LTCM の破綻では、担保への依存、与信限度、ストレステストの不足が問われました。デリバティブの取引相手の信用リスクを見る業務、与信限度を決める業務、ストレステストを設計する業務は、この論点と重なります。
何が起きたか
1998 年 9 月、米国のヘッジファンド、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、損失で資金繰りが苦しくなり、数日のうちに債務を払えなくなるおそれが出ました。9 月 23 日に、LTCM の取引相手や貸し手だった金融機関 14 社が、新たな資本を出し合って LTCM を立て直すことで合意しました。出資の合計は約 36 億ドルで、見返りに LTCM の持ち分の 90% と運営の権限を得ました1。LTCM の元の出資者の持ち分は 10% に下がりました。
この合意の場を用意したのが、ニューヨーク連邦準備銀行(ニューヨーク連銀)です。ニューヨーク連銀の総裁のウィリアム・マクドノーは 1998 年 10 月 1 日に下院の委員会で、これは民間の問題を民間が解決したもので、公的な資金は使っておらず、約束もしていないと述べました2。
LTCM が支払いを止めていたらどうなったかは、実際には起きていないため、見積もりと判断で示します。LTCM 自身は、上位 17 の取引相手の損失が合計で 30 億〜50 億ドルになりうると見積もりました。ニューヨーク連銀の総裁は、多くの取引相手が同時に持ち高を手じまうと、価格が大きく動き、信用や金利の一部の市場が止まりかねないと判断した、と説明しました34。
LTCM はどんなファンドだったか
LTCM は 1994 年の初めに設立された、ヘッジファンドです。米国のコネティカット州に主な事務所を置き、運用するファンドの本体はケイマン諸島の組合でした。運営者には、金融市場の経済理論の分野でも名の知られた人々がいました5。
運用の中心は収束取引でした。たとえば、国債に対して社債の利回りが過去の水準より高いとき、社債を買って国債を売り、差が縮めば利益になります。差が広がれば損失になります。この基本の形をさまざまな金利商品と市場で繰り返し、多くの市場に分散することで、損失と利益が打ち消し合うと見込んでいました6。
収益率は、手数料を引いたあとで 1995 年と 1996 年に約 40%、1997 年に 20% 弱でした。1997 年の末には、約 27 億ドルを投資家に返し、資本は約 36% 減って 48 億ドルになりました。持ち高の規模は減らしていないようで、そのぶんレバレッジが高まりました7。
持ち高の約 80% は、日本、米国、英国など主要 7 か国(G7)の国債でした。そのほか、社債、モーゲージ証券、新興国の債券、株式にも広がっていました。世界の約 12 の取引所の先物と、数十の取引相手との店頭デリバティブ(スワップ、先渡し、オプション)も持っていました。多くの持ち高を、買戻し条件付き取引(レポ取引)や証券の貸借の契約で支えていました7。
| 1998 年 8 月末の規模 | 値 |
|---|---|
| 資本(1998 年 1 月 1 日。報告書が使った値) | 48 億ドル |
| 総資産(8 月 31 日) | 1,250 億ドル超 |
| 資産を資本で割った倍率 | 25 倍超 |
| 取引所の契約の想定元本(8 月末) | 5,000 億ドル超 |
| スワップの想定元本(8 月末) | 7,500 億ドル超 |
| オプションなどの店頭デリバティブの想定元本(8 月末) | 1,500 億ドル超 |
この表の値は、金融市場作業部会の報告書が示したものです8。LTCM は、当時商品先物取引委員会(CFTC)に報告していた大きなヘッジファンドのなかで最もレバレッジが高く、資産は 2 番目に大きいヘッジファンドの 4 倍近くありました9。
レバレッジが損益を大きくする仕組み
資産が資本の何倍もあると、資産の値動きは、資本に対して何倍もの割合の損益になります。資産が資本の 25 倍のファンドの架空の例で考えます。LTCM の実際の持ち高や損益ではありません。資本を 100 億円、資産を資本の 25 倍の 2,500 億円とし、資産全体が同じ割合で動くとします。利息、手数料、担保の受け払いは考えません。
| 場面 | 資産の損益(億円) | 資本に対する損益 | 損益のあとの資本(億円) |
|---|---|---|---|
| 資産が 1% 上がる | 2,500 × 1% = +25 | +25% | 100 + 25 = 125 |
| 資産が 1% 下がる | 2,500 × 1% = −25 | −25% | 100 − 25 = 75 |
| 資産が 4% 下がる | 2,500 × 4% = −100 | −100% | 100 − 100 = 0 |
同じ 1% の動きでも、上がれば資本は 4 分の 1 増え、下がれば 4 分の 1 減ります。4% 下がると、この例では資本がなくなります。倍率が高いほど、小さな値動きで資本が大きく増減します。
1998 年夏から 9 月までの経緯
1998 年 8 月 17 日に、ロシアが通貨ルーブルの切り下げと債務の支払い猶予(モラトリアム)を発表しました。投資家はリスクを避け、流動性の高い資産を求める「質への逃避」に動き、世界の市場でリスクを上乗せした金利の差(スプレッド)などが大きく広がりました10。
図の説明
夏の資本の水準から、ロシアの発表、損失と資本の減少、運営者の懸念、取引相手の担保の回収、出資の合意へと続く経緯です。塗りの丸は、ロシアの発表と出資の合意です。月単位の出来事と日単位の出来事が混ざっているため、間隔は実際の長さに合わせていません。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 1998 年 7 月 31 日 | LTCM の資本は 41 億ドル。年初から約 15% 減った10 |
| 8 月 17 日 | ロシアがルーブルの切り下げと債務のモラトリアムを発表した10 |
| 8 月 | 18 億ドルの損失が出て、資本は 23 億ドルになった。年初からの資本の減少は 50% を超え、LTCM は投資家に、資本の注入を求めていると伝えた10 |
| 9 月 18 日 | 資金調達がうまくいかず、LTCM の運営者は、さらなる値下がりに耐えて支払いを続けられるか、深刻に懸念した11 |
| 9 月 20 日 | ニューヨーク連銀の担当者が財務省の担当者とともに、LTCM の事務所で持ち高や資金繰りの説明を受けた12 |
| 9 月 21 日 | プライム・ブローカーのベア・スターンズがエクスポージャーへの担保を求め、取引相手も証拠金で担保を集めようとした。早ければ 23 日に債務不履行になりうる状況だった11 |
| 9 月 22 日 | 最も強い懸念を持つ 4 社が、債務不履行を避ける方法を検討し始め、後に「コンソーシアム案」と呼ばれる出資の案が中心になった11 |
| 9 月 23 日 | 別の投資家グループの買い取りの申し出が実現せず、協議が再開され、14 社が約 36 億ドルの出資に合意した1 |
プライム・ブローカーは、顧客の決済や資金調達を一括して請け負う会社です。ニューヨーク連銀は協議の場を提供し、関係する金融機関に、全体にとって混乱の小さい解決を探すよう促しました11。総裁の証言では、ニューヨーク連銀の担当者は出資の条件の議論には加わっていませんでした13。
報告書は何が原因と述べたか
大統領の金融市場作業部会は、1999 年 4 月に報告書を出しました。財務長官、連邦準備制度理事会、証券取引委員会(SEC)、CFTC の長の連名で議会に送られました。米国会計検査院(GAO)は 1999 年 10 月に別の報告書を出しました。
市場の変化とモデル
金融市場作業部会の報告書は、スプレッドが世界で同時に、広く、長く広がったことが、LTCM などのリスク管理のモデルの想定を超えたと述べています。市場間の値動きの関係(相関)が低いという想定も外れ、世界に分散した持ち高も、実際には思ったほど分散していませんでした。さらに市場の流動性が下がり、持ち高をすぐに減らせませんでした10。LTCM は世界の市場に分散していた一方、戦略は十分に分散していませんでした。LTCM は、流動性、信用、ボラティリティのスプレッドが歴史的な高さから縮むことに賭けており、世界で同時にスプレッドが広がる可能性を低く見ていました14。
規模とレバレッジ、情報の少なさ
報告書は、LTCM の持ち高の大きさとレバレッジの高さが、市場の流動性の問題を重くしたと述べています。LTCM が貸し手や取引相手に出していた情報は貸借対照表や損益計算書などで、リスクの中身や特定の市場への集中は分かりませんでした15。
取引相手のリスク管理
報告書は、LTCM の取引相手が、担保の取り決めだけを根拠に誤った安心感を持っていたのではないかと問いかけています。現在の信用リスクは多くの場合、担保で覆われていました。しかし、将来の値動きによる潜在的な将来エクスポージャーは、十分に見積もられていなかった可能性が高いと述べています16。取引相手は、それぞれ LTCM との取引に与信限度を置いていましたが、LTCM 全体の規模とレバレッジを抑えるものはありませんでした17。
GAO の報告書は、LTCM がこれほど大きな持ち高を持てたのは、銀行や証券会社、先物取引業者が、自社のリスク管理の基準を守らなかったことが主な理由だと結論づけました。当局によれば、背景には、運営者の評判への過信、好景気が続くときの信用基準の緩み、ヘッジファンドの取引を取り合う競争の 3 つがあったといいます18。
検査で分かったこと
事後の検査で、連邦準備制度の検査官は、銀行が十分な調査をせず現在のエクスポージャーの担保に頼っていたことと、信用のストレステストが不十分だったことを見いだしました。SEC は、証券会社の信用の判断が方針と食い違うことが多く、ストレステストが全社で十分に行われていなかったと見いだしました19。
その後に変わったこと
金融市場作業部会の報告書によれば、LTCM の危機の直後に、銀行と証券会社は、レバレッジの高い取引相手への信用管理の方針を厳しくしました。1998 年の第 4 四半期には、資本を引き上げ、信用の基準を引き締めたことで、ヘッジファンドの業界全体が抑えられました20。ただし報告書をまとめた時点では、これらの条件は緩み始めていました。報告書は、市場の歴史は、痛い教訓でも時とともに記憶から薄れることを示していると書いています20。
報告書は、過度なレバレッジを抑えることが中心の課題だとして、対策を勧告しました。勧告は、ヘッジファンドの情報公開を増やすこと、金融機関が取引相手のリスク管理を強めること、当局が監督を強めることなどでした。リスクに応じた自己資本の規制を進めることと、破産のときにクローズアウト・ネッティングを支える法律を定めることも含まれていました21。
LTCM の出資の合意の後、通貨監督庁(OCC)と連邦準備制度は、1999 年の初めに検査官向けの指針を補いました。ストレステストの重要さと、銀行が取引相手のリスクの姿を理解することの重要さを強調する内容でした。業界の主要な金融機関のグループも、取引相手のリスク管理の改善を提言する報告書を出しました23。一方 GAO は、当局が個々の会社や市場の健全性に注目し続け、業種をまたぐつながりを見ていないと述べています。また、SEC と CFTC は、証券会社と先物取引業者の一部の関連会社への権限がなく、LTCM のようなシステミックなリスクを見つけにくいとしています24。
取引相手のリスク管理の今の姿はカウンターパーティ・クレジットリスクとはで扱います。
2008 年の金融危機はリーマン・ショックで扱います。
注
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金融市場作業部会「Hedge Funds, Leverage, and the Lessons of Long-Term Capital Management」(1999 年 4 月)の 13〜14 ページ(PDF の 22〜23 ページ)。 ↩ ↩2
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ニューヨーク連銀総裁ウィリアム・マクドノーの下院銀行・金融サービス委員会での証言(1998 年 10 月 1 日)の "What did the New York Fed do?" の最後の段落。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 17 ページ(PDF の 26 ページ。LTCM の見積もりは "between $3 billion and $5 billion in aggregate"、一部の会社は "$300 million to $500 million each")。 ↩
-
マクドノーの証言の "The New York Fed's Judgments"。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 10 ページ(PDF の 19 ページ)の "A. Background"(設立は "early 1994"、"Delaware limited partnership"、ファンドは "Cayman Islands partnership")と、同じ節の経歴の記述。 ↩
-
マクドノーの証言の "Background"(社債と国債の利回りの差の例)。収束取引の定義は金融市場作業部会の報告書の 10 ページ(PDF の 19 ページ)の脚注 13。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 11 ページ(PDF の 20 ページ。1995 年と 1996 年の収益率、1997 年末の約 27 億ドルの返還と 48 億ドルの資本、G7 の国債が約 80%、約 12 の取引所の先物、数十の取引相手の店頭デリバティブ、レポ取引と証券貸借による持ち高)。 ↩ ↩2
-
金融市場作業部会の報告書の 11〜12 ページ(PDF の 20〜21 ページ)。倍率は、1998 年 8 月 31 日の資産を 1998 年 1 月 1 日の資本 48 億ドルで割ったもの。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 14 ページ(PDF の 23 ページ)の "C. The LTCM Fund Achieved Extraordinary Levels of Leverage and Risk"。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 12 ページ(PDF の 21 ページ。ロシアの 8 月 17 日の発表、"flight to quality"、スプレッドの拡大、モデルの想定を超えたこと、7 月 31 日と 8 月の数値)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
金融市場作業部会の報告書の 13 ページ(PDF の 22 ページ。9 月 18 日、9 月 21 日、9 月 22 日の "Core Group of four"、ニューヨーク連銀が協議の場を提供したこと)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
マクドノーの証言の "Background" の最後の方(9 月 20 日の日曜日に、ニューヨーク連銀の担当者と財務省の担当者が LTCM の事務所を訪ねた)。 ↩
-
マクドノーの証言の "What did the New York Fed do?"("we did not participate in the discussion about terms and conditions")。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 16 ページ(PDF の 25 ページ。"not very well diversified as to strategy"、"underestimated the likelihood")。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 14〜15 ページ(PDF の 23〜24 ページ)。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 15 ページ(PDF の 24 ページ)。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の 16 ページ(PDF の 25 ページ。"none of its investors, creditors, or counterparties provided an effective check on its overall activities")。 ↩
-
米国会計検査院「Long-Term Capital Management: Regulators Need to Focus Greater Attention on Systemic Risk」(GAO/GGD-00-3、1999 年 10 月)の "Results in Brief" の 1 段落目。 ↩
-
GAO/GGD-00-3 の、事後の検査で見つかった弱点を述べた節(連邦準備制度の検査官の指摘と SEC の指摘の段落)。 ↩
-
金融市場作業部会の報告書の Executive Summary(viii〜ix ページ。PDF の 8〜9 ページ)と 29〜32 ページ(PDF の 38〜41 ページ)。 ↩
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金融市場作業部会の報告書の 36 ページ(PDF の 45 ページ)の "3. Enhanced Private Sector Practices for Counterparty Risk Management"((a)〜(k))。 ↩
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GAO/GGD-00-3 の "Results in Brief" の 2 段落目と、当局と業界の対応を述べた節。 ↩
-
GAO/GGD-00-3 の "Results in Brief" と要旨(業種をまたぐつながり、SEC と CFTC の権限)。 ↩