財務諸表を作る会社が、デリバティブ取引を含む金融商品の時価を算定し、レベルごとに注記するとき、日本の基準の定めに従います。
公表の経緯と適用の時期
基準の名称は次のとおりです。
| 短い呼び名 | 正式名称 |
|---|---|
| 金融商品会計基準 | 企業会計基準第 10 号「金融商品に関する会計基準」 |
| 時価算定会計基準 | 企業会計基準第 30 号「時価の算定に関する会計基準」 |
| 適用指針 | 企業会計基準適用指針第 31 号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」 |
| 財務諸表等規則 | 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」 |
日本では、金融商品会計基準が時価の算定を求めていましたが、時価の算定方法を詳しく定めたガイダンスはありませんでした1。企業会計基準委員会(ASBJ)は、国際的な会計基準との比較可能性を高める取り組みとして、2019 年 7 月 4 日に時価算定会計基準と適用指針を公表しました2。同じ日に、金融商品会計基準なども改正されています2。そのあとの主な動きは次の表のとおりです。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2019 年 7 月 4 日 | 時価算定会計基準と適用指針の公表。金融商品会計基準などの改正 |
| 2020 年 3 月 6 日 | 金融庁が財務諸表等規則などの改正を公表(レベル別開示の導入など)3 |
| 2020 年 3 月 31 日 | 法務省が会社計算規則の改正を公表4 |
| 2021 年 4 月 1 日 | 原則の適用開始(この日以後に始まる連結会計年度と事業年度の期首から) |
| 2021 年 6 月 17 日 | ASBJ が適用指針を改正(投資信託などの扱いを追加)1 |
原則の適用は表のとおりで、2020 年 4 月 1 日以後に始まる期首からの早期適用も認められました5。改正した適用指針は 2022 年 4 月 1 日以後に始まる期首からの適用です6。
時価の定義は出口価格
時価算定会計基準の時価の定義は、次の文言です(PwC の解説が示すもの)7。
「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格」
この価格は、資産を取得するときに払った価格や、負債を引き受けるときに受け取った価格(入口価格)ではなく、売却や移転のときの価格(出口価格)です。直接観察できるかどうかにかかわらず出口価格で考え、算定は市場を基礎にします。資産の保有や負債の決済の意図は、時価に反映しません8。
市場参加者は、財務諸表等規則では、取引の数量と頻度が最も大きい市場、受取額が最も大きくなる市場、支払額が最も小さくなる市場のいずれかで売買を行う者のうち、次の 4 つの要件をすべて満たす者です。互いに独立していて関連当事者でないこと、資産や負債について十分に理解していること、取引を行う能力があること、自発的に取引を行う意思があることです9。
改正の前は、金融商品会計基準が時価を「公正な評価額」と定め、市場価格がなければ合理的に算定された価額を使うとしていました8。定義が変わったため、その他有価証券の期末の価額に、期末前 1 か月の市場価格の平均を使える取扱いは削除されました10。
国際財務報告基準(IFRS)第 13 号「公正価値測定」では「公正価値」の語を使いますが、時価算定会計基準は、日本のほかの法令で「時価」が広く使われていることなどに配慮して「時価」としました10。
時価算定の対象
時価算定会計基準が扱う範囲は、金融商品と、トレーディング目的で保有する棚卸資産です。金融商品は、国際的な基準と合わせて企業間の比較可能性を高める便益が高いとして含めました。トレーディング目的の棚卸資産は、売買目的有価証券と同じく毎期時価で貸借対照表に載せ、評価差額を当期の損益にするため、金融商品と合わせて扱います。これら以外の資産と負債は、合わせるためのコストと便益を考え、原則として範囲に含めていません10。
財務諸表等規則では、金融商品は金融資産と金融負債です。金融資産は、金銭債権、有価証券、デリバティブ取引により生じる債権で、金融負債は、金銭債務、デリバティブ取引により生じる債務です。どちらも、これらに準ずるものを含みます11。この定義によれば、デリバティブ取引から生じる債権と債務は金融商品に入ります。
範囲に入るかは、次の図で順に確かめます。
図の説明
時価算定会計基準の範囲に入るかを、2 つの質問で順に見る図です。最初の質問が「いいえ」なら、原則として範囲に含めません。「はい」なら次の質問へ進み、「いいえ」なら、時価とせず取得原価で貸借対照表に載せます。「はい」なら、範囲に含めます。
「原則として」は、金融商品とトレーディング目的の棚卸資産以外を、コストと便益を考えて範囲に含めていないことを表します。範囲に入る場合に時価を算定する単位は、このあとの「時価を算定する単位は…」の段落で扱います。
市場価格のない株式等は、時価とせず、取得原価で貸借対照表に載せ、時価の注記は要りません。何らかの方法で価額を算定できても時価とはしない従来の考え方を引き継ぎました。時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券という区分は、観察できないインプットでも時価を算定する考え方に合わないため、削除されています12。
時価を算定する単位は、その資産や負債に適用される会計処理や開示で決まり、金融商品では通常は個々の金融商品です8。特定の市場リスクか信用リスクについて金融資産と金融負債を相殺した正味を基礎に、そのグループを単位として時価を算定する場合は、重要な会計方針の注記にその旨を書きます13。
評価技法とインプットのレベル
時価の算定には、十分なデータが利用できる評価技法を使います。例は、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチです。どの技法が適切かは一律に判断しにくいため、技法の間にレベルは定められておらず、選んだ技法は毎期継続して使います8。ただし、技法の中では、関連性のある観察可能なインプットを最大限使い、観察できないインプットの使用は最小限にします10。オプションの評価はブラック・ショールズ・モデルで扱います。
インプットは、優先して使う順に 3 つのレベルに分けます。財務諸表等規則での区分は、次のとおりです14。
| レベル | インプット |
|---|---|
| レベル 1 | 観察可能なインプットのうち、活発な市場(取引が十分な数量と頻度で行われ、価格が継続して提供される市場)で形成される、算定対象の資産や負債の相場価格 |
| レベル 2 | 観察可能なインプットのうち、レベル 1 以外のもの |
| レベル 3 | 観察できないインプット(入手可能な最良の情報に基づくもの) |
レベル 1 の相場価格は、調整せずに使うものを指し、使えるときは原則としてそのまま時価の算定に使います8。
時価そのものも、算定に重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて、レベル 1、2、3 の時価に分類します。レベルの違う複数のインプットが重要な影響を与えるときは、そのうち優先順位が最も低いレベルに分類します10。たとえば、重要なインプットにレベル 3 のものが 1 つでもあれば、その時価はレベル 3 の時価です。
デリバティブ取引の時価と第三者の相場価格
取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダーなどの第三者から入手した相場価格は、時価算定会計基準に従って算定されたものと判断できれば、時価の算定に使えます16。
さらに適用指針には、デリバティブ取引についての次の取扱いがあります。ただし、総資産の大部分を金融資産が占め、総負債の大部分を金融負債と保険契約から生じる負債が占める企業集団や企業は、この取扱いを使えません。それ以外の企業集団や企業は、次の 3 つの条件をすべて満たすとき、あとの取引について、第三者の相場価格を時価とみなせます1217。
- 第三者が客観的に信頼でき、かつ会社から独立していること
- 公表されているインプットの契約時からの推移と、入手した相場価格の間に明らかな不整合がないこと
- レベル 2 の時価に属すると判断されること
対象の取引は次のとおりです。
- インプットの金利が全期間にわたって公表されていて観察できる、同じ通貨の固定金利と変動金利を交換する金利スワップ(いわゆるプレイン・バニラ・スワップ)
- インプットの先物為替相場が全期間にわたって公表されていて観察できる為替予約か通貨スワップ
オプションを含む取引は、この取扱いの対象外です。PwC の解説は、使うボラティリティの種類によってはレベル 3 の時価に分類されると考えられるため、と理由を述べています(筆者の見解)16。
判定の例
取引相手の金融機関が相場価格を提示した架空の例で考えます。上の条件に当てはめるにあたり、第三者は客観的に信頼でき独立していて、公表されているインプットの推移と明らかな不整合はないと仮定します。時価がレベル 2 に属するとも判断されたとします。例 1 と例 3 の金利スワップは、同じ通貨の固定金利と変動金利を交換するもので、インプットの金利は全期間にわたって公表されています。
| 例 | 当てはめ | 結果 |
|---|---|---|
| 例 1:総資産の大部分を金融資産が占めない製造業の会社が、金利スワップを持つ | 3 つの条件を満たす仮定のもとで、企業の条件も満たす | 第三者の相場価格を時価とみなせる |
| 例 2:同じ会社が、オプションを含む取引を持つ | 3 つの条件を満たしても、オプションを含む取引はこの取扱いの対象外 | この取扱いは使えない。ほかの定めで第三者の相場価格を使えるかは別 |
| 例 3:総資産の大部分を金融資産が占め、総負債の大部分を金融負債と保険契約から生じる負債が占める A 銀行が、例 1 と同じ金利スワップを持つ | 企業の条件を満たさない | この取扱いは使えない。例 2 と同様 |
例 1 と例 3 は同じ金利スワップですが、持つ企業の条件が違うため、みなせるかが変わります。例 1 と例 2 は同じ企業ですが、取引が対象かどうかで変わります。例 2 と例 3 で、みなす取扱いが使えなくても、第三者の相場価格は、時価算定会計基準に従って算定されたものと判断できる場合に、時価の算定に使えます。
時価のレベルと注記
時価算定会計基準の適用に合わせて、金融庁は財務諸表等規則などを改正し、金融商品の時価のレベル別開示を導入しました3。財務諸表等規則に基づく財務諸表では、重要性の乏しいものを除き、適切な項目に分けて、レベル 1、2、3 ごとの時価の合計額を注記します。レベル 2 と 3 の金融商品は、評価技法とインプットの説明なども注記します。時価で貸借対照表に計上している金融商品のレベル 3 には、重要な観察できないインプットの定量的情報や、期首残高から期末残高への調整表も求められます15。
IFRS 第 13 号との関係
時価算定会計基準は、IFRS 第 13 号の定めを、基本的にすべて取り入れて作られました。国内外の企業の財務諸表の比較可能性を高めるためです。ただし、これまでの日本の実務に配慮し、比較可能性を大きく損なわない範囲で、個別の項目に別の取扱いを置いています10。
別の取扱いを置いた項目は、資料の見出しに沿って整理すると、範囲(金融商品以外の資産と負債を原則として含めない)、一定のデリバティブ取引での第三者の相場価格、市場価格のない株式等、開示です。開示では、IFRS 第 13 号が求める項目のうち、レベル 1 とレベル 2 の間の振替額と理由、レベル 3 のインプットを代替的な仮定に変えた場合の影響は、適用指針の開示では求めていません12。
IFRS 第 13 号と米国の ASC 820 の中身と、時価のレベルの考え方は、時価評価(IFRS 第13号、ASC 820、時価のレベル)で扱います。
注
注
-
PwCあらた有限責任監査法人「ファンドニュース 不動産シリーズ -「時価の算定に関する会計基準」について」(2022 年 8 月)p.1 の「「時価の算定に関する会計基準」および関連する会計基準等の改正」。監査法人の解説。 ↩ ↩2
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第378号」(2019 年 7 月 4 日)p.1 の「主旨」と「経緯」。改正された基準はこの資料が挙げるもの。監査法人の解説。 ↩ ↩2
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第389号」(2020 年 3 月 19 日)p.1 の「主旨」。金融庁の内閣府令の公表日は 2020 年 3 月 6 日。 ↩ ↩2
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第395号」(2020 年 4 月 6 日)p.1 の「主旨」。法務省の省令の公表日は 2020 年 3 月 31 日で、有価証券報告書の提出義務がある大会社以外の株式会社には、レベル別開示の省略が認められます。 ↩ ↩2
-
同「日本基準トピックス 第378号」p.4 の「適用時期」。 ↩
-
PwCあらた有限責任監査法人「ファンドニュース 不動産シリーズ」p.6 の「適用時期」。改正した適用指針は、2021 年 4 月 1 日以後に始まる期首からの早期適用も認められています。 ↩
-
引用は、PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第378号」p.2 の「時価の定義」が示す時価算定会計基準の定義。 ↩
-
PwCあらた有限責任監査法人「ファンドニュース 不動産シリーズ」p.2 の「時価の算定」(1. 時価の定義、2. 時価の算定単位、3. 時価の算定方法)。時価算定基準第 31 項を、この資料が基本的な考え方の根拠として示しています。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
財務諸表等規則第 8 条第 64 項。 ↩
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第378号」p.2 の「開発にあたっての基本的な方針」「時価の定義」「期末前 1 か月の平均価額の削除」「時価の算定方法」。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
財務諸表等規則第 8 条第 41 項(「金融商品」の定義)。 ↩
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第378号」p.3 の「その他の取扱い」「市場価格のない株式等の取扱い」「開示」。 ↩ ↩2 ↩3
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第389号」p.3。個別財務諸表の扱いは財務諸表等規則第 8 条の 6 の 2 第 10 項(現行の項番号。資料は 2020 年時点の番号を示す)、正味を単位にする場合の重要な会計方針の注記は財務諸表等規則ガイドライン 8 の 2-10。 ↩ ↩2
-
財務諸表等規則第 8 条第 65 項から第 68 項(時価の算定に係るインプット、観察可能なインプット、観察できないインプット、インプットが属するレベル)。表の「活発な市場」の括弧書きは第 68 項第 1 号。 ↩
-
財務諸表等規則第 8 条の 6 の 2 第 1 項第 3 号(イとロがレベルごとの合計額、ハが評価技法とインプットの説明、ニがレベル 3 の注記)。 ↩ ↩2
-
PwCあらた有限責任監査法人「ファンドニュース 不動産シリーズ」p.4 の「第三者から入手した相場価格の利用」。オプションを含む取引がレベル 3 に分類されると考えられるとの記述は、資料の筆者の見解として書かれている。 ↩ ↩2
-
デロイト トーマツ グループ「時価算定会計基準に関連する開示の事例分析(第2回)」(月刊『会計情報』2023 年 4 月号)の「(4)デリバティブ取引について第三者から入手した相場価格を時価とみなす容認規定」。適用指針第 24 項。 ↩
-
PwCあらた有限責任監査法人「日本基準トピックス 第395号」p.2 の(*1)(会社計算規則に関する法務省の意見募集の結果)と(*2)(会社法第 444 条第 3 項)。 ↩