リスク管理、評価、内部監査の担当者が、ヘッジの目的の文書化、時価評価の手続き、限度の超過への対応、当局への情報の伝え方を点検するときの事例として読めます。
何が起きたか
米国の銀行、JP モルガン・チェースの最高投資責任者の部門(CIO)は、余剰の預金(約 3,500 億ドル)を運用する部署です。この部署の「シンセティック・クレジット・ポートフォリオ」(SCP)は、信用デリバティブの取引で、2012 年に少なくとも 62 億ドルの損失を出しました。取引を実行したのがロンドンの事務所の担当者だったことから、「ロンドン・ホエール(London Whale)」の取引と呼ばれます1。
SCP の正味の想定元本(net notional size)は、2011 年に 40 億ドルから 510 億ドルに、2012 年の第 1 四半期に 1,570 億ドルに増えました。取引の中心はCDS インデックスで、3 月には次の持ち高を持っていました23。
| 対象の指数 | 3 月の持ち高 |
|---|---|
| 米国の投資適格企業の信用指数 | 少なくとも 620 億ドル |
| 欧州の投資適格企業の指数 | 710 億ドル |
| 米国の投資適格未満の企業の指数 | 220 億ドル |
同行は上院の調査小委員会に、SCP は同行が抱える信用リスクへの保険、つまりヘッジとして使うものだったと説明しました4。
経緯
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2011 年 | SCP の正味の想定元本が 40 億ドルから 510 億ドルに増えた2 |
| 2011 年 12 月 | JP モルガン・チェースが CIO にリスク・ウェイト資産の削減を指示した2 |
| 2012 年 1〜3 月 | 正味の想定元本が 510 億ドルから 1,570 億ドルに増えた2 |
| 2012 年 3 月末 | 第 1 四半期末の SCP の損失は約 7 億 1,900 万ドルだった2 |
| 3 月 23 日 | CIO の責任者が SCP の担当者に取引の停止を指示した5 |
| 4 月 6 日 | 報道で取引が注目された5 |
| 5 月 10 日 | 第 1 四半期の四半期報告書(10-Q)で、SCP が 20 億ドルの損失を出し、さらに損失が出る可能性があると公表した6 |
| 6 月末 | SCP の損失は 44 億ドルになった5 |
| 7 月 13 日 | 第 1 四半期の決算を修正し、SCP の損失を 6 億 6,000 万ドル追加した7 |
| 2012 年末 | SCP の損失は、少なくとも 62 億ドルになった5 |
| 2013 年 1 月 14 日 | 通貨監督庁(OCC)が同行に是正を命じる命令(Cease and Desist Order)を出した8 |
| 2013 年 3 月 15 日 | 上院の調査小委員会が公聴会を開き、調査の報告書を公表した9 |
| 2013 年 9 月 19 日 | 連邦準備制度理事会(FRB)が 2 億ドルの制裁金を発表した10 |
報告書が取り上げた問題点
上院の小委員会の報告書の概要(Overview)は、調査で分かったことを 5 つの見出しで並べています。そのうち 4 つは、取引の目的、時価評価、限度の超過、当局への情報です。5 つ目は、投資家、規制当局、公衆への誤った説明です11。
1 つ目は、取引の目的です。同行の説明は、SCP は自己勘定の取引部門ではなくヘッジだった、というものでした。2011 年 12 月に同行が CIO にリスク・ウェイト資産の削減を指示した後、CIO は 2012 年 1 月に、資産を売る代わりに、買い持ちの信用デリバティブを足しました。目的は、すでにある売り持ちを相殺することでした。持ち高のうち、買い持ちは指数の値上がりに賭ける側、売り持ちは値下がりに賭ける側です3。逆向きの持ち高を足すと、差し引きの持ち高は小さくなります。しかし、その結果、SCP は差し引きで買い持ちになり、元のヘッジの働きがなくなりました。同行は、5 年のあいだ、SCP のヘッジの目的、対象となる資産、規模をどう決めたかを示す文書を出せませんでした4。
2 つ目は、時価評価です。CIO は 1 月の初めには、売値と買値の中間(ミッド)に近い値で信用デリバティブを評価していました。2012 年の第 1 四半期の途中から、売値と買値の幅の中で、より有利な値をつけるようになりました。CIO の評価に、同行の投資銀行部門の評価と違いが出たため、取引相手との担保の争いが生じました。同行は 5 月に、CIO に投資銀行部門と同じ方法で評価するよう指示しています12。
評価の差は大きく、同行の経理部門(Controller)は 5 月 10 日の社内の覚書で、CIO の報告した損失 7 億 1,900 万ドルを妥当としましたが、ミッドで評価した場合の損失は 12 億ドルでした。報告書は、この幅を、信用デリバティブの評価が主観的になりうる例としています。同行は 7 月 13 日に第 1 四半期の決算を修正し、SCP の損失を 6 億 6,000 万ドル足しました12。
3 つ目は、限度枠とVaRです。CIO は複数のリスクの指標に限度を置いていました。SCP は 2012 年の第 1 四半期に 5 つすべての指標で限度を超えました。多くの超過は、おおむね無視されるか、限度の引き上げで終わりました。1 月に CIO が採用した新しい VaR のモデルは、同行が 5 月 10 日に不正確だとして取りやめ、前のモデルに戻しました13。
4 つ目は、当局への情報の少なさです。OCC は小委員会に、SCP に明確に触れた資料が初めて届いたのは 2012 年 1 月 27 日の定例の VaR の報告で、それまでに SCP を調べたことはなかったと述べました。2011 年に SCP の想定元本が約 10 倍になったことも、同行は OCC に伝えていませんでした。一方、同行は限度の超過を定例のリスク報告で OCC に出していましたが、OCC は追って問い合わせませんでした。OCC が SCP を把握していなかったことについて、報告書は同行と OCC の双方に落ち度があるとしています14。
その後に変わったこと
OCC は 2013 年 1 月 14 日に、同行に是正を命じる命令を出しました。2012 年に出した 6 通の監督上の通知(Supervisory Letters)と合わせ、20 件の「要改善事項」が示されています8。FRB も 1 月 14 日に是正を命じる命令を出し、9 月 19 日に 2 億ドルの制裁金を発表しました。OCC、証券取引委員会、英国金融行為監督機構(FCA)との合計は、約 9 億 2,000 万ドルでした。制裁金の命令は、同行が、経営陣が把握したリスク管理の欠陥を取締役会と FRB に適切に伝えなかったことを挙げています10。
小委員会の報告書は、規制当局への勧告として、次の 7 項目を挙げています15。
- デリバティブを含む行内の投資ポートフォリオのうち、想定元本が一定を超えるものの運用データの報告
- ヘッジの文書化(何をヘッジするか、どう効果を確かめるか)
- 信用デリバティブの評価手続きの強化
- 限度の大きな超過の調査
- リスクを大きく下げるモデルの調査
- ボルカールールの最終規則の策定
- デリバティブ取引への資本の上乗せ
ボルカールールの現在の内容は、ボルカールールのページで扱います。
注
-
上院の調査小委員会の報告書(S. Hrg. 113-96 の Volume 1 に収録。以下「小委員会の報告書」)の p. 1(PDF の 170 ページ目)。 ↩
-
小委員会の報告書の p. 6(PDF の 175 ページ目)、p. 12 と p. 14(PDF の 181 と 183 ページ目)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
小委員会の報告書の p. 14(PDF の 183 ページ目)。 ↩
-
小委員会の報告書の p. 9(PDF の 178 ページ目)。 ↩
-
S. Hrg. 113-96 の Volume 1 の表紙と、目次(PDF の 13 ページ目)の、公聴会に合わせた報告書の公表の記載。 ↩
-
FRB「JPMorgan Chase & Co. to pay $200 million for oversight, management, and controls deficiencies」(2013 年 9 月 19 日)の本文(制裁金の額、各機関との合計額、命令が挙げる理由の記載)。 ↩ ↩2
-
小委員会の報告書の p. 5〜14(PDF の 174〜183 ページ目)の概要(B. Overview)の見出し (1)〜(5)。 ↩
-
小委員会の報告書の p. 9〜10(PDF の 178〜179 ページ目)。 ↩
-
小委員会の報告書の p. 11〜12(PDF の 180〜181 ページ目)。 ↩
-
小委員会の報告書の p. 21〜22(PDF の 190〜191 ページ目)の "E. Recommendations"。 ↩