金融機関の営業担当者は、デリバティブを顧客に提案するときの書面と説明を組み立てるのに使えます。顧客の側で取引を検討する担当者は受ける説明の中身を確かめるとき、社内規則を整える担当者は規則を点検するときに読みます。
提案と説明が必要な理由
提案と説明は、顧客がデリバティブの中身とリスクを理解したうえで、取引するかどうかを自分で決められるようにするための業務です。売る側の金融機関と顧客の間には、商品についての知識と情報に差があります。この差を情報の非対称性といいます。金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」の原則 5 は、この差を踏まえ、顧客が理解できる形で重要な情報を示すことを金融事業者に求めています1。
銀行については、金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」(以下、主要行等向けの監督指針)が、説明の態勢で確かめる着眼点を示しています。着眼点は、融資にデリバティブを組み合わせるときにも、デリバティブだけを取引するときにも当てはまります。この監督指針は、銀行法 12 条の 2 第 2 項と銀行法施行規則 13 条の 7 を踏まえ、顧客の知識、経験、財産の状況、取引の目的に合った説明の方法を社内規則などで定めることを銀行に求めています。社内規則に沿って業務を運ぶ体制の整備も求めています2。説明の手順や書式は各銀行が社内規則などで定め、監督指針の着眼点は例として示されています3。
過去には、中小企業に販売された為替デリバティブをめぐって、銀行や金融庁に苦情が寄せられました。輸入企業の典型的な契約は、円安なら利益、円高なら損失になる形でした4。
提案書と説明の書面に入れること
提案書と説明の書面には、取引の仕組み、損失が出る場合、途中でやめるときの扱いを、例を入れて具体的に書きます。主要行等向けの監督指針の着眼点の最初の項目は、商品内容とリスクを例も入れて分かりやすく解説した書面を渡して説明することです。実際の取引と違う例を使うときは、例が実際の取引と違うことも伝えます5。どの書面に何を書くかの決まりと、書面の名前(取引説明書、契約締結前交付書面)の違いは取引説明書と契約締結前交付書面で扱います。
| 入れること | 中身 | 根拠 |
|---|---|---|
| 商品の仕組み | 何と何をいつ受け払うか、損益が何の相場で決まるか | 主要行等向けの監督指針、原則 5 |
| ヘッジとしての効果 | 顧客の売上や仕入れの状況を踏まえて、契約の終わりまでヘッジとして働くか | 主要行等向けの監督指針 |
| リスク | 相場がどう動くと損失になり、どうなると経営や財務に重大な影響が出るか | 主要行等向けの監督指針 |
| 最悪のシナリオでの損失 | 想定最大損失額と、前提より悪くなれば損失がさらに広がること | 主要行等向けの監督指針 |
| 手数料などの費用 | 顧客が負担する費用の種類ごとの金額か計算方法 | 原則 4(契約の前に提供する情報では、金融商品取引業等に関する内閣府令 81 条) |
| 中途解約と解約清算金 | 途中でやめられるか、やめると解約清算金が出ること、その目安 | 主要行等向けの監督指針 |
| 選んだ理由 | この商品を提案する理由(顧客のニーズと意向に合うと考える理由) | 原則 5 |
ヘッジが目的の取引では、顧客の事業の状況を踏まえて契約の終わりまで有効なヘッジになるかを確かめ、その結果を説明します6。確かめ方は顧客のニーズの把握で扱います。
金融商品取引法が契約の前の情報の提供を求める取引(店頭デリバティブ取引を含む)では、提供する情報に顧客が払う費用も入れます。顧客が払う費用は、手数料、報酬などの名前によらず、種類ごとに示し、合計も示します。示すのは、金額か上限額か計算方法です。示せないときは、その旨と理由を示します7。
途中でやめられない取引ならそのことを、やめると解約清算金がかかるならその目安(最悪のシナリオを想定した試算額)を説明します8。
最悪のシナリオと許容できる損失額
最悪のシナリオは、取引の対象の相場や金利などが顧客に最も不利に動く場合を、過去のストレス時のデータなど合理的な前提で想定したものです。営業担当者は、最悪のシナリオでの想定最大損失額を、前提と違う状況になれば損失がさらに広がるおそれも含めて説明します5。
手数料を考えない場合の架空の例で考えます。H 社は事業会社で、1 年後に輸入の代金 100 万ドルを払います。営業担当者は、1 年後に 1 ドル 140 円で 100 万ドルを買う為替予約を提案します。予約の損益は、1 年後の直物相場で決まります。提案書では、最悪のシナリオを 1 年後に 1 ドル 100 円とします。
| 1 年後の直物相場 | 為替予約の損益(直物で買う場合との差) | 輸入の代金と合わせた支払い |
|---|---|---|
| 1 ドル 170 円 | 3,000 万円の得 | 1 億 4,000 万円 |
| 1 ドル 140 円 | 0 円 | 1 億 4,000 万円 |
| 1 ドル 120 円 | 2,000 万円の損 | 1 億 4,000 万円 |
| 1 ドル 100 円(最悪のシナリオ) | 4,000 万円の損 | 1 億 4,000 万円 |
| 1 ドル 90 円 | 5,000 万円の損 | 1 億 4,000 万円 |
為替予約の損益は、(直物相場 − 140 円) × 100 万ドルです。円安の 170 円なら、直物で買うより 3,000 万円安く買えます。最悪のシナリオの 100 円なら、直物で買うより 4,000 万円高く買うことになり、これが想定最大損失額です。前提より円高の 90 円なら、損は 5,000 万円に広がります。輸入の代金を予定どおり払うなら、どの相場でも H 社の支払いは 1 億 4,000 万円で変わりません。
営業担当者は、H 社が許容できる損失額も確かめます。H 社の許容額が 2,000 万円なら、最悪のシナリオの 100 円に至らなくても、120 円より円高になれば許容額を超えます。このように許容額を超える相場の水準があれば、営業担当者はそのことを H 社が理解できるように説明します5。証券会社などが店頭デリバティブを取引するときも、金融庁の「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(以下、金融商品取引業者等向けの監督指針)が、損失が許容額を超えるのは相場がどうなったときかの説明を着眼点に挙げています9。
為替予約の損失がそのまま H 社の損失になるのは、ヘッジの対象の輸入がなくなったときです。事業が縮小して 100 万ドルの支払いがなくなっても、140 円でドルを買う為替予約は残ります。1 年後の相場が 100 円なら、140 円で買ったドルを直物の 100 円で売ることになり、4,000 万円の損失がそのまま H 社に残ります。170 円なら、同じように売って 3,000 万円の得になります。営業担当者は、どんな相場になれば H 社の経営や財務に重大な影響が出るかを説明します5。
説明の流れ
次の順番は、監督指針の着眼点と法令の決まりを並べた一例で、担当する部署や書面の数を決めたものではありません。銀行の説明の方法は各銀行が社内規則などで定めます3。
図の説明
図は、下の手順 1〜4、6 の流れに、顧客が取引を決めることを加えたものです。営業担当者が聞き取りと書面の作成をし、金融機関が遅くとも契約の前に法令が定める情報を提供し、そのあと営業担当者が書面を渡して説明します。手順 4 では、許容できる損失額のほか、許容できる解約清算金の額も確かめます。説明のあとは、顧客が取引を決めることと、営業担当者が説明を受けたことを確かめて書面に残すことが並んでいて、前後は図では決めていません。手順 5 の、融資に影響しないことの説明は銀行だけの手順なので、図には入れていません。
- 営業担当者が、顧客のニーズを聞き取り、商品が顧客に合うかを確かめます(適合性の確認)。
- 営業担当者が、提案書と、商品内容やリスク、中途解約と解約清算金を解説した書面を作ります(主要行等向けの監督指針)。
- 金融機関が、遅くとも契約の前に、金融商品取引法 37 条の 3 が定める情報を顧客に提供します。提供の方法は、書面(契約締結前交付書面)を渡すか、電磁的方法です10。顧客が特定投資家なら、この決まりは適用されません11。
- 営業担当者が、手順 2 の書面を渡して説明し、顧客が許容できる損失額と、許容できる解約清算金の額を確かめます(主要行等向けの監督指針)。
- 銀行は、デリバティブを断ると融資に響くと顧客が心配することがあるため、必要に応じて、応じなくても融資に影響しないことを説明します。その説明を受けたことも顧客に確かめます(主要行等向けの監督指針)12。
- 営業担当者が、説明を受けたことを顧客に確かめ、書面に残します(主要行等向けの監督指針)。証券会社などでは、経営への影響が大きい取引で、顧客の社内の意思決定も確かめます(金融商品取引業者等向けの監督指針)。
説明の記録と約定の前後の確認
手順の 6 で説明を受けたことを確かめる書面(主要行等向けの監督指針の語では「確認書等」)は、約定の後に取引の条件を送り合う取引確認書(コンファメーション)とは別のものです13。
証券会社などについては、金融商品取引業者等向けの監督指針が、店頭デリバティブの契約の意思を、契約の中身と規模、顧客の業務と経営管理の態勢に見合った意思決定の手続きに注意して確かめる態勢を着眼点に挙げています。今後の経営を大きく左右しうる取引では、顧客の取締役会などで決めた契約かを確かめます14。
銀行は、約定の後も、顧客の業況と実需に応じてヘッジの有効性を確かめ直し、顧客に求められれば時価や解約清算金の額を知らせます15。
顧客本位の業務運営に関する原則
顧客本位の業務運営に関する原則は、金融庁が 2017 年 3 月に策定し、2024 年 9 月 26 日に改訂した、金融事業者の業務運営の原則です16。規則を細かく決める形ではなく、金融事業者がそれぞれの状況に応じて実質で顧客本位を実現できるよう、原則を示す形(プリンシプルベース・アプローチ)をとります。原則を採択した金融事業者は、方針を作って公表し、取り組みの状況を定期的に公表します。実施しない原則があれば、その理由や代わりの策を示します17。
提案と説明に関わるのは、主に次の 4 つです。
| 原則 | 中身 | 提案と説明での使い方 |
|---|---|---|
| 原則 2 | 顧客に誠実かつ公正に業務をし、顧客の最善の利益を図る | 提案の前提 |
| 原則 4 | 名目を問わず、手数料などの費用を、何の対価かを含めて示す | 提案書の手数料の欄 |
| 原則 5 | 利益とリスク、取引条件、選んだ理由、利益相反の中身などの重要な情報を、分かりやすく示す | 提案書と説明の書面の中身 |
| 原則 6 | 顧客の資産の状況、取引の経験、知識、目的とニーズを把握し、ふさわしい商品を提案する | ニーズの把握、適合性の確認 |
原則 5 と 6 の注は、示し方をさらに具体的にしています。複雑な商品やリスクの高い商品では、同じ種類の商品と比べやすい資料を使い、リスクとリターンの関係などの基本的な構造から丁寧に示し、重要な情報は強調します1。提案では、類似の商品や代わりの商品の中身(手数料を含む)と比べながら示します18。
顧客の最善の利益は、法律にも定めがあります。金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律(金融サービス提供法)2 条 1 項により、金融商品取引業や銀行業などのうち政令で定める業務をする者は、顧客の最善の利益を勘案しつつ、誠実かつ公正に業務をしなければなりません19。
関係する法令
提案と説明の手順の根拠になる主な法令は、次のとおりです。1 つ目の金融サービス提供法 4 条と 3 つ目の金融商品取引法 37 条の 3 第 2 項は、顧客に重要な事項を説明する義務を定めています。この義務を説明義務といいます。
- 金融サービス提供法 4 条は、店頭デリバティブ取引を含む金融商品の販売の前に、重要事項の説明を求めています。説明するのは、相場などの変動で元本を下回る損失や当初の元本を上回る損失が出るおそれ、その原因の指標、取引の仕組みの重要な部分などです。説明は、顧客の知識、経験、財産の状況、契約の目的に照らして、理解されるために必要な方法と程度でします20。
- 金融サービス提供法 5 条は、販売の前に、不確実な事項について断定的な判断を示すことや、確実だと誤解させるおそれのあることを告げることを禁じています21。主要行等向けの監督指針も、断定的な判断と誤解させる表示や説明を防ぐ態勢を着眼点に挙げています22。
- 金融商品取引法 37 条の 3 第 2 項は、契約の前に情報を提供するとき、提供する事項(損失のおそれなど一部を除く)を、顧客の知識、経験、財産の状況、目的に照らして理解されるために必要な方法と程度で説明することを求めています23。顧客が特定投資家なら、この決まりは適用されません11。
- 主要行等向けの監督指針は、銀行法 13 条の 3 と金融商品取引法 38 条(禁止行為)、40 条(適合性原則)に反しないよう、商品内容とリスクに応じて説明することを着眼点に挙げています。説明は、顧客の知識、経験、財産の状況、取引の目的を踏まえて行います224。
注
-
金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」(2024 年 9 月 26 日)の 5 ページ、原則 5 と(注 1)(注 4)(注 5)。 ↩ ↩2
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅢ-3-3-1-1(1)(2)(215 ページ)とⅢ-3-3-1-2(2)①イ(217 ページ)。銀行法と銀行法施行規則の条は、監督指針が引いている条。 ↩ ↩2
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-1(2)(215 ページ)とⅢ-3-3-1-2(1)②(216 ページ)。 ↩ ↩2
-
金融庁「中小企業向け為替デリバティブ取引状況(米ドル/円)に関する調査の結果について(速報値)」の「2.」(銀行へ寄せられた苦情件数)、(参考)(金融庁と全国銀行協会へ寄せられた苦情件数)と(注)(輸入業者の典型的な契約)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-2(2)①イの c と(注 1)〜(注 3)(218〜219 ページ)。 ↩
-
「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 81 条第 1 項(金融商品取引法 37 条の 3 第 1 項第 4 号の手数料等の事項)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-2(2)①イの b(217〜218 ページ)。 ↩
-
金融庁「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(2026 年 10 月)のⅣ-3-3-2(6)①ロ(165 ページ)。 ↩
-
「金融商品取引法」第 37 条の 3 第 1 項(見出しは「契約締結前の情報の提供等」)と、「金融商品取引業等に関する内閣府令」第 79 条第 1 項第 1 号イ、第 2 号。 ↩
-
「金融商品取引法」第 45 条第 2 号(特定投資家が相手方のときに適用しない規定。ただし書きの内閣府令で定める場合を除く)。 ↩ ↩2
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-2(2)①イの g と(注 1)(注 2)(219 ページ)。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-2(2)①イの h(219〜220 ページ)。 ↩
-
金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」の表紙と 2 ページ。 ↩
-
金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」の 2〜3 ページ、「本原則の採用するアプローチ」。 ↩
-
金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」の 6 ページ、原則 6 の(注 1)。 ↩
-
「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」第 2 条第 1 項と第 2 項第 2 号、第 3 号。 ↩
-
「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」第 4 条第 1 項、第 2 項と、第 3 条第 1 項第 9 号(店頭デリバティブ取引)。 ↩
-
「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」第 5 条。 ↩
-
金融庁「主要行等向けの総合的な監督指針」のⅢ-3-3-1-2(2)①イの e(219 ページ)。 ↩
-
「金融商品取引法」第 37 条の 3 第 2 項。 ↩
-
「金融商品取引法」第 38 条、第 40 条。 ↩