取引の記録の照合や規制当局への報告では CDM の採用が公表され、担保や決済の業務ではトークン化の調査と実験が行われています。
デジタル化が指す 3 つの動き
デリバティブの取引と業務のデジタル化は、次の 3 つの動きに分けて扱います。内容は 2026 年 10 月時点の資料にもとづきます。
| 動き | 変えようとすること | 資料が示す状況 |
|---|---|---|
| 取引データの標準 | 会社ごとに違う、取引とイベントの表し方をそろえる | CDM が 2023 年 2 月にオープンソースで公開された1 |
| 報告規則のコード化 | 報告の規則の解釈を、機械が実行できるコードにする | 日本取引所グループ(JPX)が 2025 年 6 月に、CDM にもとづくデジタル規制報告(DRR)の並行運用を発表した2 |
| 資産のトークン化 | 資産や預金を、分散型台帳上のトークンで表し、移転と決済に使う | 2024 年 10 月の金融安定理事会(FSB)の報告書で、規模は小さいとされた3 |
CDM のモデルの仕組みはISDA CDMで扱います。ここで扱うのは、誰がどう使い始めたか、トークン化など周辺の動きです。
背景:照合と手作業を減らしたい
取引のライフサイクルの出来事の記録のしかたが会社ごとに違うと、その違いを埋める照合が必要になります。標準の表し方によって、照合と手作業を減らし、一続きで処理するストレート・スルー・プロセシングを進めることが、CDM の目的の 1 つです4。
表し方が会社ごとに違えば、2 社の間で記録を照合して違いを埋める必要があります。CDM は記録の送り先ではなく、記録の表し方の約束です。どちらの会社も標準のデータモデルである CDM の表し方で記録すれば、違いを埋める照合と手作業を減らしやすくなります。
CDM の採用の経緯
CDM(Common Domain Model)は、金融商品、取引、取引のライフサイクルの出来事を、機械が読んで実行できる形で表すデータモデルです。次の表は、ICMA の公表と、FINOS(Fintech Open Source Foundation)のブログ(2025 年 10 月)などで確かめられた日付の出来事です。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2021 年 7 月 21 日 | ICMA が、レポと債券の CDM プロジェクトのフェーズ 1 のイベントを開く5 |
| 2022 年 9 月 | ISDA、ISLA、ICMA が、見積依頼(RFQ)の手続きを経て FINOS を選んだと発表する1 |
| 2023 年 2 月 | ICMA が、レポと債券の CDM プロジェクトのフェーズ 2 を完了する5 |
| 2023 年 2 月 16 日 | FINOS が、CDM のオープンソースでの公開を発表する1 |
| 2025 年 6 月 | CDM 6.0 が公開される。商品定義、支払い構造、証拠金計算が簡単になる2 |
| 2025 年 10 月 20 日 | CDM が FINOS の Active Project になる2 |
CDM の範囲は、店頭デリバティブ、現物の証券、証券金融、コモディティです6。個別の公表として、ICMA は、レポの約定、清算、決済と、再評価、利払い、担保の差し替えなどのライフサイクルの処理を自動にできるようにしました5。ISLA は、証券貸借の取引前と取引後の処理に CDM を拡張しました2。
CDM は、FINOS の Active Project の要件を満たしました。メンテナーには ISDA、ISLA、ICMA、JPMorganChase、REGnosys、TradeHeader の関係者がいます。FINOS のブログは、機関が本番や試験での導入を進めていると伝えています2。
取引報告のデジタル化
ISDA の DRR は、業界で合意した新しい報告規則や改正の解釈を、CDM を使って機械が実行できるコードにする仕組みです7。報告の義務と手順そのものは規制当局への報告で扱います。この仕組みの採用の公表は、FINOS のブログにもとづくと次のとおりです2。
- BNP Paribas が 2022 年に、CFTC の規則向けの DRR を導入した。
- JPMorganChase が、DRR を主要な報告の仕組みとして採用した。
- JPX が 2025 年 6 月に、CDM にもとづく DRR を本番環境と並行して使っていると発表した。ブログは、日本の金融機関として、また清算機関として世界で初めてだと書いている。
- DTCC と Goldman Sachs などが、仕組みの開発を支え、試験や導入を進めている。
スマート・コントラクトとデリバティブ
スマート・コントラクトは、あらかじめ決めた条件が満たされると、処理が自動で実行される仕組みです。デリバティブでの使い方として公表されているのは、次の 2 点です。
CDM の解説資料(CDM Smart Contracts Overview)に、変動金利の確定のような取引後の出来事について、CDM を使って標準化した、機械が実行できる処理の流れが載っています8。また、ISDA と Tokenovate は、取引後の出来事の自動化に使う、CDM の関数と処理の部品のオープンソースのライブラリを作る作業部会(Smart Contract Task Force)を設けると発表しました2。
どちらも、仕組みづくりと標準づくりの公表です。
資産のトークン化
FSB の報告書は、トークン化を、分散型台帳技術(DLT)などの新しい技術で、資産をトークンという電子的な形で発行し、表すことと定義しています。株式、債券、銀行預金のどの資産も対象になります9。暗号資産を原資産にしたデリバティブは、ここには含めません。FSB の報告書も、中央銀行デジタル通貨と暗号資産を対象から外しています9。
DLT は、複数の当事者で共有できる台帳に、情報を記録するための規約と基盤です。台帳に誰が書き込めるかで、参加者を調整する団体が承認する「許可型」と、誰でも参加できる「非許可型」に分かれます10。FSB が調べた、従来からの金融機関の取り組みの多くは、許可型のプラットフォームでトークンを発行していました11。
担保や決済に関して、FSB の報告書が挙げる点は次のとおりです。
- 効果として、トークン化を進める側は、2 つの受け渡しを同時に決済する仕組み(アトミック決済)で、担保が拘束される期間を短くでき、相手方のリスクと決済のリスクを減らせる可能性を挙げる。運営上の障壁を取り除いて、特定の資産を担保に使いやすくすることも挙げる12。
- 流動性の負担として、同じ報告書は、決済が取引ごとにその場で行われると、必要な資金が増え、市場参加者が手元に置く流動性が減る恐れがあると書く13。
- 自動清算として、同じ報告書は、スマート・コントラクトのプログラムで、担保の不足を検知して自動で清算する仕組みを置けると書く。元の資産の市場が閉じているときにトークンの取引が続く場面などでは、売りが広がる恐れがあると指摘する13。
- 再担保として、台帳上で別の取引と組み合わせやすい性質から、受け取ったトークンの再担保が重なると、システム全体のレバレッジが積み上がる恐れがある。トークンを担保にするときのヘアカットを定める規制は、まだ十分でない可能性があるとされる14。
資産の側だけでなく、決済に使うお金の側の実験もあります。ニューヨーク連邦準備銀行は 2024 年 4 月 3 日に、BIS イノベーション・ハブと国際金融協会(IIF)が進めるプロジェクト・アゴラ(Project Agorá)への参加を発表しました。中央銀行のお金と商業銀行の預金をトークン化し、共有するプログラム可能な台帳で動かして、卸売の国境をまたぐ支払いを改善できるかを調べる研究です。参加する 7 つの中央銀行には日本銀行も入っています。ニューヨーク連邦準備銀行は、同行の参加が研究と実験に限られると断っています15。
CDM の側でも、トークン化を扱う作業部会(Tokenized Assets Working Group)が、トークン化した資産を異なる基盤の間で一貫して動かすためのデータと処理の標準を作っていると伝えられています2。
期待される効果と課題
次の表は、FSB の報告書にある、トークン化の期待される効果と、同じ報告書が挙げる条件や課題です1216。
| 期待される効果 | 資料が挙げる条件や課題 |
|---|---|
| 決済の効率化。条件が満たされたときだけ両方の受け渡しが行われる | 前払いなどで必要な流動性が増える。流動性を節約する仕組みがないと負担が増す |
| 業務の自動化や仲介者の減少による費用の削減 | 効果の多くはまだ実証されておらず、トークン化でなくても得られるものがある。標準化されていない資産ほど、トークンへの変換が難しい |
| 分割保有などによる投資家の選択肢の広がり | 証券化など、今の仕組みでもできるものがある |
| 記録の透明性が上がり、照合が減る | プラットフォームの間、またプラットフォームと既存の金融の仕組みの間で、相互運用が足りない |
効果の多くは、取引、資産の決済、お金の決済を同じ基盤か、完全に相互運用できる基盤で行えることに依存します。FSB の報告書(2024 年 10 月)の時点では、多くのトークン化資産に、そうした基盤がありません。お金の決済に使う資産が基盤の上で使えるとは限らず、国をまたぐと法律や規制の違いもあります16。導入にあたっては、既存の仕組みと DLT の仕組みを並行して動かす費用がかかり、運営時間の違いや流動性の分断も管理が必要です16。長い目では、既存の仕組みと DLT の仕組みが併存する可能性もあるとされています12。
規制当局の見方
FSB は 2024 年 10 月 22 日に、トークン化と金融安定についての報告書を公表しました。報告書は、公開されたデータは限られるが、トークン化の採用の度合いは低く、増えているようだとしています。主に規模が小さいため、金融分野でのトークン化は、今のところ金融安定への重大な脅威にはなっていないと結論しています3。
報告書は、DLT を使ったトークン化に関わる脆弱性を、流動性と満期のミスマッチ、レバレッジ、資産の価格と質、相互のつながり、運営面のもろさに分けています。トークン化の部分が大きく広がる場合、複雑さと不透明さが強いストレスのときに予測しにくい結果を生む場合、脆弱性が監督や規制で十分に扱われない場合には、金融安定への影響があり得るとしています3。
FSB は、当面の課題として、採用状況を見るためのデータの不足を埋める方法、トークン化とその機能が既存の法律、規制、監督にどう当てはまるかの理解、国境をまたぐ規制・監督の情報共有を挙げています3。FSB の文書は、FSB の活動の決定を含め、加盟国を法的に拘束するものではないと冒頭で断っています。
この記事が書いていないこと
次のことは、この記事では扱いません。
- 利用者の数や割合、改善や効果の大きさ、業界全体での利用の広がり
- 報告の誤りの減り方と、ISDA 自身の資料にもとづく DRR の詳細
- デリバティブの取引や担保がスマート・コントラクトで動いている規模
- 2025 年 10 月より後の CDM の動きと、2024 年 10 月の FSB の報告書より後の規制の動き、各国の個別の制度
注
-
FINOS「FINOS Launches Common Domain Model Project in Partnership with ISDA, ISLA and ICMA for Standardizing Financial Products and Workflows」(2023 年 2 月 16 日)。オープンソースでの公開の発表と、2022 年 9 月の FINOS の選定の記述。 ↩ ↩2 ↩3
-
FINOS「From Standards to Impact: CDM Becomes an Active FINOS Project」(2025 年 10 月 20 日)。"CDM in Practice" の DRR の採用と ISLA の拡張、"New CDM Applications" の作業部会、CDM 6.0 と 7.0(2025 年 11 月の予定)、メンテナーの所属。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
-
FSB「The Financial Stability Implications of Tokenisation」(2024 年 10 月 22 日)の Executive summary(報告書の 1〜2 ページ)。採用の規模、脆弱性の分類、現時点で重大なリスクではないとの結論、金融安定への影響が出うる条件、FSB と各国当局への初期の論点。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
FINOS「Overview of the FINOS CDM」の "Purpose"。相互運用と一続きの処理、照合の減少、技術の適用の土台、規制報告の一貫性。 ↩
-
ICMA「FINOS Common Domain Model (CDM)」のページ。2021 年 7 月 21 日のフェーズ 1 のイベントの案内、2023 年 2 月のフェーズ 2 の完了と、再評価、利払い、担保の差し替えなどのライフサイクルの処理の記述。 ↩ ↩2 ↩3
-
FINOS「Overview of the FINOS CDM」の "Scope"。 ↩
-
FINOS「Overview of the FINOS CDM」の、"What is the FINOS CDM?" の後の ISDA の Digital Regulatory Reporting の説明。 ↩
-
FINOS「Overview of the FINOS CDM」の、"What is the FINOS CDM?" の後の追加の解説資料の一覧のうち "CDM Smart Contracts Overview"。 ↩
-
FSB 報告書の Executive summary(1 ページ)と 1 章 Introduction(3 ページ)。トークン化の定義、対象にする資産、対象から外す中央銀行デジタル通貨と暗号資産。 ↩ ↩2
-
FSB 報告書の 2.2 節 "DLT-based tokenisation and its key features"(6〜7 ページ)。DLT の説明と、許可型と非許可型の区別。 ↩
-
FSB 報告書の 2.3 節(10 ページ)。分析した取り組みの多くが許可型のプラットフォームでのトークン発行であること。 ↩
-
FSB 報告書の 2.4 節 "Potential benefits of tokenisation"(10〜11 ページ)。効果の一覧、担保として使いやすくなるという提唱側の見方、効果が確かめられていないという記述。 ↩ ↩2 ↩3
-
FSB 報告書の 3.1 節 "Liquidity and maturity mismatch"(15 ページ)。前払いの流動性の負担と、スマート・コントラクトによる自動の清算。 ↩ ↩2
-
FSB 報告書の 3.2 節 "Leverage"(16 ページ)。再担保によるレバレッジの積み上がりと、ヘアカットを定める規制の不足の可能性。 ↩
-
ニューヨーク連邦準備銀行「New York Fed to Participate in Joint International Research Effort on Tokenization and Cross-Border Payments」(2024 年 4 月 3 日)。 ↩
-
FSB 報告書の Executive summary(1 ページ)、2.2 節 "Choice of settlement asset"(8 ページ)、2.4 節(11 ページ)、2.5 節 "Key challenges for scaling tokenisation"(12〜13 ページ)。 ↩ ↩2 ↩3