法務やコンプライアンス、決済や担保の担当者は、ISDA マスター契約の各版の違いを読む場面で、この歴史を知っていると読みやすくなります。
何が起きたか
1981 年に、世界銀行が IBM を相手に、正式な契約による通貨スワップを結びました。世界銀行はこれを世界で初めての正式な通貨スワップとしています1。1985 年には、スワップの主要な参加者でつくる業界団体、国際スワップス・デリバティブズ協会(ISDA)が設立されました2。団体の名称は今は International Swaps and Derivatives Association です。1987 年のイングランド銀行の記事は、旧名とみられる International Swap Dealers Association と書いています3。
図の説明
通貨スワップの始まり、ISDA の設立、マスター契約の条項、清算方法の見直し、G20 の合意の順に、6 つの節目を並べた年表です。塗りの丸は、始まり、設立、G20 の合意です。最初の 3 つは年だけ、後の 3 つは月や日まで分かる出来事で、間隔は時間の長さに比例しません。
1980 年代に、スワップの市場は大きくなり、ISDA は取引の条件と契約書の標準化を進めました。金利スワップや通貨スワップなどの店頭デリバティブ取引では、ISDA マスター契約を使うのが一般的です2。
背景
イングランド銀行の 1987 年の記事によると、記録に残る最も古いスワップは通貨スワップで、英国で 1960 年代末から 1970 年代初めに広まった並行ローンや見合いローンから生まれました。英国では、為替管理の規則に沿って海外の投資を賄う手段として、これらのローンが使われました4。
スワップは、これらのローンで問題になった相殺の権利をめぐる問題と、複雑な契約書を乗り越えるために作られたと、イングランド銀行は説明しています。孤立した例は 1970 年代半ばからあるものの、スワップの「市場」があると言えるのは 1981 年以降とされています4。
1981 年の世界銀行と IBM の取引
世界銀行の資料によると、当時のスイス・フランとドイツ・マルクの金利は、米ドルの金利のほぼ半分でした。世界銀行の借り手はこれらの通貨を求めましたが、スイスとドイツの政府が世界銀行の借り入れ額を制限し、1981 年 8 月には上限に達していました。IBM はこれらの通貨を大量に借りていて、米ドルを増やしたいと考えていました1。
ソロモン・ブラザーズの仲介で、IBM は借りていたスイス・フランとドイツ・マルクを、世界銀行の米ドルと交換しました1。イングランド銀行は、この取引がスワップの技法にある程度の認知と人気をもたらしたとしています4。
世界銀行は 1985 年末までに金利スワップも実行していました。1985 年末までに実行したスワップ取引(通貨スワップを含む)の想定元本の合計は 51.5 億ドルでした。初めての金利スワップは、固定金利の米ドルを受け取り、世界銀行の 3 か月物短期証券の金利に基づく変動金利の米ドルを払う取引でした5。
市場の成長と標準化の動き
イングランド銀行の推計では、スワップ市場は 1982 年の約 50 億ドルから、1986 年末の約 4,000 億ドルへ大きくなりました6。イングランド銀行は、法務面の主な懸念の 1 つを、深刻な債務不履行がまだなく、契約書が裁判で試されていないこととしています。取引の条件を決めてから完全な契約書に署名するまでに、間が空くことも珍しくありませんでした。標準化された契約書の動きは、この間の遅れを和らげた可能性があります7。
標準化の動きは、すでに始まっていました。1985 年の半ばに、ISDA と英国銀行協会が、金利スワップの標準の取引条件と契約書を公表しました。1987 年 2 月の時点で、ISDA の規則集(ISDA code)の改訂が進んでいました3。
マスター契約の版
日本銀行金融研究所の論文によると、一括清算(取引を途中で終えるときに、お互いの債権と債務を差し引きして 1 つの金額にまとめる方法)の条項は 1987 年版のマスター契約が初めて取り入れ、その効力は世界で議論になりました。米国は連邦倒産法の改正で効力を確かなものにしました。
1994 年に、バーゼル銀行監督委員会が、有効な一括清算の契約の下にある取引の信用リスクの削減を、自己資本比率の算定で認めました。これを受けて、各国が法律を整えました8。
契約書の本体は、その後に改められました。法律事務所の 2009 年の解説によると、1998 年から 1999 年の市場の混乱の後の懸念が、2002 年版と、そこに入った清算金額(Close-out Amount。契約を途中で終えるときの支払額の算出方法)の作成につながりました。2002 年版が普及した後も、1992 年版は広く使われていました9。マスター契約の中身は、ISDA マスター契約とスケジュールで扱います。
その後に変わったこと
法律事務所の 2009 年の解説では、2008 年 9 月のリーマン・ブラザーズの複数の取引会社の破綻とその後の市場の混乱が、市場が荒れているときの Market Quotation の難しさを浮き彫りにしました。多くの 1992 年版が求める Market Quotation は、相場の気配値を集めて支払額を算出する方式です。2008 年 8 月には、店頭デリバティブの主要なディーラーのほぼすべてが、互いの 1992 年版の契約書を、2002 年版の清算金額の算出方法に改める多国間の合意を結んでいました。2009 年 2 月 27 日に ISDA は、すべての市場参加者が同じ改め方を使える Close-out Amount Protocol を公表しました9。
2009 年 9 月の G20 ピッツバーグ・サミットの首脳声明は、標準化された店頭デリバティブを、適切な場合には取引所か電子取引基盤で取引するべきだとしました。遅くとも 2012 年末までに中央清算機関で清算するべきだともしました。取引の情報は、取引情報蓄積機関に報告するとされました10。この改革はG20 の店頭デリバティブ改革で扱います。
経緯の一覧
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1960 年代末〜1970 年代初め | 英国で並行ローンや見合いローンが広まった |
| 1981 年 | 世界銀行と IBM が通貨スワップを結んだ |
| 1985 年末まで | 世界銀行が実行したスワップ取引(通貨スワップを含む)の想定元本の合計が 51.5 億ドルになった |
| 1985 年 | ISDA が設立された。ISDA と英国銀行協会が、金利スワップの標準の取引条件と契約書を公表した |
| 1987 年 | 1987 年版の ISDA マスター契約が、一括清算の条項を初めて取り入れた |
| 1992 年版、2002 年版 | 1992 年版と、その後の 2002 年版の ISDA マスター契約が使われた |
| 2008 年 8 月 | 主要なディーラーが、1992 年版の清算金額の算出方法を 2002 年版に改める合意をした |
| 2009 年 2 月 27 日 | ISDA が、同じ改め方を全参加者が使える Close-out Amount Protocol を公表した |
| 2009 年 9 月 24〜25 日 | G20 首脳が、標準化された店頭デリバティブの中央清算などに合意した |
注
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世界銀行 "The World Bank Treasury | IBRD • IDA: 70 Years Connecting Capital Markets to Development" の 66 ページ(Swaps の節)。「世界で初めての正式な通貨スワップ」は世界銀行の資料の表現。 ↩ ↩2 ↩3
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日本銀行金融研究所「デリバティブ取引等の一括清算ネッティングを巡る最近の議論」の 2 ページ(PDF の 6 ページ)の脚注 1。ISDA を「1985 年に設立された店頭デリバティブ市場の主要参加者によって構成される業界団体」とし、名称を International Swaps and Derivatives Association, Inc. と書く。 ↩ ↩2
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Bank of England Quarterly Bulletin, February 1987 の金利スワップ市場の流動性を述べた段落(PDF の 3 ページ)。同じ記事は、団体名を "International Swap Dealers Association" と書いている。 ↩ ↩2
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Bank of England Quarterly Bulletin, February 1987, "Recent developments in the swap market" の 66 ページ(Origins and evolution of the swap market)。 ↩ ↩2 ↩3
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世界銀行 "The World Bank Treasury | IBRD • IDA: 70 Years Connecting Capital Markets to Development" の 66 ページ。1985 年末までの金利スワップの実行と、スワップ取引(通貨スワップを含む)の想定元本の合計 51.5 億ドル(資料の 5.15 billion)は、同じページの記述。 ↩
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Bank of England Quarterly Bulletin, February 1987 の 66 ページの冒頭の要旨。1982 年は約 50 億ドル、1986 年末は約 4,000 億ドルの推計。 ↩
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Bank of England Quarterly Bulletin, February 1987 の 69〜70 ページ(法務の懸念の段落)。標準化された契約書の動きが遅れを和らげた可能性は、括弧書きの記述。 ↩
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日本銀行金融研究所「デリバティブ取引等の一括清算ネッティングを巡る最近の議論」の 3 ページ(PDF の 7 ページ)の本文冒頭。 ↩
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Paul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrison LLP "ISDA Publishes Close-Out Amount Protocol"(2009 年 3 月 5 日)の 1 ページの冒頭の 2 段落と、続く段落の 2008 年 8 月の合意。 ↩ ↩2 ↩3
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G20 "Leaders Statement: The Pittsburgh Summit"(サミットの会期は 2009 年 9 月 24〜25 日)の、店頭デリバティブ契約に関する段落。 ↩