.5、0.75、1、1.25、1.5 倍です。手順の行使価格だけ、自由に選べます。
  • α は β によって大きさが違います(β = 1 で 0.2 前後、β = 0 で 0.004 前後)。スライダーは細かい刻み(0.0001)で、β が小さいときは数値の欄に打つほうが合わせやすくなります。
  • ρ は ±0.95 まで、ν は 1.5 までです。極端な値では近似式の精度が下がり、値が負になる行使価格が出ることがあります。

このシミュレーターは学習のために単純化した計算で、実際の取引の評価やリスク管理には使えません。(免責事項)

シミュレーターの説明

フォワード、満期、α、β、ρ、ν を動かして、行使価格ごとのインプライド・ボラティリティの曲線と、コールの価格の変わり方を見ます。初期値は上の計算例と同じです。ρ を 0 にすると曲がったスマイルになり、ν を上げると両端が上がり、β を 0 に近づけると右下がりが急になります(β を替えるときは、α を水準の目安 α/f^(1−β) が変わらないように合わせます)。表の「ATM のボラティリティで出した価格」は、スマイルを無視して全部の行使価格に ATM の値を使った価格で、SABR の価格との差を見られます。手順の表は、選んだ行使価格について、ハーガン近似の 10 の手順の値を並べます。

β の決め方と補間での使われ方

β\beta と ρ\rho は、どちらも右下がりの傾きを生みます。ある日の 1 つのスマイルからは、2 つを区別しにくく、β=0\beta = 0 と β=1\beta = 1 のどちらでも、同じ品質で市場のスマイルに合います。原論文は、スマイルから β\beta を決めるのは、市場のノイズに合わせることだと述べています17。β\beta の決め方には 2 つの道があります。バックボーンの過去の観測(フォワードと ATM のボラティリティの対数を並べた図)から求める方法と、あらかじめ β=1\beta = 1(ブラック・モデルに近い形)、β=0\beta = 0(正規モデル)、β=0.5\beta = 0.5 から選ぶ方法です18。

2021 年の財務省の資料によると、市場の慣行として β\beta を 0.5 に置く傾向があります。金融情報ベンダーのスワップションのボラティリティ・キューブのツールは、β=0.5\beta = 0.5 に置いたうえで、ATM の値を完全に一致させる制約をかけ、残りを市場の値に合わせています(2021 年時点)19。

β\beta を決めたあとのパラメータの合わせ方は、α\alpha のかわりに ATM のボラティリティ σATM\sigma_{\text{ATM}} を使う形にすると整理できます。α\alpha は、ATM の式を α\alpha について数値で解いて求めます20。入力は同じ満期と年限の、行使価格の違うスワップションのボラティリティで、市場の値と近似式の値の差の 2 乗を行使価格で足した合計を小さくするように合わせます21。

スワップションのボラティリティは、行使価格、満期、原資産のスワップの年限の 3 つの軸を持つ立体(ボラティリティ・キューブ)になります22。市場で価格が見える点は一部なので、スマイルは補間で作ります。スワップションのスマイルの補間には、SABR モデルが業界で汎用的に使われ、ベンダーのツールの標準の設定にもなっています(2021 年時点)23。実際にパラメータを合わせた例として、原論文は 2000 年 4 月 28 日の米ドルのスワップションの値を示しています。短い満期ほど ν\nu は大きく、満期が延びると小さくなりました。ρ\rho は、短い満期では 0 に近く、満期が延びると大きな負の値になりました。いずれも、原資産のスワップの年限による違いは小さいという結果でした24。

マイナス金利への対処

SABR モデルは、フォワードが負だと使えません。FβF^{\beta} が、FF が負のとき実数になるとは限らないためです。例外は β=0\beta = 0 で、正規モデルと同じ形になるため、負のフォワードでも使えます25。2002 年の原論文には、円金利のようにフォワードが負やゼロに近い市場では β=0\beta = 0 が欠かせないと考える立場がある、という記述があります18。

マイナス金利でも β\beta を 0 にせずに使うには、原資産にシフトを足す方法があります。この方法のシフテッド SABR モデルは、実務で広く用いられています(2021 年時点)。式は次のとおりです26。

dFt=αt(Ft+s)β dWt(1),dαt=ν αt dWt(2),dWt(1) dWt(2)=ρ dtdF_t = \alpha_t (F_t + s)^{\beta} \, dW^{(1)}_t, \qquad d\alpha_t = \nu \, \alpha_t \, dW^{(2)}_t, \qquad dW^{(1)}_t \, dW^{(2)}_t = \rho \, dt

ss がシフトの幅です。フォワードが −0.20%-0.20\% で、シフトが 2.00% の架空の例で考えます。Ft+s=1.80%F_t + s = 1.80\% で正になります。シフトの幅は、理屈のうえではフォワードが正になる値ならよいのですが、マイナス金利の深さは時期によって変わります。実務では商慣行で決まり、あるベンダーのツールの標準の設定は 200bp です(2021 年時点)27。データにシフトの幅が示されていないこともあります28。マイナス金利でも裁定が生じないように作り直した SABR モデルも開発されています29。

前提と限界

ハーガン近似は、SABR モデルの厳密な解ではなく、近似式です。原論文は、近似式の「+⋯+\cdots」の項はもっと小さいと述べていますが、高次の項は実装していません15。

低い金利や高いボラティリティの環境では、近似式が示す密度が負になることがあり、裁定が生じます。後の研究は、これを原点の近く、つまり低い行使価格の側の問題として論じています30。近似式の精度は、満期が長い場合、β\beta が 0 に近い場合、ν\nu が大きい場合に落ちます31。

SABR モデルは 1 つの満期の市場に向く形で、複数の満期にまたがって合わせるにはダイナミック SABR が必要です5。取引が少ない行使価格の値は更新が遅れていることがあり、スマイルを合わせるときに注意が要ります32。

モデルの前提が外れたとき、モデルの価格と市場の価格はずれます。SABR モデルは、ボラティリティが平均回帰せず、フォワードとボラティリティの相関が一定という前提で、スマイルの傾きと曲がりを 3 つのパラメータ(β\beta を決めたあとの α\alpha、ρ\rho、ν\nu)で表します。市場のスマイルがこの形から外れる満期や行使価格では、近似式の値が市場の値からずれます。ボラティリティ・キューブの補間に使うときも、補間した値は SABR の形を前提にしています。計算例では、ρ\rho を 0 にすると、行使価格 3.0% のインプライド・ボラティリティが 19.1% から 21.4% に動きます。

実務では、ローカル・ボラティリティと確率的ボラティリティを併用するモデルが使われることも少なくありません33。

注

  1. Hagan, Kumar, Lesniewski, Woodward, "Managing Smile Risk"(Wilmott magazine, 2002)の式 (2.15a)〜(2.15c)(印刷ページ 88。PDF の 5 ページ目)。原論文は F^\hat F、α^\hat\alpha と書き、本文では FtF_t、αt\alpha_t と書きます。 ↩

  2. 同論文の 2 節(印刷ページ 85〜86)。式 (2.1c) と (2.2c) で、フォワードの価格とフォワードのスワップレートが、それぞれの測度のもとでマーチンゲールになります。 ↩

  3. 服部孝洋「スワップション入門(モデル編)」(「ファイナンス」2021 年 10 月号)の 4.2「SABR モデルは確率的ボラティリティ・モデル」(印刷ページ 62〜63)。 ↩

  4. Hagan ほか、2.3 節(印刷ページ 88)。フォワードとボラティリティについて同次(homogenous)な、最も単純な確率的ボラティリティ・モデルという記述です。 ↩

  5. Hagan ほか、2.3 節(印刷ページ 88)。ダイナミック SABR は付録で扱うという記述です。 ↩ ↩2

  6. Hagan ほか、3.2 節(印刷ページ 93)。"the implied volatility curve shifts in the same direction and by the same amount as the price f" という記述です。 ↩

  7. Hagan ほか、3.1 節(印刷ページ 91)。α\alpha が曲線の高さ、ρ\rho が傾き、ν\nu がスマイルの出方を主に決めます。 ↩

  8. Hagan ほか、3 節(印刷ページ 90)。バックボーンは β\beta でほぼ決まり、β=0\beta = 0 は急な右下がり、β=1\beta = 1 はほぼ平らです。傾きは β\beta と ρ\rho の両方から生じます(印刷ページ 90〜91)。 ↩ ↩2

  9. 服部(2021)の BOX 2(印刷ページ 66)。α\alpha は水準、β\beta は傾き、ν\nu は曲がり、ρ\rho は傾きに影響し、ν=0\nu = 0 の場合は CEV モデルです。 ↩ ↩2

  10. 服部(2021)の 4.2 節(印刷ページ 63)。β=0\beta = 0 は正規モデル、β=1\beta = 1 はブラック・モデルです。 ↩

  11. Hagan ほか、式 (2.16)〜(2.17)(印刷ページ 89)。原論文は満期を text_{\text{ex}} と書きます。服部(2021)の BOX 1(印刷ページ 65)も同じ式で、ハーガン近似と呼びます。 ↩

  12. Hagan ほか、式 (2.18)(印刷ページ 89)。ATM では z/x(z)→1z/x(z) \to 1 になります。 ↩

  13. Hagan ほか、2.3 節末尾(印刷ページ 90)。"once this formula is programmed, we just need to send the options to a Black pricer"。 ↩

  14. 服部(2021)の 4.1 節(印刷ページ 62)。 ↩

  15. Hagan ほか、2.3 節末尾(印刷ページ 90)。最後の行を省くと、極端な場合に相対誤差が 3% を超えるという記述です。 ↩ ↩2

  16. Hagan ほか、式 (3.1a)〜(3.1b)(印刷ページ 90〜91)。"should not be used to price real deals" とあります。傾きと曲がりの由来の説明は、同 3 節(印刷ページ 90〜91)です。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  17. Hagan ほか、3.1 節(印刷ページ 91)。Figure 3.3 は、β=0\beta = 0 と β=1\beta = 1 の両方でスマイルが同じくらい合う例です。 ↩

  18. Hagan ほか、3.1 節(印刷ページ 91)。β=1\beta = 1 は外国為替のオプションのデスクなど、β=0\beta = 0 はフォワードが負やゼロに近い円金利などの市場、β=1/2\beta = 1/2 は米国金利のデスクが支持するとされます。 ↩ ↩2

  19. 服部(2021)の 4.3 節(印刷ページ 63)と BOX 2(印刷ページ 66)。BOX 2 は、市場慣行で β\beta が 0.5 とされる傾向があるという記述です。 ↩

  20. Hagan ほか、3.1 節(印刷ページ 91〜92)。ATM の式を α\alpha について、必要なときにその場で逆に解くという記述です(式 (2.18))。 ↩

  21. 服部(2021)の 4.3 節(印刷ページ 63)。式 (6)(行使価格ごとの差の 2 乗の合計)です。 ↩

  22. 服部(2021)の 4.4 節(印刷ページ 64〜65)。 ↩

  23. 服部(2021)の 4.1 節(印刷ページ 61)。 ↩

  24. Hagan ほか、表 3.1、3.2 を説明する本文(印刷ページ 92)。データは 2000 年 4 月 28 日の「m into n」のスワップションです。 ↩

  25. 服部(2021)の 4.5 節と注 23(印刷ページ 65)。 ↩

  26. 服部(2021)の 4.5 節(印刷ページ 65)。 ↩

  27. 服部(2021)の 2.4 節(印刷ページ 58〜59)と 4.5 節(印刷ページ 65)。 ↩

  28. 服部(2021)の注 7(印刷ページ 59)。 ↩

  29. 服部(2021)の注 16(印刷ページ 62)。Hagan ほか(2014)の Arbitrage-Free SABR などを挙げています。 ↩

  30. Gulisashvili, Horvath, Jacquier, "Mass at zero and small-strike implied volatility expansion in the SABR model" の序論冒頭(1 ページ)。 ↩

  31. 同論文の序論(1 ページ)。"typically loses accuracy for long-dated derivatives, when the CEV exponent (the parameter β) is close to zero, or when the volatility of volatility ν is large"。 ↩

  32. Hagan ほか、3.1 節(印刷ページ 91)。フォワードから離れた行使価格の気配は、更新が遅れている可能性があるという記述です。 ↩

  33. 服部(2021)の注 17(印刷ページ 62)。 ↩