マーケット・メイクは、大阪取引所の制度では取引参加者の自己売買部門か最終顧客の計算で、店頭の市場ではディーラーが担う業務です。スプレッドの収益と在庫の値動きの損の両方が、この業務の損益になります。大阪取引所のプライマリ・マーケット・メイカー(PMM)として呼値を出す場合は、制度の条件を満たしたかどうかも関わります。
買いと売りの気配を出し続ける仕組み
マーケット・メイカーは、自分が買う値段(ビッド、買い気配)と売る値段(アスク、売り気配)を出し続け、その値段で相手の売りにも買いにも応じます。たとえば、日本銀行金融研究所の 2003 年の論文が分析した JASDAQ のマーケット・メイク銘柄では、マーケット・メイカーに 2 つの義務がありました。売りと買いの気配と数量を継続して示す義務と、示した気配で少なくとも 1 単位の取引に応じる義務です1。複数のマーケット・メイカーがいる市場では、買い気配の最も高い値段を最良買い気配、売り気配の最も低い値段を最良売り気配といい、その差が市場のビッド・アスク・スプレッドです2。
マーケット・メイカーは自己の計算で相手方になるディーラーの役割を持ち3、店頭の市場ではディーラーがマーケット・メイカーになります4。ディーラーとブローカーの違いはディーラーとブローカーで扱います。
J 証券がある先物取引で、1 単位あたり買い 9,990 円、売り 10,010 円の気配を出す架空の例で考えます。スプレッドは 20 円で、2 つの気配の真ん中の値段(仲値)は 10,000 円です。売りたい参加者が来ると J 証券は 9,990 円で 1,000 単位を買い、買いたい参加者が来ると 10,010 円で 1,000 単位を売ります。買いと売りが同じ数量でそろえば、J 証券には 20 円 × 1,000 単位 = 2 万円が残ります。マーケット・メイカーの利益は、このように買いと売りが組になって成立したときに確定します5。
大阪取引所のマーケットメイカー制度の目的は、売りと買いの呼値を継続して出させることで投資者の取引の機会を確保し、取引の成立を円滑にして流動性を高めることです6。売りたい参加者と買いたい参加者が同じ時刻にいなくても、マーケット・メイカーが間に入ることで、いつでも取引ができます7。その代わり、マーケット・メイカーは在庫を持つ間の値動きのリスクを負います。
収益と損失の源
マーケット・メイカーの損益は、スプレッドの収益だけでは決まりません。前の節の J 証券の例で、損益の源を並べると次の表になります。
| 源 | 得か損か | J 証券の例(1,000 単位) |
|---|---|---|
| ビッドとアスクの差 | 買いと売りがそろえば得 | 9,990 円で買い 10,010 円で売れば 2 万円の得 |
| 在庫の値動き | 値動きの向きで得にも損にもなる | 9,990 円で買った後、値下がりして 9,970 円で売れば 2 万円の損、値上がりして 10,040 円で売れば 5 万円の得 |
| 情報を持つ相手との取引 | 損になりやすい | 値下がりを先に知る参加者が 9,990 円で売ってくれば、上の値下がりの場合になりやすい |
| 取引所の手数料の割引など | 条件を満たせば得 | 大阪取引所の制度では、条件を満たした度合いに応じて取引手数料の割引などを受ける |
たとえば仲値が 9,960 円に下がると売り気配は 9,970 円、10,030 円に上がると 10,040 円になります。在庫の値動きは、売りたい参加者だけが続けて来たときに問題になります。J 証券は 9,990 円で買った 1,000 単位を持ったまま、次の買い手を待つことになります。その間に値段が下がれば、1 単位あたり 20 円のスプレッドを上回る損が出ることもあり、値段が上がれば得になります。
情報を持つ相手との取引は、平均すると損の側に偏ります。マーケット・メイカーは、情報を持つトレーダーとの取引から生じる逆選択のリスクを負います8。相手が値動きの向きを先に知っていれば、マーケット・メイカーは不利な側の取引に応じることになります。前の節の JASDAQ の例のように、出した気配で取引に応じる義務がある市場では、マーケット・メイカーは相手を選べません9。
スプレッドの幅を決めるもの
スプレッドの幅には、業務の固定的な費用、在庫を持つリスク、逆選択のリスクの 3 つが織り込まれます。マーケット・メイカーの初期の理論研究は、人件費やオフィス代などの固定的な費用と、在庫を持つリスクをスプレッドの決定要因に挙げました。その後、情報を持つトレーダーとの取引から生じる逆選択のリスクが加わり、観測されたスプレッドを固定費用、在庫の費用、逆選択の費用の 3 つに分ける研究が行われています8。
逆選択のリスクが大きいほど、スプレッドは広くなります。マーケット・メイカーは、情報を持つトレーダーと取引したときの損失を見込み、それを補えるように広めのスプレッドを出します9。論文は、取引の回数が少なくスプレッドを稼げる機会の少ない銘柄では、1 回の取引に織り込む逆選択に備えた費用が大きくなると考えています5。
在庫を貸借対照表に持つ費用や、ほかのディーラーと取引する費用が上がっても、スプレッドは広がります。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の市場を分析した米国財務省の金融調査局(OFR)の論文は、モデルでこの関係を示しています10。
在庫に応じた気配の決め方
マーケット・メイカーは、在庫が一方に偏ると、気配を動かして偏りを戻そうとします。市場の仕組みの研究では、顧客が費用をかけずにディーラーを選べ、ディーラーが競って値段を付ける市場で、在庫の偏ったディーラーは、在庫を戻す向きの顧客を呼び込むように買い気配と売り気配を決めるとされています11。Ho と Stoll の 1981 年のモデルは、在庫の値動きのリスクを考え、後で触れる OFR のモデルと違って持ち高の限度を置きません。このモデルでは、買い気配と売り気配がともに、値動きのリスクと在庫の量に応じた幅だけ動き、スプレッドの幅は変わりません12。
J 証券は 1,000 単位の買いの在庫を持てば 2 つの気配をともに 10 円下げ、1,000 単位の売りの在庫を持てば 10 円上げる架空の例で考えます。スプレッドの幅は 20 円のままです。
| 在庫(単位) | 仲値(円) | 買い気配(円) | 売り気配(円) |
|---|---|---|---|
| 1,000(買い) | 9,990 | 9,980 | 10,000 |
| 0 | 10,000 | 9,990 | 10,010 |
| −1,000(売り) | 10,010 | 10,000 | 10,020 |
買いの在庫を持つ J 証券は、売り気配を 10,000 円に下げて買い手を集め、買い気配を 9,980 円に下げて売り手を減らします。気配をずらした分だけ、在庫を減らせる見込みは上がりますが、在庫を減らすまでの値動きの損益は残ります。
OFR の論文のモデルは、持ち高の限度(上限と下限)を置き、気配の決まり方がほかのディーラーとの取引の費用で変わるとします。費用が小さければ、ディーラーは顧客との取引で限度を超えた分をほかのディーラーに渡し、スプレッドは自分の在庫によらず、ディーラー全体の在庫で決まります。費用が大きければほかのディーラーとは取引せず、スプレッドは在庫がディーラーの望ましい水準(持っていたい量)にあるときに最も狭く、限度に近づくほど広がります13。
論文は、2010〜2016 年の米国のシングルネームの CDS の市場で、顧客との取引の値段が、ディーラー全体の在庫より個々のディーラーの在庫に左右されやすくなったことを示しています。これは、OFR のモデルでいえば、ほかのディーラーとの取引の費用が大きいときの姿にあたります。論文は、この結果を、2007〜2009 年の金融危機の後の規制の改革で、在庫を持つ費用とディーラー間の取引の費用が上がったという見方と合うとしています14。
在庫のヘッジのうち、オプションの在庫の値動きを原資産の売買で打ち消す方法は、デルタ・ヘッジで扱います。
店頭デリバティブでの気配
店頭デリバティブでは、取引所のように全員が同じ注文の一覧を見る形だけでなく、参加者が複数のディーラーに気配を求め、求められた側が応じる形があります。米国では、商品先物取引委員会(CFTC)の規則が、スワップ執行施設(SEF)の執行の方法の 1 つとして、参加者が 3 者以上に売りか買いの気配を求める仕組み(リクエスト・フォー・クォート、RFQ)を定めています15。日本にも店頭デリバティブの電子取引基盤の規制があり、上場デリバティブと店頭デリバティブで触れています。
大阪取引所のマーケットメイカー制度
大阪取引所の「マーケットメイカー制度」には、2 種類のマーケット・メイカーがあります(2026 年 8 月 3 日適用の取扱い)。プライマリ・マーケット・メイカー(PMM)は、取引所の定める条件に従って売呼値と買呼値を継続して出します。流動性供給参加者(LP)は、自分が適当と判断する範囲で呼値を出し、PMM のような条件は課されません16。同じ取引では、PMM と LP のどちらか一方にしか申請できないのが原則です17。
PMM の条件は、呼値を出すべき時間、対象の銘柄の範囲と数、売呼値と買呼値の最大スプレッド幅、呼値の最低数量などで、取引ごとに決まっています18。たとえば日経225mini の「タイプ1」では、日中立会の時間に、直近のマンスリー限月の銘柄に売呼値と買呼値を出します。最大スプレッド幅は 6 ティック(呼値の単位の 6 刻み、30 円)以内、最低数量は 10 単位です。インセンティブを受け取る基準は条件充足率 60% 以上で、PMM が別に指定するほかの対象取引(NY ダウ先物取引など)の受領基準も満たした場合に限って支給されます19。取引システム(J-GATE)を通じてリクエスト・フォー・クォートが出されたとき、PMM が気配を出すかどうかは任意です20。
条件充足率は、取引日ごとに、マーケット・メイクの条件を満たした時間を呼値提示対象時間で割って求め、月の平均をとります21。J 証券がある月の取引日のうち半分の日で 80%、残りの半分の日で 50% だった架空の例で考えます。月の平均は 65% で、60% の基準を満たします。すべての日で 50% なら基準に届きません。
図の説明
PMM が出した呼値をもとに、大阪取引所が取引日ごとの充足率と月の平均を求めます。通知は月中と月末の時点の平均を、割引は月の平均を受けて行われます。
PMM は、相場の状況や取引の状況、システムの都合で、一時的にマーケット・メイクを止めることができます。条件を満たせなかったときの直接の罰則はありません。ただし、インセンティブが減ることがあり、充足率が著しく低く改善の見込みがないと取引所が判断すれば、指定を取り消すことがあります22。
インセンティブは、月の条件充足率の平均に応じた取引手数料の割引や固定額の支給などです23。LP には、月の取引高に応じて取引手数料の割引があります24。
注
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宇野淳ほか「JASDAQ市場のスプレッド比較 ―オーダー・ドリブン対マーケット・メイキング―」(日本銀行金融研究所「金融研究」、2003 年 6 月)の 93 ページ、「3.(2)MM制度の概要」と、100 ページ、「4.スプレッドの決定要因」。 ↩
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同じ資料の 100 ページ、「4.スプレッドの決定要因」。 ↩
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大阪取引所「先物・オプション取引に係るマーケットメイカー制度の取扱い」(2026 年 6 月 30 日改正、2026 年 8 月 3 日適用)の 1 ページ、Ⅱの 1「定義」の備考欄。大阪取引所の制度では、取引参加者の自己売買部門か最終顧客の計算でマーケット・メイクを行うとされています。 ↩
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Mark Paddrik, Stathis Tompaidis, "Market-Making Costs and Liquidity: Evidence from CDS Markets"(OFR Working Paper 19-01、2019 年 3 月)の 1 ページ、"Introduction" の 1 段落目。 ↩
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宇野淳ほか「JASDAQ市場のスプレッド比較 ―オーダー・ドリブン対マーケット・メイキング―」の 108 ページ。 ↩ ↩2
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大阪取引所「先物・オプション取引に係るマーケットメイカー制度の取扱い」の 1 ページ、Ⅰ「目的」。 ↩
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宇野淳ほか「JASDAQ市場のスプレッド比較 ―オーダー・ドリブン対マーケット・メイキング―」の 87 ページ、「要旨」。 ↩
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Mark Paddrik, Stathis Tompaidis, "Market-Making Costs and Liquidity: Evidence from CDS Markets" の 1 ページ、"Introduction" の 2 段落目。 ↩
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同じ資料の 11 ページ、"II. Model" の 1 段落目。資料は Ho と Stoll(1983 年)、Madhavan と Smidt(1993 年)の研究を挙げています。 ↩
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同じ資料の 16 ページの脚注 8。資料は Ho と Stoll(1981 年)のモデルをこのように紹介しています。例の 10 円と 20 円は、説明のために置いた架空の幅です。 ↩
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同じ資料の 11〜12 ページと 14〜16 ページ("II. Model" の式 (2)〜(4) と図 1)。モデルは、持ち高の限度を望ましい水準の上下 1 単位と置いています。 ↩
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同じ資料の要旨(PDF の 2 ページ目)と、16〜17 ページ、"II. Model" の最後の段落(モデルから導かれる、検証できる含意)。 ↩
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17 CFR 37.9 の (a)(2)(i)、(a)(3)。Electronic Code of Federal Regulations の条文で確かめました(最後の改正は 2020 年 12 月 18 日の 85 FR 82329)。3 者は、求めた者や互いの関係会社であってはならないとされています。 ↩
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大阪取引所「先物・オプション取引に係るマーケットメイカー制度の取扱い」の 1 ページ、Ⅱの 1「定義」と、9 ページ、Ⅱの 5(1)「LP の役割」の備考欄。 ↩
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同じ資料の 2 ページ、Ⅱの 1「定義」の備考欄。複数の取引参加者を使う最終顧客は、取引所が認める場合に限り、同じ取引で重複して申請できます。 ↩
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同じ資料の 7 ページ、Ⅱの 4(1)①「マーケットメイクの条件」。 ↩
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同じ資料の 21 ページ、別紙2の日経225mini 取引「タイプ1」の表と注 ※5。 ↩
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同じ資料の 7 ページ、Ⅱの 4(1)②「リクエスト・フォー・クォートへの応答」。 ↩
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同じ資料の 7 ページ、Ⅱの 4(1)④「マーケットメイクの条件不履行時の取扱い」。 ↩
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同じ資料の 9 ページ、Ⅱの 5(2)「LP のインセンティブ」。 ↩
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同じ資料の 10 ページ、Ⅱの 6(4)「PMM(項番4関係)」。 ↩
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同じ資料の 5 ページ、Ⅱの 3(2)「マーケットメイカーの指定申請」の備考欄。 ↩