取引相手の信用リスクを見るリスク管理や、契約の解約と精算を進める業務に関わる出来事です。リーマン・ブラザーズの破綻では、多数の契約の解約と精算が一度に必要になり、破綻の後には店頭デリバティブの規制が変わりました。
何が起きたか
2008 年 9 月 15 日の午前 1 時 45 分に、リーマン・ブラザーズ・ホールディングス(LBHI)が、米国の連邦破産法第 11 章の手続きを申し立てました1。これは史上最大の破産手続きと報じられています2。破綻の経緯は、裁判所から調べる事項を割り当てられた審査官アントン・ヴァルカス(Anton R. Valukas)が報告書にまとめました3。
日本では、このリーマンの破綻を「リーマン・ショック」と呼ぶことがあります4。英語の資料では、リーマンの破綻は the failure of Lehman Brothers や the Lehman bankruptcy と呼ばれます。世界的な金融危機の全体は、the financial crisis と呼ばれます5。
デリバティブの面では、リーマンが多数の店頭デリバティブの当事者だったため、破綻の後に、契約の解約と精算を一度に進める必要が生じました。
背景
審査官の報告書によると、リーマンは資産が約 7,000 億ドルで、資本が約 250 億ドルでした。資産は主に長期、負債は主に短期で、日々の資金の多くを短期のレポ市場で借りていました。貸し手の信頼が失われて借り換えに応じてもらえなくなれば、資金を調達できず、事業を続けられなくなる構造でした6。資産を資本で割ると、約 28 倍になります(計算)7。
2008 年 3 月にベア・スターンズが破綻の寸前に追い込まれると、リーマンの成長戦略に欠陥があったことが明らかになり、生き残りが問われる状況になりました8。
同じころ、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の市場は急速に育っていました9。CDS は、社債や貸出債権が債務不履行になったときの損失を、売り手が肩代わりする契約です。ニューヨーク連邦準備銀行(ニューヨーク連銀)の 2009 年の資料は、この市場の不透明さのために、危機のときに売り手のリスクの大きさが分からなくなり、不確実性が増すと指摘しています。また、この市場の取引がシステミック・リスク(金融サービスの流れが途切れ、実体経済に深刻な悪影響を及ぼすおそれのあるリスク)の面でも意味を持つと書いています10。
経緯
2008 年 9 月から 10 月の主な出来事は、図 1 の順に進みました。表は、それぞれの出来事の内容です。
図の説明
リーマンの株価の下落から、持株会社の申請、AIG の救済、グループ会社の申請、CDS のオークションまでを古い順に並べた年表です。塗りの丸は、持株会社の申請と CDS のオークションです。申請から 1 か月足らずの間に、グループ会社の申請とオークションまでが続きました。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 9 月 12 日 | リーマンの株価が 4 ドルを下回って引ける。2008 年 1 月の最高値の 65.73 ドルから、約 95% の下落2 |
| 9 月 14 日 | 英国の金融サービス機構(FSA。Financial Services Authority)が株主承認の要件の免除を認めず、バークレイズとの話がまとまらなくなる11 |
| 9 月 14 日(日曜日) | リーマンのデリバティブの持ち高の大きさへの懸念から、主な市場参加者が、互いに相殺する持ち高を整理するための取引の場を設けたが、成立した取引はわずかだった12 |
| 9 月 15 日 | LBHI が連邦破産法第 11 章を申請する。ダウ平均が 504 ポイント下がる13 |
| 9 月 16 日 | AIG が破綻の寸前になり、政府が救済策を出す。マネー・マーケット・ファンド(MMF)の Primary Fund が元本割れを発表する13 |
| 10 月 3 日 | リーマン・ブラザーズ・スペシャル・ファイナンシング(LBSF)が破産を申請する14 |
| 10 月 3 日 | 米国議会が、7,000 億ドルの不良資産救済プログラム(TARP。Troubled Asset Relief Program)を可決する15 |
| 10 月 10 日 | リーマンを参照組織とする CDS のオークションが開かれる16 |
政府は、9 月 14 日までの週末に関係者を集め、会合を開きました。バクスターは、ポールソンが、会合の目的はリーマンの買収を取り持つこと、それができなければ破綻の結果に対応することだと説明したと、審査官に述べています。当時の財務長官はポールソンです。報告書によると、政府の分析では、連邦政府にはリーマンへの直接の出資の権限がなく、リーマンの資産は、必要な額の貸し出しを支えるには足りませんでした。ポールソンは、権限がないと判断したと審査官に述べています17。
9 月 14 日の夜、米国証券取引委員会(SEC)のクリストファー・コックス委員長は、リーマンの取締役会に電話をかけ、市場が開く前に行動を取るよう、政府が強く促していると伝えました11。
審査官は、9 月 15 日以降の混乱がリーマンの申請の直接の結果だったかを仕分けることは、調査の範囲を超えるとしています。そのうえで、申請の重みを示す事実として、ダウ平均の下落、AIG の救済、Primary Fund の元本割れを挙げています13。報告書は、AIG の救済策の費用が最終的に約 1,820 億ドルになったと書いています13。
デリバティブの契約に起きたこと
リーマンは、デリバティブの取引を、相対の契約と、中央清算機関を通した契約の 2 つの形で持っていました。破綻の後の扱いは、この 2 つで大きく違いました。
相対の契約
リーマンのデリバティブ取引は、ISDA マスター契約にもとづいて結ばれていました。LBHI は、ほぼすべての取引で、リーマンのグループ会社の債務を支える側(クレジット・サポート・プロバイダー)だったため、LBHI の破産の申請は、ISDA マスター契約の債務不履行事由にあたりました18。契約を解約して精算する仕組みは、一括清算(クローズアウト・ネッティング)で扱います。
数は次のとおりです。リーマンとその関連会社に対し、6,000 件を超えるデリバティブの請求が、90 万件を超える取引について出されました19。資料や時期によって、取引の数は約 90 万〜約 118 万件、契約の数は約 6,100〜約 6,400 件と、数え方がそろっていません19。
解約は、数のうえでは早く進みました。90 万件を超える取引のうち、73 万 3,000 件は、2008 年 11 月 13 日までに自動的に解約されました。LBSF の取引相手の約 80% は、破産の申請から 5 週間以内に ISDA マスター契約のもとで解約しました。ニューヨーク連銀の論文は、これを過去最大のデリバティブ取引の解約としています20。
一方、解約した後の精算には時間がかかりました。解約の後、リーマンの側は、取引相手ごとの取引を突き合わせ、1 件ずつ評価し、精算の金額を交渉する必要がありました。精算を済ませた ISDA 契約は、2009 年 7 月の時点で 6%、2010 年 9 月で 46% でした21。大口の取引相手の契約は、数のうえでは一部でも、金額では大きな割合を占め、解約だけで数年かかりました22。
中央清算機関を通した契約
先物など、中央清算機関で清算されていた契約は、破産の手続きの外で処理されました。リーマンが顧客の代理をしていた口座は、中央清算機関が閉じるか、ほかの証券会社に移しました。リーマン自身の持ち高は、多くの中央清算機関が閉じました。中央清算機関は、数時間以内にリーマンの会社の市場へのアクセスを止めるか制限し、持ち高の多くを、大きな損失を出さずに処理できました。一方で、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の対応には議論がありました23。
CDS のオークション
リーマンを参照組織とする CDS は、2008 年 10 月 10 日のオークションで決済されました。358 の当事者が、14 社のディーラーを通じてオークションに加わりました。最終価格は額面 100 に対して 8.625 で、CDS の売り手が払う額は想定元本の 91.375% でした(100 − 8.625 の計算)16。
破綻の直後、市場参加者は、CDS の売り手が、CDS の想定元本の総額をもとにした大きな損失を負うことを心配しました。実際には、売りと買いの持ち高が相殺し合い、純額ははるかに小さくなりました。DTCC(Depository Trust & Clearing Corporation)の数字では、リーマンの CDS の想定元本の総額は約 720 億ドルで、オークションを通じた売り手から買い手への純額の支払いは約 52 億ドルでした24。
リーマンの CDS のうち、債券のヘッジとして書けたのは約 3 分の 1 でした。残りの約 3 分の 2 は、債券のヘッジではない、純粋なデリバティブの持ち高でした25。
デリバティブに限らず、リーマンの破産の処理全体について、ニューヨーク連銀の論文は、破綻前の準備の不足が、リーマンの財産の価値を大きく減らした可能性があり、債権者との多くの争いにもつながった可能性があると述べています26。
原因
審査官の報告書は、リーマンの破綻には多くの理由があり、責任は分け持たれていると述べています。リーマンは悪化する経済環境の原因というより結果でした。事態を悪くしたものとして、次の 3 つが挙げられています。
事業モデルは、リーマンだけに固有のものではありませんでした。主な投資銀行は、同じような高リスク・高レバレッジの事業モデルで動いていました6。
経営陣の行動の例として、2006 年に、リーマンは積極的な成長戦略を取り、リスクを大きく取り、資本に対するレバレッジを増やすことを決めました。2007 年にサブプライムの住宅ローンが問題から危機に進む中で、リーマンは事業を絞らず、景気の逆を行く戦略で利益を狙いました。この間にリーマンは、自社のリスクの上限を何度も超えました27。
その後に変わったこと
2009 年 9 月、G20 の首脳は、ピッツバーグ・サミットの声明に、店頭デリバティブの改革の方向を書きました。標準化された店頭デリバティブは、遅くとも 2012 年末までに、適切な場合には取引所か電子取引基盤で取引し、中央清算機関で清算するべきだとしました。店頭デリバティブは取引情報蓄積機関に報告し、中央清算されない取引には高い所要自己資本を求めるべきだともしました28。
2009 年 10 月に、国際通貨基金(IMF)、国際決済銀行(BIS)、金融安定理事会(FSB)は、G20 の求めに応じ、金融機関、市場、商品の「システミックな重要性」を評価する指針を報告しました29。
米国では 2010 年 7 月にドッド・フランク法が成立し、EU では 2012 年 7 月にEMIR が署名されました。
証拠金規制を含む G20 の改革の全体は、G20 の店頭デリバティブ改革で扱います。
この記事が書いていないこと
住宅市場や証券化など、金融危機全体の因果は、この記事では扱いません。
注
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Valukas 報告書 Volume 1 の 13 ページ(PDF の 56 ページ)、脚注 50。申請書類は Voluntary Petition (Chapter 11), Docket No. 1, Case No. 08-13555 (Bankr. S.D.N.Y. Sept. 15, 2008) です。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 2〜3 ページ(Introduction。PDF の 45〜46 ページ)。2008 年 1 月 29 日の最高値は 1 株 65.73 ドル、9 月 12 日の終値は 4 ドル未満で、下落は約 95% です。史上最大という記述は、脚注 7 が報道(Bloomberg)を引いています。 ↩ ↩2 ↩3
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Valukas 報告書 Volume 1 の 15 ページ(I. Executive Summary。PDF の 58 ページ)。審査官を任命する命令は、調べる 10 の事項を割り当てています。 ↩
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日本銀行の白川総裁(当時)の講演「中央銀行の役割、使命、挑戦」(2013 年 1 月 25 日)。「リーマン・ショック」の見出しのもとで 2008 年 9 月の破綻を取り上げ、「リーマン・ショックの 6 年前」のようにこの出来事を指して使っています。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の題「The Failure Resolution of Lehman Brothers」と、論文中の the Lehman bankruptcy、the financial crisis の用例です。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 3〜4 ページ(PDF の 46〜47 ページ)、脚注 8。約 250 億ドルの資本で約 7,000 億ドルの資産を持ち、日々数百億〜数千億ドルを借り換える必要がありました。 ↩ ↩2
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約 7,000 億ドル ÷ 約 250 億ドル = 28。報告書の約値を使ったこのサイトでの計算で、報告書に 28 倍という記述はありません。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 4 ページ(PDF の 47 ページ)。 ↩
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ニューヨーク連銀「Credit Default Swap Auctions」(2009 年 5 月)の要旨(PDF の 1 ページ)と 1 ページ(PDF の 3 ページ)。CDS 市場の急速な成長と、CDS が社債や貸出債権の保険のようなもの(essentially an insurance policy on corporate debt)であることが書かれています。 ↩
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同論文の 1 ページ(PDF の 3 ページ)。市場の不透明さにより、危機のときに売り手のリスクの大きさが分からず不確実性が増すこと、この市場の取引がシステミック・リスクの面でも意味を持つことが書かれています。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 11〜13 ページ(PDF の 54〜56 ページ)、脚注 49。9 月 14 日の早い時間にまとまりかけたバークレイズとの話は、FSA が株主承認の要件の免除を認めず崩れ、同日夜にコックス委員長が取締役会に電話しました。 ↩ ↩2
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ニューヨーク連銀「The Failure Resolution of Lehman Brothers」(2014 年 12 月)の 183〜185 ページ(PDF の 9〜11 ページ)、脚注 19。日曜日であることは、脚注 19 が引く Reuters の記事の題(2008 年 9 月 14 日)によります。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 13〜14 ページ(PDF の 56〜57 ページ)、脚注 52。ダウ平均の 504 ポイントの下落、AIG、Primary Fund(620 億ドルの MMF)の元本割れが書かれ、費用の約 1,820 億ドルは脚注 52 が引く報道によります。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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ニューヨーク連銀の論文の 185 ページ(PDF の 11 ページ)、脚注 20。LBSF は 2008 年 10 月 3 日まで破産を申請しませんでした。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 14 ページ(PDF の 57 ページ)。2008 年 10 月 3 日に、議会が 7,000 億ドルの TARP を可決しました。 ↩
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ニューヨーク連銀「Credit Default Swap Auctions」の 20〜21 ページ(PDF の 22〜23 ページ)、Box 1。2008 年 10 月 10 日のオークションで、358 の当事者が 14 社のディーラーを通じて参加し、最終価格は 8.625 でした。 ↩ ↩2
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Valukas 報告書 Volume 1 の 11〜12 ページ(PDF の 54〜55 ページ)、脚注 44〜45。会合の目的はバクスター(脚注 44)、権限がないという判断はポールソン(脚注 45)が審査官に述べたものです。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の 185 ページ(PDF の 11 ページ)。LBHI はほぼすべての取引のクレジット・サポートの当事者で、その破産の申請は ISDA マスター契約の債務不履行事由にあたります。報告書は credit support provider、論文は credit support party と書いています。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の 185 ページ(PDF の 11 ページ)と脚注 21。取引は約 906,000、930,000、1,178,000 件、契約は 6,120、6,340、6,355 件と、リーマンの財産の報告書ごとに数字が違います。 ↩ ↩2
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ニューヨーク連銀の論文の 185 ページ(PDF の 11 ページ)と、184 ページ(PDF の 10 ページ)の表 2 の Panel B。過去最大の解約という評価は、米国会計検査院(2011 年)を引いています。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の 185 ページ(PDF の 11 ページ)。突き合わせ、評価、精算額の交渉の 3 段階が必要で、2008 年 12 月 16 日に裁判所が精算の手続きを承認しました。精算済みは 2009 年 7 月に 6%、2010 年 9 月に 46% です。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の 178 ページ(PDF の 4 ページ)。大口の機関投資家などのデリバティブは、数では一部で、金額では大きな割合を占め、解約だけで数年かかりました。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の付録 B の 196 ページ(PDF の 22 ページ)。顧客と自己の持ち高の多くを、中央清算機関に大きな損失を出さずに閉じました。CME の対応には議論がありました。 ↩
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ニューヨーク連銀「Credit Default Swap Auctions」の 10 ページ(PDF の 12 ページ)。DTCC の数字として、想定元本の総額 720 億ドルが、オークションで売り手から買い手への純額 52 億ドルの現金の流れになりました。 ↩
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ニューヨーク連銀「Credit Default Swap Auctions」の 4 ページ前後(PDF の 6 ページ)。残りの約 3 分の 2 は、純粋なデリバティブの持ち高でした。 ↩
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ニューヨーク連銀の論文の要旨(PDF の 1 ページ)。著者らの見解で、デリバティブの精算に限らず、リーマンの破産の処理全体についての記述です。 ↩
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Valukas 報告書 Volume 1 の 4 ページ(PDF の 47 ページ)、脚注 12〜14。2006 年の戦略会議の資料、2007 年 3 月の取締役会の記録、リスク上限を超えた月ごとの平均の額を引いています。 ↩
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「G20 Leaders Statement: The Pittsburgh Summit」(2009 年 9 月)の 13 項。 ↩
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IMF、BIS、FSB「Guidance to Assess the Systemic Importance of Financial Institutions, Markets and Instruments: Initial Considerations」(2009 年 10 月)の冒頭の送付文。G20 首脳が 2009 年 4 月に求めた指針の報告です。 ↩