デリバティブの清算、報告、取引基盤での取引、KID の作成と提供、ベンチマークの管理といった業務で、欧州や英国のどの規制が関わるかを探す場面で出てきます。

EU の法令の種類と、細則を作る機関

EU の規則(Regulation)は、拘束力を持つ法令で、EU 全体にそのまま適用されます。指令(Directive)は、加盟国が達成すべき目標を定めます。目標をどの国内法で実現するかは、各加盟国が決めます1。デリバティブの規制は、次の節で挙げる規則と指令で成り立っています。

法案は欧州委員会が提案します2。EMIR の改正のうち清算に関する部分では、欧州議会と EU 理事会の政治合意が 2024 年 2 月 7 日にありました3。

条文の細則は、技術基準が定めます。たとえば欧州市場インフラ規則(EMIR)では、規制技術基準(RTS)と実施技術基準(ITS)の草案を欧州証券市場監督機構(ESMA)が作ります4。このうち RTS は、ESMA の草案をもとに、欧州委員会が委任規則として採択します35。草案を作る ESMA と、採択する欧州委員会は、別の機関です。

欧州委員会欧州議会と EU 理事会ESMA法案を提案する法案を採択するRTS の草案を作る委任規則を採択する
図 1EU の法案と技術基準を作る流れ
図の説明

図は、草案を作る機関と採択する機関が別であることを示します。実施技術基準(ITS)の採択は、この図には描きません。すべての法令がこの順に進むとは限りません2345。

主な規制と、それぞれが定めること

デリバティブに関わる主な規制は、次の 5 つの系統です。

規制 根拠の法令 内容
欧州市場インフラ規則(EMIR) 規則(EU)No 648/20126 清算義務(条件を満たす店頭デリバティブ)、リスク軽減(清算されない取引)、取引情報蓄積機関への報告(すべてのデリバティブ取引)4
金融商品市場指令(MiFID II)と金融商品市場規則(MiFIR) MiFID II は指令 2014/65/EU、MiFIR は規則(EU)No 600/201478 取引基盤の要件(MiFID II)、取引の透明性、報告、取引義務(MiFIR)98
資本の規則(CRR と CRD) 規則(EU)No 575/2013 と指令 2013/36/EU1011 銀行と投資会社の健全性の要件
ベンチマーク規則(BMR) 規則(EU)2016/101112 金融商品や金融契約で使う指標などが対象12
PRIIPs 規則 規則(EU)No 1286/201413 組成者と販売者に、基礎情報の文書(KID)の提供を求める14

法令の日付は、legislation.gov.uk に掲載された題名に付く日付です。EMIR は 2012 年 7 月 4 日、MiFID II と MiFIR は 2014 年 5 月 15 日、CRR と CRD は 2013 年 6 月 26 日です。BMR は 2016 年 6 月 8 日、PRIIPs 規則は 2014 年 11 月 26 日です。

EMIR は、清算機関と取引情報蓄積機関の基準も定めます4。2012 年 8 月 16 日に発効し4、2019 年(Refit)と 2024 年(EMIR 3)に改正されました3。詳細はEMIRで扱います。

MiFID II は取引基盤の組織の要件などを定め、商品デリバティブのポジション制限も定めます9。MiFIR は、取引の透明性、取引の報告、一部のデリバティブを規制された取引基盤で取引する義務を定めます98。詳細はMiFID II と MiFIRで扱います。

資本の規則のうちデリバティブに関わる部分の例は、取引相手の信用リスクと CVA リスクの所要自己資本、清算機関へのエクスポージャー、デリバティブのエクスポージャー額の算定です。これらは例で、すべてではありません10。

欧州委員会は、資本の規則(CRR と CRD)の全体を Basel III の国際基準を EU 法に取り入れるものと説明しています。CRD VI と CRR III は 2024 年 7 月 9 日に発効しました15。

ベンチマーク規則は、投資ファンドの運用成績を測る指標も対象にします12。欧州委員会は、LIBOR をめぐる問題を受けて、ベンチマークを定める規則がないことへの懸念が高まったと説明しています16。

PRIIPs 規則の対象は、個人投資家向けのパッケージ型の投資商品と、保険を組み込んだ投資商品です14。

EU と英国の当局

EU では、欧州委員会、ESMA、欧州銀行監督機構(EBA)、欧州中央銀行(ECB)、各国の当局が役割を分けます。

機関 役割
欧州委員会 法案の提案、委任規則の採択、第三国の枠組みが EU と同等だと認める決定を行います3
ESMA EU の金融市場の規制と監督を担う独立の機関。使命は投資者の保護、秩序ある市場、金融の安定です17
EBA 銀行部門の健全性を守る独立の EU 機関で、金融機関向けの統一ルールを作ります18
ECB 単一監督メカニズム(SSM)のもとで、ユーロ圏の金融機関の健全性を監督する中心の機関です19
各国の当局 各国の証券・資本市場の監督を担います17

ECB は最大手の銀行を直接監督し、残りの銀行は各国の当局が見ます19。商品デリバティブのポジション制限は、各国の当局が決めます9。

EMIR では、同等性の決定をもとに、EU の外の清算機関と取引情報蓄積機関を使える仕組みがあります3。ESMA は、取引情報蓄積機関の監督と、登録の付与や取り消しを担い3、各国の当局の監督の収れんも進めます17。

英国では、英国金融行為監督機構(FCA)、健全性規制機構(PRA)、イングランド銀行が役割を分けます。

機関 役割
英国金融行為監督機構(FCA) 英国の金融サービス会社の行為を規制し、設定した基準を守らせます20
健全性規制機構(PRA) イングランド銀行の一部で、金融機関の健全性を規制し、監督します21
イングランド銀行 英国の中央銀行です。PRA を通じて主要な銀行などを規制し、金融市場インフラも監督します22

PRA が規制し、監督する対象は、銀行、住宅金融組合、信用組合、保険会社、大手の投資会社です。方針は PRA のルールブックで定めます21。イングランド銀行が監督する金融市場インフラには、決済システムや清算機関などがあります22。

FCA は、2013 年 4 月 1 日に、金融サービス機構(FSA)から行為規制と一部の健全性規制を引き継ぎました20。

英国の EU 離脱後の枠組み

英国が EU を離脱した後も、EU の規則の多くは英国の法として残りました。EU 離脱法は、離脱の移行期間の終わりの直前に有効だった EU の規則などを、その時点から英国の国内法の一部と定めています2324。

離脱後に英国の国内法の一部となった EU の規則を、英国は 2024 年 1 月 1 日から「assimilated law」と呼びます。それ以前は retained EU law でした2526。

英国に残った EU の規則は、英国が別に改正します。legislation.gov.uk は、英国版を英国国立公文書館が、EU 版を EUR-Lex が公表すると明記しています27。そのため、英国版と EU 版は、条文が一致するとは限りません。

2023 年金融サービス・市場法(FSMA 2023)は、金融サービスと市場に関する assimilated law の廃止を定めます。対象には、EMIR、CRR、MiFIR、PRIIPs 規則、ベンチマーク規則が挙がっています28。ただし、廃止は規制がなくなることを意味するとは限りません28。

この廃止の規定は成立時には施行されておらず、目的を限って段階的に施行されています28。どの規則の条文が、いつ、どこまで変わったかは、規則ごとに異なります29。

規制の種類ごとに、読むページ

規制の種類ごとに、EU の主な根拠と、このサイトで読めるページを次の表に示します。

条番号と見出しは、2026 年 10 月 1 日から 3 日時点で legislation.gov.uk が掲載する英国版の改訂版を確かめました。EU 版の現行の条文は、EU の法令データベース(EUR-Lex)が載せており、英国版と同じとは限りません。

規制の種類 EU の主な根拠 読むページ
清算 EMIR 第 4 条(清算義務)、MiFIR 第 29 条(規制市場で取引されるデリバティブの清算)308 EMIR
報告 EMIR 第 9 条(報告義務)、MiFIR 第 26 条(取引の報告)308 EMIR、MiFID II と MiFIR
取引執行 MiFIR 第 28 条(規制市場、MTF、OTF での取引義務)8 MiFID II と MiFIR
証拠金 EMIR 第 11 条(清算されない店頭デリバティブのリスク軽減)30 EMIR
投資者保護 MiFID II(投資サービス)、PRIIPs 規則(基礎情報の文書)3114 MiFID II と MiFIR
ベンチマーク ベンチマーク規則(BMR)12 指標金利とは、LIBOR からの移行
資本 CRR と CRD10 EU の記事はまだありません

欧州の金融機関が、清算機関で清算されない店頭デリバティブと、清算される店頭デリバティブを結ぶ架空の例で考えます。

架空の取引 関わりうる行と条 開くページ
欧州の金融機関が、清算機関で清算されない店頭デリバティブを結んだ 「証拠金」の行(EMIR 第 11 条)と「報告」の行(EMIR 第 9 条、MiFIR 第 26 条)308 EMIR、MiFID II と MiFIR
欧州の金融機関が、清算機関で清算される店頭デリバティブを結んだ 「清算」の行(EMIR 第 4 条)と「報告」の行30 EMIR

清算されない取引には、清算されない店頭デリバティブのリスク軽減を扱う「証拠金」の行が関わりうると読めます。「報告」の行は、EMIR と MiFIR の別々の義務が並びます。清算される取引では、「証拠金」の行の条の見出しが清算機関で清算されない取引を対象にしているため、この行は当てはまらないと読めます。「清算」の行と、別に「報告」の行が関わりうると読めます30。

この記事が書いていないこと

廃止後の英国での扱いと、個別の取引への規制の適用の有無は、この記事では扱いません。

注

  1. European Union の "Types of legislation" のページの "Regulations" と "Directives"(2026 年 10 月 3 日に確認)。 ↩

  2. European Union の "European Commission" のページ冒頭の説明の段落と、見出し "Proposes new laws" の下(2026 年 10 月 3 日に確認)。 ↩ ↩2

  3. 欧州委員会の "Derivatives / EMIR" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)の "Policy making timeline"、"Relevant legislation"、"Objectives of EMIR"、"Equivalence decisions under EMIR"。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7

  4. ESMA の "Post-trading" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。EMIR の節と "ESMA measures implementing EMIR" の節。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5

  5. ESMA の CCP のカレッジの規制技術基準の草案の報道発表(2020 年 3 月 30 日付。2026 年 10 月 3 日に確認)の "Next steps"。CCP のカレッジの規制技術基準の例で、一般則ではありません。 ↩ ↩2

  6. legislation.gov.uk の規則(EU)No 648/2012 の題名("of 4 July 2012")。英国版の改訂版で、2026 年 10 月 1 日までの変更を反映しています。 ↩

  7. legislation.gov.uk の指令 2014/65/EU の題名("of 15 May 2014")。EU の指令は相互参照のために掲載され、IP completion day 以降の改正は反映されていません。 ↩

  8. legislation.gov.uk の規則(EU)No 600/2014 の題名("of 15 May 2014")と目次の Title II、第 26 条、第 28 条、第 29 条。2026 年 10 月 1 日までの変更を反映しています。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7

  9. ESMA の "Trading" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。"Fairer, safer and more efficient markets" の節(取引基盤の要件)、"Greater transparency" の節(取引義務)と "Commodity derivatives" の節(MiFID II 第 57 条のポジション制限)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  10. legislation.gov.uk の規則(EU)No 575/2013 の題名("of 26 June 2013")と目次の Part Three の Title II Chapter 6、Title VI、第 429a 条。 ↩ ↩2 ↩3

  11. legislation.gov.uk の指令 2013/36/EU の題名("of 26 June 2013")。EU の指令は相互参照のために掲載され、IP completion day 以降の改正は反映されていません。 ↩

  12. legislation.gov.uk の規則(EU)2016/1011 の題名("of 8 June 2016")。2026 年 10 月 1 日の時点で、2023 年金融サービス・市場法の附則 1 第 1 部による廃止が、本文に反映されていない変更として載っています。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  13. legislation.gov.uk の規則(EU)No 1286/2014 の題名("of 26 November 2014")。題名に "(revoked)" が付いています。 ↩

  14. 欧州委員会の PRIIPs のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。PRIIPs の説明と、"Key information documents for PRIIPs" の節の、組成する者と販売する者に KID の提供を義務づける旨。 ↩ ↩2 ↩3

  15. 欧州委員会の "Prudential requirements" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)の "What the EU is doing and why" と "Policy making timeline"。 ↩

  16. 欧州委員会の "Markets integrity: Benchmarks and market abuse" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。"What the EU is doing and why" の節。 ↩

  17. ESMA の "About ESMA" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。使命(投資者保護、秩序ある市場、金融の安定)、独立した機関であること、各国の当局(NCAs)の監督の収れんを進めること。 ↩ ↩2 ↩3

  18. 欧州銀行監督機構の "About us" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。冒頭の説明と "Activities" の節。 ↩

  19. 欧州委員会の "Single supervisory mechanism" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。ECB がユーロ圏などの金融機関の中心の健全性監督者であり、最大手の銀行を直接監督し、残りは各国の監督当局が見る旨。 ↩ ↩2

  20. 英国金融行為監督機構(FCA)の "About the FCA" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認。ページの更新日は 2026 年 7 月 9 日)の "Our role"。 ↩ ↩2

  21. イングランド銀行の "Prudential regulation" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。PRA の説明と、PRA ルールブックで方針を定める旨。 ↩ ↩2

  22. イングランド銀行の "What does the Bank of England do?" のページ(2026 年 3 月 12 日更新)。"What we do" と "Our supervision supports critical infrastructure"。 ↩ ↩2

  23. European Union (Withdrawal) Act 2018 の第 3 条第 1 項。legislation.gov.uk の改訂版(2026 年 10 月 3 日に確認)。 ↩

  24. European Union (Withdrawal Agreement) Act 2020 の第 39 条の "IP completion day" の定義(2020 年 12 月 31 日午後 11 時)。本文の「離脱の移行期間の終わり」は、この日を指します。 ↩

  25. European Union (Withdrawal) Act 2018 の第 7 条の見出し("Status of assimilated law")。見出しの語の置き換えの注(2024 年 1 月 1 日)。 ↩

  26. Retained EU Law (Revocation and Reform) Act 2023 の目次の見出し "Assimilation of retained EU law" と第 5 条 "Assimilated law"。 ↩

  27. legislation.gov.uk の規則(EU)No 600/2014 のページの注記(英国版は legislation.gov.uk、EU 版は EUR-Lex が公表する旨)。ほかの規則のページにも同じ注記があります。 ↩ ↩2

  28. Financial Services and Markets Act 2023 の第 1 条と附則 1 第 1 部、目次の第 4 条と第 6 条、第 1 条の施行の注。legislation.gov.uk の改訂版(2026 年 10 月 3 日に確認)。 ↩ ↩2 ↩3

  29. legislation.gov.uk の EMIR と BMR のページの "Changes and effects yet to be applied"(2026 年 10 月 1 日時点)。PRIIPs 規則の題名と MiFID II のページの "Status"。 ↩ ↩2

  30. ESMA の EMIR の Interactive Single Rulebook(2026 年 10 月 3 日に確認)の第 4 条、第 9 条、第 11 条の見出し。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6

  31. 欧州委員会の "Investment services and regulated markets" のページ(2026 年 10 月 3 日に確認)。"What the EU is doing and why" の節。 ↩