ルックバック・オプションは、エキゾチック・オプションの評価やヘッジを担当する業務で出てきます。買い手にとっては、高くなるプレミアムが受け取りに見合うかが論点になります。コールとプットの基本はオプションの基本(コールとプット)で扱います。
最高値か最安値を使う 2 つの型
ルックバック・オプションは、満期の価格だけでなく期間中の価格にも受け取りが依るため、経路依存型オプションの一つです。エキゾチック・オプションの分類と、評価とヘッジの一般論はエキゾチック・オプションの全体像で扱います。
標準的な形(変動行使価格型)は、コールなら期間中の最安値で原資産を買える権利、プットなら期間中の最高値で売れる権利です1。もう一つは、行使価格をあらかじめ決めておき、コールなら期間中の最高値、プットなら最安値と行使価格を比べる形(行使価格固定型)です。満期の価格を 、期間中の最高値を 、最安値を 、行使価格を とすると、満期の受け取りは次のとおりです。 は がマイナスなら 0 とする記号です。
| 型 | コールの受け取り | プットの受け取り |
|---|---|---|
| 変動行使価格型 | ||
| 行使価格固定型 |
最高値と最安値に一定の率を掛ける型や、観測する期間を満期までの一部に限る型もあります1。
金利の分野にも「ルックバック」という語がありますが、後決め複利で何営業日か前の金利を使う計算の慣行で、このオプションとは別の意味です。
架空の例で受け取りを比べる
B 社が金融機関から満期 1 年のコールを買う架空の例で考えます。契約の開始日の価格は 100 で、開始日と、その後 3 か月ごとの 4 回(最後は満期の日)に原資産の価格を観測し、この 5 回の価格で最高値と最安値を決めるとします。
経路 A と経路 B は、満期の価格がどちらも 105 ですが、途中の動きが違います。
図の説明
観測日ごとの原資産の価格を、開始日の価格 100 との差で結んだ 2 つの経路です。差が 0 の線が開始日の価格で、経路 A は 100、92、85、110、105、経路 B は 100、103、108、106、105 の観測した価格から 100 を引いた値にあたります。2 本の線は開始日と満期で同じ高さに戻りますが、途中の最高値と最安値が違います。経路 A は途中で開始日の価格を下回り、経路 B は開始日の価格を下回りません。バニラ・オプションは満期の価格だけを見るため 2 つの経路を区別できず、ルックバック・オプションは途中の最高値と最安値で区別します。
行使価格固定型の行使価格は 100 とし、比べるために、行使価格 100 のバニラ・オプションのコールも並べます。
| 経路 | 観測した価格(開始日、3 か月後、6 か月後、9 か月後、満期) | バニラのコール | 行使価格固定型のコール | 変動行使価格型のコール |
|---|---|---|---|---|
| A | 100、92、85、110、105 | 5 | 10 | 20 |
| B | 100、103、108、106、105 | 5 | 8 | 5 |
バニラのコールは満期の価格だけで決まり、どちらの経路でも 105 − 100 = 5 です。経路 A の最高値は 110、最安値は 85 なので、行使価格固定型は 110 − 100 = 10、変動行使価格型は 105 − 85 = 20 になります。経路 B は最高値が 108、最安値が開始日の 100 なので、行使価格固定型が 108 − 100 = 8、変動行使価格型が 105 − 100 = 5 です。プットも同じ見方で計算でき、行使価格 100 のバニラのプットを並べると次のとおりです。
| 経路 | バニラのプット | 行使価格固定型のプット | 変動行使価格型のプット |
|---|---|---|---|
| A | 0 | 15 | 5 |
| B | 0 | 0 | 3 |
経路 A の行使価格固定型は 100 − 85 = 15、変動行使価格型は 110 − 105 = 5 です。経路 B の行使価格固定型は最安値が 100 なので 0、変動行使価格型は 108 − 105 = 3 です。
プレミアムは、バニラのコールが 6、変動行使価格型のコールが 12 とします。利息は考えません。経路 A では、変動行使価格型の受け取り 20 からプレミアム 12 を引いて、B 社は 8 の得です。バニラは 5 − 6 = −1 の損です。経路 B では、変動行使価格型は 5 − 12 = −7 の損で、バニラは同じく −1 の損です。
変動行使価格型は、途中で深く下がる経路では受け取りが大きくなります。満期の価格が期間中の最安値に近い経路では、受け取りがプレミアムに届かず、その差の分だけ損になります(経路 B では 12 に対して 5 で、−7 です)。
プレミアムが高くなる理由
開始日と満期の価格を観測に含む通常の形では、ルックバック・オプションの受け取りは、どの経路でも、条件を合わせたバニラ・オプションを下回りません。そのため、売り手の金融機関はより多く払う可能性があり、プレミアムは高くなります。
行使価格固定型のコールは、観測した価格のうち満期の価格 も最高値 の候補なので、 です。したがって で、同じ行使価格と満期のバニラのコールより、受け取りはどの経路でも同じか大きくなります。変動行使価格型のコールは、開始日の価格 も最安値の候補なので です。したがって は 0 以上で、 以上でもあり、行使価格を開始日の価格にしたバニラのコールを下回りません2。
差が出るのは、期間中の最高値が満期の価格より高い経路や、期間中の最安値が開始日の価格より低い経路です。前の節の例の経路 A がこれに当たり、バニラの受け取り 5 に対して、変動行使価格型は 20 でした。買い手は期間中のいちばん有利な価格を取れる代わりに、その分のプレミアムを先に払います。
バニラ・バリアとの違いと注意点
バリア・オプションは、受け取りに条件を足して小さくする商品で、同じ行使価格と満期のバニラ・オプションよりプレミアムが低くなることが多い点が、ルックバック・オプションと異なります3。
| 商品 | 受け取りが依る価格 | バニラ・オプションと比べたプレミアム |
|---|---|---|
| バニラ・オプション | 満期の価格 | 基準 |
| バリア・オプション | 満期の価格と、期間中にバリアに触れたか | 低いことが多い |
| ルックバック・オプション | 満期の価格と、期間中の最高値か最安値 | 通常の形では高い |
買い手は、取引の初めにプレミアムを払い、満期の受け取りを売り手の金融機関から受け取ります。そのため、金融機関が払えなくなる信用リスクを負います4。観測日と観測に使う価格は契約で決まり、受け取りはこれらの条件で変わります。
連続観測と離散観測で価格が変わる理由
連続観測は、満期までの価格をつねに見て最高値と最安値を決めます。離散観測は、契約で決めた観測日の価格だけで決めます。市場で取引される経路依存型のオプションの多くは、離散観測です5。
観測日だけを見ると、観測日の間に付いた高値と安値は受け取りに入りません。そのため、離散観測の最高値は連続観測の最高値以下、最安値は連続観測の最安値以上になります。前の節の経路 A で、6 か月後と 9 か月後の観測日の間に価格が 80 まで下がっていたとします。連続観測なら最安値は 80 で、変動行使価格型のコールの受け取りは 105 − 80 = 25 です。観測日だけを見る離散観測では最安値が 85 のままで、受け取りは 20 です。ほかの条件が同じなら、離散観測の受け取りは連続観測以下で、プレミアムも小さくなります2。
観測の頻度が価格に効くことは、バリア・オプションも同じです6。観測回数を増やすと連続観測に近づきますが、差は小さいとは限りません。バリア・オプションの数値例では、日次の観測(50 回)でも離散観測と連続観測の価格に大きな差が残ります7。観測日と観測に使う価格は契約で決まるため、評価では契約どおりの観測で計算します。
解析解の有無と評価の方法
連続観測のルックバック・オプションには、ブラック・ショールズ・モデルの仮定のもとで価格の式があります。Goldman、Sosin、Gatto が 1979 年に変動行使価格型の式を導き8、Conze と Viswanathan(1991 年)らも連続観測の式を示しています9。
離散観測には、観測回数と同じ次元の正規分布関数を使う式を除いて、閉じた式がありません。その式も、観測回数が 5 を超えると計算が簡単ではありません9。そこで、連続観測の式に補正を加えて近似する方法(連続性の補正)が研究されています。ルックバック・オプションの補正は、Broadie、Glasserman、Kou が示しています7。
数値計算では、最高値や最安値を状態として持ちます。ルックバック・オプションは、今の価格と最高値か最安値(またはその両方)を持てば評価できるためです10。二項モデルの木では、Hull と White は節ごとに状態を分けて持たせました。Cheuk と Vorst は、各節の状態を 1 つにまとめた木を考えました8。単純なモンテカルロ法や二項木で精度を出すには、時間がかかることがあります9。
ブラック・ショールズ・モデルの仮定を外すと、ふつうは時間のかかるモンテカルロ法か偏微分方程式の数値解法に頼ります。ジャンプのある一部のモデルでは、価格をラプラス変換で表せます11。
売り手のヘッジ
売り手の金融機関がヘッジに使う感応度(デルタなど)は、評価モデルから求めます。ブラック・ショールズ・モデルでは価格の式があります。ジャンプのある一部のモデルでは、行使価格固定型のデルタとガンマを、ラプラス変換の形で求める式が示されています12。評価に今の価格と最高値か最安値が入るので、感応度もそれらに依ります10。
注
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Steven Kou "Discrete Barrier and Lookback Options"(2008 年)の 1.1 節(344 ページ)。変動行使価格型と行使価格固定型の受け取りの式があり、記号は本文で改めています。率を掛ける型と期間を限る型も同じ節にあります。 ↩ ↩2
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脚注 kou-11 の受け取りの式から本文で導いた比較で、資料にこの比較の文はありません。観測に満期の価格と開始日の価格を含む契約と、離散観測の最高値と最安値が連続観測の一部の時点から決まることを使っています。 ↩ ↩2
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Board of Governors of the Federal Reserve System(FRB)"Trading and Capital-Markets Activities Manual" の Section 4330.1 "Options"、"Exotic Options"(Page 2、PDF 40 ページ)。バリア・オプションのプレミアムが低いことを述べた箇所です。 ↩
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FRB の同マニュアルの Section 4330.1 "Options"、"Risks"、"Credit Risk"(Page 7、PDF 45 ページ。2003 年 4 月の版)。信用リスクは金融機関がオプションを買うときに生じると述べた箇所で、店頭取引向けの説明です。 ↩
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Kou の同論文の 1 節 "Introduction"(343 ページ)。市場で取引される経路依存型のオプションの多くが離散観測であることを述べた箇所です。 ↩
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FRB の同マニュアル(1998 年 2 月)の Section 4330.1 "Options"、"Exotic Options"(Page 2、PDF 40 ページ)。ルックバックとバリアの価値が観測の頻度に依りうることを述べた箇所です。 ↩
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Kou の同論文の 4 章 "Continuity corrections" の 4.1 節(355〜356 ページ)と Table 1。バリア・オプションの数値例と、ルックバックの補正を Broadie ほか(1999 年)が示したことを述べた箇所です。 ↩ ↩2
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Karl Grosse-Erdmann、Fabien Heuwelyckx "The pricing of lookback options and binomial approximation"(arXiv:1502.02819、2015 年)の 1 節(1〜2 ページ)。Goldman ほかの式と、Hull と White、Cheuk と Vorst の木を説明した箇所です。 ↩ ↩2
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Kou の同論文の 1.1 節(345 ページ)。連続観測の式を示した文献、離散観測に閉じた式がないこと、単純なモンテカルロ法や二項木の計算時間を述べた箇所です。 ↩ ↩2 ↩3
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Mark Broadie、Jérôme Detemple "Option Pricing: Valuation Models and Applications"(Management Science、2004 年)の 5.1.1 節(1166 ページ)。最高値か最安値を追えば評価できることを述べた箇所です。 ↩ ↩2
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Markus Hofer、Philipp Mayer "Pricing and hedging of lookback options in hyper-exponential jump diffusion models" の Abstract(1 ページ)と 1 節(2 ページ)。一般のモデルでの評価の方法と、ラプラス変換による価格の表現を述べた箇所です。 ↩
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同じ論文の 3.2 節(8〜11 ページ)。デルタとガンマは Theorem 3.2、満期に対する感応度は Theorem 3.3 にあります。本文はデルタとガンマだけを述べています。 ↩