債券の発行を予定する財務部門は、発行の日までの国債の利回りの動きにどう備えるかを考えます。T-lockは、その備えの一つとして挙がる取引です。
T-lock が受け払いするもの
T-lock は、将来の決めた日の米国債の利回りと、今決めた利回り(ロック利回り)との差額を、国債そのものは受け渡さず、現金で受け払いする取引です1。買い手は利回りが上がる(国債の価格が下がる)と受け取るため、米国債の先渡売りと同じ向きの損益になり、「合成の先渡売り」と説明されます1。買い手と売り手が、想定元本、ロック利回り、利回りを確かめる計算日、対象の米国債を取引の始めに決めます2。
計算日の利回りがロック利回りより高いと、売り手が買い手に差額を払います。低いと、買い手が売り手に差額を払います。等しければ受け払いはありません2。計算日に比べる利回りは、対象の米国債の売り気配の価格から求めた最終利回りです2。
対象の米国債は、計算日にそのとき直近に発行された指定の満期の国債にするか、銘柄を指定して決めます3。
銀行が公開している確認書の書式の例には、取引日、計算日、払う日が 1 つずつあり、定期の受け払いの項目はありません。差額は計算日の後に 1 回だけ払い、払う日は計算日の 3 営業日後です4。この書式は、2006 年版の ISDA 定義集を使い、ISDA マスター契約の下の確認書として結ぶ形になっています5。
R 社が S 銀行から、想定元本 1 億米ドル、ロック利回り年 4.00%、計算日は 3 か月後、対象は 10 年の米国債の T-lock を買う架空の例で考えます。R 社は、計算日の前後に 10 年の債券を 1 億米ドル発行する予定です。R 社が買い手、S 銀行が売り手です。
差額の計算と DV01
差額は、計算日の利回りとロック利回りの差を bp(0.01%)で表し、1bp あたりの金額である国債の DV01を掛けて金額にします。DV01 は、利回りが 1bp 動いたときの国債の価格の変化額です。書式では対象の国債 100 万米ドルあたりの金額で定めており6、この記事では想定元本の分に換算した金額で表します。
例の国債の DV01 は、計算日の利回りが何%でも、100 万米ドルあたり 800 米ドルとします。想定元本 1 億米ドルの分に換算すると、1bp あたり 8 万米ドルです。計算日の利回りが年 4.50% なら、利回りの差は 50bp で、決済額は 50 × 8 万米ドル = 400 万米ドルです。売り手の S 銀行が、買い手の R 社に 400 万米ドルを払います。年 3.50% なら差は −50bp で、R 社が S 銀行に 400 万米ドルを払います。
図の説明
R 社が買った T-lock の、計算日の損益を百万米ドルで表した図です。損益分岐点は、ロック利回り 4.00% の点です。横軸は計算日の 10 年国債の利回り、縦軸は R 社の損益です。直線で、傾きは利回り 1 パーセントポイントあたり 8 百万米ドル(800 万米ドル)です。ロック利回りの 4.00% で 0 になり、3.00% では 800 万米ドルの支払い、5.00% では 800 万米ドルの受け取りです。
債券の発行前のヘッジの使い方
債券を発行する前に T-lock を買うと、発行までの国債の利回りの動きによる利払いの増減を、差額の受け払いで和らげられます。T-lock は、発行を予定する債券の国債の部分を固定するために使います7。会計処理はヘッジ会計の基本で扱います。
R 社が発行する債券の利率は、計算日の 10 年国債の利回りに年 1.00% を上乗せした水準で決まるとします。計算日の利回りごとの R 社の負担は、次のとおりです。
| 計算日の10年国債の利回り | 債券の利率 | 年間の利払い(万米ドル) | T-lock の受け払い(万米ドル) |
|---|---|---|---|
| 年 4.50% | 年 5.50% | 550 | 受け取り 400 |
| 年 4.00% | 年 5.00% | 500 | 0 |
| 年 3.50% | 年 4.50% | 450 | 払い 400 |
利回りが 4.50% に上がると、年間の利払いは 50 万米ドル増えます。10 年の合計では 500 万米ドルの増加で、将来にわたる支払いです。年 1 回の払いで、割引率を 4.5〜5.5% とする仮定で現在価値に直すと、約 377 万〜396 万米ドルで、400 万米ドルに近い額ですが、一致するとは限りません。R 社は T-lock で 400 万米ドルを受け取るため、現在価値で見た実質の負担の増加は、おおむね補われます。
利回りが 3.50% に下がると、年間の利払いは 50 万米ドル減りますが、R 社は T-lock で 400 万米ドルを払います。T-lock がなければ得られた利払いの減少の利益を、差額の支払いで手放します。T-lock は、利回りが上がる場合の損と、下がる場合の得を、どちらも相殺する方向に働く取引です。
固定できないものとリスク
T-lock が固定するのは、国債の利回りの部分だけです7。債券の利回りが国債の利回りを上回る部分(クレジット・スプレッド)は固定しません。例の上乗せ年 1.00% が発行の日に 1.20% に広がれば、年間の利払いは 20 万米ドル増えますが、T-lock の受け払いは変わりません。
利回りが下がると、買い手は差額を払います。ロックの取引は前払いの費用が通常はかかりませんが、決済で大きな支払いが必要になることがあります9。取引の相手が払えなくなるリスクの考え方は、カウンターパーティ・クレジットリスクで扱います。
確認書の書式の例は、債券の発行を決済の条件にしていないため、発行を取りやめても、計算日の利回りとロック利回りの差は受け払いします10。
先物、FRA、スワップのロックとの違い
先物、FRA、スワップのロックも、将来の価格や金利を今決める点は T-lock と同じです。固定する金利の対象と、終わり方が違います。
| 取引 | 固定する金利 | 終わり方 |
|---|---|---|
| T-lock | 指定した米国債の利回り | 計算日の利回りとの差額を現金で 1 回受け払い(書式の例) |
| 日本の長期国債先物 | 取引所が決めた仮想の国債(標準物)の価格 | 最終決済まで持つと国債を受け渡し |
| FRA | 将来の期間の指標金利 | 金利が決まる期間の始めに差額を 1 回受け払い |
| スワップのロック | スワップ金利 | 一般に債券の発行の頃に終了し、終了時のスワップの損益を受け払い |
日本の国債先物は、売買の対象を仮想の国債(標準物)にして、受け渡しのときに現物の国債へ換算する仕組みです。取引所に上場するために条件を標準化し、毎日の値洗いで損益を清算します11。日本の長期国債先物は、最終決済まで持つと現物の国債を受け渡します12。T-lock は、対象の国債を指定し、国債を受け渡さずに差額だけを払います。国債先物の詳しい仕組みは国債先物で扱います。
FRA は、将来の期間の変動金利と固定金利の利息を、1 つの日に交換する店頭の取引です13。T-lock と違い、対象は国債の利回りでなく変動金利です。
スワップ金利のロックは、フォワード・スタート・スワップと呼ばれます14。金利スワップの仕組みは金利スワップで扱います。ある米国の企業は、T-lock とフォワード・スタート・スワップを比べて後者(固定金利を払う側)を選びました。このスワップは、結んだ日から終了までの金利を固定する機能を持ち、一般に債券の発行の頃に終了されます15。
同じ満期の国債の利回りとスワップ金利の差は、スワップ・スプレッドと呼ばれます16。T-lock とスワップのロックが固定する金利は、スプレッドの分だけ違い、その差は一定ではありません。ニューヨーク連邦準備銀行(ニューヨーク連銀)の 2018 年の論文は、米国の 10 年のスワップ・スプレッドの平均が、2015 年 10 月に負になる前は 38bp、その後は −11bp だったと示しています16。
注
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Healthcare Trust of America, Inc. の Form 10-K(外部サイト)(2019 年 12 月期)の注記「Derivative Financial Instruments and Hedging Activities」の "Cash Flow Hedges of Interest Rate Risk"。 ↩ ↩2
-
Standard Chartered Bank "US Treasury Lock"(外部サイト)(確認書の書式の案)の 2〜3 ページ "General Terms"、"Specified Rate"、"Payment Date"、"Settlement Amount Payment"。 ↩ ↩2 ↩3
-
Standard Chartered Bank "US Treasury Lock"(外部サイト) の 2 ページ "Relevant United States Treasury"。"on the run" の指定満期の国債か、発行体、利率、満期、CUSIP/ISIN で指定する特定の国債を選びます。 ↩
-
同じ書式(外部サイト)の 3 ページ "Payment Date"("[3] Business Days after the Calculation Date"。括弧は書式の空欄の初期値)。 ↩
-
同じ書式(外部サイト)の 1 ページの冒頭の段落(2006 ISDA Definitions と ISDA Master Agreement への言及)。 ↩
-
同じ書式(外部サイト)の 3 ページ "Dollar Value of an 0.01% Change ("DVBP")" と 4 ページ "Settlement Amount"。 ↩
-
Healthcare Trust of America, Inc. の Form 10-K(外部サイト)(2019 年 12 月期)の同じ注記。"fix the treasury component of an upcoming debt issuance" の箇所です。 ↩ ↩2
-
Chatham Financial "Forward Hedging FAQ"(外部サイト) の "Should I hedge Treasury yields or swap rates?"(資料に日付はありません)。"It’s unusual to hedge Treasury yields for more than six months" の箇所です。 ↩
-
Chatham Financial "Forward Hedging FAQ"(外部サイト) の "What are the common products for managing these risks?"(資料に日付はありません)。 ↩
-
Standard Chartered Bank "US Treasury Lock"(外部サイト) の 2〜4 ページ。"Settlement Amount" の定めには、債券の発行を条件にする項目がありません。 ↩
-
日本取引所グループ「国債先物入門」(外部サイト)(服部孝洋、2021 年)の「2. 3 先渡(フォワード)との違い:先物の本質は取引所取引」(4〜5 ページ)。 ↩
-
日本取引所グループ「国債先物入門」(外部サイト)(服部孝洋、2021 年)の「4.1 現物決済と現金決済:日本国債先物は現物決済」(10〜11 ページ)。 ↩
-
Jennifer Carpenter "Forward Rate Agreements"(外部サイト)(ニューヨーク大学スターン・スクールの講義資料)の 2 ページ。 ↩
-
Chatham Financial "Forward Hedging FAQ"(外部サイト) の "What are the common products for managing these risks?"。"a lock product on a swap rate is known as “forward starting swap.”" の箇所です。 ↩
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Sysco Corporation の SEC 宛ての書簡(外部サイト)(2016 年 3 月 31 日付)の 3 ページ。T-lock とフォワード・スタート・スワップを比べて後者を選んだ説明と、フォワード・スタート・スワップは一般に発行の頃に終了されるという記述です。 ↩
-
Federal Reserve Bank of New York の Economic Policy Review "Negative Swap Spreads"(外部サイト)(2018 年 10 月)の 1 ページの定義と 4 ページ。 ↩ ↩2